屈辱の対価ー冷酷御曹司と愛人の息子は金のためだけに体を重ねるー

紗々

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 高級車の後部座席で揺られること20分。車は洋館のような雰囲気を漂わせた大きな屋敷の中へ入っていった。悠里は緊張して両手をぎゅっと握りしめる。一体何を言われるのか。

『うるせぇよ。愛人の分際で、何がそんな人間じゃねぇだ。立場分かってんのか。…俺に意見するんじゃねぇ』

 冷たく見下すあの男の視線を思い出す。…嫌なヤツだった。俺たち親子など、あいつから見たらその辺を這い回る虫のようなものだろう。できればもう二度と会いたくはなかった。放っておいてくれればいいのに…。だがそんなことはこちらの立場では言えない。あの言い方は酷いと思ったが、母があの男の父親と深い関係にあったのは事実だ。俺が強く出られるはずがない。

 秘書の男性に従い、屋敷の重厚な階段を上がり、長い廊下を歩く。胃が痛い。今すぐ逃げ出したい。
 一番奥の部屋の前に着くと、秘書がドアをノックして声をかける。

「お連れいたしました」
「入れろ」

 中から高圧的な声が聞こえてくる。はぁ…。悠里は一度大きな溜息をついた。

 秘書にドアを開けられ、中に入るよう促される。渋々前に進み出ると、部屋の奥で机に向かっていた男が立ち上がった。…あぁ、あいつだ…。最悪だ。
もう顔も見たくなかったのに。

「よお。俺を覚えてるか」

 机に寄っかかりながら腕を組み、ニヤリと感じの悪い笑みを浮かべた門倉冬真が言った。…真正面から改めて見ると、ものすごく整った顔立ちをしている。…その表情は生意気で意地悪そうだが。背がすらりと高く高級そうなスーツがよく似合っているし、手足が長い。肩に少しかかる長さの茶色い髪は緩くパーマがかかっているのか、軽薄そうに見えるがこの男によく似合っていた。

「…はい」

 もちろん、と言おうとしたが、黙った。秘書の男性はいつの間にかいなくなっていた。

「てめえのことは調べさせた、篠崎悠里。…ずいぶん金に困ってるみたいじゃねぇか」

 悠里はギクッとした。…調べさせたって、一体何を、どこまで…?恐怖と若干の不愉快さを感じたが、金持ちのことだ、どんな手でも使って、隅から隅まで調べ上げてるんだろう。俺たち親子のことを。悠里は黙っていた。

「てめえの母親、親父とヤりまくってたんなら金はたっぷり貰ってたはずだろうが。何に使ったらここまで困窮できるんだ。貧乏人は計画性がねぇな」
「…………っ!」

 信じられない、この男……!どこまで人を貶めれば気が済むんだ。逆らえる立場ではないと分かっていたはずなのに、悠里は我慢できなかった。

「…わざわざご自宅まで呼び出して、ご用件は俺と母を馬鹿にして楽しむことですか?お父さまが亡くなられたばかりだというのに、ずいぶんお暇なんですね」

 腹が立って仕方なかった。震える声で精一杯の嫌味を言い返すと、冬真が真っ直ぐに悠里の元に歩いてくる。目の前に立つやいなや、

「っ!!……くっ、」

 悠里の後ろ髪をガッと乱暴に掴み、無理矢理顔を上にあげさせた。

「…黙れ」
「…………っ、」

 ゾッとするほど冷たい目で、冬真が真上から見下ろしてくる。悠里は手足がすうっと冷たくなるのを感じた。

「俺に生意気な口聞くんじゃねぇよ。前にも言ったはずだ。立場分かってんのか。謝れ」
「………………。」
「謝れっつってんだよ」
「………………、…………ごめ、……なさい」

 嫌々ながらに謝罪の言葉を絞り出すと、冬真はまたニヤリと笑い悠里の髪を掴んだ手を離した。

「そんな態度でいると後悔するぞ。せっかく金貸してやろうと思ってわざわざ忙しい中時間を作って呼んでやったのによ」
「…………えっ、」

 え?…今何て言った?…こいつが、俺に金を貸す…?何故?

「困ってんだろ。ガキのアルバイトじゃいくら掛け持ちしてもやっていけねぇぞ。どうせもう大学辞めるしかねぇなとか考えてた頃だろうが。…俺が助けてやるよ。てめえをな」
「……そ、……そ、んな」
「俺がてめえに金を貸してやれば、せっかく入った大学も辞めずに済む。低収入のアルバイトを掛け持ちしてあくせく働いて無駄に時間を浪費せずに済む。てめえの母親も病院から放り出されずに済む。……どうだ?良いことずくめだろ」

 にわかには信じがたかった。悠里に金を貸したところでこの男には何のメリットもないはずだ。そんなに親切な人間にはとても見えない。悠里は疑心暗鬼になりながらも、藁にもすがる思いで冬真に尋ねる。

「……ほ……、…本当に、…貸していただけるん、ですか…」
「ああ」

 冬真が頷く。悠里は信じていいのかどうか分からず、冬真を見つめた。もし本当なら…、たしかに、ありがたいけれど…。まだ半信半疑ながらも、悠里は一応礼を言う。

「あ、……ありがとう、ございます…」
「ああ。いくらでも貸してやるぜ。つーか、やるよ、はした金ぐらい。ありがてーだろ」
「…………は…?」

 その言葉に悠里が戸惑っていると、冬真は部屋の奥に向かって歩き始めた。大きなベッドが置いてある。ベッドの前で冬真がスーツのジャケットを脱ぐと、悠里を振り返っておもむろに言った。

「来いよ、さっさと脱げ。篠崎悠里」





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