終末学園の生存者

おゆP

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第三章

第29話 御波透哉の罪(1)

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1.
 マンションや企業オフィスを有した巨大なビルが立ち並ぶ第六学区。
 その敷地内を御波透哉は冴えない顔で歩いていた。
 圧巻の街並みには目もくれず、片付いた用事から未だに気持ちを切り替えられずにいる。
 寝起きのアカリに勘違いビンタを食らった後のことを思い返していた。

『無事が確認できて透哉君も安心したようだし、アカリは少し休むといいよぉ』
『え? 私は平気よ?』
『まだライブの疲れが抜けきっていないから倒れたのを忘れたのかなぁ?』
『ぐむむ』

 殺希に図星を突かれたアカリはブランケットに隠れた自らの格好に不承不承頷くしかなかった。慌てて手近な服を着込んだだけなので、下着同然の姿なのだ。
 透哉を引き止めたい気持ちはあったが、乙女の羞恥心が足止めする。

『と言うわけだよ、透哉君。悪いがまた今度にしてくれるかなぁ? それともアカリと離れたくない個人的な理由でもあるのかな?』
『ぶっ、なかなか面白い見解だ』透哉は良好な顔色のアカリを一瞥し『無事なら俺は帰るぞ』と断りを入れる。
『うん……』

 アカリは理由に納得しつつも、やはりどこか名残惜しそうに頷く。

『あと、ライブへの招待、ありがとな。言うの遅れて悪かった』
『ふふんっ、ほんと~に言うのが遅いのよ。でも来てくれてありがとっ!』

 照れくさそうな顔から放たれた透哉の言葉に、アカリの笑顔がぱぁっと咲いた。
 アカリを目覚めさせ、伝えるべきことも言えた。目的を果たし、憂いも払った。
 あの程度のことで罪を精算したなどとは微塵も思わない。
 それでも、先日は叶わなかったアカリへの礼は言うことが出来た。

『じゃあな』
『うん、またねっ!』

 別れの挨拶をした際、嬉々として手を振っていたアカリ。
 あれは「いつ」の透哉に当てたものだったのだろうか。
 再会を願うアカリの言葉に、透哉は全く異なる情景を思い浮かべてしまった。

『あぁ、またな』

 元気を取り戻したアカリの顔を曇らせまいと、曖昧な言葉を小さく返すことしか出来なかった。
 そんな自分を情けないと思う反面、そんな些細な気遣いをする自分を滑稽にも思ってしまった。
 アカリの屈託のない笑みが何よりの救いであり、更なる痛みだった。
 そんな和やかなやり取りを遥か昔のように感じてしまう。
 それほどに、遠かった。
 第六学区を出た透哉は、徒歩でパレットまで戻り、町の中心部を歩いていた。地下鉄を使えば立ち寄る必要のない場所だったが、今は歩きたい気分だったのだ。
 今は日曜日の日中だ。
 当然、人の往来は多く、周囲は賑やかな家族連れや学生のグループ、恋人たちの笑い声に満ちていた。
 それらと比べ透哉は対照的で、お通夜帰りのような暗い表情をしている。
 真っ直ぐ学園に帰ることはせず、パレット内の緑地公園で草莽と戯れていた。

「はぁ、緑って落ち着く……とはならねぇか」

 芝生に腰掛け、噴水を前に逃避気味に呟く。とにかく、気を晴らしたかった。

(この辺は静かなんだなぁ)

 戦闘の爪痕も、自らが立てた波風の影響もない。
 十二学区に来てからの張り詰めた空気が、ここに来てぷすりと抜けた。
 アカリのこと、七夕祭のこと、自らのこと、他にも考えるべきことは山ほどあった。
 そして、どれもが一人で知恵を絞ったところで打開も解決もできないと透哉は知っていた。だから、そのいずれにも思考を割かなかった。少しの間だけでいいから、目を逸らしていたかった。
 ただ、何も考えずぼんやりと過ごした。
 不意に顔を上げると、正面を厳めしい魔人の姿が横切る。三角の耳に突き出た口角を有し、灰色の体毛に包まれた狼の魔人だ。
 人相が悪いわけではなく、透哉と同じように暗く影を落としていた。

「――あれ?」
「む、貴殿は先日、宇宮殿と一緒にいた者ではないか?」

 無意識に声を漏らした透哉に魔人が顔を向けると、気難しげな横顔が一変、垢抜けた。
 以前、宇宮湊と源ホタルと訪れたオープンテラスのカフェで遭遇した狼男だった。
 
「やっぱりそうか、」
「一人で散歩であるか?」

 狼男は軽く周囲を見回し、一人であることを確認した後、そう尋ねてきた。その呑気な質問に、自然と透哉も表情が綻ぶ。

「まぁな。ちょっと考え事ついでにブラブラしてた。つっても、考えるのは得意じゃねぇけどな」
「それがしも同じである。隣、構わぬか?」
「お好きにどうぞ」

 軽く笑みを返すと、狼男のずんぐりとした体躯が隣を占拠する。

「少し気分転換をしたく思い、歩いていたところなのだ」
「なんだ、また物珍しそうに見られでもしたのか?」

 透哉は少し踏み込んだ冗談を投げかけた。
 相手の裁量を図る意図もあったが、余所余所しい世間話を興じるつもりがなかったからだ。怒らせたら怒らせたで、この場で喧嘩別れしてもいい、そんな博打を込めていた。
 透哉の思惑に反し、狼男は目を丸くする。

