上 下
27 / 46

27.

しおりを挟む
 結局俺が美晴の誕生日を祝うことができたのは、3月も下旬になってからだった。ビビりすぎていまだにマンションに呼ぶ勇気が出ない俺は、別の場所でそれらしいロマンチックな雰囲気を演出しようと試みた。バレンタインに手作りのスイーツをもらったから、遅くなったけどホワイトデーのお返しも兼ねて……みたいな言い訳をつけて。それにしてもちょっとこれはやりすぎか……?と内心ビクビクしていたが、

「う、わぁ……っ!すっ、ごい……!素敵ですね!響さん…!」
「ああ、いい眺めだな」

 美晴は始終瞳をキラキラさせて感嘆の声を上げている。よかった。やりすぎとかは少しも思っていなさそうだ。フレンチのフルコースを食べる手を何度も止めながら、さっきから窓の外の夜景に釘付けだ。



 日曜の夜。アパートまで迎えに行った俺が連れて来たのはクルージングディナーだ。星を散りばめたようにキラキラときらめく夜景と、それを映した幻想的な水面。美晴はうっとりと外を見つめている。

「おい食えよアホ、せっかくの高級フレンチだぞ、お前。さっきから外見てばっかじゃねーか」
「……だって……、……なんかもう、…ぼく…………胸がいっぱいで…」
「そこまでか。……おい、まさか泣くなよアホ」
「アホアホ言わないで……」

 一品ずつ運ばれてくる料理を見るたびにまた目を輝かせて喜んでいて、連れて来てよかったと心底思う。素直な反応が可愛い。
 小さなケーキやらアイスやらが綺麗にソースで飾られたデザートのプレートをニコニコしながら食べている美晴に、俺はプレゼントを差し出した。

「…ほら、美晴。使えよ。…遅れて悪いな。誕生日おめでとう」
「……っ!!……んっ?!」

 アイスを口に頬張っていた美晴はびっくりしたように目を見開く。

「……ひっ、…響さん…。そ、そんな気を遣って……」
「安心しろ。当日じゃねーから2ランクぐらい下げてある」
「何根に持ってるんですか……。ありがとうございます……嬉しい」

 おずおずと大切そうに両手でそっと受け取ると、美晴はプレゼントの箱をじっと見つめている。

「……。いや開けろよ」
「…うん。じゃあ、はい……」

 なぜか照れながら箱の包装を開いていく美晴。

「……っ?!ひっ!響さん…?!」
「なんだよ」
「なっ!こっ!……こっ、こんな高級ブランドの……!!」
「お、知ってんのかお前でも。はは」
「し、知らないわけないじゃないですか……」
「ふっ、もう23歳だもんな」

 おそるおそる箱を開く美晴。

「わぁっ……お財布だ。す、すごい、カッコいい……」
「だろ?一生使えよ」
「はいっ!ありがとうございます響さん!」
「いや冗談だよバカ」

 真に受けて嬉しそうに礼を言う美晴。そしてそのまま突然俯いたかと思うと静かになってしまった。

「……。……?美晴?どうした?」

 あれ?もしかして気に入らなかったか…?と思っていたら、美晴がポロリと涙を零す。

「っ?!…何で泣いてんだよお前」
「だっ……だって……、……響さんにこんなに素敵なお祝いを、して、もらっ…もらえるなんて……。…一生の思い出になりました。……ありがとうございます、響さん」

(…………っ!)

 涙で頬を濡らしはにかんだように俺に笑いかける美晴が、息が止まるほどに可愛い。

「……何度でも祝ってやるよ、これからな」
「……響さん……」
「……来年は絶対当日だぞ。何があっても空けとけよお前」
「ふふふっ。はいっ」




 食事を済ませるやいなや俺を急かしてデッキに向かう美晴。どこもかしこも美しい輝きを放つ宝石のような夜景。ライトアップされた橋の下を通る時はまた目をウルウルさせながら感動していた。

「信じられない……!こんなに素敵な景色があるなんて……!」
「はは。大袈裟だなお前」
「だって……!見てくださいよ響さん!ちゃんと見てます?!」
「ふ。見てるよ」

 きっとこの雰囲気に酔っている今の美晴なら、多少俺が大胆なことを言っても嫌がらない…かもしれない。

「……お前をな」
「……っ、……え?」

 海風に髪をふわりと揺らしながら、潤んだ瞳で俺を見つめる美晴。

「見てるよ、さっきから、ずっと。…………綺麗だな」
「…えっ……?…ひ、響さん……?」
「たしかに、信じられないくらい綺麗だ」
「…………っ、…………あ、……あの……」
「…………。」
「…………。」

 美晴は頬を赤く染めて今にも泣きそうな顔で俺を見つめている。俺も美晴から目を逸らせない。……可愛いな、こいつ。本当に、可愛い。少し零してしまったことで途端に堰を切ったように想いが溢れて、俺はさらに言葉を重ねた。

「…………迷惑か?」
「……っ!えっ……」
「俺がお前を、こんな風に思うことは、……お前にとって迷惑なことか?」
「…………っ!………………っ、」

 美晴が目を見開いた。薄く開いた唇がふるふると震えて、まるで俺を誘っているようだ。俺は祈るような気持ちで美晴の言葉を待つ。

「………………そっ、…………っ、」

 困ったような、今にも泣きそうな、真っ赤な顔で瞳を潤ませた美晴は、俺からパッと目を逸らし俯くと、ふるふると首を横に振った。

「……っ。…………そっか」
「…………。」

 …………ヤバい。……嬉しすぎてこっちの顔がどんどん熱くなってきた。ハズい。俺は慌てて美晴から目を逸らし、夜景を見るふりをして夜風を顔に浴びた。 





「……あっという間だったな」
「はい…。本当に…。……幸せな時間でした。夢みたいに」
「気に入ったならまた連れて来てやるよ」
「…………はい」

 なんとなく照れくさくてむず痒い雰囲気の中、俺たちはクルーズ船から降りるために桟橋に向かう。……さぁ、この後どうする、俺。……これたぶん、もう大丈夫だぞ。たぶん。言ってみるか、船から降りたら、何気なく。どうする?今から。もう帰るか?それかうちでコーヒーでも飲んでくか?……よし。こんな感じでいこう。

