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冬真からだという花の贈り物攻撃はその後数日間続いた。
翌朝も、悠里がおそるおそるドアを開けると、そそこには秘書が立っていた。今度は黄色やオレンジ色の花の豪華なアレンジメントだった。その次の日も、白やピンクのロマンチックな花束が、さらにその翌日は午前の講義がなかったから午後からゆっくり出ようと思っていたのだが、万が一秘書が立っていたら…と思い、朝そっとドアを開けてみたら、やはりいた。
「おはようございます、悠里さん」
「……お、おはようございます…。……これは一体いつまで続くんでしょうか……」
「悠里さんの主人へのお怒りが少しでも溶けて、主人との対話に応じてくださるまでだと思います」
真っ赤な特大の薔薇の花束を悠里に差し出しながら、秘書が答えた。
「……対話なんて、……今さら……」
悠里は薔薇の花に視線を落としながらぼそりと呟く。何だっていうんだ、一体。あんなことをしておいて、うちまで来ておいて、頑なに一言も謝らなかったくせに。悠里の傷は4日経ったところで少しも癒えてはいなかった。ただ少し冷静さを取り戻してはいたし、冬真が自分のために何かしらの心遣いを見せようとしている姿勢は、悪い気はしなかった。
「……冬真様は、」
突然、秘書がぽつりと話し出す。
「幼少の頃より、ご両親や教師陣から非常に厳しく躾けられ、教育されてきたそうです。お生まれになった時から、あれだけの大きな企業を背負って立つ運命でいらっしゃったのですから、それも致し方ないことなのかもしれません。子どもらしく遊ぶことよりも、机に向かっていた時間の方がどれだけ長かったことかと思います。ご両親は決して冬真様を甘やかすことなく、そして関心を持つことも、遊び相手になることもなく、ただ門倉家の次期当主、次期社長としてしか見ておられないのではないかと思うほどであったと。先代の門倉家当主の執事兼秘書だった者より聞いております」
「…………。」
「そのように育てられてきたせいでしょうか、私の目から見ても、冬真様は人に心開くということが本当にない方で、これまで格別に親しいご友人や恋人がいたことなどございませんでした。冬真様にとって周囲の人間はただの他人であり、仕事のための人脈であり、動かすべき手駒であり、性欲やストレスの発散の手段でしかなかったのです」
「…………。」
それは……、随分と寂しい人生だっただろうな、と悠里は思った。初めて聞く冬真のこれまでの人生と生き方に、いつの間にか聞き入っていた。俺のように周りに母しかいないという寂しさとは、また別の寂しさがあったのかもしれない。本人が、それを寂しいと認識していたかどうかは分からないけど。
「悠里さんと出会ってからの冬真様は、徐々に変化するご自身の内面に戸惑っておられるように見えました。……まるで、恋をして強く心惹かれているというその自身の感情を認めることが怖いと思っていらっしゃるかのように」
「……っ!こっ!!」
恋?!何を言っているんだこの人は。まさか。…そんな言葉……、あいつには、似合わない……。
「幼き頃から常に冷静に、客観的に大局を見るよう訓練されてきた方です。悠里さんに感情を翻弄されていることをお認めになりたくなかったのかもしれません。未知の感情に恐ろしさを感じたのでしょう。ですが、一番お側でお仕えしている私の目から見ても、冬真様にとっていかに悠里さんが特別な存在であるのかは手に取るように分かりました」
「…………っ?!」
な、なんかものすごく恥ずかしいことを言われているような気がする……。俺が、そんなに冬真にとって特別なの……?本当に……?
