7 / 36
6.
しおりを挟む
高級車の後部座席で揺られること20分。車は洋館のような雰囲気を漂わせた大きな屋敷の中へ入っていった。悠里は緊張して両手をぎゅっと握りしめる。一体何を言われるのか。
『うるせぇよ。愛人の分際で、何がそんな人間じゃねぇだ。立場分かってんのか。…俺に意見するんじゃねぇ』
冷たく見下すあの男の視線を思い出す。…嫌なヤツだった。俺たち親子など、あいつから見たらその辺を這い回る虫のようなものだろう。できればもう二度と会いたくはなかった。放っておいてくれればいいのに…。だがそんなことはこちらの立場では言えない。あの言い方は酷いと思ったが、母があの男の父親と深い関係にあったのは事実だ。俺が強く出られるはずがない。
秘書の男性に従い、屋敷の重厚な階段を上がり、長い廊下を歩く。胃が痛い。今すぐ逃げ出したい。
一番奥の部屋の前に着くと、秘書がドアをノックして声をかける。
「お連れいたしました」
「入れろ」
中から高圧的な声が聞こえてくる。はぁ…。悠里は一度大きな溜息をついた。
秘書にドアを開けられ、中に入るよう促される。渋々前に進み出ると、部屋の奥で机に向かっていた男が立ち上がった。…あぁ、あいつだ…。最悪だ。
もう顔も見たくなかったのに。
「よお。俺を覚えてるか」
机に寄っかかりながら腕を組み、ニヤリと感じの悪い笑みを浮かべた門倉冬真が言った。…真正面から改めて見ると、ものすごく整った顔立ちをしている。…その表情は生意気で意地悪そうだが。背がすらりと高く高級そうなスーツがよく似合っているし、手足が長い。肩に少しかかる長さの茶色い髪は緩くパーマがかかっているのか、軽薄そうに見えるがこの男によく似合っていた。
「…はい」
もちろん、と言おうとしたが、黙った。秘書の男性はいつの間にかいなくなっていた。
「てめえのことは調べさせた、篠崎悠里。…ずいぶん金に困ってるみたいじゃねぇか」
悠里はギクッとした。…調べさせたって、一体何を、どこまで…?恐怖と若干の不愉快さを感じたが、金持ちのことだ、どんな手でも使って、隅から隅まで調べ上げてるんだろう。俺たち親子のことを。悠里は黙っていた。
「てめえの母親、親父とヤりまくってたんなら金はたっぷり貰ってたはずだろうが。何に使ったらここまで困窮できるんだ。貧乏人は計画性がねぇな」
「…………っ!」
信じられない、この男……!どこまで人を貶めれば気が済むんだ。逆らえる立場ではないと分かっていたはずなのに、悠里は我慢できなかった。
「…わざわざご自宅まで呼び出して、ご用件は俺と母を馬鹿にして楽しむことですか?お父さまが亡くなられたばかりだというのに、ずいぶんお暇なんですね」
腹が立って仕方なかった。震える声で精一杯の嫌味を言い返すと、冬真が真っ直ぐに悠里の元に歩いてくる。目の前に立つやいなや、
「っ!!……くっ、」
悠里の後ろ髪をガッと乱暴に掴み、無理矢理顔を上にあげさせた。
「…黙れ」
「…………っ、」
ゾッとするほど冷たい目で、冬真が真上から見下ろしてくる。悠里は手足がすうっと冷たくなるのを感じた。
「俺に生意気な口聞くんじゃねぇよ。前にも言ったはずだ。立場分かってんのか。謝れ」
「………………。」
「謝れっつってんだよ」
「………………、…………ごめ、……なさい」
嫌々ながらに謝罪の言葉を絞り出すと、冬真はまたニヤリと笑い悠里の髪を掴んだ手を離した。
「そんな態度でいると後悔するぞ。せっかく金貸してやろうと思ってわざわざ忙しい中時間を作って呼んでやったのによ」
「…………えっ、」
え?…今何て言った?…こいつが、俺に金を貸す…?何故?
「困ってんだろ。ガキのアルバイトじゃいくら掛け持ちしてもやっていけねぇぞ。どうせもう大学辞めるしかねぇなとか考えてた頃だろうが。…俺が助けてやるよ。てめえをな」
「……そ、……そ、んな」
「俺がてめえに金を貸してやれば、せっかく入った大学も辞めずに済む。低収入のアルバイトを掛け持ちしてあくせく働いて無駄に時間を浪費せずに済む。てめえの母親も病院から放り出されずに済む。……どうだ?良いことずくめだろ」
にわかには信じがたかった。悠里に金を貸したところでこの男には何のメリットもないはずだ。そんなに親切な人間にはとても見えない。悠里は疑心暗鬼になりながらも、藁にもすがる思いで冬真に尋ねる。
「……ほ……、…本当に、…貸していただけるん、ですか…」
「ああ」
冬真が頷く。悠里は信じていいのかどうか分からず、冬真を見つめた。もし本当なら…、たしかに、ありがたいけれど…。まだ半信半疑ながらも、悠里は一応礼を言う。
「あ、……ありがとう、ございます…」
「ああ。いくらでも貸してやるぜ。つーか、やるよ、はした金ぐらい。ありがてーだろ」
「…………は…?」
その言葉に悠里が戸惑っていると、冬真は部屋の奥に向かって歩き始めた。大きなベッドが置いてある。ベッドの前で冬真がスーツのジャケットを脱ぐと、悠里を振り返っておもむろに言った。
「来いよ、さっさと脱げ。篠崎悠里」
『うるせぇよ。愛人の分際で、何がそんな人間じゃねぇだ。立場分かってんのか。…俺に意見するんじゃねぇ』
冷たく見下すあの男の視線を思い出す。…嫌なヤツだった。俺たち親子など、あいつから見たらその辺を這い回る虫のようなものだろう。できればもう二度と会いたくはなかった。放っておいてくれればいいのに…。だがそんなことはこちらの立場では言えない。あの言い方は酷いと思ったが、母があの男の父親と深い関係にあったのは事実だ。俺が強く出られるはずがない。
秘書の男性に従い、屋敷の重厚な階段を上がり、長い廊下を歩く。胃が痛い。今すぐ逃げ出したい。
