一目惚れだけど、本気だから。~クールで無愛想な超絶イケメンモデルが健気な男の子に恋をする話

紗々

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 日が沈むのがまだ早く、辺りはもう真っ暗だ。璃玖の会社の近くにある大きなビルの下で、俺は時計を見た。もうすぐかな。昼のラインでは、今日は少し残業になるかもしれないと言っていた。待ちきれずに、俺はもう待ち合わせ場所に立っていた。
 俺の仕事が忙しくてなかなかゆっくり時間がとれない日々が続き、気付けばもう二月になっていた。毎日電話はしているし、ラインもしょっちゅうしてるけど、やっぱり直接会って顔を見る喜びには代えがたい。少しでも時間がとれそうならこうして待ち合わせては一緒に夕食を食べてから、璃玖をアパートまで送って帰るというデートが数回続いていた。でもそれもそんなに頻繁じゃない。なかなか璃玖とゆっくり触れ合う時間がとれないもどかしさに、俺は切ない思いを募らせていた。アパートの前で別れる時に、人目を気にしつつ軽く触れ合うキスをするだけだ。辛い。唇が触れ合えば性欲は刺激される。俺は悶々としたまま帰宅し、自分を慰めるという日々が続いていた。

「葵!」
「……っ!」

 声がした方を見ると、璃玖が満面の笑みでこっちに向かって駆けてくる。嬉しくてたまらないという風なその顔を見るだけで、愛しくて胸がいっぱいになる。

「…お疲れ」
「うん!もういるなんて思わなかった。…だいぶ待ったんじゃないの?ごめんね」
「全然。さっき来たばっかり」

やっと会えた。嬉しい。

「何食べようか。お腹すいたでしょ」
「うん、もうぺこぺこ。何がいいかなぁ。葵は何か食べたいものはないの?」

璃玖。……なんて、もちろん言わない。オヤジくさいから。俺たちはパーキングに向かって歩きながら話した。

「俺は別に何でも。あんたと一緒に食べられるだけで満足だから」
「……っ。ま、またそんな、僕のこと喜ばせて…」

璃玖の顔が赤くなる。…はぁ。幸せだ。

「じ、じゃあ和食がいいな、僕」
「了解。…個室あるところ行っていい?」
「うん、もちろん」
「電話してみる」

俺はいくつか頭の中に和食の店を思い浮かべて、璃玖が気に入りそうなところに席がとれるか電話してみた。

「個室とってもらった」
「よかった。…葵ってほんとにいろんなお店を知ってるよね」
「…まぁ。付き合いは多いから。自然とね」
「だよね。圭介もよく知ってるんだよねぇ。僕は外食することあまりなかったから、葵や圭介にいろんなお店に連れて行ってもらえてすごく楽しいよ」

璃玖がニコニコしながら言う。楽しんでもらえてるならよかった。璃玖が喜ぶならいくらでもどこでも連れて行く。
 …圭介も相当いろいろ連れて行ったんだろうな…。と、少し嫉妬してモヤッとするが、その子供じみた感情は自分の中にぐっと押し込めた。


 ゆっくりと食事しながら会話をしていたら、時間はあっという間に経ってしまう。なんで璃玖といるとこんなに時間が経つのが早いんだろう。俺が璃玖と会うと時空が歪むのか…?さっき会ったばかりなのに、もう送っていかなきゃいけない。璃玖は明日も朝から仕事だしな…。運転しながら、俺はひそかに溜息をついた。

「食事、すごく美味しかった」
「気に入ったならよかった」
「あんな上品で綺麗な料理って家じゃ作れないから、たまに食べるとホントに感動するよ。…いつもご馳走になってごめんね、葵。…ありがとう」
「俺が好きでそうしてるんだから、気にしないで。あと…、俺はあんたの作る料理の方がはるかに好きだよ」
「……っ。あ、…ありがとう」
「本当は毎日璃玖の手料理が食べたい」

