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璃玖を助手席に乗せて、アパートに向かって車を走らせる。天気が良くて気持ちがいい。…今日はいい一日になりそうだ。今日だけは、不安なことは全部忘れて楽しんでほしい。俺も明日から、また頑張るから。
「あの辺りも行くの久しぶりだなぁ。なんか…緊張しちゃうな」
「今日は本だけ取ったらさっさと離れよう。予定たくさん入れてるし」
「そうだね」
いつものコインパーキングに車を停めて、助手席のドアを開けて璃玖を降ろす。イブの日でもいつもと変わらず、この辺りは閑散としている。
「なんか本当に、すごく久しぶりな感じがする…」
璃玖は辺りを見回しながら歩いて行く。
「逆に葵と圭介はしょっちゅう来てくれてるんだよね。…いつもありがとね、本当に。…感謝してる」
「…何、そんな改まって」
「いつも思ってるよ。こんな困ってる時に、こんな親身になって助けてくれるなんて。僕は本当にいい友達に恵まれたなって」
「…………友達」
「…え?」
その単語が引っかかってしまい、つい不満が言葉に出てしまう。璃玖がキョトンとした顔で、並んで横を歩いている俺の顔を見上げる。
「…友達じゃ、嫌なんだけど」
「…っ。あ、葵…?」
何を言ってるんだ俺は。違う。今じゃないだろ。夜まで二人で楽しく過ごして、一日の締めくくりに告白する予定だったんだ。だけど、流れで言葉に出してしまったら、突然洪水のように璃玖への想いが溢れてきた。俺は立ち止まって璃玖を見つめる。俺につられて、璃玖も立ち止まり、俺を見上げる。
俺は右手で璃玖の滑らかな頬に触れる。璃玖がビクッと肩を震わせた。
「あ、葵…。どうしたの?急に…」
頬が上気し、瞳が揺れている。その可愛らしい様子に、俺はもう自分を止めることができなかった。
「璃玖…、俺、」
「…………。」
「俺は、璃玖のこと、ずっと」
その時。
タタタタタタ……!
誰かがこっちに走ってくるのが見えた。俺たちは同時にそちらを振り向く。随分必死な様子だ。前のめりになって転びそうになりながらも全力で走ってくる。黒い服の……男?
「葵ーーーー!!!」
?!
え?圭介?突然圭介の叫び声が聞こえた。
「そいつだ!!捕まえろーーー!!」
よく見ると圭介が男の後ろから走ってくる。鬼の形相だ。俺は瞬時に全てを察した。
俺は片手で璃玖を後ろへ押しやり、近くまで走ってきた男に向かって足をスライディングのように放り出した。男が俺の足に躓いて派手に転がる。咄嗟に飛びかかり、倒れた男の背中に乗っかり、両腕を後ろに締め上げた。
「よっしゃ!よくやった葵!現行犯だ。警察呼ぶぞ」
追いついた圭介が息を切らしながらスマホを取り出した。俺は咄嗟の判断で叫ぶ。
「待って!」
「あ?!」
圭介が俺を見て動きを止める。俺は璃玖を見た。顔を真っ青にしてオロオロしながら俺のそばに立っている。俺は頭をフル回転して璃玖に言った。
「警察には璃玖が電話して」
「へっ?!え?あ、……う、うん!」
璃玖があたふたしながらスマホを取り出す。
「ここじゃなくて!…あっちで。あっちの、アパートの部屋の前で。部屋の様子も見てきた方がいい」
「あ、あ、…わ、わかった」
「俺は圭介とこいつを抑えておくから。焦らなくていいよ。かけてきて。こっちは大丈夫だから」
「う、うん!…待ってて。すぐ電話してくるから」
「ん」
璃玖はアパートに走って行った。そんなに距離はないけど、これで璃玖からここは死角になった。
璃玖の姿がこちらから見えなくなったことを確認した途端、俺は下敷きになっている男の後頭部の髪を鷲掴みにして捻じり上げた。男の首がゴキッと折れ曲がって不自然に真上を向く。
「ぐげっ」
男が気持ちの悪いうめき声を洩らす。ヒョロリと痩せた顔色の悪い不気味な男だ。眼鏡が曇ってズレている。俺は上を向いた男の目線の真正面に自分の目線を合わせた。顔を近づけて、完全な無表情を作り男に話しかける。
