29 / 68
28.
しおりを挟む
ガチャ。
圭介がおそるおそるドアを開けた。
「……うえぇぇ~……」
再度郵便受けを確認すると、圭介は顔を歪めて下がり俺に場所を譲った。俺は前に進み出て同じく確認する。
「……っ!」
俺も思わず鼻と口を覆った。
信じられない。何だこれ。
まず目を引いたのは鼠の死骸だ。ひっくり返った鼠が…二匹?分からない。郵便受けの横の隙間から見えた。大きなムカデのようなものも。おそらく死んでいるのだろう、ピクリとも動かない。こいつらの腐った匂いなのかと思ったが…、よく見ると、それだけではなかった。
鼠やムカデの死骸に混じって、見たくもないものが見える。使用済みのコンドームがいくつもあった。それだと認識した途端、吐き気が込み上げてくる。目の前が真っ赤に染まるほどの怒りも。よくもこんなことを。ここは璃玖が住んでいる部屋だ。俺の大事な人が。よくもここまで汚してくれたもんだ。
「……絶対に許さない」
この手で捕まえてやる。俺はこれまでとは比べものにならないほどに強く決意した。異常者め。許せない。殺意が湧いてくる。一体何が犯人をここまで駆り立てるのか。璃玖への恨み…?それともただの歪んだ恋情だろうか。
「……どうするかだな」
圭介が鼻をつまんで言った。
「警察行くべきだろうな。ここまでされたらもう。…でもなぁ…」
そうだ。今警察に行くなら、璃玖に全部話さなければならない。家主不在で俺たちだけが行くのもおかしな話だろう。でも…。
会社で倒れて病院に運び込まれた時の璃玖を思い出す。あの時の璃玖は、本当に憔悴しきっていた。痛々しいほどに。
「……ちょっと待って」
「…どーすんだよ。もう見逃しておけねぇぞ」
「…分かってる」
せっかくうちで落ち着いて過ごしているのに。こんなもの見せたら、あのか弱い璃玖がどうなってしまうか。
「……。」
おそらく圭介も同じことを心配しているのだろう。今すぐ璃玖を連れて警察行くぞ!とは言い出さない。
「……。とりあえず、証拠撮るぞ」
「…うん。そうだね」
俺たちは郵便受けの写真を撮り、結局そのまま片付けた。璃玖が可哀相で、告げる勇気がなかった。
「…もう短期決戦だぞ。これ以上変質者を野放しにはしておけねぇ」
「うん、分かってる。…近日中に、どうにかしよう。もし、どうしても捕まえられなかったら…」
「もうその時は璃玖に言うしかねぇ。この写真と今までの証拠も全部持って警察行く。いいな?」
「…分かった」
できるかぎり璃玖の苦しみを少なくしたい。これらの被害を璃玖に話すのは、せめて犯人を警察に引き渡してもう心配はいらないと安心させられるときにしたい。
…もううかうかしてられない。早く終わりにしないと。
俺と圭介は当面の間出来る限り頻繁にアパートに来ることを最優先にしようと決めた。
夕方、璃玖は残業もなくいつも通りの時間に帰ってきた。
「ただいまぁ~。…あれ?いい匂い…」
「おかえり」
「?!…えっ。あ、葵、…何してるの?」
キッチンに立つ俺を見て璃玖が驚いている。それはそうだろう。同居以来俺が料理をしたことは一度もない。得意でも好きでもない。ただ今日はなんとなく、いつもより璃玖を労りたかっただけだ。作れるのも、これだけ。
「ブイヤベースだけ作った。…パンはもちろん買ってきたやつ」
「す、すごい!美味しそう…!葵、料理できたんだね」
璃玖が目をキラキラさせて俺の作ったスープを見ている。
「ううん」
「えっ?」
「これしか作れない」
「そ、そっか。でもすごいよ」
「…学生の頃フランスで食べたのが、すごく美味しくて」
「うん」
「母親にレシピ習って、これだけ作れるようになった」
「そうなんだ。お母さん、料理上手なんだね」
「…まぁ。でも璃玖が作る料理の方が好きだよ」
「……っ!」
璃玖が顔を真っ赤にする。…ほんと可愛い。クリスマスの告白に向けて、俺はアピールを怠らないつもりだ。奥手な璃玖に心の準備をさせておかないと。
「あ、ありがとう…。…おなかすいた」
「食べよ」
「うん!」
二人で支度をしてリビングに料理を運んだ。
「…おいし~い」
「そ?よかった」
「うん!いくらでも食べられそう」
「…気に入った?」
「すっごく。毎日食べたいぐらい」
璃玖は蕩けそうな満面の笑みでスプーンを口に運んでいる。…決めた。ブイヤベース、極めよう。
「…土曜のイブだけど、」
「?!」
璃玖が目に見えてビクッと固まる。…意識してくれてるんだと思うと、嬉しくて顔がニヤけそうになる。
「行きたいところとか、食べたいものとか、…何かある?」
「…えっ。えっと……うーん……」
璃玖が頬を赤らめてモジモジしながらスプーンでブイヤベースをつついている。
「…こ、これといって…」
「特にない?」
「…うん」
「…なら、俺が計画立ててもいい?」
「う、うん」
ずっと俯いてモジモジしている。可愛い。
「分かった。任せておいて」
「…………うん」
璃玖は放っておいたら小さくなって消えてしまいそうなほどに、赤くなって俯いたまま大人しくしている。本当にウブなんだな。この可愛さで今まで誰にも悪さされずに生きて来れたのは奇跡だと思う。
イブのデートで、その日を完璧な一日にしよう。璃玖にとって、最高の思い出として残るように。
大きな不安は残っているけど、その日だけは、特別な一日にしよう。
