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第三章
第30話 変態乙女の怪進撃(2)『絵』
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2.
「透哉は知っていたのね。あなたの秘密……」
流耶は微かに見せた動揺を、持ち前の悠然さで即座に覆い隠した。
しかし、それは自身の力と学園の支配者という優位性に裏打ちされたハリボテであり、一介の少女としての素養としては余りに脆かった。
「その上で、オニイサマとして慕い、つけ回しているのですわ! 流耶さんとは一緒にしていただきたくありませんわ!」
野々乃は透哉の椅子に座ったまま、座席部分を過剰に撫で回す変態的な挑発に打って出る。
一見するとただの椅子だが、当の本人は透哉の尻を間接的に撫で回していると妄想している。それは同時に透哉を私物と豪語する流耶へのある種の宣戦布告である。
流耶も表面上は平静を辛うじて保ちつつ、抗う小娘に苛立ちを募らせ始めていた。
「ふん。下らない風習と迷信を信じるのは自由だけれど、あなたの透哉への気持ち、私とどう違うというのかしら?」
「あたしはちゃんと邪な目でも見ていますわ!」
野々乃は目を見開き、欲望のままを暴露する。
それがたとえ学園たる異形の化け物が相手であっても。
野々乃の心配と献身は、愛欲と下心に殴打され復旧の見込めない。流耶の威圧にも屈しない変態ストーカーが猛威を振るい始めていた。
「……野々乃、私は真面目な話しをしているつもりなのだけれど?」
ふざけた腰の折られ方をし、立腹する流耶は声をより一層低く、目を眇める。それはホタルを消すために旧学園の敷地で肉迫したときに酷似していた。
最早、自分の好物に群がる害虫を見下ろすような、視線だけで相手を殺せるほどの敵意を――
「もちろん、あたしは真面目ですわ! 逆にお尋ねしますわ! 流耶さんはお兄様の(ピー)とか(ピー)に興味ありませんの!?」
「ぶほぁあ!? ちょっと、野々乃っ! あなた!?」
――敵意を向けていた流耶が、下品な声を上げて狼狽える。
終始優雅に振る舞い、臨戦態勢にさえ移行しかけていた流耶が、野々乃の猥談にペースを崩されるどころか、破壊されようとしていた。
流耶はこめかみに震える指を当て、辛うじて威厳を保とうとしていた。
野々乃は両手をワキワキと怪しげに動かしながら、男子寮の一室であることも構わず声を張り上げる。
「流耶さんはお兄様に(ピー)とかされたくありませんの!? あたしはされたいですわ! それは激しく、獣のような(ピー)を!」
「野々乃っ!? あ、あまり私をコケにするとっ!」
「あら、流耶さん。お顔が真っ赤ですわね? お兄様を私物化する割にはそういった方面にはウブですわね?」
「あら、私の思いを馬鹿にするの?」
赤ら顔はそのままに、流耶の目に再び敵意が宿る。
しかし、その程度で殺せる勢いならば変態ストーカーではいられない。
「例えば、そこに意中の男性の乱れた寝床があれば顔面を埋めたい、そうは思いませんの!?」
「……っ」
野々乃は下品な言葉で流耶の強者としての仮面を剥がそうとする。
流耶は無言で乱れに乱れた透哉の寝具に顔を引きつらせる。
野々乃の躊躇のない変態的素養には流耶でさえもドン引きである。
「お兄様への強い愛を持ちながら、お兄様のお布団を前に我慢ができる時点で大したことないのですわ」
突如勃発する化け物対変態の戦いは、野々乃の挑発によって変態側に傾きつつあった。
「あたしはもうお兄様の匂いを嗅ぎに嗅いで子供ができてしまいそうですわ!」
「何ですって!?」
変態の言葉に流耶は冷静を失う。
