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「……で、でも、あ、葵のお宅に居候させてもらうなんて…さすがに…」
璃玖は目を泳がせながらしどろもどろで答える。それはそうだろう。初対面の時のわだかまりは解けたとはいえ、まだそんなに親しい間柄でもない。圭介を交えて何度か食事に行っただけ、二人きりで会ったことすらないんだ。璃玖のように控えめなタイプの子が、わーいありがとーお邪魔しまーす、と来てくれるはずはない。
でも、俺は璃玖を守りたいと、強く思った。自分の手で。そばに置いておきたい。
俺の身勝手だと分かってはいたが、どうしても引けなかった。
「大丈夫だから。ルームシェアぐらいの感覚でおいでよ。もう怖い思いしなくて済むよ。体調が回復したらうちから会社にも通える。さほど遠くならないし」
璃玖の戸惑いには気付かないふりで俺は主張した。
「…葵、ちょっと来い」
圭介が俺に声をかけ、病室を出て行く。…なんで邪魔するんだよ、もう。
「璃玖、ちょっと待ってて」
「う、うん」
不安げな璃玖を残して俺は圭介の後を追う。
病室から離れたところにある休憩室のようなところまで圭介に付いてきた。自販機が何台か置いてあり、テーブルと椅子もある。入院患者と面会する場所なのだろう。
圭介がジロリと俺を睨んで言う。
「……お前、どういうつもりだよ」
「え?」
「大丈夫なんだろうな」
「…何が」
「だから!下心はねーのかって聞いてんだよ!璃玖は変態ゴミクズ野郎のせいで傷付いてんだよ。さっきの璃玖の話聞いてただろ?弱りきってんだよ」
「……!分かってるよ!下心で呼び寄せるわけないでしょ。こんな時に。そんなこと疑わないでくれる」
「……ならいいけどよ…。最近のお前はなんか…怪しいからよ」
「…どういう意味?」
「遅れてやってきた初恋拗らせすぎて頭おかしくなってんじゃねーかと心配になるんだよ。璃玖に夢中になりすぎだし」
「……そんなこと」
さすが圭介だ。人のことよく見てる。
「暴走するなよ。璃玖は見ての通り奥手なんだ。変な真似したらもう取り返しつかねーからな」
「だから……大丈夫だってば。本当に璃玖を保護してあげたいだけだよ」
「…自分の理性に自信はあるんだな?」
「くどいな。あるってば」
「……。」
「何、その目。言いたいことは分かってるから大丈夫だよ。俺だってこれからって時に璃玖に嫌われたくない」
「…だよな」
「うん」
「無理矢理ヤッたらもう即終了だからな」
「分かってるってば!」
「…………よし。もし、万が一、自分を抑えきれねぇと思ったらすぐ連絡しろ。璃玖の保護は俺が代わるから」
大概くどい。圭介もよっぽど璃玖が心配なんだろう。長年の仲だからな。しつこすぎて文句言いたいけど、気持ちは分かるから黙って頷いた。
二人で璃玖の病室に戻る。璃玖はまだ不安げな顔でこちらを見ていた。
「よし、璃玖、退院したらその足ですぐ葵の部屋に行くぞ」
圭介がズバッと言った。
「え、えぇ?!」
「最低限の荷物は俺達で運んでおく。持っていっといて欲しいものがあったら言え」
「け、圭介…!」
「お前は当分葵の部屋に身を潜めて、その傍ら犯人捜しもするぞ。絶対とっ捕まえて警察に突き出してやる」
「……。」
璃玖は困り果てた顔で圭介を見上げている。自分の意志に反して話が進んでいって不安なのだろう。
「璃玖」
俺は璃玖の傍に膝をついて話しかける。
「何も心配しなくていいから。気楽に考えて」
「……ほ、本当にお世話になってもいいの……?何だか、申し訳なさすぎて……」
「大丈夫。お互い気を遣わずに生活しよう」
俺は極力表情を和らげて言った。つもりだが、元々あまり表情がなく顔が怖いらしいので、どこまで璃玖を安心させられたかは分からない。
「……じ、じゃあ……本当に申し訳ないけど……。よ、よろしくお願いします……」
「ん」
よかった。多少、いやかなり強引ではあったが、璃玖の了承を得ることができた。あとは璃玖が入院してる間にアパートから荷物を運び込んで既成事実作りだ。
二日後。
璃玖は無事退院することができた。
