いとしのわが君

ナギ

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3対1と1

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 連れて行かれたのは三人が使っている寮。つまり、バティストと昨日、話をした場所だ。
「朝からお前の噂でもちきりだ」
「そう。ああ、紹介だけしておくわ。幻獣のムゥよ。あとは好きにお話しして」
 だってわたし詳しいことはわからないもの、とブランシュはカップをとる。
 昨日と同様、おいしいお茶だ。
 しれっと話を投げられたムゥに視線が集まる。ムゥがいるのはブランシュの膝の上だ。
 しかしムゥはムゥで話すことなどないと思っていた。
 ムゥにとっては、ブランシュに迷惑をかける者たち。そもそも気に入らない相手なのだから。
 「幻獣はこちらに来れない……来られても、人の前にこうやって姿は見せないよね……」
「ああ。世界の作り的にとかなんとか」
 何故、来れないのか。
 三人は各々の幻獣に尋ねたことがあった。
 アルベールの幻獣は力が溢れて壊してしまうからだと言った。
 バティストの幻獣は体が大きいから通れないと言った。
 クロヴィスの幻獣は力あるからこそ行けても行かぬと言った。
 これらのことから、こちらにくる為の入り口、もしくは出口は小さく、幻獣の力がこの世界にとって大きすぎるため、来れない、もしくは来ないのだろうと推察した。
 しかし、目の前に形を持って堂々とした幻獣がいる。それも強いものが。
 幻獣たちの話から考えると、あってはならないことではと思うのだ。
「どうやってこちらへ? そんな方法があるのかと幻獣たちも尋ねてくる」
 ムゥはアルベールを見つめる。その後ろにいる幻獣を見極めるためだ。
 幻獣の世界は、人の真似事でできている。
 ムゥはその一角を預かる身だ。と言っても、自ら国を作ったのではなく、ムゥのもとにいたいと言う者たちが集まってできたところだ。
 好きにすればいいとムゥは言った。ただし、自分に、そして何よりもカミサマに恥じる行為、顔を向けられなくなるような事はしてはいけないと言い含めてだ。
 国の決まりなどは任せ、自分はただ見守るのみだったのだ。だからこそ、好きにできた。
 国のものであれば、ムゥの気質は知っている。ああ、また思うままに行動しているが、そのうち帰ってこられるだろうと。
 しかし、こちらにきた方法を尋ねてくるというのは人の知識欲か。はたまた、幻獣からの差し金か。
 後者だろうなとムゥは瞳細めた。
「教えることはない」
 ぷいっとムゥはそっぽ向く。相手が王子だろうとムゥがへり下る必要はないのだから。
「ムゥ殿、その方法を教えてくれないかな。俺の幻獣もこちらに来たいと言っていて」
「フン、何者かもわからんのにこちらにこられる方法を教える事などするわけがない」
「誰かわかれば教える?」
 教えないからなとバティストへ念押しする。
 ムゥは思う。他の幻獣が方法を知れば、物好きたち、あちらに退屈しているものたちは来るだろう。
 そうすると関わらなければならない。面倒な事、この上ないだろう。
「お前の幻獣は意志が固いな」
 クロヴィスはブランシュに言葉向ける。ブランシュはそうかしらと小首傾げる。
 するとムゥは、ダメだと声をあげてブランシュを見上げた。
「何がダメなのよ」
「小首傾げるなど! かわいすぎだろ!! そんなのこいつらの前でするな!!」
 必死だ。
 ムゥは必死だった。変な虫がブランシュについてはと三人を睨んだ。
「惚れたなどは、許さないからな」
「はは、それはもう遅いな」
「何?」
 アルベールの笑い声に鋭い視線をムゥは向けた。それと同時にバティストとクロヴィスはどういうことだと視線投げる。
「俺はブランシュを口説いているからな」
「アルベール」
「どういうことだ」
 兄弟からの咎めるような声。アルベールはあとで言おうと思っていたと言う。
 それは嘘で、言うつもりはなかっただろうなと二人は思うのだが。
「ブランシュ!?」
 どういうことだとムゥからの慌てた声に、話すと荒れそうだったから昨日、話を省いたのよと告げる。
「わたしは、口説かれているとは思ってないのよ」
「つれないな」
 ブランシュは微笑んでみせる。
 だってあなた、怖いものとは言えない。得体の知れないものがあって近寄りたくないと思っているのだが、言葉にすれば面白がって余計、絡んでくると思えた。
 だかれ微笑むだけだ。
「アルベール、あとで詳しく話せ」
 二人から凄まれ、参ったなと頷く。
 興味がなければ、そうかと、ひとつ言葉落として終わる二人がそうではない。
 面白いなと内心、思うのだ。
「……危険だ。ブランシュとこいつらは会わせてはダメだ」
 本能的にムゥは思う。何故だがわからないがそう思ったのだ。
 もやりと込み上がる不安。ざわざわと心は落ち着かない。
 嫌な感じしかないとムゥは唸った。
 そもそも好奇の目で見られているのは、この三人のせいもある。
「ブランシュ、もう話すことはないだろう」
 帰ろうとムゥは言うが、ブランシュはまだもう少しと言う。
 何故だとムゥは言うが、その理由はすぐにわかった。
 手が伸びる。マドレーヌをとって美味しそうに食べているのだから。
 その様子をムゥが見上げていると、はたと視線が合う。
 ブランシュはマドレーヌを少しとってムゥの口元に運んだ。
「? 食べたかったんじゃないの?」
「いや、もらう」
「あーん」
 ぱくりと食べるが、ムゥは複雑だ。とても複雑な気持ちだ。
 その手から食べさせてもらった。これは嬉しい。
 しかし帰るという自分の言葉より目の前の菓子。
 菓子に負ける自分の存在というのが寂しく、悲しい。
「……どうしました? こちらを見て。お菓子を召し上がりたいならどうぞ?」
「いや、うん……食べきれないから持って帰る?」
「バティスト様、良いのですか?」
 ぱあっと表情輝く。だからそういう表情はだめだとムゥは騒いだ。
 だから何がとブランシュは思う。
「こいつ、面倒くさいな……今まで通りには扱えなさそうだ。なぁ?」
 呆れたような声色でクロヴィスはこぼし、一番面白がっているアルベールへと投げた。
 アルベールはそうだなと笑うだけだ。
 それからしばらく、誰も話さずただブランシュが美味しそうに幸せそうに菓子を頬張るのを眺めるだけの茶会になった。
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