上 下
6 / 63

6.

しおりを挟む
 俺たちは中学生になった。
 入学式の日、ブカブカの学ランがすげぇ嫌で俺は不機嫌に体育館の席に座っていた。なんだこれ。すげぇダサい。恥ずかしい。いいかんじのサイズのやつを毎年買い替えてくれよおかん!と言ったらガツンとゲンコツされた。最近はゲンコツの勢いもひどい。前はもっと優しかった気がする。

 入学式の次の日から、やたらと女の先輩たちにチヤホヤされるようになった。俺を見るためにわざわざ休み時間に教室の窓際にやって来る人たちもいた。

「ほら!あの子あの子」
「ほんとだー!えー、めっちゃカッコいいじゃん」
「何だっけ?名前」
「立本樹くんだよ。たちもといつき」
「立本くーん」
「ねぇ彼女とかいるのー?」
「きゃはははは」

 キャイキャイ言いながら無遠慮にこっちを指差してジロジロ見たり手を振ってきたりする。クラスの中で浮いてしまいそうでものすごく居心地が悪い。先輩たちが見に来たりするもんだからクラスの連中が引いている。誰も俺に近寄って来ずに、遠巻きにヒソヒソしている。頼むからやめてくれ。下手したら友達ができないじゃないか。上級生だと思うと無視することもできずに俺は曖昧にぺこりと頭を下げる。するとまたキャーッと黄色い声が上がった。
 元々小学校からの仲間も何人もいたし、持ち前のコミュ力を発揮してどうにかクラスに馴染むことはできたが、2週間もするといきなり知らない3年生から告られた。誰か知らないがめちゃくちゃ可愛い人だった。

「立本くんって彼女いるの?」

 突然呼び出されたかと思うとそんなことを言われ、俺は戸惑った。いやいや…ついこないだまで俺小学生だったんだけど。や、そりゃいるヤツはいるけどさ、小学生でも彼氏だの彼女だの。俺はまだ全くそういうのには興味がなかった。俺の興味の対象は遊びとスポーツと颯太だけだった。

「……や、いない、です……はい」

 やけに垢抜けた可愛い年上の人を目の前にして俺は緊張してもごもごと返事をする。こういうタイプの人と喋ったことがなかった。まごついた俺の様子を見て、先輩は自信満々にこう言った。

「そっかー。…あのさ、…あのね。よかったらなんだけど…、私と付き合わない?」
「…………。え、っとぉ……」

 だから……何故?何故そうなる?全く知らない人じゃんかお互いに。バカなガキの俺でもうっすら分かった。おそらくこの人は俺のことをただ自分のステータスの一つに加えたいのだろうと。学校一可愛くてイケてて、しかも彼氏はカッコよくて皆にキャーキャー騒がれてた新入生。自分で言うのもなんだけど。うわぁ…なんかすげぇ嫌だ。でも経験不足の俺は上手い断り文句を思いつかない。入学早々に3年の女の先輩を泣かせたりしたら、俺虐められるんじゃないか?3年の男の人たちに。どうすればいいんだ。
 何て答えたらいいのか分からず黙っていると、先輩は俺が照れているとでも思ったのか、自分の都合のいいように解釈したらしい。

「じゃあ決まりね。今日から立本くんは、私の彼氏。ね?」
「……。」

 入学して2週間で、年上の彼女ができてしまった。


 中学生たちは人の色恋話が大好きな生き物だ。俺とその可愛い先輩とのことは次の日には学校中に知れ渡った。
 すげーすげーと囃し立ててくる友達。ヒソヒソと俺を遠巻きに見ながら何やら話している女子。すれ違いざまに露骨に舌打ちしてくる男の先輩。俺はあっという間に学校の中で有名人になった。
 俺は困っていた。“彼女”になった先輩に全く興味が湧かない。それよりも友達と遊びたいし、部活に打ち込みたい。俺はサッカー部に入部していた。
 でも先輩は毎日俺のクラスまでやって来ては俺を引っ張り出して二人きりになりたがる。昼休みは弁当を食べ終わる頃必ず来るし、放課後は俺の部活が終わるのを待って一緒に帰りたがる。正直面倒くさくてたまらなかった。だけど入学したての1年坊主の俺にはまだこの人を邪険にする勇気は出なかった。

「ねぇ、今日ね、うち親いないんだ。…少し寄って帰る?」

 ある日の帰り道、先輩にそう言われた。

「はぁ…、はい」

 俺は深く考えずに返事をした。先輩は嬉しそうに微笑みながら俺の腕に手を回してきた。

 先輩のうちは俺のマンションからそんなに離れていなかった。二階建ての一軒家だ。先輩は俺を引っ張るようにして半ば強引に玄関の中に入れると、二階に上がるように指示する。

