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掌編
if
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ifの話
出会いが違っていたら、というもの。
退屈、とわたくしは零す。
仮面舞踏会なんて面白そうと思って招待に応じたけれど、特に面白くもない。
誰が誰なのかわかってしまうから、かしら。
今日のお供、フェイルに犬の仮面を見繕ってつけさせたところまでは面白かったのだけれど。
飲み物を何かとお願いして、動かず待っていてと言われ壁の花になったつもりが声をかけられ続けて面倒くさい。
わたくしだってわかって声をかけているのかしら。それとも、わかっていないのかしら。
仮面ひとつで誰かわからないなんて、ありえないでしょう?
誘ってくる殿方たちからそろりと逃げ、会場にいるのも飽きたわと人のいないテラスに出る。
風が心地よくてふふと笑いが零れてしまった。
ちょっと涼んだら帰りましょう。飽いてしまったもの。
テラスは周囲の草木が近くて、良い香りがする。
あら、と思えば白い花が咲いているのが見えそちらへ。あの花の香りね、これは好きだわ。
もう少し、と手を伸ばすけれど届かない。少し身を乗り出せば、いけるかしら。
フェイルがいたらとってくれそうなのだけど、今はいませんし。
少しだけ身を乗り出して手を伸ばすけれど届かない。
もう少し、ちょっとだけと前に体重をかけた瞬間、踵が浮いた。
あ、これはまずいと思った瞬間、わたくしの身体は引き戻される。
腰を抱えられ引き戻される。誰かに抱きすくめられるような、そんな安堵感。
「……危ない。何をしている、落ちる気か」
不機嫌そうな、呆れたような声色。わたくしの上から響いたそれを追って、そっと視線をあげる。
「ふふっ、なにその仮面……趣味がよろしくないのね」
「仮面? ああ、これは……押し付けられたのだ」
「そうですの。ああ、ごめんなさい。助けてくださってありがとう」
礼を言うと腕の力が緩む。わたくしはその腕から逃れようとするのだけれど、逃げられない。
くるりと体ひっくり返されて向き合うことになってしまう。
笑ってしまうわ。本当にその仮面、なんて趣味の悪さ。
「やだ、本当に……似合わない物を押しつけられましたのね、かわいそう」
ふふと、目にすると笑ってしまう。紫色の蝶の仮面。それに金の縁取りだなんて、なんて趣味。
そしてそれが似合わない。きっとこの方、とてもお顔がよろしいのね。仮面がとってつけられたような、そんなものなのだもの。
釣り合わない、粗悪なものを与えられたような。
撫でつけた金色の髪は、夜闇の中でもきらきらと輝いていて。その金糸はとてもやわらかそう。
瞳の色は、青、かしら。見える口元だけで、とても綺麗なお顔立ちをされているのがわかるわ。
「そんなにおかしいか?」
「ええ、とても」
「まぁしかし、このような仮面だからこそ花に惹かれて見つけたのだろうな」
「まぁ、お上手ですのね」
わたくしの仮面は、花をあしらったもの。
ご自分のそれと会わせて口説いてらっしゃるのね。
そう思ったのだけれど苦笑して冗談だと首を軽く横に振られる。
「俺も似合わんと思ったのだがな。それより、身を乗り出して落ちるつもりだったのか? 淑女のすることではないだろう」
「いえ、違いますのよ。そこにある花が欲しくて」
「花?」
これか、と手を伸ばしてひとつ、手折ってくださる。
その花はわたくしの手に。
「ありがとう。ふふ、思った通りの甘い匂い……」
「お前の方が甘そうだが」
「え?」
「こんなところで一人、男でも誘い待ちなのかと思ったが」
「誘わなくても、寄ってきますのよ。ここには逃げてきましたの」
なるほどと笑って、では誘われてみるかと手を差し出す。
その誘いは、少し心擽られる。けれど手を取ってはいけないとわたくしは知っているのです。
この手は、駄目。
「連れがいますのよ。ごめんなさい」
「……そうか。断られるとは、思っていなかった」