 少し揺れている桟橋を渡る時、さり気なく美晴の手を握る。

「……っ!」

 視界の端で美晴がビクッと反応するのが見えた。一瞬俺を見上げて、俯いている。俺の心臓もドクドクと激しく脈打ち、緊張で喉がゴクリと鳴った。

 その時、ヴゥゥ……ン、と上着のポケットのスマホが振動した。

(……げ。これたぶん会社のほうだな。…何だろうなー。大したことじゃなきゃいいが)

 桟橋を渡りきってから渋々美晴の手を離し、ポケットに手を突っ込んでスマホを取り出す。その時、一緒に突っ込んでいたプライベートの方のスマホが俺の手と一緒にズルッと滑り出てコンクリートの床にカツーンと音を立てて落ちてしまった。

「げっ!」
「あぁっ!スマホが……!」

 ぶつかって跳ねた勢いで美晴の方に転がっていったのを、美晴が急いで取り上げてくれる。

「あーやっちまったー。画面割れてねぇ?」
「えっ、どうだろ。たぶん大丈夫……」

 美晴に持たせたまま俺はひとまず会社の方のスマホを確認する。……ん、オッケー。営業部の後輩からだ。大した連絡じゃなかった。月曜でいいっつの。
 俺は美晴の方を振り返った。

「どうだ?生きてるか俺のスマホ」
「………………。」

 明るい画面を見ながら美晴は身動き一つしない。

(……?)

「割れてたか?まさか」

 俺は横から美晴が持っている自分のスマホの画面を覗き込んだ。そこにはラインのメッセージの一覧画面が表示されていて、一番上に未読の新着メッセージがあった。



『こないだのキス、気持ちよかった♡また遊んでほしいなー』




しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
⚠️Dom/Subユニバース 一部オリジナル表現があります。 ハイランクDom×ハイランクSub

俺以外美形なバンドメンバー、なぜか全員俺のことが好き

toki
BL
美形揃いのバンドメンバーの中で唯一平凡な主人公・神崎。しかし突然メンバー全員から告白されてしまった! ※美形×平凡、総受けものです。激重美形バンドマン3人に平凡くんが愛されまくるお話。 pixiv/ムーンライトノベルズでも同タイトルで投稿しています。 もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿ 感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_ Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109 素敵な表紙お借りしました! https://www.pixiv.net/artworks/100148872

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】

紫紺(紗子)
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。 相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。 超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。 失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。 彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。 ※番外編を公開しました(10/21) 生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。 ※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。 ※4月18日、完結しました。ありがとうございました。

異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話

深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?

愛され末っ子

西条ネア
BL
本サイトでの感想欄は感想のみでお願いします。全ての感想に返答します。 リクエストはTwitter(@NeaSaijou)にて受付中です。また、小説のストーリーに関するアンケートもTwitterにて行います。 (お知らせは本編で行います。) ******** 上園琉架(うえぞの るか)四男 理斗の双子の弟 虚弱 前髪は後々左に流し始めます。髪の毛の色はご想像にお任せします。深い赤みたいなのアースアイ 後々髪の毛を肩口くらいまで伸ばしてゆるく結びます。アレルギー多め。その他の設定は各話で出てきます! 上園理斗(うえぞの りと)三男 琉架の双子の兄 琉架が心配 琉架第一&大好き 前髪は後々右に流します。髪の毛の色はご想像にお任せします。深い緑みたいなアースアイ 髪型はずっと短いままです。 琉架の元気もお母さんのお腹の中で取っちゃった、、、 上園静矢 (うえぞの せいや)長男 普通にサラッとイケメン。なんでもできちゃうマン。でも弟(特に琉架)絡むと残念。弟達溺愛。深い青色の瞳。髪の毛の色はご想像にお任せします。 上園竜葵(うえぞの りゅうき)次男 ツンデレみたいな、考えと行動が一致しないマン。でも弟達大好きで奮闘して玉砕する。弟達傷つけられたら、、、 深い青色の瞳。兄貴(静矢)と一個差 ケンカ強い でも勉強できる。料理は壊滅的 上園理玖斗(うえぞの りくと)父 息子達大好き 藍羅(あいら・妻)も愛してる 家族傷つけるやつ許さんマジ 琉架の身体が弱すぎて心配 深い緑の瞳。普通にイケメン 上園藍羅(うえぞの あいら) 母 子供達、夫大好き 母は強し、の具現化版 美人さん 息子達(特に琉架)傷つけるやつ許さんマジ。 てか普通に上園家の皆さんは顔面偏差値馬鹿高いです。 (特に琉架)の部分は家族の中で順列ができているわけではなく、特に琉架になる場面が多いという意味です。 琉架の従者 遼(はる)琉架の10歳上 理斗の従者 蘭(らん)理斗の10歳上 その他の従者は後々出します。 虚弱体質な末っ子・琉架が家族からの寵愛、溺愛を受ける物語です。 前半、BL要素少なめです。 この作品は作者の前作と違い毎日更新(予定)です。 できないな、と悟ったらこの文は消します。 ※琉架はある一定の時期から体の成長(精神も若干)がなくなる設定です。詳しくはその時に補足します。 皆様にとって最高の作品になりますように。 ※作者の近況状況欄は要チェックです! 西条ネア

処理中です...