一番奥の部屋の前に着くと、秘書がドアをノックして声をかける。
「お連れいたしました」
「入れろ」
中から高圧的な声が聞こえてくる。はぁ…。悠里は一度大きな溜息をついた。
秘書にドアを開けられ、中に入るよう促される。渋々前に進み出ると、部屋の奥で机に向かっていた男が立ち上がった。…あぁ、あいつだ…。最悪だ。
もう顔も見たくなかったのに。
「よお。俺を覚えてるか」
机に寄っかかりながら腕を組み、ニヤリと感じの悪い笑みを浮かべた門倉冬真が言った。…真正面から改めて見ると、ものすごく整った顔立ちをしている。…その表情は生意気で意地悪そうだが。背がすらりと高く高級そうなスーツがよく似合っているし、手足が長い。肩に少しかかる長さの茶色い髪は緩くパーマがかかっているのか、軽薄そうに見えるがこの男によく似合っていた。
「…はい」
もちろん、と言おうとしたが、黙った。秘書の男性はいつの間にかいなくなっていた。
「てめえのことは調べさせた、篠崎悠里。…ずいぶん金に困ってるみたいじゃねぇか」
悠里はギクッとした。…調べさせたって、一体何を、どこまで…?恐怖と若干の不愉快さを感じたが、金持ちのことだ、どんな手でも使って、隅から隅まで調べ上げてるんだろう。俺たち親子のことを。悠里は黙っていた。
「てめえの母親、親父とヤりまくってたんなら金はたっぷり貰ってたはずだろうが。何に使ったらここまで困窮できるんだ。貧乏人は計画性がねぇな」
「…………っ!」
信じられない、この男……!どこまで人を貶めれば気が済むんだ。逆らえる立場ではないと分かっていたはずなのに、悠里は我慢できなかった。
「…わざわざご自宅まで呼び出して、ご用件は俺と母を馬鹿にして楽しむことですか?お父さまが亡くなられたばかりだというのに、ずいぶんお暇なんですね」
腹が立って仕方なかった。震える声で精一杯の嫌味を言い返すと、冬真が真っ直ぐに悠里の元に歩いてくる。目の前に立つやいなや、
「っ!!……くっ、」
悠里の後ろ髪をガッと乱暴に掴み、無理矢理顔を上にあげさせた。
「…黙れ」
「…………っ、」
ゾッとするほど冷たい目で、冬真が真上から見下ろしてくる。悠里は手足がすうっと冷たくなるのを感じた。
「俺に生意気な口聞くんじゃねぇよ。前にも言ったはずだ。立場分かってんのか。謝れ」
「………………。」
「謝れっつってんだよ」
「………………、…………ごめ、……なさい」
嫌々ながらに謝罪の言葉を絞り出すと、冬真はまたニヤリと笑い悠里の髪を掴んだ手を離した。
「そんな態度でいると後悔するぞ。せっかく金貸してやろうと思ってわざわざ忙しい中時間を作って呼んでやったのによ」
「…………えっ、」
え?…今何て言った?…こいつが、俺に金を貸す…?何故?
「困ってんだろ。ガキのアルバイトじゃいくら掛け持ちしてもやっていけねぇぞ。どうせもう大学辞めるしかねぇなとか考えてた頃だろうが。…俺が助けてやるよ。てめえをな」
「……そ、……そ、んな」
「俺がてめえに金を貸してやれば、せっかく入った大学も辞めずに済む。低収入のアルバイトを掛け持ちしてあくせく働いて無駄に時間を浪費せずに済む。てめえの母親も病院から放り出されずに済む。……どうだ?良いことずくめだろ」
にわかには信じがたかった。悠里に金を貸したところでこの男には何のメリットもないはずだ。そんなに親切な人間にはとても見えない。悠里は疑心暗鬼になりながらも、藁にもすがる思いで冬真に尋ねる。
「……ほ……、…本当に、…貸していただけるん、ですか…」
「ああ」
冬真が頷く。悠里は信じていいのかどうか分からず、冬真を見つめた。もし本当なら…、たしかに、ありがたいけれど…。まだ半信半疑ながらも、悠里は一応礼を言う。
「あ、……ありがとう、ございます…」
「ああ。いくらでも貸してやるぜ。つーか、やるよ、はした金ぐらい。ありがてーだろ」
「…………は…?」
その言葉に悠里が戸惑っていると、冬真は部屋の奥に向かって歩き始めた。大きなベッドが置いてある。ベッドの前で冬真がスーツのジャケットを脱ぐと、悠里を振り返っておもむろに言った。
「来いよ、さっさと脱げ。篠崎悠里」
11
お気に入りに追加
138
あなたにおすすめの小説

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。
石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。
自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。
そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。
好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。
君に望むは僕の弔辞
爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。
全9話
匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意
表紙はあいえだ様!!
小説家になろうにも投稿
美人に告白されたがまたいつもの嫌がらせかと思ったので適当にOKした
亜桜黄身
BL
俺の学校では俺に付き合ってほしいと言う罰ゲームが流行ってる。
カースト底辺の卑屈くんがカースト頂点の強気ド美人敬語攻めと付き合う話。
(悪役モブ♀が出てきます)
(他サイトに2021年〜掲載済)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる