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美晴は自己評価が低い①

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「…………。」
「……………………。」
「…………っ、……ゴホッ……。……さ、むかったなー外。……ココアか何か飲むか?」
「……。ううん、いいです」
「……そ、…………そっか…」
「…………。」
「…………あ、……あのさぁ、……み」

 パタン。

「…………………………。」

 …………閉めた………………。
 ドア…………閉めた…………。
 美晴が…………。

 デートから帰ってきて、熱いココアでも入れてやろうとぎこちなくキッチンに移動していた俺は、ドアが閉まったことに絶望してその場にへたり込んだ。

 嘘だろ……。なんでだよ…………。
 まさか、…………まさか………………、

 こ、こんなことになるなんて…………。




 事の発端はほんの2時間ほど前のこと。
 いつも通りの楽しい週末。美晴と出かけてクリスマス用のインテリアだの日用品だのいろいろと買い物をして、欲しそうに見ていたキッチン用品も買ってやって。
 さて、そろそろ帰るかという時になって、駐車場に向かって人通りの多い道を歩いていた俺と美晴の後ろから女の声がした。

「相良さぁーん!」

(……ん?)

 俺が何気なく振り返ると、知り合いの女が駆けよってきた。正確に言えば数年前にコンパか何かで知り合って以来の、……まぁ、時々そういう関係だった子だ。もちろん美晴とこうなってからは一切連絡はとっていない。モデルばりの美人だからこんな街中でもめちゃくちゃ目立っている。

「あーやっぱりぃ!カッコいいから後ろ姿ですぐ分かった!うふふ」
「……おー、久しぶり」

 そうは言っても美晴の前では会話さえしたくない相手だ。美晴を裏切ったことは一度もないが、過去に関係があった女と目の前で喋るのはなんかものすごく後ろめたい。俺は今すぐにでも会話を切り上げたくてじゃあなと言おうとしたが、向こうはテンションが上がっているのか突如マシンガントークが始まった。なれなれしく俺の腕をキュッと握ってペラペラと喋りはじめる。両手に荷物を持っていてその手を引き剥がすこともできない。

「よかったぁ偶然でも会えて!ねーぇ何で最近全然返信くれないのぉ?何回も連絡してるのにぃ。ヒナちゃんたちがね、覚えてる?ほら、私たちが出会ったときのコンパにいた子ね、あのボブの子。まぁ今はロングなんだけど。会いたがってるんだよー相良さんに」
「あ…」
「私は二人っきりでも全然会いたいんだけどね。ふふ。まぁ言ってないから、私たちのこと、ヒナちゃんたちには。うふふふっ。ねぇ、来週みんなで飲みに行かない?その後は相良さんがよかったらまたふた…」
「あのさ!!」

 これ以上余計なことを言ってほしくなくて俺はデカい声を出して割り込んだ。目の前の女は目を見開いてビクッとする。

「悪いけど無理だから。俺付き合ってるヤツがいるんだよ今。もう会えない。二人でも、皆ででも」
「え……っ、……え、……そ、そう?……真剣なの?……真面目な恋人?」
「そうだよ、こいつが……、……あれっ?」

 傍らにいたはずの美晴の姿がなかった。




「美晴!!」

 どこにも姿はないし電話しても出ないし、焦りまくってとりあえず駐車場まで戻ってきてみたら、……いた。俺の車の前に立っている。安心した俺は思わず深い溜息をついた。

「お前……っ、ビックリしたじゃねーか、いきなりいなくなるなよ。はぁーー……焦ったー……」
「……。ごめんね」
「……お、おお。別にいいよ。寒かっただろ?こっちこそごめんな、立ち話して。ちょっと待ってろよ」

 荷物を運び込んで助手席のドアを開けてやる。
 美晴は俯いて暗い顔をしたままのそりと動いて乗り込んだ。

(……あ、……やべーなこれ。……多分さっきの女が原因だ)

 俺はすぐに気が付いた。外ではいつもピッタリと俺のそばにくっついている美晴が黙って離れたこと自体がそもそもおかしいし、おそらくあの女が俺になれなれしく話しかけてきて、しかもその内容が聞こえて不愉快だったんだろう。怒っているのかもしれない。俺が逆の立場だったら絶対ムカッとするもんな。