俺はこの短い期間に可能な限り璃玖を迎える準備を整えた。撮影が終われば即帰宅し、璃玖に使ってもらう予定の部屋を片付けた。ほとんど衣装置き場のようになっていた部屋から他の衣装部屋に無理矢理服を詰め込んだ形だ。
普段からハウスキーパーに週に一度入ってもらって掃除を頼んでいたからそんなに散らかってはいなかったが、洋服の類を片付けた後、璃玖の部屋は徹底的に掃除した。
ソファベッドもあるから、夜もひとりでゆっくりくつろいで過ごしてもらえると思うけど…。
…いつかは、俺のベッドで一緒に寝て欲しい。なんて。
「……。」
ダメだ。こういうことを考える段階じゃないだろ。また圭介に虫を見るような目で見られるだけだ。
…やっぱり圭介はよく分かってるな。俺がこういうことを考え出して、それがだんだんヒートアップしていくのを恐れているんだろう。
…大丈夫だ。璃玖の信頼を裏切るような真似はしない。この機会に、せめて璃玖から“頼りになるいいヤツだな”ぐらいには思ってもらえるようになりたい。
退院にも付き添った。車で迎えに行き、病院から璃玖の荷物を運びこんだ。
璃玖は俺の車を見て、
「す、すごいね。カッコいい車…」
と目をキラキラさせて驚いていた。可愛い。気に入ってもらえて良かった。車なんて移動手段だから乗れれば何でもいいってタイプの俺だが、事務所から「イメージも大事だから」と説得されて渋々買った外国車だ。
男が男にするのも変かもしれないと思いつつもエスコートしたくて、俺は助手席のドアを開けた。
「どうぞ。乗って」
「う、うん。おじゃまします…」
璃玖はおずおずと遠慮がちに乗り込む。…可愛い。全てが可愛い。
俺は洗車したばかりでピカピカに輝いているモスグリーンのドアをそっと閉めた。
運転席に乗り込むと、隣で璃玖は小さな声で
「ふっかふか…」
と呟きながら座ったシートをぽふぽふ触っている。
…なんか言動の全てが可愛いんだけど。まさかこの子可愛さで俺を気絶させようとしてるのかな。
「じゃ、出発するから」
「うん、お願いします」
俺はマンションに向かって車を走らせる。浮かれている場合じゃない。璃玖をしっかり守りつつ、絶対にストーカー野郎も捕まえる。もう二度と璃玖に近づけないようにしてやる。
俺はそう考えながら、ハンドルを握る手に力を込めた。
璃玖は目を泳がせながらしどろもどろで答える。それはそうだろう。初対面の時のわだかまりは解けたとはいえ、まだそんなに親しい間柄でもない。圭介を交えて何度か食事に行っただけ、二人きりで会ったことすらないんだ。璃玖のように控えめなタイプの子が、わーいありがとーお邪魔しまーす、と来てくれるはずはない。
でも、俺は璃玖を守りたいと、強く思った。自分の手で。そばに置いておきたい。
俺の身勝手だと分かってはいたが、どうしても引けなかった。
「大丈夫だから。ルームシェアぐらいの感覚でおいでよ。もう怖い思いしなくて済むよ。体調が回復したらうちから会社にも通える。さほど遠くならないし」
璃玖の戸惑いには気付かないふりで俺は主張した。
「…葵、ちょっと来い」
圭介が俺に声をかけ、病室を出て行く。…なんで邪魔するんだよ、もう。
「璃玖、ちょっと待ってて」
「う、うん」
不安げな璃玖を残して俺は圭介の後を追う。
病室から離れたところにある休憩室のようなところまで圭介に付いてきた。自販機が何台か置いてあり、テーブルと椅子もある。入院患者と面会する場所なのだろう。
圭介がジロリと俺を睨んで言う。
「……お前、どういうつもりだよ」
「え?」
「大丈夫なんだろうな」
「…何が」
「だから!下心はねーのかって聞いてんだよ!璃玖は変態ゴミクズ野郎のせいで傷付いてんだよ。さっきの璃玖の話聞いてただろ?弱りきってんだよ」
「……!分かってるよ!下心で呼び寄せるわけないでしょ。こんな時に。そんなこと疑わないでくれる」
「……ならいいけどよ…。最近のお前はなんか…怪しいからよ」
「…どういう意味?」
「遅れてやってきた初恋拗らせすぎて頭おかしくなってんじゃねーかと心配になるんだよ。璃玖に夢中になりすぎだし」
「……そんなこと」
さすが圭介だ。人のことよく見てる。
「暴走するなよ。璃玖は見ての通り奥手なんだ。変な真似したらもう取り返しつかねーからな」
「だから……大丈夫だってば。本当に璃玖を保護してあげたいだけだよ」