助手席で璃玖が頬を押さえて俯く。照れてる。可愛い。ずっと見ていたい。

「…………。」
「…………。」

 ふと会話が途切れると、そのまま璃玖は何も喋らなくなった。さっきまでニコニコしてはしゃいでいたのに、どうしたんだろう。眠いのかな。
 信号待ちのタイミングでちらりと隣を見る。璃玖は眠そうではなかった。目はしっかり開いている。でも、こちらを向く気配は全くない。口をぎゅっと引き結び、膝に置いた自分の拳をじっと見つめている。

「……璃玖?」
「…………。」
「?……璃玖」
「!!」

何度か呼びかけると、璃玖はようやくハッとした顔でこちらを向いた。暗くてよく分からないけど、まだ頬が赤い、気がする。

「ごっ、ごめんっ!何か言った?」
「え?…ううん、別に。なんかじっとしてるから、…何考えてるのかなと思って」

俺がそう答えると、璃玖が慌てふためいた様子で答える。

「あ、ご、ごめんね。べっ、別に、何でもないんだ。ちょっと、……ボーッとしちゃった」
「…そう」

明らかに何かあるっぽい。今までの経験上、こういう時の璃玖は何でもなかったことがない。でもまぁ言いたくないなら仕方ない。信号が変わり、俺は詮索することを止めてアクセルを踏む。はぁ、もうすぐ着いてしまう。……帰したくない。


「……着いた」
「う、うん。お、送ってくれてありがとう、葵」
「……ん」
「……。」
「……。」
「…………。」

 アパートの前に車を停めたが、璃玖は降りる気配も、帰り際のキスをする気配もない。口をうっすら開けたかと思えばまた閉じて、を繰り返している。…俺に何か言いたいことがあるのは間違いない。俺は璃玖を見つめて待った。

「……つっ、…次に会えるのって、もう葵のお誕生日かな」

よしっ、て感じでパッと前を向くと、ついに璃玖が口を開いた。

「ん、そうだね。…最近なかなか時間とれなくて、ごめん」
「う、ううんっ。そんなこと、気にしないで…。仕事が忙しいのは、いいことだよね。うん」
「…当日は、必ず夜空けておくから」

前々から、俺の誕生日を祝いたいと言ってくれていた。幸いにもその頃にはもう今やってる雑誌の撮影も一段落つく。当日は間違いなくゆっくり時間がとれそうだった。

「うん、…あ、あのね、………あ、おいの、部屋に行ってもいいかなっ、その日。僕が、夕食、作りたい、んだけど…」
「え、…うん、もちろん。…嬉しい。ありがと」

久々の璃玖の手料理でもてなしてくれるのか。俺にとっては最高のプレゼントだ。璃玖らしいその心遣いが嬉しかった。

「……そっ、……そっ……、」
「……?」
「それでねっ、」
「?……うん」

璃玖の声がものすごくうわずっている。そのまままた下を向いてモジモジしていたが、唇をキュッと結ぶと、俺の方に向き直って言った。

「……、そ、その、……その日、泊まっても、いい?」

 ………………え?

俺の頭は璃玖のその言葉を聞いて一瞬フリーズした。……そのままの意味なのかもしれない。単に、“泊まる”だけなのかも。俺は咄嗟の防衛本能でそう思った。ぬか喜びだったらきつすぎる。
 ……でも。
 縋るように俺を見つめる璃玖の目は切実だし、固く結ばれた唇は僅かに震えている。頬は燃えるように真っ赤だった。

「……っ。り、く…」

嬉しさで声が掠れる。璃玖の覚悟が本物なのが伝わってくる。俺に全てを委ねようとしてくれているんだ。

 俺の、誕生日だから……。

「…………っ!」

泣きたくなるほどに込み上げてくる想いのまま、俺は璃玖を引き寄せて、強く抱きしめた。

「!!……あっ、……葵…」
「…………平日だけど、…大丈夫なの…?」

感動のあまり溢れそうになるものをぐっと堪えて、璃玖の耳元で掠れる声で言った。

「う、うん、……たぶん。て、手加減してくれれば…」
「……ふ」
「…あ、ちゃんと、そのまま会社に行けるように準備もしてくる、から」
「……分かった」

俺は璃玖の体をそっと離すと、愛しいその頬を包み込むように撫でた。宝物のように。

「……ありがとう、璃玖。…楽しみにしてる」



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