「ガハハッ! あんな面白い者は貴殿以外におらん」

 見た目相応の豪快な笑い声に、透哉は身構える。

「すまぬすまぬ。実はあのときは少々気が立っていたのでな。半ば八つ当たりに近かったのだ。申し訳ない」
「おいおい、こんなところで頭下げるなよ」

 平身低頭な狼男の真摯な態度に、透哉は辟易させられる。博打には勝ったと言えるが、返って恐縮する羽目になったのだ。
 しかし、一向に頭を上げようとしない狼男を透哉は訝しく思い、横顔を軽く覗き込んだ。
 豪快な笑いが嘘のように、表情が失せていた。

「お前、さっき無理して笑っただろ」

 透哉の直感が正鵠を射た。
 覗き見た顔から、秘めた悲しみの片鱗を見た気がしたのだ。狼男はビクンと肩を揺らせ、驚きを全身で表出した後、事情を話し始めた。

「実は、入院した知人たちの見舞いの帰りなのである」
「……見舞い?」

 狼男の何気ない言葉に、透哉は悪寒を覚える。
 暗い表情の理由とその原因に心当たりがあったからだ。

「それがし、十二学区の『戦犬隊せんけんたい』のメンバーなのである。あぁ、警備隊のような物と考えて欲しい」
「……へぇ」
「昨晩の警邏中、仲間が事件に巻き込まれてしまったのである」
「……第六学区の事件のことか?」
「知っているのであるか?」
「小耳に挟む程度だけどな」

 透哉は真実は伏せたまま、事実だけを語る。

「なら話は早いのである。犯人拿捕の命を受けて出動したものの、逃げて行った犯人と市街地のど真ん中で戦闘になり……」
「言いたくないなら言わなくていい」

 歯を食いしばり、数多の感情を噛み殺す姿から心中を汲み取り、透哉は言った。不必要に辛い事を搾り取る真似はしたくなかった。
 同時に『知っているから』とは口が裂けても言えなかった。

「魔人が入院に追い込まれるって、かなり激しい戦闘だったんだろうな」

 透哉は相手の悲痛を知りながらも、献身を装い情報を引き出すことを第一とした。
 個人を気遣う傍ら、自分の立場を理解しているからこその無情さがあった。

「詳細は分からないのであるが、未知の武器を用いた敵に襲われたらしいのである。多くが四肢を切断されるほどの重傷を負っているとも聞き及んでいる」
「じゃあ、一歩間違えばお前も巻き込まれていたってことか?」

 陽光降り注ぐ穏やかな緑地公園に似つかわしくない殺伐とした会話だった。

「先程はメンバーと言ったが、それがしはまだ候補生段階で、雑用が主な仕事である。再来年、高校を出た後、試験を受けて合格するまでは正式な隊員ではないのである」
「そうなのか」
「しかし、隊員たちなら大丈夫である。十二学区の科学力、医学力を駆使すれば手足の一つ二つなんとかなるのである」
「おいおい、手足ってそんな軽いもんじゃねぇだろ」
「大半は手術により回復を見込めるらしいのだ」

 事の重大さに対し、軽妙な物言いに、透哉の方がうろたえた。

「手足を失った者も『魔道義肢エクスマキナ』を代用品とすれば日常生活には支障がないらしいのである」
「何だよ、そのエクスなんたらって物騒な響きは。十二学区特有の武器の類いか?」
「武器になる物も含まれているが、基本は四肢を模した義手と義足である」
「……今更だけどよ、そんなこと部外者の俺に話して良かったのか?」

 当然湧く疑問だった。情報を引き出しておきながら、狼男の口の軽さに不信感を抱いた。
 それこそ、この会話が自分を罠にかけるための時間稼ぎではないかとも邪推した。

「あ、そうであったな。しかし、問題なかろう。そなたは宇宮殿の知人。信用に値する人物であることは既に証明されている」

 予期せぬ痛切に透哉は自失しかける。
 狼男は事件の犯人であり、仲間の敵である自分に対し、真逆の感情を向けていた。
 それも口が軽いのではなく、十二学区における宇宮湊の地位と信頼に基づいたものだった。
 吹っ切れたように笑みを作る狼男に、少し違和感を覚える。
 仲間が四肢を失う被害に遭いながらも、回復の目処が立ち状況は好転へと向かっている。
 それなのに、未だに暗い影を落としている。
 その原因に透哉はまだ気付かない。
 その原因に直面しながら、覚えていなかった。
 何故ならその時・・・、意識が途絶していたから。

「無理を一つ聞いてはくれぬか」
「なんだよ、改まって」
「このあと、殉職した先輩の献花に付き合ってはくれぬか?」
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