「見えますか? あたしとお兄様の愛の結晶が?」
自らの腹部をさすりながら流耶を威嚇する野々乃。
当たり前のことだが、女性は匂いで妊娠はしない。
「野々乃、私を試そうというの?」
流耶の声を震わせながらの問いに、野々乃は笑みを漏らす。
「本当にお兄様を愛しているなら人目を憚らずに布団へ潜り込むのが道理。それが正常な女としての反応なのですわ」
変態の解く常識に悉く押される流耶。
圧倒的な力で恐れの対象として、夜ノ島学園に君臨する流耶にとって自分に向かってくる存在自体が希。
それも愛と言う、腕力でも魔力でも解決できない難題。
「いいわ! 見せてあげる! 透哉は私の物ってことを!」
流耶は野々乃に荒らされた透哉のベッドに駆け寄り、少し遠慮がちに布団を捲り、潜り込んだ。いくら化け物とは言え、変態がするほど躊躇なく異性の寝床に飛び込むことはできない。
「行くわよ、透哉っ……もぞもぞ。スーハースーハー……っ」
透哉の布団に潜り込んだ流耶は無言で嗅覚を働かせる。
誰が想像できただろうか。学園を統べる少女の姿をした化け物が、男子の布団に潜り込み、あまつさえ匂いを嗅いでいるなどと。
ややあって怪訝な顔をして布団から顔を出す流耶。
挑発されたとは言え、見せた覚悟と意地は本物だった。
あとは唆せた野々乃を見返してこの辱めは丸く収まるというものだ。
しかし。
「お日様の匂いしかしないじゃない……まさか、野々乃! 謀ったのね!?」
「野々乃がどうしたんだ?」
「へ?」
流耶の口から間の抜けた声が出る。
そこには超絶間の悪いことに、十二学区からクタクタで帰宅した透哉が立っていた。
「……と言うか流耶、お前何してんだ? 俺のベッドの上で……」
「――――いやぁぁあああああぁぁぁ!?」
夜ノ島学園にして化け物たる少女の悲鳴が男子寮で木霊した。
当然、廊下を歩く野々乃の耳にも、流耶の悲鳴が聞こえた。
しかし、野々乃は興味を示さなかった。
完全なる勝ち戦。敗者の断末魔を楽しむほど悪趣味ではなかった。
入れ違いに透哉の帰宅も確認出来たので目的は達成できたし、恐らく流耶もしばらくは(透哉への弁明の真っ最中なので)追っては来ない。
本当なら足取り軽く、悠然と自室へ戻るところだが、野々乃の顔色は優れない。
好奇心と偶然が重なり妙なものを目にしてしまった影響だ。
(結局、あのアルバムはなんでしたの?)
まさか流耶が絡んでくるとは思いもしなかったので、単に変わった物として安易に眺めていたことを悔いた。もっと注意深く見るべきだった。
野々乃がいくら頭を悩ませようとも、透哉とアルバムの関与を結びつけられず、真実には至らなかった。
それでも野々乃は思考を続ける。諦めきれなかったのだ。
他でもない、草川流耶が奪いにきたのだ。そこに深い意味が含まれているのは明白だった。
今日、透哉の部屋を訪ねるまでは、自分たちを除けば、流耶と関わりを持つ人物はホタルだけだった。
しかし、それが十分にも満たない間に激変した。以前抱いた、透哉もワケアリかもしれないという疑心が、流耶の出現で現実のものとなったのだ。
野々乃からすれば意中の人物が、流耶と繋がっているだけで居ても立ってもいられないのだ。
しかし、透哉と流耶を繋ぐ鍵は古いアルバムと言うだけで手がかりはなかったし、開いた中の写真にも見覚えのある顔はなかった。
十年前の事件に関わりがない野々乃には、昔の学園と言うだけでは結びつけられなかった。
このもやもやを解消できるかもしれない人物の顔が思い浮かんだが、すぐに渋い顔に変わる。
話題の内容もさることながら、不仲な先輩女子に自ら、それも単騎で訪ねることに抵抗があった。
同時に、流耶の目がある学園内では密談など不可能だった。
野々乃は一人黙りこくると、一転して閃いたように顔を上げる。
