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「また明日ねー」
「うん、じゃあねー。バイバーイ」

 放課後、クラスの皆が次々に教室を出て帰っていく。部活動をしている生徒は各々の部室に向かっている。

「颯太、もう帰れる?」
「うん、ちょっと待って」

 部活がない日はよく一緒に帰っているクラスメイトたちが俺を待ってくれている。下校の準備が遅れていた俺は慌ててカバンの中に教科書やノートを詰め込んでいた。
 その時、すでに教室を出ていたクラスの女子の一人が飛び込んできて、まだ残っていた仲良しグループの女子たちのところに興奮しながらすごい勢いで駆け寄った。

「ねー!!聞いて!校門のところにさー、すっごいイケメンがいるの!」
「え?!うそ!」
「マジか!何歳ぐらい?若い?おっさん?」
「おっさんじゃないって!うちらと同い年くらいだよ!もうヤバいのマジで!!」
「えぇ!そんなに?!そんなカッコいい?!」
「えー!ちょっと待って!見たい見たい!」
「ヤバいちょっと私髪変じゃない?!」

 すごい興奮っぷりだ。思春期の女子は皆本当にイケメンが好きなんだな。男子は引き気味で遠巻きに見ている。僕はその会話を聞くともなしに聞きながら荷物をまとめてカバンを肩にかけた。
 
「えー、なんでいるんだろその人。誰か待ってんのかなー」
「分かんない!とりあえず行こ!帰っちゃう前に見なきゃ!あれはマジで一回見なきゃ!」
「高校生?中学?」
「中学生だよ、T中のカバン持ってたもん!」

(………………っ!)

 その言葉に俺の心臓がドクッと音を立てる。……T中……。間違いない。樹だ。絶対そうだ。

「…おい、帰るぞー颯太」
「……っ、ご、ごめん。俺ちょっと…、…先生に聞きたいことあるんだった。…先帰ってて」
「え、マジで?」
「うん、ごめん」
「ん、じゃあまた明日なー」

 帰っていく友達数人に手を振って見送る。すさまじいテンションの女子グループも慌てて教室を出て行った。

「……。」

 樹が来てるんだ。…多分、俺に会いに、だよね。もう避けるわけにもいかない。俺は腹をくくった。どんな顔して話せばいいのかまだよく分からないけど、…とにかく行くしかない。

 時間を置いてある程度生徒が帰ってから、俺はゆっくりと校門に向かった。できれば周りに騒がれたくない。あんな目立つ男と友達だと知れたら、明日からあの女子グループみたいな子たちに質問攻めにされそうだ。

 靴箱で靴を履き替えて、緊張しながら門に向かう。

「…………げ」

 目立たないようにしたつもりだけど……、無理そうだ。樹が女子に囲まれている。
 積極的な女子たちが樹を質問攻めにしていた。

「じゃあ彼女待ってるんじゃないんだー」
「あー…、うん、そう。友達がいて…」
「えー、誰ー?」
「ねぇ、ライン教えてくれる?私とも友達になってぇ」
「彼女いますかー?」

 樹が困り切った顔を上げた瞬間、目が合ってしまった。

「……っ、颯太!」
「…………。」

 …気まずい…。

「えー!友達って滝宮くんだったの?!」
「えー!うそー」
「…ごめん、ちょっと…、…こいつと用事があるから……また……」
「えぇぇ~」

 騒ぎ始めた女子たちの間から樹を引っ張り出して強引にその場を離れた。



「……っ、」
「………………。」

 樹は時折こちらをチラチラ見ながら、何か言いたそうにしている。俺は下を向いたまま黙々と歩いた。沈黙に耐えきれなくなったのか、ついに樹がうわずった声で話しかけてきた。

「なっ、なんか、ごめんな。…目立つマネしちまって…」
「……。」
「…連絡がとれなかったからさ、…お前と…。げ、元気かなーと思って…、つい、ここまで…」

 自信なさげな声はだんだん尻すぼみになっていく。

「…いいよ、別に。…女子に何か言われても適当にあしらっておくから」

 俺は樹の方を見ないままに答えた。

「…………っ」
「……。」

 また沈黙が続く。…何を伝えたくてここまで来たんだろう。聞きたくなくて、話しかけられない。俺はただ黙って自宅マンションの方向に歩き続けた。樹の気遣うような雰囲気が伝わってくる。

 マンションが見えてきた頃、ついに樹が核心に触れた。

「な、なぁ」
「……。……ん?」

 樹が立ち止まって話しかけてきたから、俺も渋々立ち止まる。ようやく顔を上げて樹を見ると、今にも泣きそうな困り果てた表情をしていた。…俺は今どんな顔をしているんだろう。

「……っ、…こっ、こないだのこと…。…………ごめん」
「……。…何が?」
「えっ?……や、……何って、だから……」
「………………。」

 樹が困っているのにフォローもしてあげずに黙って次の言葉を待っている。…俺も大概可愛げがないな。我ながら嫌になる。胸の中にドロドロと渦巻くものに支配されて、困っている樹をかわいそうだと思う反面、もっともっと困ればいいと思う気持ちの方がはるかに強かった。

「……こないだのことだよ」
「…こないだの、何?」
「だ、だから……っ」
「………………。」
「……う、嘘ついて……ごめん、本当に」
「………………。」

 ……あーあ。ついに認めちゃった。樹が。俺に嘘ついてたって。本当は彼女がいるんだって。胸の中のドロドロが一気に冷えて全身を覆いつくして固まっていくようだった。

「……別に。謝ることないよ。ただ俺に言いたくなかっただけでしょ。気にしないから。俺には関係ないし」
「…………っ、」

 ……しまった。
 思っていた以上に冷え切った声が出てしまった。思わず樹を見ると、その真っ青な顔には絶望感がまざまざと浮かんでいた。…今のはさすがにかわいそうすぎる。言い過ぎてしまった。傷付けた。

「………………ご、め」
「いいって。本当気にしてないから。変なところ見ちゃってちょっと気まずかっただけ。ふふ。やっぱりモテモテなんだね、樹って」

 俺は気力を振り絞って笑顔を作り、できるだけ明るい声を出す。もういいよ、そんなに落ち込まないで。樹にそんな顔、させたくない。

「……べつに……、そんなわけじゃ……」
「また嘘ばっかり。さっきだってうちの学校の子たちにすごい囲まれてたじゃん。ふふ。樹がモテないわけない。……彼女なんでしょ?こないだの子」
「…………。」

 なんでそこで黙るんだよ。もういいよ。さっさととどめを刺してよ。俺は追い打ちをかける。

「…あの子のことが、好きなんだね」
「好きじゃねーよ!!」
「っ?!」

 俯いて落ち込んでいる様子だった樹が、突然弾かれたように顔を上げて大きな声を出す。その勢いに俺は驚いて樹の顔を見る。

「全然好きとかじゃねーよ!!……いや、そ、その、……た、たしかに少しだけ、付き合ってみた、けど……、…………もう、別れてるし!」

(……えっ?)

「……そうなの?」

 意外な言葉につい嬉しさを隠しきれずに反応してしまう。俺は祈るような気持ちで樹を見つめた。樹は額に汗を浮かべている。

「お、おぉ…。…なんか、…告られたから一応付き合ってみたけど……、ぜ、全然好きになれねーから、すぐ別れたし。もう彼女じゃねーよ」
「…そう、なんだ」
「…そうだよ」

 ……そっか。……そっかぁ。
 ポーカーフェイスを貫かなきゃいけないのだと分かっているのに、俺は安心して、嬉しくて、頬にじんわりと熱が集まってしまうのを感じていた。




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