「ええ、わたくしも断るとは、思いませんでしたわ。わたくしが理性的な女でなければ飛びついていましたわ」
あなたはきっと、とても素敵な殿方なのでしょうけれど。
わたくしは、その手はとりませんのよとかわす。
これは、交わさなければならないと思う。
一度手を取ってしまえば、ずぶずぶにはまってしまいそうな、そんな嫌な感じがするのだから。
「ではその連れ、とやらに噛みつかれぬうちに退散するか」
「ええ、そうされるとよろしくてよ」
「……無茶は、するなよ?」
笑って返すと、呆れたような声でわかっていない顔だと仰る。
バルコニーからその方が出ていかれるとさざめいていた心が落ち着くよう。
あの方は、駄目だわ。
わたくしとは相性が悪い。面白そうではあるけれど、駄目だわ。
「……どなただったのかしら。国では見ない方よね……」
けれど、記憶に引っかかる方がいらっしゃらない。あの年代、あの様子だと目立つ方だろうに、覚えがありません。
ということは他国の方かしら? まぁ、リヒテールに来られてこんなところに連れてこられた、というところかしら。
こういうの、お好きな人はお好きでしょうけれどそうではないのでしょうね。
「そろそろ、中に戻らないとフェイルに怒られてしまうわ」
いえ、もう怒られるのは確定かしら。それでも、それはかわいいものなのだけれど。
中に戻ればすぐにわたくしを見つけてくれて、そのまま帰る。
そして、わたくしはあの方の事を忘れてしまったのです。
忘れて、いたのです。
けれど――目の前にいらっしゃる方が、あの時の方だとすぐにわかってしまった。
馬車の中、わたくしを見る瞳は少しだけ見開かれ、そしてすっと細められる。
「……いつぞやの舞踏会で、会ったな」
「ええ、趣味の悪い仮面をつけられていた方」
「覚えていたか。では、改めて名乗ろうか、アーデルハイト・シュタイン」
綺麗に笑われる。けれどその声色には悪意、とまでは言いませんけれどよくない物が含まれているとわたくしは思う。
ああ、やはりこの方は関わってはいけない方だったのではと思いながら、その名をわたくしは聞いたのでした。
みたいな感じになりそうかな、と。
出会いが違っていたら、というもの。
退屈、とわたくしは零す。
仮面舞踏会なんて面白そうと思って招待に応じたけれど、特に面白くもない。
誰が誰なのかわかってしまうから、かしら。
今日のお供、フェイルに犬の仮面を見繕ってつけさせたところまでは面白かったのだけれど。
飲み物を何かとお願いして、動かず待っていてと言われ壁の花になったつもりが声をかけられ続けて面倒くさい。
わたくしだってわかって声をかけているのかしら。それとも、わかっていないのかしら。
仮面ひとつで誰かわからないなんて、ありえないでしょう?
誘ってくる殿方たちからそろりと逃げ、会場にいるのも飽きたわと人のいないテラスに出る。
風が心地よくてふふと笑いが零れてしまった。
ちょっと涼んだら帰りましょう。飽いてしまったもの。
テラスは周囲の草木が近くて、良い香りがする。
あら、と思えば白い花が咲いているのが見えそちらへ。あの花の香りね、これは好きだわ。
もう少し、と手を伸ばすけれど届かない。少し身を乗り出せば、いけるかしら。
フェイルがいたらとってくれそうなのだけど、今はいませんし。
少しだけ身を乗り出して手を伸ばすけれど届かない。
もう少し、ちょっとだけと前に体重をかけた瞬間、踵が浮いた。
あ、これはまずいと思った瞬間、わたくしの身体は引き戻される。
腰を抱えられ引き戻される。誰かに抱きすくめられるような、そんな安堵感。
「……危ない。何をしている、落ちる気か」
不機嫌そうな、呆れたような声色。わたくしの上から響いたそれを追って、そっと視線をあげる。
「ふふっ、なにその仮面……趣味がよろしくないのね」
「仮面? ああ、これは……押し付けられたのだ」
「そうですの。ああ、ごめんなさい。助けてくださってありがとう」
礼を言うと腕の力が緩む。わたくしはその腕から逃れようとするのだけれど、逃げられない。
くるりと体ひっくり返されて向き合うことになってしまう。