「お、おじゃましまぁす…」

 親のいない女の先輩のうちに勝手に上がり込む。俺はなんとなくビクビクしながら先輩に従った。

 部屋の中はいかにも女の子って感じの雰囲気で、ぬいぐるみやガーランドで可愛らしく飾られていた。なんだかすごく場違いな所に迷い込んでしまった気分で居心地が悪い。

「いっくん、座って」

 先輩に促され、ベッドの横のラグの床に並んで座る。それからしばらく盛り上がらない会話をした。全然楽しくなくて早く帰りたい。途中で先輩が言う。

「ねぇ、何でいつまでも先輩って呼ぶの?彩音って呼んでよ」
「えっ、あぁ、…すんません」
「呼んで」
「……あやね」
「ふふっ。いいかんじ。嬉しい」

 先輩は可愛らしく首を傾けて微笑む。きっとこんなかんじの仕草で同級生とか次々に落としまくってきたんだろうな。
 しばらくすると、唐突に先輩が言った。

「ねぇ、…いっくんって、キスとかしたことあるの?」

 ……え?



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 まったり書いていきます。 2024.05.14 閲覧ありがとうございます。 午後4時に更新します。 よろしくお願いします。 栞、お気に入り嬉しいです。 いつもありがとうございます。 2024.05.29 閲覧ありがとうございます。 m(_ _)m 明日のおまけで完結します。 反応ありがとうございます。 とても嬉しいです。 明後日より新作が始まります。 良かったら覗いてみてください。 (^O^)

告白ゲーム

茉莉花 香乃
BL
自転車にまたがり校門を抜け帰路に着く。最初の交差点で止まった時、教室の自分の机にぶら下がる空の弁当箱のイメージが頭に浮かぶ。「やばい。明日、弁当作ってもらえない」自転車を反転して、もう一度教室をめざす。教室の中には五人の男子がいた。入り辛い。扉の前で中を窺っていると、何やら悪巧みをしているのを聞いてしまった 他サイトにも公開しています

無自覚両片想いの鈍感アイドルが、ラブラブになるまでの話

タタミ
BL
アイドルグループ・ORCAに属する一原優成はある日、リーダーの藤守高嶺から衝撃的な指摘を受ける。 「優成、お前明樹のこと好きだろ」 高嶺曰く、優成は同じグループの中城明樹に恋をしているらしい。 メンバー全員に指摘されても到底受け入れられない優成だったが、ひょんなことから明樹とキスしたことでドキドキが止まらなくなり──!?

雪は静かに降りつもる

レエ
BL
満は小学生の時、同じクラスの純に恋した。あまり接点がなかったうえに、純の転校で会えなくなったが、高校で戻ってきてくれた。純は同じ小学校の誰かを探しているようだった。

しのぶ想いは夏夜にさざめく

叶けい
BL
看護師の片倉瑠維は、心臓外科医の世良貴之に片想い中。 玉砕覚悟で告白し、見事に振られてから一ヶ月。約束したつもりだった花火大会をすっぽかされ内心へこんでいた瑠維の元に、驚きの噂が聞こえてきた。 世良先生が、アメリカ研修に行ってしまう? その後、ショックを受ける瑠維にまで異動の辞令が。 『……一回しか言わないから、よく聞けよ』 世良先生の哀しい過去と、瑠維への本当の想い。

【完結・BL】DT騎士団員は、騎士団長様に告白したい!【騎士団員×騎士団長】

彩華
BL
とある平和な国。「ある日」を境に、この国を守る騎士団へ入団することを夢見ていたトーマは、無事にその夢を叶えた。それもこれも、あの日の初恋。騎士団長・アランに一目惚れしたため。年若いトーマの恋心は、日々募っていくばかり。自身の気持ちを、アランに伝えるべきか? そんな悶々とする騎士団員の話。 「好きだって言えるなら、言いたい。いや、でもやっぱ、言わなくても良いな……。ああ゛―!でも、アラン様が好きだって言いてぇよー!!」

僕のために、忘れていて

ことわ子
BL
男子高校生のリュージは事故に遭い、最近の記憶を無くしてしまった。しかし、無くしたのは最近の記憶で家族や友人のことは覚えており、別段困ることは無いと思っていた。ある一点、全く記憶にない人物、黒咲アキが自分の恋人だと訪ねてくるまでは────

処理中です...