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美晴は自己評価が低い④
しおりを挟むこれまでにないほど狂ったように互いを激しく求め合い、ようやく俺が美晴を解放した頃にはもう美晴は意識を手放していた。ぐったりとして汗だくの体のまますぅっと眠ってしまった美晴の体をタオルで綺麗に拭いてやりながら、俺は気まずさと申し訳なさを感じていた。
(執着心剥き出しの欲をぶつけてしまった……思いっきり……。……どうするよ、……今ので完全に引かれてたら……)
我に返るとまた美晴にフラれる恐怖が襲ってくる。
女たらしだった俺に愛想を尽かしてしまったんじゃないかと不安になって、強引に気持ちを取り戻そうと……こんな風に抱いて……。お、俺は一体何をしてるんだ……。こんなことして、ピュアな美晴には逆効果だったんじゃねぇか……?
(美晴……)
すっかり気落ちしてしまった俺は祈るような思いで美晴の穏やかな寝顔を見つめる。それだけじゃ物足りず、横に滑り込み頭の下にそっと腕を差し入れ、優しくその細い体を抱き寄せた。布団をふわりと被せる。
「……。……ん…………」
少しもそもそと動いた美晴はそれでもまだ起きずに、俺にぴとっとくっついてまたスヤァ…と穏やかな寝息をたてはじめた。
……さっきは俺を好きだと言ってくれた。離れない、と。…だけどあんなヤってる最中の理性のなくなった頭に無理矢理言わせた言葉、まったくアテにならないことぐらい分かってる。
どうしようもなく不安な気持ちを抱えたまま、俺は美晴の額に唇を押し当て、守るように全身を優しく包み込む。
……こうやって肌を触れ合わせているだけで、俺の想いが美晴に全部伝わったらいいのに。
……あぁ、響さんの匂いだ……。落ち着くなぁ……。
……響さん、……だいすき…………
「…………。……ん、…………ん?」
(……。……あれっ……、えっと、……いま、)
何時だっけ?何してたんだっけ……??
ぼんやりと意識が戻ってきてもまだ直前の記憶を引き出せないでいると、大好きな声が聞こえてきた。
「……よぉ、美晴。……大丈夫か?」
「…………ぁ、……ひびきさん……」
すぐそばに響さんがいた。僕は響さんの腕枕で気持ちよく眠っていたみたいだ。
(……。……っ!あ!!そ、そうだ)
やっと思い出した。なんか、響さんが、ぼ、僕に、フラれたら生きていけないだの、捨てないでくれだの、……僕が考えていたのと同じようなことを言いだして……、
それで、急に、……あんなことに……。
僕が思い出すのと同時に、響さんが少し悲しそうな顔で僕の頭を撫でながら言った。
「……なぁ、俺を信じてくれてるか?美晴。俺にはお前だけなんだよ。何度も言ってるだろ?……な?」
「は、はい…」
「大事にするよ、美晴。今までよりもっと。お前がそばにいてくれるなら、何でもするからさ」
「ひ、ひびきさん…」
「……離れないでくれよ。……愛してるんだ、美晴。……分かるか?ちゃんと分かってるか?俺の気持ち」
「あ、あの」
「他の男に走ったりしたら、……殺してやるからな。……相手の男を。お前の目の前で」
なんかだんだんヤンデレみたいな不穏なことを言い出した響さんがちょっと怖くなって、僕は慌てて口を挟む。
「な、何で僕が他の男の人に走る設定になってるんですか。僕こそいつも言ってるじゃないですか!僕には響さんだけだって」
「……。……今でもそう思ってるのか?」
「??……あ、当たり前でしょ。……何ですか?今でもって」
「俺と別れてもっと自分に似合うヤツのところに行こうとか、ほんの1ミリも思ってねぇか?」
「へぇ?お、思うわけないじゃないですか!むしろ、ぼ、僕の方こそ……、……響さんが、……僕に、そ、そろそろ飽きて、…綺麗な女の人のところに行っちゃうんじゃないかって…」
「はぁっ?」
「不安だったのに……。な、なんで僕が……。そんなはずないじゃないですか」
「だってお前……、なんかすげぇ様子が変だったからよ。……さっき俺が女に声かけられてまた嫌な思いさせたから、もう嫌になったんじゃねぇかと…」
響さんは悪戯が見つかった気まずい子どもみたいな口調でブツブツと言い訳のようにそう言いだした。
「嫌になんかなりませんよ。僕はただ……、響さんに声をかけてきたあの人があまりにも綺麗だったから……。…響さんとお似合いすぎて、……落ち込んでしまっただけです。…僕とは、全然違う…」
