上 下
38 / 63

38.

しおりを挟む
「はーい、カフェオレどうぞー。……あら?」

 間一髪、ドアが開く前に俺と樹はシュバッと離れて微妙な距離に並んで座った。動悸がすごい。

「…ちょっと。何よこれ、樹。なんでこんなところにタンス動かしてんの?」

 おばさんは俺たちにカフェオレを渡してくれながら怪訝そうな顔をしている。そりゃそうだろう。奥の壁にどっしりと付けてあったでっかいタンスが何故だか部屋の中央付近に移動しているのだから。

「なんか、…変な虫が部屋の中にいて。見たこともない、変な虫が…。俺が怖くて騒いじゃったものだから、樹くんがやっつけようとして探してくれてまして…」

 俺は冷や汗をかきながら苦しい言い訳をする。

「そっ?!そうなんだよ、マジでキモい虫だったんだよ。なんか、…み、水色で」

 樹が乗っかってくる。

「へ?!水色?本当に?」
「お、おぉ。足がすげえいっぱいあって、なんか、…変な、角が、角みたいのが、いっぱい生えてた……」

 樹、やめろ。もういい。

「な、……何よそれ!ちょっと!パパ!パパー!」
「なんだ?どうした?」
「大変よ!とんでもない虫が出たみたい!ちょっと探してよ!水色で足と角がいっぱいある虫よ!」
「…何言ってるんだ。…そんな虫いるわけないだろう」
「いたって二人が言ってるのよ!」
「?!」

 え?!俺も?!

「二人とも見てるんだから間違いないわよ!探してよぉ~。そんなのが家の中のどこかにいるって思ったら気持ち悪くて夜も眠れないじゃん」
「…そうか。…よし、じゃあとにかく探すか。母さん、殺虫剤持ってきといてくれ」
「………………。」
「………………。」

 ご両親を置いて俺たちだけ逃げ出すわけにもいかず、結局二人していもしない架空の虫を探すふりをするのに小一時間費やした。



「だからね、……俺は完全に未経験なの。分かる?そんな、両想い?!わーい、じゃ、しようしようってはならないわけ。……ね?」
「………………そん、な……」

 もうのらりくらりかわすことは無理だと思った俺は、バス停までの帰り道、樹に言い聞かせるように説得する。樹はこの世の終わりのような顔をして俺の言葉を聞いている……そんなに?そこまでショック?顔が真っ青だ。

「……別に、一生しないなんて言ってないんだからさ……。もうちょっと、ゆっくり進めてほしいんだよ。…そりゃ樹はいいよ。だって、どうせ…、」
「……。」
「樹は、さ……。ね?す、……する側なんでしょ?」

 魂が抜けたような顔をしながら肩を落としてヨボヨボと歩いていた樹が、俺の言葉にピクンと反応を示す。

「あ、う、うん!俺が挿れたい!俺が!颯太に!」
「シーーッ!!分かったから!!……だからさ、想像してよ。俺の恐怖を……」
「……。う、うん」
「……もう少し待って。どうせお互いの家じゃそんなこと、できないんだから。……時間をかけてよ。ね?」
「……。俺、高校入ったらバイトするから」
「……。」
「ホ、ホテル代……、ホテル代を稼ぐんだ」
「…………はぁ」

 分かってくれてるんだろうか。どこまで理解してくれたのか不安だ。樹はすでに夢見る瞳でホテルホテルとうわごとのように言っている。受験が終わって想いを伝え合った途端、以前よりもだいぶおバカになってしまっている。

「ね?分かった?樹。…俺のペースを無視しないでよね」
「う、うん。もちろんだ。分かってるよ。…………ちなみに、どのくらい待てば大丈夫そう?」
「……。高校生の間は、まだ無理かも…」
「へ?!さ、3年?!ああああと3年?!い、いやいや、無理無理無理!俺が死んじまうよ!俺が!死ぬ!死ぬって!」
「ち、ちょっと!」
「無理だよそんなの!死んじまうよ俺!耐えられねーよ!死ぬ!死ぬぅぅぅ!」
「うるさいっ!」

