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『ーーー局地的な大雨が降る予想です。今夜未明から関東を中心に、大雨に警戒してください。季節外れのゲリラ豪雨が予想されています……』
テレビの天気予報を見ながら出勤前の身支度を整えていた僕は不安な気持ちになった。嫌だなぁ…大雨かぁ。雨はまだいい。恥ずかしながら僕は、雷が本当に苦手なのだ。あまり鳴りませんように…。
「じゃあ、僕出るね。今夜は遅くなるんだよね?」
「うん。夜の撮影あるから。まぁでも天気次第だけどね。雨が早まったら中止になるかも」
「そっか」
「飯は心配しなくていいよ。適当に食べるから」
「うん…。じゃあいってきまぁす」
「ん」
「…帰り、気を付けてね、葵」
「ん。ありがと。璃玖も気を付けて」
今朝は葵はゆっくりだから車で送ってくれるって言ったけど、タクシー使わせてもらうからいいよと断った。最近はかなり忙しいみたいで帰りが遅い日が続いている。僕のことばかり気にせず、ゆっくりできる時はゆっくりしてほしい。
午前中ずっと黙々と書類を捌き、昼休憩になる頃には気付いたら空がかなり暗くなっていた。
「えぇ?なんか今にも降りそうじゃない?」
「ほんとだ。やだなぁ~。この分じゃ帰りは絶対ずぶ濡れだわー」
「今日は早めに切り上げて定時で帰ろうね」
「そうですね。こんなに寒いのにずぶ濡れになっちゃったら風邪ひきそうですよね」
僕は事務員さんたちと休憩室でお弁当を食べながら話していた。家に帰るまで天気がもったらいいんだけど…。葵は大丈夫かなぁ。夜の撮影は中止になるかもしれない。念のため何か簡単なご飯作っておこうかな。何か温かいものを食べさせてあげたい。クリームスープとかいいんじゃないかな。ミネストローネもいいな。
なんて呑気に考えながら仕事に戻り、午後も黙々と働いた。夕方になる頃には空は真っ黒になっていた。
定時になると事務員さん達は皆慌てて帰り支度をして、各々そそくさと帰っていった。真冬のような冷え込みだ。この上雨なんて…。僕も降る前に帰りたい。近くのいつものスーパーで手早く買い物を済ませるとタクシーに乗り、そのまま葵のマンションに帰った。
帰宅して着替えるとすぐにスープの調理に取りかかった。やっぱり今夜はクリームスープにしよう。野菜を切っていると、大きな窓からピカッと光が入ってきた。
うわ…来た。雷だ。僕は体を固くした。やだやだやだ。音鳴るな、音鳴るな……
「……。」
幸い、だいぶ遅れてゴロゴロゴロ…と遠くの方で微かに聞こえる程度だった。僕はホッとして料理の続きにかかる。でもその後も何度もピカッ、ピカッと光り、心底雷の苦手な僕はそのたびにいちいち体を固くしていた。
葵、早く帰ってこないかな…。心細い。独りの時なら慌ててお風呂に入ってすぐさま耳栓して毛布を被って寝たふりするところだ。…我ながら情けない24歳だ。
ほぼ仕上がったスープをじっくりことこと煮込み始めた頃にはもう土砂降りだった。まさにバケツをひっくり返したよう、という表現がぴったりの降り方だ。凄まじい勢いで雷が鳴っている。どんどん近づいてきているのが光と音の感覚の狭まりで分かった。怖い…。お玉を回す手が震えてきた。葵の部屋の窓はすごく大きくて、普段の景色は最高なんだけど、その分こういう日の恐ろしさもすごい。
葵、帰ってこない…。まさか撮影やってるのかな…。まさかね…。雨なら今夜は中止って……
ピカッ
ひときわ明るく光ったかと思うと、ズドーン!と大砲のような音が鳴った。
「ひやぁぁぁぁぁ!!」
僕は思わずしゃがみ込み頭を抱える。な、何今の。近すぎる。怖い…、怖い……!葵、葵…、早く帰ってきて…!なんでこんなに遅いの…?!僕はもう完全にパニック状態だった。
その時。
「ただいま…。璃玖?いるの?」
