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(…………どうしよう。結局この一週間、一度も連絡が来なかった…)

 最後に食事をした夜から、週末が過ぎ、また平日が始まり、そしてとうとう、金曜日の夜になった。
 あれ以来、響さんからは一度も電話はおろかラインさえも来なくなってしまった。

(…どうして?響さん……。もう僕のこと、嫌になっちゃった……?)

 じわりと涙が滲む。仕事が終わって帰宅した僕はアパートのリビングで膝を抱えてテーブルの上のスマホをじっと見つめているけれど、どんなに見つめても響さんからの連絡は来ない。

(こないだの夜がいけなかったんだ……。僕、何を間違ったんだろう……)

 経験不足過ぎて全然分からない。あの日、響さんに美味しい中華料理のお店に連れて行ってもらって、いつものように楽しい時間を過ごした。料理を取り分けてくれたりするさり気ない優しさにドキドキしながらお喋りして、寒い夜道を並んで駐車場まで歩いて。助手席のドアを開けてくれて、座ったらいつものようにブランケットをふわりとかけてくれた。
 いつも優しくて、でも今の僕はその響さんの優しさの一つ一つに、すごくドキドキしてしまって…。
 駐車券が僕の方のドアポケットにあることに気付いた響さんが、こっちに身を乗り出してきた時に心臓が口から飛び出そうなほどにドキッとした。だけど駐車券が隙間に落ちちゃって、…それを取ろうとした響さんが、もっと僕に近づいてきて…………

「…………っ!…………ふぅ…」

 あぁ、……思い出すだけでものすごくドキドキする。あんな至近距離で目が合ってしまって、胸がギュウッとなって、体が固まって、動けなくなった。

(……響さん…………カッコよかったなぁ……)

 ハッとしたように僕を見つめる響さんの瞳から目が離せなくて、どうしようもなく体が火照って、どんどん熱くなってきて……
 ほんの少し、響さんがさらに僕に近づいた瞬間、もう自分のうるさいほどの心臓の音さえも聞こえなくなった。

(このまま……響さんに何をされてもいい……)

 僕がそう思って、目を閉じようかと逡巡していたら、突然駐車場に入ってきた車のライトに照らされて、その眩しさでハッと我に返ったんだ。
 その後はもう、恥ずかしくて恥ずかしくて…………。何をされてもいいなんて考えてしまって、い、いやらしいことを……なんかすごく、そういうことを意識してしまっていた自分が、とにかく恥ずかしくて……!
 体中すごく熱くて、首まで真っ赤っかになってしまっていることが自分でも分かって、慌ててブランケットを首まで覆って隠した。だって、本当に恥ずかしすぎたんだ……!

(あの日送ってもらったのに、顔を見られるのが本当に恥ずかしくて、大してお礼も言わずに逃げるように帰ったのがいけなかったのかな……。響さん、ごめんなさい。謝るから、お願い……)

 連絡ください。お願いだよ…。
 僕からラインしてみようかとも何度も思ったんだけど、…………なんか、ゆ、勇気が出ないんだ!だって、あんな感じの後に一体どういうテンションでいればいいの?!普通でいいのか、な、何かあのことに触れた方がいいのか。

(あぁぁ……分からないよ……!)

 そ、そもそも、響さんはどうしてあんなに僕をじっと見つめていたんだろう。あの時の響さん、今思いだしてもドキドキするくらいに、なんかものすごく、男っぽいっていうか、カッコよかった……。このまま、…………このまま、響さんのものになってしまいたい、なんて思ってしまうくらいに……

「あぁぁぁぁ!だからダメだってば!!そういうこと考えちゃ!!」

 どうしよう。僕のこういう下心を、ひ、百戦錬磨の経験豊富な響さんは感じとってしまったのかもしれない。こいつ何かよからぬことを期待してやがるな、冗談じゃない、ちょっと距離置こう、なんて思われていたら……。

「…………う゛っ…………」

 また目にじわりと涙が浮かぶ。そんなの嫌だ。僕はずっと響さんと仲良くしていたい。

「……。何も意識していない風にいった方がいいのかな……」

 そう。いっそのこと、もう全て忘れたかのように。むしろ、あのドキドキした時間なんてなかったかのように。

(…このまま音信不通になっちゃったら悲しすぎる。……よし。……勇気を出すんだ、僕!普通な感じでラインを送るんだ、すごく普通な感じで!)

 僕はそれから数十分間、スマホを取り上げてはまたテーブルに戻し、また手に取っては悩みに悩んでまた戻すのを繰り返し、ようやく本当に勇気を振り絞って一言だけ、ラインしてみた。


『ねずみさんの夢の国にはいつ連れて行ってくれるんですか?』



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