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「あっという間に年末だねぇ~。あー大掃除いやだーめんどくさーい」
「何言ってるの!その前に一番大事なイベント残ってるじゃん!明日だよ、明日!」
「え?何?」
「クリスマスイブだよ!いいよねぇアリサは彼氏と何年も続いてるからさー。特別緊張感もないんだよね。一緒に過ごす相手は決まってるわけだしさ」
「あぁ、そっか。イブかー。…言われてみればなんか特に予定も立ててないわ。」
「えぇ?そんなもの?彼にプレゼントとか用意してないの?」
「用意してない。ヤバい。急いでなんか買わなきゃ」

 毎年この時期になると昼休みに休憩室で繰り広げられる話題、例年なら何気なく聞き流す会話だけど、今年の僕は過敏に反応してしまう。
 クリスマス、という単語に。
 なんと。僕も、今年は誘われてしまったのだ。ク、クリスマスのデートに…。
 しかも、葵から。あんなにかっこよくて、デートの相手なんてよりどりみどりのはずの、あの葵から。
 どうして僕を誘ってくれたんだろう。あんなに改まって、真剣に。それがとても重大なことであるかのように誘われた。聞きたくても、なんだか怖くて聞けない。…怖いのか恥ずかしいのか、自分でもよく分からない。
 プレゼント、かぁ。どうしよう。ここ最近ずっとずっと考えていたのに、前日に迫った今でさえまだ何を贈るか決めかねている。こないだ葵がヨーロッパから帰国した時にたくさんの高価なお土産を貰ってるし、僕も何かそれなりの物を準備しないといけないと思ってる。いくら二人の間に経済格差がありすぎるとはいっても…。こっちは貧乏だから何もなし!はさすがにないよね。何か特別な、僕の感謝の気持ちが伝わる物を……
 うーーーん……

「……ね、聞いてるー?佐倉さーん」
「!え、は、はい。すみません。何て…?」

気づいたら僕と一番歳が近くて仲の良い事務員さんに話しかけられていた。

「だーかーらー、できたのよ先週!私にもついに彼氏が!」
「え!そ、そうなんだ。おめでとうございます」
「ありがとう~!クリスマス前に超滑り込みセーフよ。明日は楽しいイブが過ごせそうなの~」
「ほんとよかったですね。お相手の人とはどこで…?」
「コンパで出会った人。先月からめちゃくちゃ行ったからね!コンパ」
「努力した甲斐があったよね~」

他の事務員さん達も混じってきて、彼女、ユリさんに新しくできた彼の話題で盛り上がりだした。

「えへへ。ほんとはいいとこ見せたいからさ、イブの日は手料理でもてなそうかなー、なんて一瞬考えたんだけどさ。さすがにまだ早いじゃん?家に呼ぶのはさ」
「いや~、もうヤッちゃってもいいんじゃないの?イブだよイブ」

 ん?
 突然立ち入った話になった。

「思ったんだけどさーそれも。もうちょっと焦らしたいわーさすがに。だってまだ付き合ってたったの一週間だよ」
「まぁねぇ。すぐヤらせるのも勿体ないよね。ヤるまでの駆け引きの期間がまた楽しいのにさ」
「そうそうそうそう!」
「付き合い始めた初期だけの醍醐味だよね!」

…時々思うのだが、この人達は僕が男だってこと分かってるのかな。僕がナヨナヨしすぎていて、もう彼女たちにとっては僕は女の子の部類なのかな…。横で男がこの会話聞いてる、みたいな恥じらいは一切感じられない。まぁ僕も聞いてるの楽しいからいいんだけど。

「どっちにしろもうクリスマスディナーは間に合わないからさー私の料理の腕じゃ。練習期間が足りなさすぎるわ。明日は外食にして、ここはお正月に全てを賭けようと思うわけ」
「えー?!すごい。まさかおせち料理とか手作りしようとしてんの?」
「そうよ!何品かだけでも手作りしてさ、自分で重箱に詰めるわ。家庭的なところをアピールしたいわけ!今度こそ、今度の彼氏こそ、結婚に繋げたいのよ!」
「いやユリまだ若いじゃん。そんな焦ることある?」
「何言ってんのよ!今から2年付き合ったとしたら27でしょ?結婚してすぐ子作りして、うまくいったとしても最初の子が産まれるのは私が28とかだよ。私昔から若いママになるのが夢だったの。もう遅いぐらいよ」
「へー!それ初めて聞いたわ。もうそこまで考えてるわけねぇ」

女の子は本当に大変だなぁ。結婚して子どもが数人欲しいと思えば、この歳からもう計画立てて実行に移さないと難しいのかぁ。首尾よく結婚しても今どき共働きも普通だし、家事に育児に仕事…本当、頭が下がるよ。
 などとまたボケーッと考えていたら突然僕に話が振られた。

「だからさ佐倉さん!」
「はへ?!」
「あれ、前に私には無理っぽいから佐倉さんにあげるって言ったあれ、覚えてる?あの分厚いやつ。まだ持ってる?」
「……あぁ!」

僕はすぐにピンときた。そう、いらないからって前に貰ったんだユリさんに。あれだ。

「持ってますよ。“初心者のためのイベント料理~これで形は整った!~”ですよね?」
「そうそうその本!よかったーまだ持っててくれたか。さすが佐倉さん」
「もちろん!僕あの本結構お世話になりましたよ。レシピたくさん載ってるし。栗きんとんも紅白なますもあの本見て作れるようになりましたもん」
「げー!すごい!」
「佐倉さん、たぶんうちらの中で一番女子力高いよね…」
「えへへ。もう伊達巻きも黒豆も作れますよ」
「やったー!私も作れるようになるってことね!」
「いやだから、あんたは作れなかったから諦めて佐倉さんにあげたんでしょ?」
「いいや今度こそやる!今の彼氏だけは絶対に逃がさない!だからお願い、佐倉さん」
「分かりました!週明けに必ず持ってきますね」
「ありがと~。お正月無事に乗り切ったらまた返すからね」
「い、いえ、もう持っててください。すぐバレンタインとかもあるし…」

 そっかそっか。あの分厚い本、ちゃんととっておいてよかったぁ。月曜日絶対に持ってきてあげなきゃ!
 …あ。
 僕は気付いてしまった。あの本、アパートにあるんだっけ。取りに行かなきゃなぁ。今日の帰りに行ってもいいけど…。万が一黙って一人でアパートに帰ったことがバレたら葵と圭介がどんなに怒るか、想像するだけで怖い。
 うーん。葵には申し訳ないけど、明日デートの途中で少しだけ、寄らせてもらおう。
 …デート。
 そう、たぶん明日の誘いはデートってことで、いいんだよね。僕は勝手にそう思い込んでるんだけど…。
 …葵は、どう思ってるんだろう。そのつもり、なのかな。
 それって……
 そ、そもそも、僕は葵のことをどう思ってるんだろう。

 うーーーーん……
 あぁ、どうしよう。分からない。すごく、すごく大切な友達ではあるんだけど…。大好きは大好きなんだけど…。この“好き”って…?

 それにプレゼントも……どうしよう。いくつか候補はあるんだ。でも喜んでもらえるのか自信がなくてなかなか決まらない…。買いに行くなら、もう今日の仕事終わりしかチャンスはないのに。あぁぁぁ……悩む……

 僕は昼休みの残りの時間、必死で頭を回転させていた。



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