「……おい」
「ひぎっ」
「いいか、よく聞け、変質者。今後一度でも俺の璃玖に近づいてみろ。お前のその気持ちの悪い顔をぐちゃぐちゃに潰してやる。目ん玉くり抜いて、二度とあの子の顔を拝めないようにしてやるからな」
「……ぐ」
「俺は本気だ。あの子のためなら前科がついても構わない。どこまでもお前を追い詰めて、地獄を見せてやる。俺はな、お前よりはるかに、しつこいぞ」
「……は、……はぐ」
「あの子をこれ以上苦しめることは絶対に許さない。…分かったか。次にこの辺りでお前を見かけたら、のたうち回るほどの地獄を見せたあとに、…殺す」
「……が」
「分かったな」
「…………は、…………はひ」
返事をしたようだったので、首を解放してやることにした。俺は男の後頭部の髪を掴んでいた右手をそのままコンクリートの地面に叩きつけた。
「ごえっ」
ゴンッと鈍い音とともにパキッと何かが割れるような音がした。こいつのかけていたダサい眼鏡だろう。どうでもいい。
ふぅ、と男の上で一息ついて顔を上げると、圭介が口元を引き攣らせ、化け物でも見るかのような目で俺を見ていた。
「お、お前……。元ヤンかよ。怖ぁ~…」
…いや、本物の元ヤンに言われたくないんだけど。
それからしばらくして、璃玖が警察を連れてパタパタと戻ってきた。俺は何事もなかったような顔で犯人の上に乗っかって大人しく座っていた。脅しているところは一切見られていない。圭介がチベットスナギツネのような目つきで俺をジトーッと見ていたが、無視しておいた。
経緯としては、圭介がアパートに行ったところ、ちょうどこいつが郵便受けにまた嫌がらせをしているところだったらしい。アパートまで歩いてきていた圭介が璃玖の部屋のドアを見上げたところ、何やらごそごそと入れている真っ最中だったそうで、忍び足で階段を上り、おい!!と怒鳴りつけたそうだ。そしたら圭介にビビって二階から飛び降りて逃げだしたらしい。階段を駆け下りて男を追っているところに俺たちが出くわした、というわけだ。
男は俺たちがこれまで撮り溜めた証拠や、まさに今日郵便受けに入れていた不気味な手紙やその他の吐き気を催す証拠品の数々を突きつけられ、全ての罪を認めてうなだれていたらしい。ある日市立図書館で璃玖を見かけ、あまりの可愛さに自分の運命の相手だと錯覚したのだと。なぜ自分が璃玖に釣り合うと思ったのだろう。異常者そのものだ。俺だって別に璃玖に相応しいのは俺だ、なんて思っているわけじゃない。でもあんななりで振り向いてもらえるまで自己陶酔の激しい手紙や精液送りつけようとする奴の気は知れない。
璃玖が優しすぎるせいで、男は不起訴処分となった。もちろん今後は絶対に、永久に、接近禁止だ。また同じことをしたら真っ先に自分のところに警察が来るのはどんな馬鹿でも分かる。かなり怯えきっていたらしいから、もう近づいてくることはないだろう。もし破れば、その時は警察の前に俺が容赦しない。
結局なんだかんだと一日がかりで、解放されたのは夜だった。璃玖はすっかり疲れきっているようだった。
「本当にありがとう、二人とも。まさか本当に自分たちで捕まえちゃうなんて…」
「よかったな。もう一安心だぞ」
「うん」
璃玖は俺の方を見て言った。
「……明日、アパートに戻るね」
「えっ、そんなにすぐ?」
思わずそう言ってしまった。
「うん。だって月曜からまた仕事だし、次の週末はもう年末だよ。葵も実家に帰ったりするし、バタバタするでしょ」
「……そっか」
考えたら璃玖も年末には実家に帰ったりするだろうしな。その前に元の生活に戻って落ち着いて年を越したいのだろう。
「…助けてくれて、本当にありがとう」
「……ん」
別にこれで二度と会えなくなるわけじゃない。今まで通り一緒に食事に行ったりすればいいんだ。圭介の都合がつかない日でも、もう璃玖と二人で出かけることもできる。それくらいには距離は縮まったつもりだ。