葵がリビングに入ってきた。耳をしっかり塞いで蹲っていた僕は、葵が帰ってきた音に全然気付かなかった。
「あ、あおい……」
僕は涙目だ。情けないことに。葵は僕の様子を見てぽかんとしている。
「…どうしたの?何かあった?」
「や、だ、だって…何かあったどころじゃ」
ピカッ
ドォォォーーン
「いやぁぁぁぁ!!」
もう光と音にはほぼズレがないほどだ。怖い。近い。近いどころじゃない。腰を抜かして頭を抱え込みガタガタと震える僕を見て、葵が慌てて傍に来た。
「ち、ちょっと、落ち着いてよ…。何?あんた雷ダメなの?」
「ふ……ふぇ……」
僕は震える手で葵に縋り付く。こんな情けない大人の男もそうそういないと分かってはいるが、今夜の雷の恐ろしさは異常だ。
葵は少し戸惑っていたようだが、僕を優しく抱き寄せて頭を撫でてくれた。
「…雷よりもあんたの叫び声の方がビックリだよ。…スープ作ってくれてたの?」
「……ぁ……う、うん」
「ありがと。……食べて今日はもうさっさと寝ようよ。そのうち収まるでしょ」
「う、うん…」
ピカッ ドゴォォーーーン
「~~~~っ!!」
僕は恥も外聞もなく葵に必死でしがみついた。
ビクビクしながら葵にピッタリくっついてスープを少し食べ、葵がお湯を張ってくれたのでお風呂にも急いで入った。
緊張状態が長く続いて何だかヘトヘトだ。もう……早く……ね、寝よう……
葵も僕を一人にしないように気を遣ってくれたのか、いつもよりかなりお風呂から上がるのが早かった。
「……大丈夫?璃玖。眠れる?」
「……うん……。どうにか……たぶん……きっと……」
「……。」
「ごめんね、葵…。僕こんな」
ピカッ
「ひっ!!」
ドゴォォーーーン
……雷は鳴り続けている。土砂降りの雨の音も相変わらず凄まじくて、次はいつ来るかいつ来るかと緊張感を煽り続ける。もう、疲れた…。なんか気を抜いたら泣いてしまいそうだ。
その時、
「璃玖」
葵が真剣な表情で言った。
「俺のベッドにおいで。…今夜は、一緒に寝よう」
テレビの天気予報を見ながら出勤前の身支度を整えていた僕は不安な気持ちになった。嫌だなぁ…大雨かぁ。雨はまだいい。恥ずかしながら僕は、雷が本当に苦手なのだ。あまり鳴りませんように…。
「じゃあ、僕出るね。今夜は遅くなるんだよね?」
「うん。夜の撮影あるから。まぁでも天気次第だけどね。雨が早まったら中止になるかも」
「そっか」
「飯は心配しなくていいよ。適当に食べるから」
「うん…。じゃあいってきまぁす」
「ん」
「…帰り、気を付けてね、葵」
「ん。ありがと。璃玖も気を付けて」
今朝は葵はゆっくりだから車で送ってくれるって言ったけど、タクシー使わせてもらうからいいよと断った。最近はかなり忙しいみたいで帰りが遅い日が続いている。僕のことばかり気にせず、ゆっくりできる時はゆっくりしてほしい。
午前中ずっと黙々と書類を捌き、昼休憩になる頃には気付いたら空がかなり暗くなっていた。
「えぇ?なんか今にも降りそうじゃない?」
「ほんとだ。やだなぁ~。この分じゃ帰りは絶対ずぶ濡れだわー」
「今日は早めに切り上げて定時で帰ろうね」
「そうですね。こんなに寒いのにずぶ濡れになっちゃったら風邪ひきそうですよね」
僕は事務員さんたちと休憩室でお弁当を食べながら話していた。家に帰るまで天気がもったらいいんだけど…。葵は大丈夫かなぁ。夜の撮影は中止になるかもしれない。念のため何か簡単なご飯作っておこうかな。何か温かいものを食べさせてあげたい。クリームスープとかいいんじゃないかな。ミネストローネもいいな。
なんて呑気に考えながら仕事に戻り、午後も黙々と働いた。夕方になる頃には空は真っ黒になっていた。
定時になると事務員さん達は皆慌てて帰り支度をして、各々そそくさと帰っていった。真冬のような冷え込みだ。この上雨なんて…。僕も降る前に帰りたい。近くのいつものスーパーで手早く買い物を済ませるとタクシーに乗り、そのまま葵のマンションに帰った。
