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緩和ケア病棟に移った母の様子は安定していた。悠里が顔を出すと嬉しそうに笑い、静かな声で、だが明るく話をしてくれた。悠里はそんな母の姿にホッとした。
「居心地いいわよ、ここ。高いから窓からの見晴らしも良くて、お部屋も明るい…。しかも個室だし、ありがたいわ…」
「本当。個室に入れてもらえるなんて、タイミングが良かったのかな。何にせよ、よかったね母さん」
「ええ…。人と同じ部屋も…、嫌じゃないんだけど…、やっぱり、こういう場所だと気を遣うわね、お互いに…」
そう言って少し笑った。タイミングが良かったなんて、少し不謹慎だったかもしれない。誰かが亡くなったから、部屋が空いたのだろうから。
母には言っていないが、実はこの部屋は冬真が手を回してくれていた。母がこの病棟に移ると悠里が話した後、個室が空いたら優先的に回すように言ってあるとぼそりと言われたことがある。他の人に申し訳ないという思いもあるが、これが世の中の常、金を持っている人間や著名な人はどこでも優遇されていく。悠里は罪悪感に蓋をして、冬真の好意を受け入れた。
母の容態が安定していることで、悠里の気持ちも落ち着いていた。心に少しの余裕が生まれると、冬真のことを考えてしまう。
今日も大学で、講義と講義の合間の時間に学内のカフェで自習をしていた悠里は、ふと冬真のことを思っていた。
「…………。」
冬真は最初に悠里との関係を始めた頃と比べると、明らかに変わっていた。最初はただただ冷酷で意地悪で、横暴な人間だと思っていた。怯える悠里を殴り、脅しながら、無理矢理体を曝いた。悠里は地獄を味わっていた。死を望むほどに辛かった。心の底から冬真を憎み抜きながらも、金のためだけに屈辱に耐えながら体を重ねるしかなかった。
だけど。
あの頃から数ヶ月が経って、今の冬真は悠里にとってまるで別人のようだった。先日は逢瀬を断った自分の部屋まで様子を見に来て、泣きながら苦しみを訴える悠里を抱きとめ、何時間もただ話を聞いてくれていた。髪を撫でられ、布団まで敷いてくれて、悠里を労った。あの時瞼の上に置かれた冬真の手のひらの温かい感触が忘れられない。忙しい身の上であるはずなのに、悠里のためにここまで時間を割いてくれるなんて、どういう心境の変化なのだろう。
乱暴だった行為にはだんだんと優しさが混じり、事が終わった後には食事までさせる。
……一体何なのか。悠里は戸惑っていた。挙げ句母にまでこんな気遣いを見せられたら…。
「…………はぁ」
不安や苛立ちとは違う、甘い溜息が漏れた。ちょうどその時、悠里のスマホが僅かに震えた。
「……っ!」
ドキドキしながら見ると、やはり冬真からだった。
『今夜来い』
「…………っ」
文面だけは相変わらず愛想がない。だが淡々としたその四文字を見るだけで、悠里の頬は少し熱を持った。
いつものように秘書の迎えの車に乗り込み、冬真の元へ向かう。心臓が早鐘を打っている。以前はこんなことはなかった。屋敷に着くまでの車内で、悠里はただ憂鬱な思いを抱えていたはずだ。それなのに、今は……。
部屋に入ると、自分を見つめる冬真と目が合う。悠里が何かを言うよりも先にベッドの前まで歩き、
「…来い」
と冬真が促す。…なんだか妙に恥ずかしい。悠里は俯いて近づく。
ベッドに腰かける冬真の前に立つと、冬真が悠里を見上げる。冬真の目を見ていると、体が熱くなり、頬が赤くなってきたのが自分でも分かった。プイッと目を逸らすと冬真は立ち上がり、悠里の着ているコートをするりと脱がせた。そのまま立ち位置を変え、悠里をベッドに押し倒す。
「…………っ!」
心臓がドクッと大きな音を立てた。上に覆い被さってきた冬真は、悠里の目をじっと見つめている。……距離が近い。緊張と動揺で揺れる瞳で、悠里は冬真を見つめ返す。冬真は少し悠里の髪を撫でると、そのままゆっくりと唇を重ねてきた。
(…………えっ?)