「そうですわっ! これなら呼び出せますわ! ふふ、ホタルさん、リターンマッチの時間ですわ!」
妙案と共に再戦への闘志を燃やし始めた。
「透哉は知っていたのね。あなたの秘密……」
流耶は微かに見せた動揺を、持ち前の悠然さで即座に覆い隠した。
しかし、それは自身の力と学園の支配者という優位性に裏打ちされたハリボテであり、一介の少女としての素養としては余りに脆かった。
「その上で、オニイサマとして慕い、つけ回しているのですわ! 流耶さんとは一緒にしていただきたくありませんわ!」
野々乃は透哉の椅子に座ったまま、座席部分を過剰に撫で回す変態的な挑発に打って出る。
一見するとただの椅子だが、当の本人は透哉の尻を間接的に撫で回していると妄想している。それは同時に透哉を私物と豪語する流耶へのある種の宣戦布告である。
流耶も表面上は平静を辛うじて保ちつつ、抗う小娘に苛立ちを募らせ始めていた。
「ふん。下らない風習と迷信を信じるのは自由だけれど、あなたの透哉への気持ち、私とどう違うというのかしら?」
「あたしはちゃんと邪な目でも見ていますわ!」
野々乃は目を見開き、欲望のままを暴露する。
それがたとえ学園たる異形の化け物が相手であっても。
野々乃の心配と献身は、愛欲と下心に殴打され復旧の見込めない。流耶の威圧にも屈しない変態ストーカーが猛威を振るい始めていた。
「……野々乃、私は真面目な話しをしているつもりなのだけれど?」
ふざけた腰の折られ方をし、立腹する流耶は声をより一層低く、目を眇める。それはホタルを消すために旧学園の敷地で肉迫したときに酷似していた。
最早、自分の好物に群がる害虫を見下ろすような、視線だけで相手を殺せるほどの敵意を――
「もちろん、あたしは真面目ですわ! 逆にお尋ねしますわ! 流耶さんはお兄様の(ピー)とか(ピー)に興味ありませんの!?」
「ぶほぁあ!? ちょっと、野々乃っ! あなた!?」
――敵意を向けていた流耶が、下品な声を上げて狼狽える。
終始優雅に振る舞い、臨戦態勢にさえ移行しかけていた流耶が、野々乃の猥談にペースを崩されるどころか、破壊されようとしていた。
流耶はこめかみに震える指を当て、辛うじて威厳を保とうとしていた。
野々乃は両手をワキワキと怪しげに動かしながら、男子寮の一室であることも構わず声を張り上げる。
「流耶さんはお兄様に(ピー)とかされたくありませんの!? あたしはされたいですわ! それは激しく、獣のような(ピー)を!」
「野々乃っ!? あ、あまり私をコケにするとっ!」
「あら、流耶さん。お顔が真っ赤ですわね? お兄様を私物化する割にはそういった方面にはウブですわね?」
「あら、私の思いを馬鹿にするの?」
赤ら顔はそのままに、流耶の目に再び敵意が宿る。
しかし、その程度で殺せる勢いならば変態ストーカーではいられない。
「例えば、そこに意中の男性の乱れた寝床があれば顔面を埋めたい、そうは思いませんの!?」
「……っ」
野々乃は下品な言葉で流耶の強者としての仮面を剥がそうとする。
流耶は無言で乱れに乱れた透哉の寝具に顔を引きつらせる。
野々乃の躊躇のない変態的素養には流耶でさえもドン引きである。
「お兄様への強い愛を持ちながら、お兄様のお布団を前に我慢ができる時点で大したことないのですわ」
突如勃発する化け物対変態の戦いは、野々乃の挑発によって変態側に傾きつつあった。
「あたしはもうお兄様の匂いを嗅ぎに嗅いで子供ができてしまいそうですわ!」
「何ですって!?」
変態の言葉に流耶は冷静を失う。
「見えますか? あたしとお兄様の愛の結晶が?」
自らの腹部をさすりながら流耶を威嚇する野々乃。
当たり前のことだが、女性は匂いで妊娠はしない。