圭介がおそるおそるドアを開けた。
「……うえぇぇ~……」
再度郵便受けを確認すると、圭介は顔を歪めて下がり俺に場所を譲った。俺は前に進み出て同じく確認する。
「……っ!」
俺も思わず鼻と口を覆った。
信じられない。何だこれ。
まず目を引いたのは鼠の死骸だ。ひっくり返った鼠が…二匹?分からない。郵便受けの横の隙間から見えた。大きなムカデのようなものも。おそらく死んでいるのだろう、ピクリとも動かない。こいつらの腐った匂いなのかと思ったが…、よく見ると、それだけではなかった。
鼠やムカデの死骸に混じって、見たくもないものが見える。使用済みのコンドームがいくつもあった。それだと認識した途端、吐き気が込み上げてくる。目の前が真っ赤に染まるほどの怒りも。よくもこんなことを。ここは璃玖が住んでいる部屋だ。俺の大事な人が。よくもここまで汚してくれたもんだ。
「……絶対に許さない」
この手で捕まえてやる。俺はこれまでとは比べものにならないほどに強く決意した。異常者め。許せない。殺意が湧いてくる。一体何が犯人をここまで駆り立てるのか。璃玖への恨み…?それともただの歪んだ恋情だろうか。
「……どうするかだな」
圭介が鼻をつまんで言った。
「警察行くべきだろうな。ここまでされたらもう。…でもなぁ…」
そうだ。今警察に行くなら、璃玖に全部話さなければならない。家主不在で俺たちだけが行くのもおかしな話だろう。でも…。
会社で倒れて病院に運び込まれた時の璃玖を思い出す。あの時の璃玖は、本当に憔悴しきっていた。痛々しいほどに。
「……ちょっと待って」
「…どーすんだよ。もう見逃しておけねぇぞ」
「…分かってる」
せっかくうちで落ち着いて過ごしているのに。こんなもの見せたら、あのか弱い璃玖がどうなってしまうか。
「……。」
おそらく圭介も同じことを心配しているのだろう。今すぐ璃玖を連れて警察行くぞ!とは言い出さない。
「……。とりあえず、証拠撮るぞ」
「…うん。そうだね」
俺たちは郵便受けの写真を撮り、結局そのまま片付けた。璃玖が可哀相で、告げる勇気がなかった。
「…もう短期決戦だぞ。これ以上変質者を野放しにはしておけねぇ」
「うん、分かってる。…近日中に、どうにかしよう。もし、どうしても捕まえられなかったら…」
「もうその時は璃玖に言うしかねぇ。この写真と今までの証拠も全部持って警察行く。いいな?」
「…分かった」
できるかぎり璃玖の苦しみを少なくしたい。これらの被害を璃玖に話すのは、せめて犯人を警察に引き渡してもう心配はいらないと安心させられるときにしたい。
…もううかうかしてられない。早く終わりにしないと。
俺と圭介は当面の間出来る限り頻繁にアパートに来ることを最優先にしようと決めた。
夕方、璃玖は残業もなくいつも通りの時間に帰ってきた。
「ただいまぁ~。…あれ?いい匂い…」
「おかえり」
「?!…えっ。あ、葵、…何してるの?」
キッチンに立つ俺を見て璃玖が驚いている。それはそうだろう。同居以来俺が料理をしたことは一度もない。得意でも好きでもない。ただ今日はなんとなく、いつもより璃玖を労りたかっただけだ。作れるのも、これだけ。
「ブイヤベースだけ作った。…パンはもちろん買ってきたやつ」
「す、すごい!美味しそう…!葵、料理できたんだね」
璃玖が目をキラキラさせて俺の作ったスープを見ている。
「ううん」
「えっ?」
「これしか作れない」
「そ、そっか。でもすごいよ」
「…学生の頃フランスで食べたのが、すごく美味しくて」
「うん」
「母親にレシピ習って、これだけ作れるようになった」
「そうなんだ。お母さん、料理上手なんだね」
「…まぁ。でも璃玖が作る料理の方が好きだよ」
「……っ!」
璃玖が顔を真っ赤にする。…ほんと可愛い。クリスマスの告白に向けて、俺はアピールを怠らないつもりだ。奥手な璃玖に心の準備をさせておかないと。
「あ、ありがとう…。…おなかすいた」
「食べよ」
「うん!」
二人で支度をしてリビングに料理を運んだ。
「…おいし~い」
「そ?よかった」
「うん!いくらでも食べられそう」
「…気に入った?」
「すっごく。毎日食べたいぐらい」
璃玖は蕩けそうな満面の笑みでスプーンを口に運んでいる。…決めた。ブイヤベース、極めよう。
「…土曜のイブだけど、」
「?!」
璃玖が目に見えてビクッと固まる。…意識してくれてるんだと思うと、嬉しくて顔がニヤけそうになる。
「行きたいところとか、食べたいものとか、…何かある?」
「…えっ。えっと……うーん……」
璃玖が頬を赤らめてモジモジしながらスプーンでブイヤベースをつついている。
「…こ、これといって…」
「特にない?」
「…うん」
「…なら、俺が計画立ててもいい?」
「う、うん」
ずっと俯いてモジモジしている。可愛い。
「分かった。任せておいて」
「…………うん」
璃玖は放っておいたら小さくなって消えてしまいそうなほどに、赤くなって俯いたまま大人しくしている。本当にウブなんだな。この可愛さで今まで誰にも悪さされずに生きて来れたのは奇跡だと思う。
イブのデートで、その日を完璧な一日にしよう。璃玖にとって、最高の思い出として残るように。
大きな不安は残っているけど、その日だけは、特別な一日にしよう。
23
お気に入りに追加
448
あなたにおすすめの小説
