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思春期の学生たちは周囲の色恋沙汰に敏感だ。同じ学校の同じ学年の生徒のことともなると噂はあっという間に広まるし、特に仲良くない子の恋愛話でも皆よく知っている。
その日の塾の帰り、繁華街のバス停でバスの到着を待っている間、俺は呆然としながら考えていた。これまでの自分と一緒にいた時の樹の言動を。
時折会った時の樹との会話を一つ一つ思い出してみても、今まで一度も女の子の話題になったことはなかった。彼女ができた、なんて、もしそうなら樹のことだ、俺に喜々として報告してきそうな気もする。でも…。
同じクラスの、すごく可愛い子。1年のときにも、3年の先輩と…。…樹なら、それもあり得る気がする。だって、あんなにカッコいいんだ。女子が放っておくはずがない。
「…………はぁ」
ものすごく気分が沈んでいた。嘘であってほしい。でも、もし今日聞いた噂話が嘘であったとしても、樹にはきっとすぐに彼女ができる日がやってくる。
…俺は、その時耐えられるんだろうか。
小さな子どもの頃から、ずっと樹だけを想ってきた俺は。
モヤモヤした暗い気持ちを抱えたまま、バスに乗って家に帰った。
次に樹が会いに来てくれたのは、6月の曇り空の週末だった。空が曇っていても、樹の顔が見られるだけで俺の心はいつも晴れ渡った。だけど、塾であの話を聞いてしまった時以来心の中にある不安の固まりがなくなることはなくて、その日は気持ちの隅っこに空と同じような色のモヤモヤがごろんと転がっていた。
近くのファーストフード店のカウンターに並んで座り、いつもと同じようにたくさんお喋りをする。やっぱりカッコいいな、樹は。小さな頃からずっと見てきたはず樹の顔に、今でもつい見とれてしまう。本人は全然気づいてなさそうだけど、店内にいる他の女の子たちが時折こちらを見ながら目を輝かせてせてヒソヒソと話している。
そんな中、樹は俺のことだけを見ながらいろんな質問をしてくる。部活のことや学校のこと、最近何が好きかとか、何気ない会話の中でふいに樹が俺に言った。
「で?お前彼女とかできた?」
「……っ」
頬杖をついて唇の端を上げた樹が、俺を見ながら唐突にそんな質問をする。心臓が飛び上がって、思わずごくりと喉が鳴った。
「…まさかー。できるわけないじゃん。なんで急にそんなこと聞くの?」
「や、なんとなく。もうそろそろそんなお年頃かなーと思ってさ。学校に好きなヤツとかいねーの?」
こんな会話になるなんて。胸がドキドキし始めた。今だ。このタイミングでなら、こっちもさり気なく聞き出せる。聞きたくないけど、…でも、このままじゃずっと気になってしかたない。緊張のあまり体が強張り、喉に空気の塊か何かが詰まったような感じがした。声が震えないように意識しながら、俺は考えるそぶりを見せつつ答えた。
「んー、好きな人かぁ。別にいないなぁ…」
そんなそぶりなんてしなくても、俺の好きな人は今横にいるんだから学校にいるはずはないのだけど。
「マジか。枯れてんなーお前」
「失礼だな。だって本当に興味ある子がいないんだもん、そういった意味では」
「へえ」
「…樹は?モテるからもう彼女ぐらいいるんじゃない?」
あぁ、ついに聞いてしまった。嫌だ。神様、お願いします。聞きたくない答えじゃありませんように。
顔には一切出さずに心の中で必死に祈る。樹はあっさり答えた。
「いねーよそんなの。…何でお前、俺がモテまくりなこと知ってんだよ」
……え?!……いないの?