「野々乃、私を試そうというの?」
流耶の声を震わせながらの問いに、野々乃は笑みを漏らす。
「本当にお兄様を愛しているなら人目を憚らずに布団へ潜り込むのが道理。それが正常な女としての反応なのですわ」
変態の解く常識に悉く押される流耶。
圧倒的な力で恐れの対象として、夜ノ島学園に君臨する流耶にとって自分に向かってくる存在自体が希。
それも愛と言う、腕力でも魔力でも解決できない難題。
「いいわ! 見せてあげる! 透哉は私の物ってことを!」
流耶は野々乃に荒らされた透哉のベッドに駆け寄り、少し遠慮がちに布団を捲り、潜り込んだ。いくら化け物とは言え、変態がするほど躊躇なく異性の寝床に飛び込むことはできない。
「行くわよ、透哉っ……もぞもぞ。スーハースーハー……っ」
透哉の布団に潜り込んだ流耶は無言で嗅覚を働かせる。
誰が想像できただろうか。学園を統べる少女の姿をした化け物が、男子の布団に潜り込み、あまつさえ匂いを嗅いでいるなどと。
ややあって怪訝な顔をして布団から顔を出す流耶。
挑発されたとは言え、見せた覚悟と意地は本物だった。
あとは唆せた野々乃を見返してこの辱めは丸く収まるというものだ。
しかし。
「お日様の匂いしかしないじゃない……まさか、野々乃! 謀ったのね!?」
「野々乃がどうしたんだ?」
「へ?」
流耶の口から間の抜けた声が出る。
そこには超絶間の悪いことに、十二学区からクタクタで帰宅した透哉が立っていた。
「……と言うか流耶、お前何してんだ? 俺のベッドの上で……」
「――――いやぁぁあああああぁぁぁ!?」
夜ノ島学園にして化け物たる少女の悲鳴が男子寮で木霊した。
当然、廊下を歩く野々乃の耳にも、流耶の悲鳴が聞こえた。
しかし、野々乃は興味を示さなかった。
完全なる勝ち戦。敗者の断末魔を楽しむほど悪趣味ではなかった。
入れ違いに透哉の帰宅も確認出来たので目的は達成できたし、恐らく流耶もしばらくは(透哉への弁明の真っ最中なので)追っては来ない。
本当なら足取り軽く、悠然と自室へ戻るところだが、野々乃の顔色は優れない。
好奇心と偶然が重なり妙なものを目にしてしまった影響だ。
(結局、あのアルバムはなんでしたの?)
まさか流耶が絡んでくるとは思いもしなかったので、単に変わった物として安易に眺めていたことを悔いた。もっと注意深く見るべきだった。
野々乃がいくら頭を悩ませようとも、透哉とアルバムの関与を結びつけられず、真実には至らなかった。
それでも野々乃は思考を続ける。諦めきれなかったのだ。
他でもない、草川流耶が奪いにきたのだ。そこに深い意味が含まれているのは明白だった。
今日、透哉の部屋を訪ねるまでは、自分たちを除けば、流耶と関わりを持つ人物はホタルだけだった。
しかし、それが十分にも満たない間に激変した。以前抱いた、透哉もワケアリかもしれないという疑心が、流耶の出現で現実のものとなったのだ。
野々乃からすれば意中の人物が、流耶と繋がっているだけで居ても立ってもいられないのだ。
しかし、透哉と流耶を繋ぐ鍵は古いアルバムと言うだけで手がかりはなかったし、開いた中の写真にも見覚えのある顔はなかった。
十年前の事件に関わりがない野々乃には、昔の学園と言うだけでは結びつけられなかった。
このもやもやを解消できるかもしれない人物の顔が思い浮かんだが、すぐに渋い顔に変わる。
話題の内容もさることながら、不仲な先輩女子に自ら、それも単騎で訪ねることに抵抗があった。
同時に、流耶の目がある学園内では密談など不可能だった。
野々乃は一人黙りこくると、一転して閃いたように顔を上げる。
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