悠里は驚きのあまり硬直する。それはとても優しいキスだった。触れ合った唇の感触を確かめるように、角度を変えては何度も優しく押し当てられる。髪に触れていた冬真の右手はそのままするりと下がり、悠里の耳を撫で、少しの力を込めて首筋をぎゅっと抱いた。
「……っ、…………ん…」
何だこれ。どうして、こんな……。冬真のほのかな香水の匂いと熱く優しい唇の感触に、悠里は心臓が破裂しそうなほどに高鳴っていた。冬真が悠里の口内に舌を入れ、ゆっくりと絡める。たまらず悠里は体中の力が抜けてしまう。
「…ふ、……んんっ……」
き……、気持ちいい……っ。くちゅ、くちゅ、と音を立てながら、二人の舌が絡み合う。まだ服を着たままの二人の下半身は密着し、互いの硬度を伝え合っていた。ズボンの上からぐりぐりと擦れ合う感触に悠里は昂り、息を荒げる。
「あぁっ……、ん…っ、……はぁっ、はぁっ……」
「……、……ふ…っ」
冬真もまた悠里と同じようにだんだんと息が上がり、二人は次第に互いの体をまさぐるように手を回して抱き合いながら、激しいキスを繰り返した。
「はぁっ、はぁっ…、……ん、あぁっ……」
「…………、」
互いが互いを激しく求め合っていることを理解していた。冬真の指が悠里のシャツのボタンを性急に外していく。悠里も早く冬真の服を脱がせたくてたまらなかった。でも恥ずかしくてそんなことできない。こんなに求めてしまっていることを知られたくない。口づけを繰り返しながら、悠里はされるがままに冬真に身を委ねた。
耳に、首筋に、鎖骨に、自身の唇を押し当てながら、冬真は器用に悠里の服を脱がせていく。あっという間に全ての衣服を剥ぎ取られた悠里は、恥ずかしさに体を折ってそっぽを向く。冬真は悠里を見下ろしながら自身の服を脱ぎ捨て、再び体を重ねるように覆い被さってくる。全身が隙間なく触れ合い、二人はまた激しいキスを繰り返す。固くなったモノ同士が擦れ合い、悠里はもどかしさに呻いた。
(は、早く……、もっと……!!)
悠里の体は激しく冬真を求めていた。
「居心地いいわよ、ここ。高いから窓からの見晴らしも良くて、お部屋も明るい…。しかも個室だし、ありがたいわ…」
「本当。個室に入れてもらえるなんて、タイミングが良かったのかな。何にせよ、よかったね母さん」
「ええ…。人と同じ部屋も…、嫌じゃないんだけど…、やっぱり、こういう場所だと気を遣うわね、お互いに…」
そう言って少し笑った。タイミングが良かったなんて、少し不謹慎だったかもしれない。誰かが亡くなったから、部屋が空いたのだろうから。
母には言っていないが、実はこの部屋は冬真が手を回してくれていた。母がこの病棟に移ると悠里が話した後、個室が空いたら優先的に回すように言ってあるとぼそりと言われたことがある。他の人に申し訳ないという思いもあるが、これが世の中の常、金を持っている人間や著名な人はどこでも優遇されていく。悠里は罪悪感に蓋をして、冬真の好意を受け入れた。
母の容態が安定していることで、悠里の気持ちも落ち着いていた。心に少しの余裕が生まれると、冬真のことを考えてしまう。
今日も大学で、講義と講義の合間の時間に学内のカフェで自習をしていた悠里は、ふと冬真のことを思っていた。
「…………。」
冬真は最初に悠里との関係を始めた頃と比べると、明らかに変わっていた。最初はただただ冷酷で意地悪で、横暴な人間だと思っていた。怯える悠里を殴り、脅しながら、無理矢理体を曝いた。悠里は地獄を味わっていた。死を望むほどに辛かった。心の底から冬真を憎み抜きながらも、金のためだけに屈辱に耐えながら体を重ねるしかなかった。
だけど。
あの頃から数ヶ月が経って、今の冬真は悠里にとってまるで別人のようだった。先日は逢瀬を断った自分の部屋まで様子を見に来て、泣きながら苦しみを訴える悠里を抱きとめ、何時間もただ話を聞いてくれていた。髪を撫でられ、布団まで敷いてくれて、悠里を労った。あの時瞼の上に置かれた冬真の手のひらの温かい感触が忘れられない。忙しい身の上であるはずなのに、悠里のためにここまで時間を割いてくれるなんて、どういう心境の変化なのだろう。