…嬉しい。よかった。一瞬にして心が天高く舞い上がってしまう。でもそれを悟られないように細心の注意を払いつつ俺は会話を続けた。
「ふふ、モテまくりかどうかは知らないけどさ。樹ならモテないはずがないと思って」
「…何でだよ」
「だって、カッコいいし」
俺の言葉に樹の方が一瞬固まった。
「……何だよ急に……」
「カッコいいし、運動神経抜群だし、背も高いし、話してて楽しいし。…女子が放っておくはずないと思って」
「…何でそんな褒めんだよ急に。金ならねーぞ」
「いらないよ、バカ」
ふふ。照れてる。少し赤くなった顔を背けてコーラを飲んでいるその姿が可愛くて、俺は樹から望む答えが返ってきた嬉しさもあいまって胸がきゅうっと甘く締め付けられるようだった。あまりにも嬉しくて、ついもう一度確認したくなった。
「……本当にいないの?樹」
「いねーってば」
「…そっかぁ」
どうでも良さげにさらりと樹が答える。…嬉しい。よかった。ただの噂だったんだ。ってことはきっと1年のときに3年生と付き合ってたっていうのも、アテにならない噂話だよね。樹がカッコよくて目立つもんだから、いろんな尾ヒレがついた噂話だけが先行しちゃったんだろうな。
本人の口からはっきり否定してくれて、あまりの嬉しさと安心感で思わず顔がニヤけてしまう。でもボケーッと外の景色を見ながらコーラを飲んでいる樹には見られずに済んだ。
その日の塾の帰り、繁華街のバス停でバスの到着を待っている間、俺は呆然としながら考えていた。これまでの自分と一緒にいた時の樹の言動を。
時折会った時の樹との会話を一つ一つ思い出してみても、今まで一度も女の子の話題になったことはなかった。彼女ができた、なんて、もしそうなら樹のことだ、俺に喜々として報告してきそうな気もする。でも…。
同じクラスの、すごく可愛い子。1年のときにも、3年の先輩と…。…樹なら、それもあり得る気がする。だって、あんなにカッコいいんだ。女子が放っておくはずがない。
「…………はぁ」
ものすごく気分が沈んでいた。嘘であってほしい。でも、もし今日聞いた噂話が嘘であったとしても、樹にはきっとすぐに彼女ができる日がやってくる。
…俺は、その時耐えられるんだろうか。
小さな子どもの頃から、ずっと樹だけを想ってきた俺は。
モヤモヤした暗い気持ちを抱えたまま、バスに乗って家に帰った。
次に樹が会いに来てくれたのは、6月の曇り空の週末だった。空が曇っていても、樹の顔が見られるだけで俺の心はいつも晴れ渡った。だけど、塾であの話を聞いてしまった時以来心の中にある不安の固まりがなくなることはなくて、その日は気持ちの隅っこに空と同じような色のモヤモヤがごろんと転がっていた。
近くのファーストフード店のカウンターに並んで座り、いつもと同じようにたくさんお喋りをする。やっぱりカッコいいな、樹は。小さな頃からずっと見てきたはず樹の顔に、今でもつい見とれてしまう。本人は全然気づいてなさそうだけど、店内にいる他の女の子たちが時折こちらを見ながら目を輝かせてせてヒソヒソと話している。
そんな中、樹は俺のことだけを見ながらいろんな質問をしてくる。部活のことや学校のこと、最近何が好きかとか、何気ない会話の中でふいに樹が俺に言った。
「で?お前彼女とかできた?」
「……っ」
頬杖をついて唇の端を上げた樹が、俺を見ながら唐突にそんな質問をする。心臓が飛び上がって、思わずごくりと喉が鳴った。
「…まさかー。できるわけないじゃん。なんで急にそんなこと聞くの?」
「や、なんとなく。もうそろそろそんなお年頃かなーと思ってさ。学校に好きなヤツとかいねーの?」
こんな会話になるなんて。胸がドキドキし始めた。今だ。このタイミングでなら、こっちもさり気なく聞き出せる。聞きたくないけど、…でも、このままじゃずっと気になってしかたない。緊張のあまり体が強張り、喉に空気の塊か何かが詰まったような感じがした。声が震えないように意識しながら、俺は考えるそぶりを見せつつ答えた。
「んー、好きな人かぁ。別にいないなぁ…」
そんなそぶりなんてしなくても、俺の好きな人は今横にいるんだから学校にいるはずはないのだけど。
「マジか。枯れてんなーお前」
「失礼だな。だって本当に興味ある子がいないんだもん、そういった意味では」
「へえ」
「…樹は?モテるからもう彼女ぐらいいるんじゃない?」
あぁ、ついに聞いてしまった。嫌だ。神様、お願いします。聞きたくない答えじゃありませんように。
顔には一切出さずに心の中で必死に祈る。樹はあっさり答えた。
「いねーよそんなの。…何でお前、俺がモテまくりなこと知ってんだよ」
……え?!……いないの?
…嬉しい。よかった。一瞬にして心が天高く舞い上がってしまう。でもそれを悟られないように細心の注意を払いつつ俺は会話を続けた。
「ふふ、モテまくりかどうかは知らないけどさ。樹ならモテないはずがないと思って」
「…何でだよ」
「だって、カッコいいし」
俺の言葉に樹の方が一瞬固まった。
「……何だよ急に……」
「カッコいいし、運動神経抜群だし、背も高いし、話してて楽しいし。…女子が放っておくはずないと思って」
「…何でそんな褒めんだよ急に。金ならねーぞ」
「いらないよ、バカ」
ふふ。照れてる。少し赤くなった顔を背けてコーラを飲んでいるその姿が可愛くて、俺は樹から望む答えが返ってきた嬉しさもあいまって胸がきゅうっと甘く締め付けられるようだった。あまりにも嬉しくて、ついもう一度確認したくなった。
「……本当にいないの?樹」
「いねーってば」
「…そっかぁ」
どうでも良さげにさらりと樹が答える。…嬉しい。よかった。ただの噂だったんだ。ってことはきっと1年のときに3年生と付き合ってたっていうのも、アテにならない噂話だよね。樹がカッコよくて目立つもんだから、いろんな尾ヒレがついた噂話だけが先行しちゃったんだろうな。
本人の口からはっきり否定してくれて、あまりの嬉しさと安心感で思わず顔がニヤけてしまう。でもボケーッと外の景色を見ながらコーラを飲んでいる樹には見られずに済んだ。
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