家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!
灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。
何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。
仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。
思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。
みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。
※完結しました!ありがとうございました!
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
おっさんにミューズはないだろ!~中年塗師は英国青年に純恋を捧ぐ~
天岸 あおい
BL
英国の若き青年×職人気質のおっさん塗師。
「カツミさん、アナタはワタシのミューズです!」
「おっさんにミューズはないだろ……っ!」
愛などいらぬ!が信条の中年塗師が英国青年と出会って仲を深めていくコメディBL。男前おっさん×伝統工芸×田舎ライフ物語。
第10回BL小説大賞エントリー作品。よろしくお願い致します!
平凡ハイスペックのマイペース少年!〜王道学園風〜
ミクリ21
BL
竜城 梓という平凡な見た目のハイスペック高校生の話です。
王道学園物が元ネタで、とにかくコメディに走る物語を心掛けています!
※作者の遊び心を詰め込んだ作品になります。
※現在連載中止中で、途中までしかないです。
【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】
紫紺(紗子)
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。
相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。
超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。
失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。
彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。
※番外編を公開しました(10/21)
生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。
※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。
※4月18日、完結しました。ありがとうございました。
漢方薬局「泡影堂」調剤録
珈琲屋
BL
母子家庭苦労人真面目長男(17)× 生活力0放浪癖漢方医(32)の体格差&年の差恋愛(予定)。じりじり片恋。
キヨフミには最近悩みがあった。3歳児と5歳児を抱えての家事と諸々、加えて勉強。父はとうになく、母はいっさい頼りにならず、妹は受験真っ最中だ。この先俺が生き残るには…そうだ、「泡影堂」にいこう。
高校生×漢方医の先生の話をメインに、二人に関わる人々の話を閑話で書いていく予定です。
メイン2章、閑話1章の順で進めていきます。恋愛は非常にゆっくりです。
天涯孤独になった少年は、元兵士の優しいオジサンと幸せに生きる
ir(いる)
BL
ファンタジー。最愛の父を亡くした後、恋人(不倫相手)と再婚したい母に騙されて捨てられた12歳の少年。30歳の元兵士の男性との出会いで傷付いた心を癒してもらい、恋(主人公からの片思い)をする物語。
※序盤は主人公が悲しむシーンが多いです。
※主人公と相手が出会うまで、少しかかります(28話)
※BL的展開になるまでに、結構かかる予定です。主人公が恋心を自覚するようでしないのは51話くらい?
※女性は普通に登場しますが、他に明確な相手がいたり、恋愛目線で主人公たちを見ていない人ばかりです。
※同性愛者もいますが、異性愛が主流の世界です。なので主人公は、男なのに男を好きになる自分はおかしいのでは?と悩みます。
※主人公のお相手は、保護者として主人公を温かく見守り、支えたいと思っています。
有能社長秘書のマンションでテレワークすることになった平社員の俺
高菜あやめ
BL
【マイペース美形社長秘書×平凡新人営業マン】会社の方針で社員全員リモートワークを義務付けられたが、中途入社二年目の営業・野宮は困っていた。なぜならアパートのインターネットは遅すぎて仕事にならないから。なんとか出社を許可して欲しいと上司に直談判したら、社長の呼び出しをくらってしまい、なりゆきで社長秘書・入江のマンションに居候することに。少し冷たそうでマイペースな入江と、ちょっとビビりな野宮はうまく同居できるだろうか? のんびりほのぼのテレワークしてるリーマンのラブコメディです
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる