一目惚れだけど、本気だから。~クールで無愛想な超絶イケメンモデルが健気な男の子に恋をする話

紗々

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番外編ー馬原圭介【2】

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 案の定、その後は大騒動となった。
 俺は教師に羽交い締めにされ、めちゃくちゃ怒鳴られ、校長室に送られ、やって来た母親に思いっきり頬をぶたれた。
 帰宅した親父にはもっとぶたれた。胸ぐらを掴まれ、どうしてあんなことをしたのかと何度も何度も聞かれた。脳しんとうを起こすほどにガクガクと揺さぶられたが、俺は頑として口を開かなかった。
 バカが退院した後、バカの家まで両親に引っ張っていかれ、玄関先で親父に頭を押さえつけられ、両親共々土下座をさせられた。戸川くんに謝りなさいと何度も両親は言ったが、俺は絶対に謝らなかった。両親の怒りは数ヶ月続いた。バカとは卒業までもう口をきくことはなかった。


 小学校を卒業してからは、あいつに会うことはなかった。地元の中学校に来ていなかったから、よその施設にでも移ったのかもしれない。事情は何も分からなかったが、俺の心は空虚になった。
 俺はあいつを忘れられず、何年経っても思い出していた。元気にしているんだろうか。もう一生会うことはないのか。あいつだけが、俺にとって特別だった。どうしてこんなにも心惹かれるのか、自分でも分からなかった。ただひたすら、寂しかった。

 心の奥底にその思いをずっと引きずりつつも、その後の人生を俺は相変わらず要領良くこなしていった。もう大きな問題を起こすことはなく、良い成績をとり、大人の目を忍んでは悪い連中とつるんで悪い遊びも適度にやった。早い時期から女を覚えたが、避妊だけは必ずした。しょうもない間違いを犯すつもりはなかった。
 東京のそこそこ有名な私大に進学して、4年間適当に大学生活を満喫し、就活では失敗することなく第一希望の一流企業にあっさり内定をもらった。学費を出して仕送りまでしてくれた親に大感謝だ。俺は恵まれている。さらにルックスと要領が良くてコミュ力が高けりゃ、人生はイージーモードだ。

 だけど。
 俺がイージーモードの人生を送るために、蹴落としてきたヤツらも何人もいた。学生の頃も、社会人になってからも。「いつかは本気で好きになってくれると思ってた」と泣いて縋り付いてくる女を血も涙もなくあっさり捨てたことも何度もあった。
 人当たり良く、人脈も大いに作り、上手いことやってきた二十数年間の人生だが、俺のことを恨み抜いているヤツも何人もいるだろう。
 年を重ねるごとに俺の心は荒んでいった。随分汚ぇ大人になったもんだ、と我ながら思う。上手く生きていってるやつなんて、皆だいたいこんなもんなのかもしれない。だが俺がどれだけ上手く生き抜いたとしても、この人生に一体どれだけの意味があるんだろう。順風満帆な俺の人生には、大切なものも、守りたい人もいなかった。ただ、時々あいつを思い出すだけだ。あの澄んだ綺麗な瞳を。透明で、穏やかで、柔らかい空気を纏ったあいつを。今頃どこにいるんだろう。あいつはどんな大人になっているんだろう。あんなやつでも、俺みたいにずる賢く上手く生きる術を見つけて、子どもの頃より少しは楽に生きられているんだろうか。


 何度も何度もこうして思い出していたからか。すれ違った瞬間に、俺はあいつがすぐに分かった。
 東京の、どでかい交差点のど真ん中。大勢の人が行き交うその交差点を、次の商談のことを考えながら渡っている時、俺は真横を通り過ぎるあいつに一瞬で気付いた。

「璃玖!!」

 あいつの顔を見た途端、何かを考えるより先に声が出た。俺の声のでかさに、周りを通っていた人間が皆一斉にこっちを見た。あいつも驚いた顔で振り返り、俺を見た。
 交差点のど真ん中で、俺と璃玖は立ち止まった。お互い無言で見つめ合った。俺は璃玖以外の何も見えなくなり、何も考えられなくなった。目の前にあいつがいることが信じられなくて、どうかこれが夢じゃないようにと願った。確かめたくて、手を伸ばそうとした、その時。

「…………えっ、も、もしかして、……圭介?馬原圭介くん?!」

 あいつ、佐倉璃玖が、素っ頓狂な声を上げた。



「本当にごめんってば。すぐに気が付かなくて…」
「遅すぎだろ。俺は一瞬で分かったぞ」
「だ、だって、小学校を卒業してからもう10年以上経ってるんだよ。むしろすぐに気付いた圭介がすごすぎるんだよ。さすがだね」
「まぁな。超やり手の営業マンだからな」
「調子に乗って…。まだわりと就職したばっかりでしょ…」
「そうとも言うな」
「相変わらずだね」

 璃玖はクスクスと楽しそうに笑った。

 次の商談までそんなに時間はなかったが、少しでも話したくてカフェに寄った。璃玖もスーツ姿で、事務職だから普段はあまり外に出ないが今日は用事を頼まれてたまたま通りかかっただけだと言った。

「……18で上京してきてたのか。同じ頃にもうこっちにいたんだな」
「本当だね。でもこんなにたくさん人がいる中でたまたま再会できるなんて、すごいよね」
「だな。……施設出てすぐ東京に来て独りで生活始めたんなら、苦労したんじゃねぇのか」
「うーん、そうだねぇ…、軌道に乗るまでは正直、本当に大変だったんだぁ。仕事も住むところも全然決まらなくて」
「…そうか」
「うん、このままホームレスになっちゃうんじゃないかと思った時もあったよ」
「ならなくて良かったな。すげぇじゃねぇか。ちゃんと就職して」
「本当だよ!雇ってくれた所長には感謝してもしきれないよ」

 璃玖はキラキラした目で屈託なく笑いながらそんなことを言った。
 あぁ…、すげぇなこいつ。全っ然変わってねぇ。…あの頃のまんまだ。少しも汚れてない、澄み切った瞳。柔らかく、周りの全てを許容するようなこの雰囲気。
 俺が惹かれた璃玖のままだ。

 俺たちは連絡先を教えあい、時々食事にでも行こうと約束してその日は別れた。何てことないふりをしながら、別に特別な出来事でもないようにあっさりと別れながら、俺の心臓は早鐘を打っていた。信じられねぇ。こんな幸運があるか?まさか今になって、こんなに地元から離れた所で、あいつに再会できるなんて。神に感謝の祈りを捧げたい気分だった。それ以降何度も会社帰りに会っては夕食をともにした。恐縮するあいつに何だかんだと理由をつけては毎回奢った。単にかっこつけたかっただけだ。俺はガキの頃とは違い、明確にあいつへの恋心を自覚していた。会えば会うほど好きになり、想いはどんどん募り、でもそれをおくびにも出さなかった。
 分かっていたからだ。
 俺がどんなにあいつを想っても、自分があいつに相応しい相手ではないことを。俺と璃玖は、あまりにも対照的だった。違いすぎた。自分の人生を有利に進めるためなら他人を蹴落とすことに心を痛めることもない、泣いて縋り付いてくる女をポイ捨てすることにも何の躊躇もない俺と。
 子どもの頃から少しも変わらず汚れのない心のままで、真っ直ぐに生き抜いてきた清らかなあいつとでは。
 俺の手で触れてあいつを汚すことは絶対にできないと思った。

 

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