「………………。……は??」
「あ、あんな綺麗な人が響さんの周りにはたくさんいて、そんな中で、響さんがわざわざ僕を選んでくれて……。それだけでも、奇跡みたいなことなのに、」
「………………え」
「もしかしたら、響さん……、もうすぐ僕に飽きて、ああいうお似合いの人のところに行ってしまうんじゃないかって……。そんな風に思ったら、なんか、ものすごく……落ち込んでしまって……」
「……………………。」
「ご、ごめんなさい。逆に僕の方が響さんのことを不安にさせてしまったんですね」
「……………………。」
「……。……?……響さん?」
響さんはなぜだか僕の顔をポカーンと見つめている。僕が少し腕を揺さぶって声をかけると、ハッとしたように話しだした。
「あ、いや、わりぃ。……え?お、お前、……さっきのあの女が自分よりも俺にお似合いとか、そんな風に思ったわけ?」
「はい」
「……。え?……美人だから?」
「うん」
「…………。お前より?」
「そりゃそうですよ」
「そ、そうか」
響さんはなぜだか怪訝な顔をしていたけれど、気を取り直したように僕をギュッと抱きしめておでこやほっぺにキスをしてくれる。
「俺がお前から他の女に乗り換えることなんか一生ねぇよ。安心しろ。出会った時から今までずっと、…お前だけが特別なんだからよ」
「……響さん…………」
「お前は他の誰とも違う。この俺がこんなにメロメロになってんだぞ。自信持てよ」
「……ふふ」
「愛してるよ、美晴。……ごめんな、さっき……無理矢理して」
「……え、べ、べつに、……無理矢理では、ない、です」
僕がそう答えてなんだか恥ずかしくて真っ赤になると、響さんはクスリと笑った。
「すげー燃えたな」
「……うん」
二人してくっついたままクスクス笑った。
……僕も愛してます。響さん…。
翌日の朝。俺はどうも腑に落ちなくて洗面所でシャカシャカ歯を磨きながら首をひねっていた。
(……うーーー…ん…………)
部屋のカーテンを開けた美晴が流行りの歌をご機嫌に口ずさみながら洗面所にやってくる。今朝もめちゃくちゃ可愛い。尋常じゃねぇ。顔を洗おうとしているのだろう。先に歯を磨き終わった俺はタオルで顔を拭きながら楽しげなその横顔を見つめる。洗顔フォームを片手にしゅわしゅわ出している美晴に、改めて尋ねる。
「なぁ、美晴」
「ん?」
この「ん?」の時の顔だけでもう力が抜けそうになる。はーー……天使……。
「お前さ、俺の顔、どう思う?」
「えっ?響さんの顔?」
「ん」
「すっごくカッコいいと思います!眉毛の形が綺麗でー、」
美晴は洗顔フォームの乗っていない片手で俺の顔をペタペタ触りはじめた。
「この切れ長の目尻が特に色っぽくてすごく素敵です!あと鼻筋も……ほら、スーッと真っ直ぐで完璧に整ってて、唇も、……なんでこんなに素敵なのか不思議なくらい、全部がカッコいい」
「……そうか。気に入ってくれててよかったよ」
「ふふ」
話は終わりとばかりに顔を洗おうとする美晴に、本当に聞きたかったことを聞いてみる。
「じゃあ、自分の顔は?お前、自分の顔どう思ってるんだ?」
「え?僕のですか?」
「ん」
「……。」
美晴は目の前の鏡をジッと見つめる。しばらくすると眉間に皺を寄せて答えた。
「……普通ですね。ごくごく、普通」
「普通?」
「はい。これと言って何も特徴がないというか……、もう、本当にふっつーの……。め、め、はな、くち、おわり。みたいな」
「…………そうか」
しゃかしゃかしゃか……
それだけ答えると美晴はしゃかしゃかと適当に顔を洗いはじめた。
「…………。」
俺が美晴に骨抜きになっている理由はもちろん顔だけじゃない。こいつは本当にピュアで健気で可愛くて優しくて、一緒にいて癒されるし、守ってやりたくてしかたない。
だけど顔も抜群に可愛いんだ。美晴は冗談抜きで本当に整った美しい顔立ちをしている。透明感もすごい。美人を見慣れている俺でさえ、一目見て心を奪われたレベルだ。
美人を見て美人だと言い、俺の顔をすっごくカッコいい!と言う。普通に審美眼は備わっているはずなのに、なぜ自分の容姿にだけそれが反映されていないんだろうか。
(うーーーーん……。本当に謎だ……)
美晴は自己評価が低い。
ーーーーー end ーーーーー
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