転生令嬢はやんちゃする

ナギ

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第三章

出立

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 見送り。
 みんなほどほどに声かけて、話して。
 邪魔しちゃいやだし、昨日話もしたしと、見ていたのだけど。
「レティ」
 名前を呼ばれて笑み向けられたらぎゃあ! と声でそうになる。
「もう行っちゃうけど、最後に何かある?」
「べ、別に……」
 何もないわよと呟く。
 本当はある。あるけど、何か言えばやっぱり行かないで、と。
 無理を承知でみっともなく零しそうで。
 怖くて何も言えないだけなのです。
 そんな私を見てか!
 わざとらしくお兄様は溜息をついた。
「素直じゃないな、俺の妹は」
「お兄様、聞こえてますけど!」
「俺は本当のことを言っただけだ」
 うぐっ。
 素直じゃないのは、確かにそうだなと、今思うけども!
「……テオ、元気でね。頑張ってね」
「うん」
「手紙書いてよ」
「もちろん。レティもね」
「……さ、最後に」
「うん」
 言おうか、やめようか。
 お父様もここ、いるんだけどでも、しばらく会えないから、良いよね!
 良いってことにする! でも皆に聞こえるのは、と思って小声で紡いだ。
「ぎゅってしてほしい」
「えっと……今、ここで?」
「うん」
 本当にいいの、やるのとテオは尋ねてくる。
 いいから、と私が頷くと、ちょっと困ったような顔をして、でもすぐ笑み浮かべる。
 私の手をとって引き寄せる、その勢いのままにぎゅっと抱きしめてくれた。
 私もそーっと、手を伸ばして抱きついた。
 うう、テオだ。
 こうやって触れ合えるの、帰ってくるまでお預けとか。
「やっぱり寂しいわ」
「うん」
「でもどうにか頑張るから、テオも頑張って」
 私が手の力を緩めるとテオも離れていく。
 ああ、本当に名残惜しい。
 でももう、私がわめいてもどうにかできるところは過ぎているし、わめいてどうにかできるときは気付いてなかったからわめかなかった。
「あとでお父様にはしたないって怒られるかもしれないわ」
 私は笑って、最後まで握っていた手を放す。
 テオは笑って、またと言う。
 また、ちゃんと会えるからって。
 うん、それはわかっている。わかっているのよ。わかってるんだけど。
 それでも、どうにもならない気持ちがあることは否定できない。
「……行ってらっしゃい」
「行ってきます」
 私だけに向ける笑み。これもしばらく、見れない。
 馬車に乗り込んで、窓から手を振ってくれる。
 最後まで見てるの、辛いなぁと思いながら私は動けないままだ。
「レティ……大丈夫?」
「大、丈夫……」
 気遣ってくれるジゼルちゃんにどうにか答えたのだけど私の声は震えてる。
「そんなわけあるか、馬鹿妹が」
 お兄様は泣くなら泣けと私の頭を乱暴に撫でた。
 それが切欠で、ぶわっと涙あふれて、零れて、どうしようもなくなった。
 私がすがったのはそばにいたジゼルちゃんだ。
 ふぎゃああとみっともない声あげて思いっきり泣いてしまった。
 寂しい、寂しい。
 悲しくはないのだけど、寂しい。
 幸せではない。
 そばからいなくなることが、こんなに気持ちにくるなんて思わなかった。
 この寂しさはジゼルちゃんでもお兄様でも、誰にも埋められないのだ。
 帰ってくるまでこの気持ちをずっと抱えたままなのだろうか。
 けれどこの気持ちが無くなることもまた恐ろしい。
 ふぎゃふぎゃ泣いてしまった私は、その日はもうこの後の記憶がない。
 泣き疲れて、眠ってしまったからだ。
 気が付くと、寮の部屋。
 きっとジゼルちゃんが連れて帰ってくれたのだろう。
 何時かもわからないけど外は薄暗い。
 泣いて、寝て、起きて、すっきり。
 けど、じんわりとまた寂しさが這い上がってくる。
 うう、こんなのじゃこれからやっていけないじゃない。
 それに、だ。
 テオは自分のためでもあるけど、私の為にも離れたのだ。
 じゃあ私も、ただのほほんと待っているだけなんてできない。
 何かを頑張っていれば、一緒に頑張っている気持ちになれるはず。
 そうすればなんとかやっていけるかなぁと、おぼろげに思った。
 何を頑張る? と考えてみて、自分が一番上手にできることは魔術ということにたどり着く。
 その研鑽を積み重ねれば、テオの傍に瞬間移動とか。
「……できちゃう可能性はゼロじゃない」
 あら、そう思うとちょっと楽しくなってきた。
 そうだ、突然現れてびっくりさせてみたい!!
 どんな顔するか想像してみるととても楽しい!!
 驚いて瞬くか、呆れるのか。驚いて呆れるて、お小言かなと私は思う。
 でもそのあとで、やっちゃったことは仕方ないと苦笑して私を迎えてくれるはず。
「うん、寂しがってる暇とかないかも」
 私は私のやれることをしよう。
 きっと、政治とか経済とか、そういうことに手をだすのは向いてない。
 料理は、まぁそこそこ。大失敗をしない程度にはやれたらいいかなと思う。
 寂しいけど、別に全部、何もかも失ったわけではない。
 我ながら、この切り替えの早さはすごいなと思った。
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