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「わざわざ会いに来てくれてありがと」
「おぉ…、いや…、むしろ悪かったな。学校で騒ぎになっちまった…」
「別に大丈夫だって。いろいろ聞かれても、適当にあしらうよ」

 マンションから最寄りのバス停までついてきて送ってくれた颯太がニコニコしながらそう言った。笑ってくれて、一安心なんだけど……、ほ、本当にもう怒ってないのかな……。電話にも出てくれなくて不安でたまらなくてつい会いに来てみれば、予想以上に、いや、予想よりはるかに険悪な雰囲気を漂わせていて、さっきまで怖くてしかたなかった。もう完全に拒絶されている感じだった。嘘をついてしまったことを謝り、必死でご機嫌をとってみたけど……。

「ねぇ、樹」
「へっ?!……お、おぉ、何」

 内心まだビクビクしている俺は、颯太の一挙手一投足に過敏に反応する。不用意な一言でまた颯太の機嫌を損ねてしまうことが怖い。
 颯太は俺をじっと見つめて、確かめるように尋ねる。

「……本当に、彼女いないの?今」
「だ、だからいねーって。マジで」
「……そう」

 落ち着け。落ち着け、俺。汗が背中をタラリと流れる。これ以上緊迫感が続いたらもう口から心臓が飛び出そうだ。

「……あのさ」
「っ?!…………ん?」

 颯太が上目遣いに俺をじっと見つめている。何故だかほんの少しだけ、頬が赤くなっている。……珍しいな、颯太がこんな顔するなんて。どうしたんだろ。
 何を言われるのかビクビクしていると、改まってこんなことを聞かれる。

「……樹は、好きな人いる?」
「……へ?」

 な、なんだ、この質問……。なんでこんなことまだ聞いてくるんだろ。だから、彼女のことなら好きじゃないって……、ほ、他にいるのかってことか?……どう答えるのが正解なんだ?
 俺は真意を探りたくて颯太の瞳をじっと見つめ返す。…分からない。分からないけど、…好きな女がいるとは思われたくない。なんとなく。

「……いねーよ。そんなの」

 不安で掠れる声を絞り出してそう答えた。…この答え、正解なんだろうか…。

「……。そう」
「……おぉ」
「……。」
「……。」

 …怒っている風ではない。だけど、少し頬を染めたまま俺を見つめ続ける颯太はそう返事をしたきり何も喋らない。…え、何で?何でそんなにじっと見るんだよ。…ど、どうしたらいいんだ。

「…お、お前は…」
「……ん?」

 またもやって来た沈黙に耐えきれず、俺はつい聞き返した。

「…お前は、どうなんだよ。…いるのか?好きなヤツが」
「…………。…どう思う?」
「へ?」
「…いると思う?樹」
「……へ、……はっ、……えぇ?」
「…………。」

 な、何だよ。何で俺に聞き返すんだよ。それに、なんで……

「…………。」
「…………。」

 なんでそんなに…、そんな赤い顔して、そんな潤んだ目で。

 俺のことを、見つめてくんだよ……。

 ……ドクッ、ドクッ、ドクッ、ドクッ……

 自分の心臓の音が体中に大きく響き渡り、俺たちの間に微妙な空気が流れる。なんだよこれ。なんか……

「…………っ、」

 心臓が狂ったように早鐘を打ち続ける。颯太は黙ったまま、頬を染めて俺をじっと見つめている。潤んだ艶やかな瞳で、唇をきゅっと引き結んで……。

 なんかこいつ…、すげぇ、可愛い……

 その時、バス停にすっとバスが停まった。音を立ててドアが開く。

「……っ」
「…来ちゃったね。じゃあ、またね、樹。…気を付けて」
「……あ、あぁ。んじゃ、またな」
「ん」

 バスに乗り込んで空いている席の窓際に座り、外にいる颯太を見下ろす。颯太はニコニコしながら俺に手を振る。俺も軽く手を振りながら、高鳴る鼓動を抑えるために大きく息をついた。

 バスが動き出して颯太の姿が見えなくなると、俺は深い深い溜息をついた。
 …あぁぁぁ……、嘘を重ねてしまった……!だってなんか、あいつ怖ぇんだもん。あ、あんな怒ってるなんて思わなくて……。あんな颯太、生まれて初めて見た。

『……何が?』
『こないだの、何?』
『俺には関係ないし』

「……………………っ」

 先ほどの恐怖を思い出し、俺は頭を抱えた。あの綺麗な顔が能面みたいに表情を失っていて、いつも俺の傍でニコニコ笑ってくれている颯太とはまるで別人のようだった。普段優しいヤツほど怒ると怖いとかなんとか言うけど、まさにそれだ。あれに比べたらその辺の女が機嫌損ねてプリプリしてる時の方がよっぽどマシだ。
 何に対してこんなに怒っているのか、何が一番いけなかったのか、それさえ分からない後ろめたさで怯える俺は探り探り会話をするうちに、ついまた嘘をついてしまったんだ……。堂々と言ってしまった。もう別れてるし!……と。

「~~~~~っ!!」

 別れていなかった。

 ヤバい。もうヤバい、これは。よし、嘘を本当にしよう。まだ間に合う。もういい。あの女とのセックスは捨てよう。これ以上颯太の機嫌を損ねたくない。怒った颯太は本当に怖かった。もう嫌だ。二度と怒らせたくない。俺は心底懲りていた。

 ……それにしても。

 なんか、すっげぇ可愛かったな。帰り際の颯太。赤い顔して、俺をじっと見つめて…。なんか、ものすごくドキドキした。息が詰まるほどに可愛くて、思わず触れたくなった。あのタイミングでバスが来なかったら、俺は……、どうしていたんだろう。あの後、どんな会話をしていたんだろう。

「………………はぁ…」

 腕を組み、窓に頭をコツンとぶつけて寄りかかる。
 最近の俺は本当におかしい。女とヤる時に颯太を想像してめちゃくちゃ興奮したり、ふとした瞬間の颯太がやたらと可愛く見えて胸が締めつけられたり、とにかく颯太の機嫌が気になってしかたなかったり……。
 絶対にダメだ、ダメだと思っても、自慰をする時にまで颯太のことを想像してしまう始末だ。

「………………。」

 俺、もしかして……、やっぱり……。

 認めてはいけない。そう思って蓋をしていた自分の本当の気持ちが、抑えきれずに溢れてきてもうどうにもならない。
 蓋が外れてしまった。

『…どう思う?』
『…いると思う?樹』

 知らねぇよ。そんなの。

 でも、俺はいるよ、颯太。


 俺はついに降参した。



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