 ぺちん

 通りすがりの人たちにジロジロ見られて恥ずかしくて、俺は樹のおでこをぺちんとやった。……ふぅ。やっと大人しくなった。

「…分からないよ、まだ。…少しずつ、ゆっくり。ね?」
「………………ふん…」

 子どもか。叱られた子どものような弱々しい声で頷いた樹に溜息がでる。やれやれ。
 
 ……先が思いやられる……。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

振られた腹いせに別の男と付き合ったらそいつに本気になってしまった話

雨宮里玖
BL
「好きな人が出来たから別れたい」と恋人の翔に突然言われてしまった諒平。  諒平は別れたくないと引き止めようとするが翔は諒平に最初で最後のキスをした後、去ってしまった。  実は翔には諒平に隠している事実があり——。 諒平(20)攻め。大学生。 翔(20) 受け。大学生。 慶介(21)翔と同じサークルの友人。

僕のために、忘れていて

ことわ子
BL
男子高校生のリュージは事故に遭い、最近の記憶を無くしてしまった。しかし、無くしたのは最近の記憶で家族や友人のことは覚えており、別段困ることは無いと思っていた。ある一点、全く記憶にない人物、黒咲アキが自分の恋人だと訪ねてくるまでは────

おっさんにミューズはないだろ!~中年塗師は英国青年に純恋を捧ぐ~

天岸 あおい
BL
英国の若き青年×職人気質のおっさん塗師。 「カツミさん、アナタはワタシのミューズです!」 「おっさんにミューズはないだろ……っ!」 愛などいらぬ!が信条の中年塗師が英国青年と出会って仲を深めていくコメディBL。男前おっさん×伝統工芸×田舎ライフ物語。 第10回BL小説大賞エントリー作品。よろしくお願い致します!

好きなあいつの嫉妬がすごい

カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。 ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。 教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。 「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」 ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」

ずっと、ずっと甘い口唇

犬飼春野
BL
「別れましょう、わたしたち」 中堅として活躍し始めた片桐啓介は、絵にかいたような九州男児。 彼は結婚を目前に控えていた。 しかし、婚約者の口から出てきたのはなんと婚約破棄。 その後、同僚たちに酒の肴にされヤケ酒の果てに目覚めたのは、後輩の中村の部屋だった。 どうみても事後。 パニックに陥った片桐と、いたって冷静な中村。 周囲を巻き込んだ恋愛争奪戦が始まる。 『恋の呪文』で脇役だった、片桐啓介と新人の中村春彦の恋。  同じくわき役だった定番メンバーに加え新規も参入し、男女入り交じりの大混戦。  コメディでもあり、シリアスもあり、楽しんでいただけたら幸いです。    題名に※マークを入れている話はR指定な描写がありますのでご注意ください。 ※ 2021/10/7- 完結済みをいったん取り下げて連載中に戻します。   2021/10/10 全て上げ終えたため完結へ変更。  『恋の呪文』と『ずっと、ずっと甘い口唇』に関係するスピンオフやSSが多くあったため  一気に上げました。  なるべく時間軸に沿った順番で掲載しています。  (『女王様と俺』は別枠)    『恋の呪文』の主人公・江口×池山の番外編も、登場人物と時間軸の関係上こちらに載せます。

キミと2回目の恋をしよう

なの
BL
ある日、誤解から恋人とすれ違ってしまった。 彼は俺がいない間に荷物をまとめて出てってしまっていたが、俺はそれに気づかずにいつも通り家に帰ると彼はもうすでにいなかった。どこに行ったのか連絡をしたが連絡が取れなかった。 彼のお母さんから彼が病院に運ばれたと連絡があった。 「どこかに旅行だったの?」 傷だらけのスーツケースが彼の寝ている病室の隅に置いてあって俺はお母さんにその場しのぎの嘘をついた。 彼との誤解を解こうと思っていたのに目が覚めたら彼は今までの全ての記憶を失っていた。これは神さまがくれたチャンスだと思った。 彼の荷物を元通りにして共同生活を再開させたが… 彼の記憶は戻るのか?2人の共同生活の行方は?

諦めた人生だった

ゆゆゆ
BL
若い伯爵夫婦の結婚式後の話。女装は最初だけ。基本的には受視点。

ハッピーエンド

藤美りゅう
BL
恋心を抱いた人には、彼女がいましたーー。 レンタルショップ『MIMIYA』でアルバイトをする三上凛は、週末の夜に来るカップルの彼氏、堺智樹に恋心を抱いていた。 ある日、凛はそのカップルが雨の中喧嘩をするのを偶然目撃してしまい、雨が降りしきる中、帰れず立ち尽くしている智樹に自分の傘を貸してやる。 それから二人の距離は縮まろうとしていたが、一本のある映画が、凛の心にブレーキをかけてしまう。 ※ 他サイトでコンテスト用に執筆した作品です。

処理中です...