でも。
なんだかものすごく、寂しい。
このままずっと俺のところにいてくれたらいいのに。
…璃玖と付き合えることになったら、時期を見て、いつか言おう。…一緒に暮らそう、って。まぁ……付き合えることになるかどうかもまだ分からないんだけど。妄想は自由だ。
それにしても。
あの野郎……。俺のイブの計画を台無しにしやがって。絶対に絶対に許さない。死ね。何か、死ぬほど苦しい目に遭え。アニサキスとか、ノロウイルスでのたうち回れ。車に轢かれて足骨折しろ。夜道で痴漢と間違われて思いっきり引っぱたかれろ。
「だいぶ遅くなっちまったな」
「うん。せっかくのイブだったのに、ごめんね、二人とも」
「…別に、大丈夫」
俺はどす黒い腹の内を璃玖に見せないよう、努めて淡々と答える。頭の中ではさっきのストーカー野郎をボッコボコに蹴り飛ばしていた。
「圭介も予定あったんじゃないの?」
「あったけど別にいいわ。普段よりもヤる前の段取りが長くて面倒くさいだけだからなーこういうイベントの日は」
「……な、何てこと言うの?!」
「女には別の日に埋め合わせするって連絡してあるから大丈夫だっつー話。…なんでお前がそんな真っ赤になるんだよ」
「だ、だ、だって……!」
くそ。どれだけ今日という日を心待ちにしていたか…。クリスマスイブなんて、一年で一番ロマンチックなイベントだぞ。璃玖の心に残る最高の一日にするはずだったのに。あわよくば…、もしかしたら、今日で璃玖と恋人同士になれていたかもしれないのに。いや、だからそれは分からないけど。璃玖の気持ち次第だから、それに関しては何とも言えないけど。でも、明らかに最近俺を意識してくれていることが多かった。前より絶対に、いい意味で俺を男として見てくれているはずだ。いい感じになってきていたのに。
ロマンチックな一日とプレゼントと告白で、上手くいってたかもしれないのに。
あいつ……!呪ってやる……!
俺はストーカー野郎を大人気なく心の中で罵り続けながら、何事もないような素振りで二人と並んで歩いた。
渡せなかったプレゼントを、コートのポケットの中で握りしめながら。
「あの辺りも行くの久しぶりだなぁ。なんか…緊張しちゃうな」
「今日は本だけ取ったらさっさと離れよう。予定たくさん入れてるし」
「そうだね」
いつものコインパーキングに車を停めて、助手席のドアを開けて璃玖を降ろす。イブの日でもいつもと変わらず、この辺りは閑散としている。
「なんか本当に、すごく久しぶりな感じがする…」
璃玖は辺りを見回しながら歩いて行く。
「逆に葵と圭介はしょっちゅう来てくれてるんだよね。…いつもありがとね、本当に。…感謝してる」
「…何、そんな改まって」
「いつも思ってるよ。こんな困ってる時に、こんな親身になって助けてくれるなんて。僕は本当にいい友達に恵まれたなって」
「…………友達」
「…え?」
その単語が引っかかってしまい、つい不満が言葉に出てしまう。璃玖がキョトンとした顔で、並んで横を歩いている俺の顔を見上げる。
「…友達じゃ、嫌なんだけど」
「…っ。あ、葵…?」
何を言ってるんだ俺は。違う。今じゃないだろ。夜まで二人で楽しく過ごして、一日の締めくくりに告白する予定だったんだ。だけど、流れで言葉に出してしまったら、突然洪水のように璃玖への想いが溢れてきた。俺は立ち止まって璃玖を見つめる。俺につられて、璃玖も立ち止まり、俺を見上げる。
俺は右手で璃玖の滑らかな頬に触れる。璃玖がビクッと肩を震わせた。
「あ、葵…。どうしたの?急に…」
頬が上気し、瞳が揺れている。その可愛らしい様子に、俺はもう自分を止めることができなかった。
「璃玖…、俺、」
「…………。」
「俺は、璃玖のこと、ずっと」
その時。
タタタタタタ……!
誰かがこっちに走ってくるのが見えた。俺たちは同時にそちらを振り向く。随分必死な様子だ。前のめりになって転びそうになりながらも全力で走ってくる。黒い服の……男?
