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33.最終話

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 一年後の春。
 無事に大学を卒業し社会人となった悠里は、また朝から冬真と大ゲンカをしていた。

「いい加減にしろよてめえ!いらねぇっつってんだろうがしつけーな!何でてめえみてぇな貧乏人からチミチミチミチミ金を返してもらわなきゃいけねーんだよ!」
「社会人になったら絶対に全部返すって最初から決めてたんだ!借りてた金額は全部メモしてある。借りた日付もね。ちゃんと確認してよ、いちいち怒鳴らないで。毎月3万ずつは返済するから、ひとまず」
「貸したんじゃねぇ、くれてやったんだよ!!何で意地でも返すみたいな発想になるんだよてめえ!別に良いだろうが、学生だったんだから金持ちの彼氏から多少の援助ぐらい受けたって。飯奢られるのの延長みてぇなもんだろうが。新入社員のみみっちい安月給で無理すんじゃねぇ!」
「……いや、ご飯奢られるのとは全然金額が違うじゃん。お願いだから、俺の気持ちを組んでよ。母の入院費用から大学の学費まで、こんなに多額の金を負担してもらってたのだってすごく気が引けて申し訳なく思ってたのに…。結局二人でこんな高級マンションに住むことになっちゃって。これからまた冬真の方が俺より多くの生活費を…」
「当たり前だろうが!俺はてめえが働いてる会社の社長だぞ!折半してたらおかしいだろうが馬鹿か!てめえの方こそ俺のプライドとか少しは考えろ!!そもそも学生時代だって、ちゃんと体で払ってただろうがてめえ!!」
「~~~っ!!だからそれが嫌なんだよ!!それが!!嫌なんだよ!!体を売った対価として金を貰ってたみたいな事実のままでいるのが嫌なんだよ!!何で分からないの?!ここでちゃんとこれから返していけばその事実も…」
「うるせえなマジで!事実は事実なんだからもういいじゃねぇか!大概しつこいなてめえも…、……っ、」
「…………っ、……う、……」
「……お、……おい」

 冬真をじっと睨めつけてくる悠里の瞳に涙が浮かんできたのを見て、途端に冬真は怯む。

「……か、……母さんに、……このままじゃ、母さんに、…か、…顔向けが、できない…っ…」
「……………………。」
「お、俺たちは……、もう、普通の、こっ、恋人同士じゃないの……?……っく、……う、……う゛ぅっ…………お金…、お金貰って、か、…体を、売って、た、ならっ、……お、…………俺は…」
「~~っ!分かったようるせぇな!!…なら毎月3万でも3千円でも何でも返しゃいいじゃねぇか!…………ちっ」

 結局冬真が折れることとなった。
 
(すっかり尻に敷かれていらっしゃる)

 聞いていないふりをしながら冬真の出勤の準備を黙々と整えていた神谷はひそかにそう思った。


 部屋を出ようとしたところで冬真に電話がかかってくる。朝から忙しそうだ。悠里は神谷とともに先に駐車場に降り、車に乗り込んで冬真を待つ。

「毎朝社長のお迎えのために来てるのに、俺まで一緒に乗せてもらっちゃってすみません、神谷さん」
「当然のことです。お気遣いなく、悠里様」
「……気になってたんだけど、何で最近俺のこと“悠里様”って呼ぶの…?」
「冬真様の人生のパートナーとしてご一緒に暮らし始めたわけですから。主人の奥方も同然でいらっしゃいますので」
「おっ!!…や、やだなーもう!何言ってるの神谷さん!」

 悠里はまんざらでもなさそうに顔を赤らめている。神谷は無表情のまま淡々と言った。

「返済の件ですが、ご安心くださいませ、悠里様。間違いのないように私の方でもきちんと記録してまいりますので」
「…ありがとう、神谷さん。…いつも本当に、ありがとうございます」
「お任せくださいませ。毎月3万円ずつでよろしいのですよね」
「うん、当面はね。いつかお給料がもっと上がったら、月々の返済額も増やしていくつもり」
「冬真様は3千円ずつでもよろしいようなことを仰っていましたが」
「……それじゃ定年まで必死で働いても返し終わらないよ」
「確かにそうですね」

 悠里はクスリと笑う。

 大学卒業後、悠里は冬真の会社に入社し、本社経理部で働くことになった。コネ入社になるのは嫌だ、落ちたら落ちたで仕方ないんだから、余計な手は絶対回さないでくれと悠里は冬真や神谷に言い張り、他の一般の就活生とともに入社試験や面接を受けた。そして見事この大企業に入社することができたが、実際のところ手心を加えてくれたのかどうかは悠里には分からない。入った以上は精一杯働くのみだ。ただでさえ、冬真や神谷とともにこうして車に乗って出社しているところをすでに社内の数人には見られてしまっている。あいつ社長の縁故かよ、どうりで仕事できないわけだ、なんて絶対言われたくない。持ち前の負けず嫌い精神を発揮して、悠里は毎日真面目に仕事に取り組んでいる。

 母さん、見ててね。俺が毎日精一杯生きているところを。俺は今幸せだよ。生まれてきて良かった。ありがとう、母さん。

 バタン、と音を立てて悠里の隣に乗り込んだ冬真がドアを閉める。

「待たせた。出してくれ」
「承知いたしました」

 神谷がスムーズに車を発進させる。春の澄んだ朝の空の下、三人を乗せた黒いセダンがすうっと街に滑り出す。悠里は隣に座って会議資料に目を通している冬真の横顔を盗み見る。

 この人とは、きっとこれからもいろいろあると思うんだ。何故かいつもすぐケンカになっちゃうし。でも大丈夫だから。心配しないでね。俺はこの人と生きていく。たくさん支えてくれた大事な人だから、俺もこの人の人生を支えていくんだ。
 母さん、俺ね、この人のことが本当に───

 冬真が悠里の視線に気付き、優しい目を向ける。

「……どうした?」
「うっ?!ううん、別に」
「今夜は遅くなるぞ。先に飯食って寝てろよ」
「う、うん。分かった」
「そんなにがっかりすんなよ。どうしてもヤりたきゃ頑張って起きて待ってろ」
「なっ?!…何でそういうこと言うの?!バカじゃないの?!信じられない!!」

 顔を真っ赤にして裏返った声でわめく悠里に冬真はクックッと笑いながら追い打ちをかける。

「またムキになりやがって。図星なのがバレバレだぞ。スケベ」
「ちっ、ちがっ……!!はぁ?!本当にバカじゃないの?!もう帰ってくるなよ!!」
「なんでマンション買った俺の方が追い出されんだよ」
「!!……ならいいよ!!俺が出てくよ!!」
「おぉ。好きにしろよバカ」
「…………くっ…………!!」


 神谷は前を向いたまま無表情で運転しながら、ひそかに溜息をついた。





   ーーーーー 終 ーーーーー



 
 読んでくださってありがとうございました。
 明日、後日談を少しだけ更新します。



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