 美晴がこんな風に不機嫌を露わにしたところを一度も見たことがない俺はものすごく焦った。嫌な汗が出て、喉がゴクリと鳴る。こういう時はとにかくすぐさま事情を説明するに限る。気まずくてもここでスルーしてほとぼりが冷めるのを待とうなんて思ったら、ろくな事にならない。俺は運転席に乗り込むやいなや口を開いた。

「…さっきのな、何年か前にコンパで会った女でさ。前に何度か遊んだことがあって。それで声かけてきたみてぇだけど、ちゃんと断ったからな。真面目に付き合ってるヤツがいるからもう二度と会えないって」
「…………。」
「…ごめんな、嫌な思いさせて」

 前を向いて俯いたままの美晴の頬を、手の甲でそっと撫でる。

「……ううん」

 ……返事はするが、こっちを見ない。相変わらず暗い顔をしたまま俯いている。

「…お前が気にするような相手じゃないからな。……分かってるよな?俺にはお前しかいないんだから」
「…………。」
「……な?」
「…………。」

 ………………あ、れ……?
 ちょっと待て。なんか、……思った以上に、…………し、深刻な感じじゃね?これ。
 大した相手じゃないと説明しても一向に美晴の顔色が明るくならないことにものすごく不安を覚える。

「…………っ、……みはる、」
「うん。分かってる。……帰りましょう」
「……あぁ……」

 もういいから何も言わないでくれ。そう言われた気がして、俺はひとまずエンジンをかけた。

 運転しながら考える。

(……ヤバいなこれ、マジで。美晴がこんな風に落ちてるの見たことない気がする……。いや、ない。絶対に)

 いつも俺のそばで明るくニコニコ笑っている美晴からは考えられないほどの表情の暗さだ。まず何より、目が合わない。こっちを見ない。

(…………ヤバい……。何でだ?え?ここまで……?そ、そんなに嫌だったのか……?だって、もう全然、過去の女だぞ?それもちょっと、何回かヤっただけ……)

 ……もしかして。

 こういうところか?俺の、こ、こういう爛れた過去が、もうなんか、嫌になったのか……?
 考えたら俺の女関係で美晴に嫌な思いをさせるのはこれで二度目だ。前回はまだいい。よくはないけど、あの穂香からのラインを美晴に見られてしまったことがきっかけで結局俺はこいつに気持ちを打ち明けて、こうやって付き合うきっかけになったんだから。

 だけど、今回は…………

 どう思っているんだろう、今。もう嫌だ、こいつといるとこんな思いばかりさせられる。過去に女と遊びすぎなんだ。僕とは正反対で乱れきってて、こんな男、よく考えたら僕には全然合わない…………とか、ま、まさか、……そうな風に思ってるのか……?

 俺、もしかして、……美晴に嫌われた……?

 そう思い至った瞬間、ザーッと血の気が引く。ダメだ、ひとまず運転に集中して……、一旦マンションに戻ったら、もう一度、ゆ、ゆっくり、話し合おう……。ちゃんと俺の誠意を伝えれば、大丈夫なはずだ……美晴なら……。

 そう思おうとはするが、美晴に関しては全く余裕のない俺、一度“嫌われたのかもしれない”と思ってしまうともうパニック状態だった。車内はシーンと静まり返って、恐怖のあまり吐き気までする。自分の心臓が追い詰めるように嫌な感じでドクドクと音を立てている。


 そして。

 どうにかマンションの部屋まで上がり、キッチンに行き、美晴にココアでも飲むか?と声をかけた。そしていらないと言われ、……部屋のドアを閉められた。

 その部屋は美晴の私物置き場のようになっていて、美晴は着替えの時か誰かと電話で話す時ぐらいしか使っていない。それもいつもはドアは開けたままだ。

 その部屋の、ドアが。

 初めて内側から閉められた。パタン、と。音を立てて。まるで、俺を拒絶するように。


 力が抜けた俺はキッチンの床にへたり込んだまま、膝の間に顔を埋めて頭を掻きむしった。




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