「…自分の理性に自信はあるんだな?」
「くどいな。あるってば」
「……。」
「何、その目。言いたいことは分かってるから大丈夫だよ。俺だってこれからって時に璃玖に嫌われたくない」
「…だよな」
「うん」
「無理矢理ヤッたらもう即終了だからな」
「分かってるってば!」
「…………よし。もし、万が一、自分を抑えきれねぇと思ったらすぐ連絡しろ。璃玖の保護は俺が代わるから」
大概くどい。圭介もよっぽど璃玖が心配なんだろう。長年の仲だからな。しつこすぎて文句言いたいけど、気持ちは分かるから黙って頷いた。
二人で璃玖の病室に戻る。璃玖はまだ不安げな顔でこちらを見ていた。
「よし、璃玖、退院したらその足ですぐ葵の部屋に行くぞ」
圭介がズバッと言った。
「え、えぇ?!」
「最低限の荷物は俺達で運んでおく。持っていっといて欲しいものがあったら言え」
「け、圭介…!」
「お前は当分葵の部屋に身を潜めて、その傍ら犯人捜しもするぞ。絶対とっ捕まえて警察に突き出してやる」
「……。」
璃玖は困り果てた顔で圭介を見上げている。自分の意志に反して話が進んでいって不安なのだろう。
「璃玖」
俺は璃玖の傍に膝をついて話しかける。
「何も心配しなくていいから。気楽に考えて」
「……ほ、本当にお世話になってもいいの……?何だか、申し訳なさすぎて……」
「大丈夫。お互い気を遣わずに生活しよう」
俺は極力表情を和らげて言った。つもりだが、元々あまり表情がなく顔が怖いらしいので、どこまで璃玖を安心させられたかは分からない。
「……じ、じゃあ……本当に申し訳ないけど……。よ、よろしくお願いします……」
「ん」
よかった。多少、いやかなり強引ではあったが、璃玖の了承を得ることができた。あとは璃玖が入院してる間にアパートから荷物を運び込んで既成事実作りだ。
二日後。
璃玖は無事退院することができた。
俺はこの短い期間に可能な限り璃玖を迎える準備を整えた。撮影が終われば即帰宅し、璃玖に使ってもらう予定の部屋を片付けた。ほとんど衣装置き場のようになっていた部屋から他の衣装部屋に無理矢理服を詰め込んだ形だ。
普段からハウスキーパーに週に一度入ってもらって掃除を頼んでいたからそんなに散らかってはいなかったが、洋服の類を片付けた後、璃玖の部屋は徹底的に掃除した。
ソファベッドもあるから、夜もひとりでゆっくりくつろいで過ごしてもらえると思うけど…。
…いつかは、俺のベッドで一緒に寝て欲しい。なんて。
「……。」
ダメだ。こういうことを考える段階じゃないだろ。また圭介に虫を見るような目で見られるだけだ。
…やっぱり圭介はよく分かってるな。俺がこういうことを考え出して、それがだんだんヒートアップしていくのを恐れているんだろう。
…大丈夫だ。璃玖の信頼を裏切るような真似はしない。この機会に、せめて璃玖から“頼りになるいいヤツだな”ぐらいには思ってもらえるようになりたい。
退院にも付き添った。車で迎えに行き、病院から璃玖の荷物を運びこんだ。
璃玖は俺の車を見て、
「す、すごいね。カッコいい車…」
と目をキラキラさせて驚いていた。可愛い。気に入ってもらえて良かった。車なんて移動手段だから乗れれば何でもいいってタイプの俺だが、事務所から「イメージも大事だから」と説得されて渋々買った外国車だ。
男が男にするのも変かもしれないと思いつつもエスコートしたくて、俺は助手席のドアを開けた。
「どうぞ。乗って」
「う、うん。おじゃまします…」
璃玖はおずおずと遠慮がちに乗り込む。…可愛い。全てが可愛い。
俺は洗車したばかりでピカピカに輝いているモスグリーンのドアをそっと閉めた。
運転席に乗り込むと、隣で璃玖は小さな声で
「ふっかふか…」
と呟きながら座ったシートをぽふぽふ触っている。
…なんか言動の全てが可愛いんだけど。まさかこの子可愛さで俺を気絶させようとしてるのかな。
「じゃ、出発するから」
「うん、お願いします」
俺はマンションに向かって車を走らせる。浮かれている場合じゃない。璃玖をしっかり守りつつ、絶対にストーカー野郎も捕まえる。もう二度と璃玖に近づけないようにしてやる。
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