乱暴だった行為にはだんだんと優しさが混じり、事が終わった後には食事までさせる。
……一体何なのか。悠里は戸惑っていた。挙げ句母にまでこんな気遣いを見せられたら…。
「…………はぁ」
不安や苛立ちとは違う、甘い溜息が漏れた。ちょうどその時、悠里のスマホが僅かに震えた。
「……っ!」
ドキドキしながら見ると、やはり冬真からだった。
『今夜来い』
「…………っ」
文面だけは相変わらず愛想がない。だが淡々としたその四文字を見るだけで、悠里の頬は少し熱を持った。
いつものように秘書の迎えの車に乗り込み、冬真の元へ向かう。心臓が早鐘を打っている。以前はこんなことはなかった。屋敷に着くまでの車内で、悠里はただ憂鬱な思いを抱えていたはずだ。それなのに、今は……。
部屋に入ると、自分を見つめる冬真と目が合う。悠里が何かを言うよりも先にベッドの前まで歩き、
「…来い」
と冬真が促す。…なんだか妙に恥ずかしい。悠里は俯いて近づく。
ベッドに腰かける冬真の前に立つと、冬真が悠里を見上げる。冬真の目を見ていると、体が熱くなり、頬が赤くなってきたのが自分でも分かった。プイッと目を逸らすと冬真は立ち上がり、悠里の着ているコートをするりと脱がせた。そのまま立ち位置を変え、悠里をベッドに押し倒す。
「…………っ!」
心臓がドクッと大きな音を立てた。上に覆い被さってきた冬真は、悠里の目をじっと見つめている。……距離が近い。緊張と動揺で揺れる瞳で、悠里は冬真を見つめ返す。冬真は少し悠里の髪を撫でると、そのままゆっくりと唇を重ねてきた。
(…………えっ?)
悠里は驚きのあまり硬直する。それはとても優しいキスだった。触れ合った唇の感触を確かめるように、角度を変えては何度も優しく押し当てられる。髪に触れていた冬真の右手はそのままするりと下がり、悠里の耳を撫で、少しの力を込めて首筋をぎゅっと抱いた。
「……っ、…………ん…」
何だこれ。どうして、こんな……。冬真のほのかな香水の匂いと熱く優しい唇の感触に、悠里は心臓が破裂しそうなほどに高鳴っていた。冬真が悠里の口内に舌を入れ、ゆっくりと絡める。たまらず悠里は体中の力が抜けてしまう。
「…ふ、……んんっ……」
き……、気持ちいい……っ。くちゅ、くちゅ、と音を立てながら、二人の舌が絡み合う。まだ服を着たままの二人の下半身は密着し、互いの硬度を伝え合っていた。ズボンの上からぐりぐりと擦れ合う感触に悠里は昂り、息を荒げる。
「あぁっ……、ん…っ、……はぁっ、はぁっ……」
「……、……ふ…っ」
冬真もまた悠里と同じようにだんだんと息が上がり、二人は次第に互いの体をまさぐるように手を回して抱き合いながら、激しいキスを繰り返した。
「はぁっ、はぁっ…、……ん、あぁっ……」
「…………、」
互いが互いを激しく求め合っていることを理解していた。冬真の指が悠里のシャツのボタンを性急に外していく。悠里も早く冬真の服を脱がせたくてたまらなかった。でも恥ずかしくてそんなことできない。こんなに求めてしまっていることを知られたくない。口づけを繰り返しながら、悠里はされるがままに冬真に身を委ねた。
耳に、首筋に、鎖骨に、自身の唇を押し当てながら、冬真は器用に悠里の服を脱がせていく。あっという間に全ての衣服を剥ぎ取られた悠里は、恥ずかしさに体を折ってそっぽを向く。冬真は悠里を見下ろしながら自身の服を脱ぎ捨て、再び体を重ねるように覆い被さってくる。全身が隙間なく触れ合い、二人はまた激しいキスを繰り返す。固くなったモノ同士が擦れ合い、悠里はもどかしさに呻いた。
(は、早く……、もっと……!!)
悠里の体は激しく冬真を求めていた。
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