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 パソコンの前でキーボードをカタカタ打つ手を少し止めて軽く背伸びをする。仕事の合間にこうして一息つくタイミングで、つい取り出しては眺めてしまう。可愛い黄色いウサギのキーチェーン。
 夢の国ランドで遊んだ日の、アパートの前での別れ際のことが、また頭をよぎる。


『……ほらよ』
『僕がこっちですか?』
『当たり前だろ。見てみろよ、ほら』
『……。よく分かりませんけど』
『どう見てもこのリボンつけてる黄色がお前だろ』
『ふふ、そうなんだ。……い、今つけるんですか?』
『つけなくてどーすんだよ。せっかく買ったならお前も使えよ』
『そ、そりゃ使うけど……』
『ほら、鍵貸せ。つけてやるから』
『……。うん』
『………………、よし。ほら、ついたぞ。なくすなよ』


「……ふふ」

 これ、今響さんもつけてるんだなぁ。この子のペアの子、水色の。
 二人でお揃いのものを使っているということが嬉しくて嬉しくて、この子を見るたびにドキドキしてしまう。この子の満面の笑みがまた、僕の気持ちをそのまま表しているようで…………

(ふふ。本当に嬉しそうに笑ってるな、この子。可愛い)

 片割れは今そばにいないのに。また早く会えるといいね。
 ……僕も会いたいんだ。君のペアの子の持ち主に。
 いつの間に、こんなに大好きになってしまったんだろう。気が付くといつも響さんのことばかり考えてしまっている。いつも優しくて、僕を丸ごと包み込んでくれる響さん。冗談っぽく可愛いとか言われるだけで、痛いほど心臓が跳ねる。
 ……僕のこの想いを知ったら、響さんはどんな反応をするんだろう。それが少し、怖い。

「かわいい~」
「っ?!!」

 突然背後から声をかけられ驚いて飛び上がってしまった。……事務員の女の子だった。

「あっ、ごめん瀬尾さん、ビックリさせちゃった」
「あ、あは。い、いえっ…」
「可愛いねーそのキーチェーン。ランドに行ってきたの?もしかして彼女とお揃いー?」
「………………え、っと……、あの、…まぁ、は、はい」
「えぇーいいなぁラブラブな相手がいて」

 そう言うと事務員の女の子はスタスタと行ってしまった。

(……び、びっくりしたぁ……)

 僕は心臓を押さえながらふーっと息をついた。

(…………ラブラブ、ではないけどね。…僕の一方的なラブだ)

 僕はもう一度黄色いウサギを眺めると、ポケットの中に大事にしまって仕事を再開した。




 俺の頭の中で、二人の俺が俺に話しかけてくる。
 こじらせ童貞おじさん風の俺と、百戦錬磨のゲームマスターの俺だ。
 こじらせ童貞が言う。

『どう考えても美晴はお前のことが好きだろ。誰がどう見たってそうだ。ちゃんと何回も何回もサインが出てるだろ!お前から押してほしいんだよ美晴は。お前のアクションを待ってるんだ!押せよ!!ここで押しとかねーともう男じゃねーぞ!!』

 百戦錬磨が言う。

『確かにそうだ。好きな男にしか見せないような顔をお前に何度も見せた。今度こそ絶対に勘違いでも希望的観測でも何でもない。お前はビビり倒してるが、人の気持ちなんて変わるもんだろ?クリスマスイブのあの日から、どれだけ美晴との距離が縮まったと思ってるんだよ。あの時はまだお前に対して特別な感情がなかったから拒絶したんだ。当然だろ?美晴はウブなんだ。……だが今の美晴は確実にお前を男として見ている。押せ!!行け!!あの時とは違う。今なら絶対にいける!!』


「…………………………。」

 普通こういう時って相反する2つの意見がぶつかるもんだろ?天使な俺と悪魔な俺、みたいな。で、悪魔が囁くんだよな。押せよ押せよ、いっちゃえよ、絶対イケるって。美晴とヤリたいんだろ?お前、みたいな。そこで天使が言うんだよ。ダメだそんなのは!またお前の勘違いで美晴を傷付けたら、今度こそもうおしまいなんだぞ!冷静になれ!みたいな。

 だけど今回ばかりは満場一致で全俺がいける、押せと言っている。たしかにそう思うんだよ、だって。少なくとも今の美晴は俺に対して全く無関心ではない。明らかに俺を意識している。…………たぶん。

「~~~~~~っ!…いやでもなぁ……」

 俺は額に手を当て、ローテーブルの上のキーチェーンを見つめる。……もし、万が一違ったら?俺には後がないんだぞ。今度こそ本当に……

「……はーーー…………。……もう一回、家に、呼んでみるか…………?」

 あのクリスマスイブの悲劇から一度もここに呼んでいない。あの時のことが美晴のトラウマになってんじゃないかと思うとどうしても迂闊には声をかけられないんだ。「今日うち来るか?」と言った途端にあの可愛い笑顔が消えてシャッター下ろされたらと思うと…………

「………………どうするかなマジで」

 仮にもし、もし美晴が俺に好意を持ってくれていたとしても、美晴の方からあと一歩踏み込んでくることは絶対にないだろう。あいつはそういうタイプではない。

「………………んーーー……」

 ……様子を見つつ、慎重に慎重に行こう。何かのきっかけがあればさらっと、あ、じゃあ俺んち来るか?みたいな。そんな感じで声をかけてみて明らかに引いてる雰囲気を出されたらすぐに話を逸らす。これでいこう。


 ピロリン


 ん?誰かからラインだ。

「……んげっ。何だよこいつ……!」

 一ノ瀬大輝だ。なんでこんな気軽に連絡よこすんだこいつは。半年も付き合ってて美晴に一切手ぇ出してなかったことでそりゃ多少俺の中で株は上がったが、それでも別に大好きじゃねーよもちろん。どっちかと言えば嫌いだよこいつは。
 俺は嫌々ラインを開いた。


『響、元気にしてるか?美晴の誕生日は盛大に祝ってやったか?俺はちょうどその時ヨーロッパに連れて行ったんだぞ!』


「……………………。……は?」

(…………え?……たん……じょう…………び……?)


 ピロリン


「?!」

 再びスマホが鳴る。


『俺は今ドバイにいるぞ!ドバイのゴージャスな夜景のお裾分けだ!』


「…………………………。」


 ピロリン


「…………………………。」

 そして続けて送られてきた、ドバイの高層ビルから撮影したと思われるめちゃくちゃ綺麗でド派手なネオンきらめく夜景…………

「…………いや見たくねーわこんなもん!!なんだよ誕生日って!!!」

 バスッ!!

 俺はスマホをソファーの上に叩きつけた。



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