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「……。……?」

 だがなぜだか美晴はピタリと会話を止めてしまった。なんとも言えない表情で少し俯いて助手席で静かに座っている。

「……?おーい、美晴」
「っ!…え、……あ」
「おめーの番だよ。早く吐け。お前の好みのタイプを」
「…そっ、……そうですね……。ええっと……、」
「うん」
「…………か、……カッコよくて」
「うんうん」

(よかった。やっぱり男の方がいいんだな。オッケーオッケー)

「…………大らかで、……優しくて……」
「ほぉ」
「…………つ、…包み込んでくれるような……包容力が、あって……」
「…………。」
「…………。…そっ、そんなかんじの人ですかね。あはは」
「それ俺そのものじゃねぇか。参ったなおい」
「あっははは」

 ……はぁ。やっぱり少しも意識してねぇな、クソ。頬を赤らめることさえしない。

 …………っていうか。

 気のせいか?なんか、美晴はなんとなく、今。

 特定の誰かを思いながら語った気がした。




「うわぁ……っ!すごい……!いい眺めですねー」
「だな。ちょっとさみーなやっぱ」

 真冬にこんな高台に来るのもどうかと思ったが、良い景色が見たいと言っていた美晴はそれなりに喜んでいる。「寒いだろ?もっとこっち来いよ」とか言える関係だったらいいんだが……。たぶん今俺がそれをやってしまうと美晴の顔が引き攣る気がする。失敗が怖くてなかなかいけない。失敗しても次がある、とは言えない相手だからだ。瞳を輝かせて頬をピンク色に染めながら景色を見ることに夢中になっている美晴。……なんでその表情をさっき車の中ではしなかったんだ……美晴……!

 ……あー……。ダメだなぁ。マジで少しも先に進める気がしねぇ。俺が焦りすぎなのか?それとももうこの段階でやんわりと俺の気持ちだけ伝えておいた方がいいのか…?その方がむしろ俺をそういう対象として意識させられるのかもしれない。……いやでもなぁ……。万が一ってことがあるからなぁ。「せっかくいいお友達ができたと思ってたのに……下心があったんですか……?」なんて言われたら……

「……響さん?」
「……ん?…………っ!」
「どうしたんですか?大丈夫ですか?」

(……こっ!……こいつ、マジで…………!)

 俺がボーッとしてしまったからか、美晴は心配そうに俺の顔を下から覗き込んでくる。身長差があるからどうしてもこういう時は上目遣いで……しかも頬がピンク色で目がキラキラしてるもんだからもう可愛くてしょうがねぇ。可愛さが俺を殺しに来る。

(……み、…………美晴……っ!)

「……や、なんか眠くて。寒いと眠くなる時あるよな」
「えぇ?それって遭難した時とかじゃないですか?」
「そこまで死にかかってねーよ」

 ぐあぁぁぁ!!助けてくれ誰か!!こいつが可愛すぎて死にそうなんだ俺は!!そこのカップル!その大して可愛くない女とこいつを一時取り替えてくれ!俺の心臓が落ち着くまで!




 帰りの車中、もうすぐ美晴のアパートが見えてくるというところまで辿り着いた時、美晴が口を開いた。

「今日は楽しかったです。ありがとうございます、響さん」
「おー。でも結構寒かったな。風邪ひかねーようにな」
「ふふ、大丈夫です。すみません、いつもアパートまで送ってもらっちゃって。次は寒くないところに行きましょうね」

(っ!)

 お、……すげぇ。こいつの方から“次は”なんて言葉が出てくるとは……。俺はひそかに感動し、少し調子に乗った。

「だな。俺んちで鍋パでもするか。お前の手料理で」
「あはは。いいですよ。美味しいか分からないけど」
「っ!!」

 い、いいのかよ……。家に誘っても全く嫌がられる素振りがなかったことで、俺の気持ちはざわつき、体が妙に熱くなった。また心臓が高鳴りだす。俺は何気ない風を装いさらりと言った。

「よし。んじゃ次は俺んちな」
「ふふ。はい。楽しみにしてます」

(……楽しみにしてくれんのかよ……)

 ……え、これもしかして、もう行ける?結構押しても大丈夫じゃね?
 …いやでも、なんかそんな感じでもないんだよなぁ。たぶん違うな。こいつのこの感じは、まだ違う。俺はこいつと違ってそんなに鈍くない。そういうのはだいたい分かる。……早まるな。タイミングを間違ったらせっかくの関係が台無しになる。
 
(……部屋を掃除しねぇとな)

 美晴を降ろした帰り道、俺は一人で不気味にニヤつきながら運転していた。




(今日も楽しかったなぁ……)

 僕はバスタブの中でぼんやりと今日のことを思い返していた。
 最初はあんなに緊張していたのに、この数週間でなんだかすっかり昔から知っている先輩のように親近感を覚えるようになった。さすがだなぁ。一流の営業マンなだけあるよ。きっと僕みたいな引っ込み思案との距離を縮めるのも朝飯前なんだろう。だってあっという間に僕にとって居心地のいい人になってしまった。最近響さんと一緒に週末を過ごすのや仕事帰りに食事に行くことが楽しくてしかたない。いつもいつもご馳走になっているのが申し訳ないんだけど…。俺は高給取りなんだよ、お前みたいなペーペーには一円も出させねぇよ、なんて言われたら、もうありがとうございますというしかない。
 
 今度はおうちにお邪魔して鍋パしようって言ってくれた。よし。僕の手料理でいつもの恩返しをするぞ。響さんは独り暮らしで自炊もしないから家庭料理に飢えてるって話を、あの日の会社の食事会の時にしていたし。ふふ。楽しみだなぁ。

 僕は響さんと過ごす時間が本当に楽しくて待ち遠しくなっていた。




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