笑ってしまうわ。本当にその仮面、なんて趣味の悪さ。
「やだ、本当に……似合わない物を押しつけられましたのね、かわいそう」
ふふと、目にすると笑ってしまう。紫色の蝶の仮面。それに金の縁取りだなんて、なんて趣味。
そしてそれが似合わない。きっとこの方、とてもお顔がよろしいのね。仮面がとってつけられたような、そんなものなのだもの。
釣り合わない、粗悪なものを与えられたような。
撫でつけた金色の髪は、夜闇の中でもきらきらと輝いていて。その金糸はとてもやわらかそう。
瞳の色は、青、かしら。見える口元だけで、とても綺麗なお顔立ちをされているのがわかるわ。
「そんなにおかしいか?」
「ええ、とても」
「まぁしかし、このような仮面だからこそ花に惹かれて見つけたのだろうな」
「まぁ、お上手ですのね」
わたくしの仮面は、花をあしらったもの。
ご自分のそれと会わせて口説いてらっしゃるのね。
そう思ったのだけれど苦笑して冗談だと首を軽く横に振られる。
「俺も似合わんと思ったのだがな。それより、身を乗り出して落ちるつもりだったのか? 淑女のすることではないだろう」
「いえ、違いますのよ。そこにある花が欲しくて」
「花?」
これか、と手を伸ばしてひとつ、手折ってくださる。
その花はわたくしの手に。
「ありがとう。ふふ、思った通りの甘い匂い……」
「お前の方が甘そうだが」
「え?」
「こんなところで一人、男でも誘い待ちなのかと思ったが」
「誘わなくても、寄ってきますのよ。ここには逃げてきましたの」
なるほどと笑って、では誘われてみるかと手を差し出す。
その誘いは、少し心擽られる。けれど手を取ってはいけないとわたくしは知っているのです。
この手は、駄目。
「連れがいますのよ。ごめんなさい」
「……そうか。断られるとは、思っていなかった」
「ええ、わたくしも断るとは、思いませんでしたわ。わたくしが理性的な女でなければ飛びついていましたわ」
あなたはきっと、とても素敵な殿方なのでしょうけれど。
わたくしは、その手はとりませんのよとかわす。
これは、交わさなければならないと思う。
一度手を取ってしまえば、ずぶずぶにはまってしまいそうな、そんな嫌な感じがするのだから。
「ではその連れ、とやらに噛みつかれぬうちに退散するか」
「ええ、そうされるとよろしくてよ」
「……無茶は、するなよ?」
笑って返すと、呆れたような声でわかっていない顔だと仰る。
バルコニーからその方が出ていかれるとさざめいていた心が落ち着くよう。
あの方は、駄目だわ。
わたくしとは相性が悪い。面白そうではあるけれど、駄目だわ。
「……どなただったのかしら。国では見ない方よね……」
けれど、記憶に引っかかる方がいらっしゃらない。あの年代、あの様子だと目立つ方だろうに、覚えがありません。
ということは他国の方かしら? まぁ、リヒテールに来られてこんなところに連れてこられた、というところかしら。
こういうの、お好きな人はお好きでしょうけれどそうではないのでしょうね。
「そろそろ、中に戻らないとフェイルに怒られてしまうわ」
いえ、もう怒られるのは確定かしら。それでも、それはかわいいものなのだけれど。
中に戻ればすぐにわたくしを見つけてくれて、そのまま帰る。
そして、わたくしはあの方の事を忘れてしまったのです。
忘れて、いたのです。
けれど――目の前にいらっしゃる方が、あの時の方だとすぐにわかってしまった。
馬車の中、わたくしを見る瞳は少しだけ見開かれ、そしてすっと細められる。
「……いつぞやの舞踏会で、会ったな」
「ええ、趣味の悪い仮面をつけられていた方」
「覚えていたか。では、改めて名乗ろうか、アーデルハイト・シュタイン」
綺麗に笑われる。けれどその声色には悪意、とまでは言いませんけれどよくない物が含まれているとわたくしは思う。
ああ、やはりこの方は関わってはいけない方だったのではと思いながら、その名をわたくしは聞いたのでした。
みたいな感じになりそうかな、と。
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