「葵ーーーー!!!」
?!
え?圭介?突然圭介の叫び声が聞こえた。
「そいつだ!!捕まえろーーー!!」
よく見ると圭介が男の後ろから走ってくる。鬼の形相だ。俺は瞬時に全てを察した。
俺は片手で璃玖を後ろへ押しやり、近くまで走ってきた男に向かって足をスライディングのように放り出した。男が俺の足に躓いて派手に転がる。咄嗟に飛びかかり、倒れた男の背中に乗っかり、両腕を後ろに締め上げた。
「よっしゃ!よくやった葵!現行犯だ。警察呼ぶぞ」
追いついた圭介が息を切らしながらスマホを取り出した。俺は咄嗟の判断で叫ぶ。
「待って!」
「あ?!」
圭介が俺を見て動きを止める。俺は璃玖を見た。顔を真っ青にしてオロオロしながら俺のそばに立っている。俺は頭をフル回転して璃玖に言った。
「警察には璃玖が電話して」
「へっ?!え?あ、……う、うん!」
璃玖があたふたしながらスマホを取り出す。
「ここじゃなくて!…あっちで。あっちの、アパートの部屋の前で。部屋の様子も見てきた方がいい」
「あ、あ、…わ、わかった」
「俺は圭介とこいつを抑えておくから。焦らなくていいよ。かけてきて。こっちは大丈夫だから」
「う、うん!…待ってて。すぐ電話してくるから」
「ん」
璃玖はアパートに走って行った。そんなに距離はないけど、これで璃玖からここは死角になった。
璃玖の姿がこちらから見えなくなったことを確認した途端、俺は下敷きになっている男の後頭部の髪を鷲掴みにして捻じり上げた。男の首がゴキッと折れ曲がって不自然に真上を向く。
「ぐげっ」
男が気持ちの悪いうめき声を洩らす。ヒョロリと痩せた顔色の悪い不気味な男だ。眼鏡が曇ってズレている。俺は上を向いた男の目線の真正面に自分の目線を合わせた。顔を近づけて、完全な無表情を作り男に話しかける。
「……おい」
「ひぎっ」
「いいか、よく聞け、変質者。今後一度でも俺の璃玖に近づいてみろ。お前のその気持ちの悪い顔をぐちゃぐちゃに潰してやる。目ん玉くり抜いて、二度とあの子の顔を拝めないようにしてやるからな」
「……ぐ」
「俺は本気だ。あの子のためなら前科がついても構わない。どこまでもお前を追い詰めて、地獄を見せてやる。俺はな、お前よりはるかに、しつこいぞ」
「……は、……はぐ」
「あの子をこれ以上苦しめることは絶対に許さない。…分かったか。次にこの辺りでお前を見かけたら、のたうち回るほどの地獄を見せたあとに、…殺す」
「……が」
「分かったな」
「…………は、…………はひ」
返事をしたようだったので、首を解放してやることにした。俺は男の後頭部の髪を掴んでいた右手をそのままコンクリートの地面に叩きつけた。
「ごえっ」
ゴンッと鈍い音とともにパキッと何かが割れるような音がした。こいつのかけていたダサい眼鏡だろう。どうでもいい。
ふぅ、と男の上で一息ついて顔を上げると、圭介が口元を引き攣らせ、化け物でも見るかのような目で俺を見ていた。
「お、お前……。元ヤンかよ。怖ぁ~…」
…いや、本物の元ヤンに言われたくないんだけど。
それからしばらくして、璃玖が警察を連れてパタパタと戻ってきた。俺は何事もなかったような顔で犯人の上に乗っかって大人しく座っていた。脅しているところは一切見られていない。圭介がチベットスナギツネのような目つきで俺をジトーッと見ていたが、無視しておいた。
経緯としては、圭介がアパートに行ったところ、ちょうどこいつが郵便受けにまた嫌がらせをしているところだったらしい。アパートまで歩いてきていた圭介が璃玖の部屋のドアを見上げたところ、何やらごそごそと入れている真っ最中だったそうで、忍び足で階段を上り、おい!!と怒鳴りつけたそうだ。そしたら圭介にビビって二階から飛び降りて逃げだしたらしい。階段を駆け下りて男を追っているところに俺たちが出くわした、というわけだ。