だけどこの冷静で頭の切れる秘書の言うことは、なんだか信用できる気がした。
「ご自身に芽生えた恋愛感情を認めることができず安易な逃避に走ったことを、冬真様は心より悔いておられます。あのような性格の方で、これまで人に対して謝罪というものをしたことがありませんから、なかなか悠里さんに対して素直に大切な言葉を発することができずにいるのでしょう。日々、悠里さんがどんな様子だったか、やつれてはいないかと、心配して私に聞いてこられます」
……冬真が……?そんなに、俺のことを……?悠里の心は神谷の言葉によってグラリと揺れた。神谷がとどめを刺す。
「どうか悠里さん、愚かな行いをした主人に、一度だけチャンスをいただけないでしょうか。主人はあなたが離れていってしまったことで心底懲りて、自らの浅はかな行いを心より悔いております。…どうか、謝罪の機会を与えてやってください」
真摯に頭を下げられ、悠里の心はコトリと動いた。…冬真のことを誰よりよく知るこの人がそこまで言うのなら…。
それにしても、この人…いい人だなぁ…。あんな男の秘書としてこうして尻拭いをしながら俺にまで頭を下げに来て…、いつもいろいろ大変なんだろうなぁ。深々と自分に頭を下げる秘書の後頭部を見ながら、悠里はぼんやりとそう思った。
翌朝も、悠里がおそるおそるドアを開けると、そそこには秘書が立っていた。今度は黄色やオレンジ色の花の豪華なアレンジメントだった。その次の日も、白やピンクのロマンチックな花束が、さらにその翌日は午前の講義がなかったから午後からゆっくり出ようと思っていたのだが、万が一秘書が立っていたら…と思い、朝そっとドアを開けてみたら、やはりいた。
「おはようございます、悠里さん」
「……お、おはようございます…。……これは一体いつまで続くんでしょうか……」
「悠里さんの主人へのお怒りが少しでも溶けて、主人との対話に応じてくださるまでだと思います」
真っ赤な特大の薔薇の花束を悠里に差し出しながら、秘書が答えた。
「……対話なんて、……今さら……」
悠里は薔薇の花に視線を落としながらぼそりと呟く。何だっていうんだ、一体。あんなことをしておいて、うちまで来ておいて、頑なに一言も謝らなかったくせに。悠里の傷は4日経ったところで少しも癒えてはいなかった。ただ少し冷静さを取り戻してはいたし、冬真が自分のために何かしらの心遣いを見せようとしている姿勢は、悪い気はしなかった。
「……冬真様は、」
突然、秘書がぽつりと話し出す。
「幼少の頃より、ご両親や教師陣から非常に厳しく躾けられ、教育されてきたそうです。お生まれになった時から、あれだけの大きな企業を背負って立つ運命でいらっしゃったのですから、それも致し方ないことなのかもしれません。子どもらしく遊ぶことよりも、机に向かっていた時間の方がどれだけ長かったことかと思います。ご両親は決して冬真様を甘やかすことなく、そして関心を持つことも、遊び相手になることもなく、ただ門倉家の次期当主、次期社長としてしか見ておられないのではないかと思うほどであったと。先代の門倉家当主の執事兼秘書だった者より聞いております」
「…………。」
「そのように育てられてきたせいでしょうか、私の目から見ても、冬真様は人に心開くということが本当にない方で、これまで格別に親しいご友人や恋人がいたことなどございませんでした。冬真様にとって周囲の人間はただの他人であり、仕事のための人脈であり、動かすべき手駒であり、性欲やストレスの発散の手段でしかなかったのです」
「…………。」
それは……、随分と寂しい人生だっただろうな、と悠里は思った。初めて聞く冬真のこれまでの人生と生き方に、いつの間にか聞き入っていた。俺のように周りに母しかいないという寂しさとは、また別の寂しさがあったのかもしれない。本人が、それを寂しいと認識していたかどうかは分からないけど。
「悠里さんと出会ってからの冬真様は、徐々に変化するご自身の内面に戸惑っておられるように見えました。……まるで、恋をして強く心惹かれているというその自身の感情を認めることが怖いと思っていらっしゃるかのように」
「……っ!こっ!!」
恋?!何を言っているんだこの人は。まさか。…そんな言葉……、あいつには、似合わない……。
「幼き頃から常に冷静に、客観的に大局を見るよう訓練されてきた方です。悠里さんに感情を翻弄されていることをお認めになりたくなかったのかもしれません。未知の感情に恐ろしさを感じたのでしょう。ですが、一番お側でお仕えしている私の目から見ても、冬真様にとっていかに悠里さんが特別な存在であるのかは手に取るように分かりました」
「…………っ?!」
な、なんかものすごく恥ずかしいことを言われているような気がする……。俺が、そんなに冬真にとって特別なの……?本当に……?
だけどこの冷静で頭の切れる秘書の言うことは、なんだか信用できる気がした。
「ご自身に芽生えた恋愛感情を認めることができず安易な逃避に走ったことを、冬真様は心より悔いておられます。あのような性格の方で、これまで人に対して謝罪というものをしたことがありませんから、なかなか悠里さんに対して素直に大切な言葉を発することができずにいるのでしょう。日々、悠里さんがどんな様子だったか、やつれてはいないかと、心配して私に聞いてこられます」
……冬真が……?そんなに、俺のことを……?悠里の心は神谷の言葉によってグラリと揺れた。神谷がとどめを刺す。
「どうか悠里さん、愚かな行いをした主人に、一度だけチャンスをいただけないでしょうか。主人はあなたが離れていってしまったことで心底懲りて、自らの浅はかな行いを心より悔いております。…どうか、謝罪の機会を与えてやってください」
真摯に頭を下げられ、悠里の心はコトリと動いた。…冬真のことを誰よりよく知るこの人がそこまで言うのなら…。
それにしても、この人…いい人だなぁ…。あんな男の秘書としてこうして尻拭いをしながら俺にまで頭を下げに来て…、いつもいろいろ大変なんだろうなぁ。深々と自分に頭を下げる秘書の後頭部を見ながら、悠里はぼんやりとそう思った。
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