帰宅して着替えるとすぐにスープの調理に取りかかった。やっぱり今夜はクリームスープにしよう。野菜を切っていると、大きな窓からピカッと光が入ってきた。
うわ…来た。雷だ。僕は体を固くした。やだやだやだ。音鳴るな、音鳴るな……
「……。」
幸い、だいぶ遅れてゴロゴロゴロ…と遠くの方で微かに聞こえる程度だった。僕はホッとして料理の続きにかかる。でもその後も何度もピカッ、ピカッと光り、心底雷の苦手な僕はそのたびにいちいち体を固くしていた。
葵、早く帰ってこないかな…。心細い。独りの時なら慌ててお風呂に入ってすぐさま耳栓して毛布を被って寝たふりするところだ。…我ながら情けない24歳だ。
ほぼ仕上がったスープをじっくりことこと煮込み始めた頃にはもう土砂降りだった。まさにバケツをひっくり返したよう、という表現がぴったりの降り方だ。凄まじい勢いで雷が鳴っている。どんどん近づいてきているのが光と音の感覚の狭まりで分かった。怖い…。お玉を回す手が震えてきた。葵の部屋の窓はすごく大きくて、普段の景色は最高なんだけど、その分こういう日の恐ろしさもすごい。
葵、帰ってこない…。まさか撮影やってるのかな…。まさかね…。雨なら今夜は中止って……
ピカッ
ひときわ明るく光ったかと思うと、ズドーン!と大砲のような音が鳴った。
「ひやぁぁぁぁぁ!!」
僕は思わずしゃがみ込み頭を抱える。な、何今の。近すぎる。怖い…、怖い……!葵、葵…、早く帰ってきて…!なんでこんなに遅いの…?!僕はもう完全にパニック状態だった。
その時。
「ただいま…。璃玖?いるの?」
葵がリビングに入ってきた。耳をしっかり塞いで蹲っていた僕は、葵が帰ってきた音に全然気付かなかった。
「あ、あおい……」
僕は涙目だ。情けないことに。葵は僕の様子を見てぽかんとしている。
「…どうしたの?何かあった?」
「や、だ、だって…何かあったどころじゃ」
ピカッ
ドォォォーーン
「いやぁぁぁぁ!!」
もう光と音にはほぼズレがないほどだ。怖い。近い。近いどころじゃない。腰を抜かして頭を抱え込みガタガタと震える僕を見て、葵が慌てて傍に来た。
「ち、ちょっと、落ち着いてよ…。何?あんた雷ダメなの?」
「ふ……ふぇ……」
僕は震える手で葵に縋り付く。こんな情けない大人の男もそうそういないと分かってはいるが、今夜の雷の恐ろしさは異常だ。
葵は少し戸惑っていたようだが、僕を優しく抱き寄せて頭を撫でてくれた。
「…雷よりもあんたの叫び声の方がビックリだよ。…スープ作ってくれてたの?」
「……ぁ……う、うん」
「ありがと。……食べて今日はもうさっさと寝ようよ。そのうち収まるでしょ」
「う、うん…」
ピカッ ドゴォォーーーン
「~~~~っ!!」
僕は恥も外聞もなく葵に必死でしがみついた。
ビクビクしながら葵にピッタリくっついてスープを少し食べ、葵がお湯を張ってくれたのでお風呂にも急いで入った。
緊張状態が長く続いて何だかヘトヘトだ。もう……早く……ね、寝よう……
葵も僕を一人にしないように気を遣ってくれたのか、いつもよりかなりお風呂から上がるのが早かった。
「……大丈夫?璃玖。眠れる?」
「……うん……。どうにか……たぶん……きっと……」
「……。」
「ごめんね、葵…。僕こんな」
ピカッ
「ひっ!!」
ドゴォォーーーン
……雷は鳴り続けている。土砂降りの雨の音も相変わらず凄まじくて、次はいつ来るかいつ来るかと緊張感を煽り続ける。もう、疲れた…。なんか気を抜いたら泣いてしまいそうだ。
その時、
「璃玖」
葵が真剣な表情で言った。
「俺のベッドにおいで。…今夜は、一緒に寝よう」
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