男は俺たちがこれまで撮り溜めた証拠や、まさに今日郵便受けに入れていた不気味な手紙やその他の吐き気を催す証拠品の数々を突きつけられ、全ての罪を認めてうなだれていたらしい。ある日市立図書館で璃玖を見かけ、あまりの可愛さに自分の運命の相手だと錯覚したのだと。なぜ自分が璃玖に釣り合うと思ったのだろう。異常者そのものだ。俺だって別に璃玖に相応しいのは俺だ、なんて思っているわけじゃない。でもあんななりで振り向いてもらえるまで自己陶酔の激しい手紙や精液送りつけようとする奴の気は知れない。
璃玖が優しすぎるせいで、男は不起訴処分となった。もちろん今後は絶対に、永久に、接近禁止だ。また同じことをしたら真っ先に自分のところに警察が来るのはどんな馬鹿でも分かる。かなり怯えきっていたらしいから、もう近づいてくることはないだろう。もし破れば、その時は警察の前に俺が容赦しない。
結局なんだかんだと一日がかりで、解放されたのは夜だった。璃玖はすっかり疲れきっているようだった。
「本当にありがとう、二人とも。まさか本当に自分たちで捕まえちゃうなんて…」
「よかったな。もう一安心だぞ」
「うん」
璃玖は俺の方を見て言った。
「……明日、アパートに戻るね」
「えっ、そんなにすぐ?」
思わずそう言ってしまった。
「うん。だって月曜からまた仕事だし、次の週末はもう年末だよ。葵も実家に帰ったりするし、バタバタするでしょ」
「……そっか」
考えたら璃玖も年末には実家に帰ったりするだろうしな。その前に元の生活に戻って落ち着いて年を越したいのだろう。
「…助けてくれて、本当にありがとう」
「……ん」
別にこれで二度と会えなくなるわけじゃない。今まで通り一緒に食事に行ったりすればいいんだ。圭介の都合がつかない日でも、もう璃玖と二人で出かけることもできる。それくらいには距離は縮まったつもりだ。
でも。
なんだかものすごく、寂しい。
このままずっと俺のところにいてくれたらいいのに。
…璃玖と付き合えることになったら、時期を見て、いつか言おう。…一緒に暮らそう、って。まぁ……付き合えることになるかどうかもまだ分からないんだけど。妄想は自由だ。
それにしても。
あの野郎……。俺のイブの計画を台無しにしやがって。絶対に絶対に許さない。死ね。何か、死ぬほど苦しい目に遭え。アニサキスとか、ノロウイルスでのたうち回れ。車に轢かれて足骨折しろ。夜道で痴漢と間違われて思いっきり引っぱたかれろ。
「だいぶ遅くなっちまったな」
「うん。せっかくのイブだったのに、ごめんね、二人とも」
「…別に、大丈夫」
俺はどす黒い腹の内を璃玖に見せないよう、努めて淡々と答える。頭の中ではさっきのストーカー野郎をボッコボコに蹴り飛ばしていた。
「圭介も予定あったんじゃないの?」
「あったけど別にいいわ。普段よりもヤる前の段取りが長くて面倒くさいだけだからなーこういうイベントの日は」
「……な、何てこと言うの?!」
「女には別の日に埋め合わせするって連絡してあるから大丈夫だっつー話。…なんでお前がそんな真っ赤になるんだよ」
「だ、だ、だって……!」
くそ。どれだけ今日という日を心待ちにしていたか…。クリスマスイブなんて、一年で一番ロマンチックなイベントだぞ。璃玖の心に残る最高の一日にするはずだったのに。あわよくば…、もしかしたら、今日で璃玖と恋人同士になれていたかもしれないのに。いや、だからそれは分からないけど。璃玖の気持ち次第だから、それに関しては何とも言えないけど。でも、明らかに最近俺を意識してくれていることが多かった。前より絶対に、いい意味で俺を男として見てくれているはずだ。いい感じになってきていたのに。
ロマンチックな一日とプレゼントと告白で、上手くいってたかもしれないのに。
あいつ……!呪ってやる……!
俺はストーカー野郎を大人気なく心の中で罵り続けながら、何事もないような素振りで二人と並んで歩いた。
渡せなかったプレゼントを、コートのポケットの中で握りしめながら。
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