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第三章
第27話 『白』と『黒』(1)『絵』
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1.
地下鉄の駅から地上に出た透哉は、眩しさに目を細める。
殺希に言われるまま十二学区を訪れた透哉だが、その心中に変化はなく、暗く影を落としたままだ。
地下鉄での移動中も考えるのはアカリのことばかりで、心のもやもやは一向に晴れてくれない。
殺希の指示に従ったことも罪滅ぼしか、まだ言えていない礼のためかはっきりしない。思考する中でいくつもの理由と動機が浮かんでは消えていった。
単純に呼ばれたから来たと、思考を放棄すればどれほど気が楽だろうか。
(まさか、単に会いたい、わけでもあるまいし……)
形式的な理由を並べながら、最も単純で純粋な理由に行き着くが、透哉自身がこれを否定し、許容しなかった。
この時の透哉はまだ知らない。
過酷な運命の選択を迫られることを。
第六学区のゲートを潜り、顔を上げると同時、目に飛び込んできた物に怯む。不意に拳銃を突きつけられたように、一気に緊張感が高まる。
透哉の前には病院とマンションを上下に積み重ねたみたいな、生活感と実務感が混在した変わった形の建造物が屹立していた。
昨晩訪れた際は墓石に見えた外装も、白昼に見たことでガラリと印象が異なる。一風変わっているだけの普通の建物にしか映らなかった。その地下で行われるおぞましい出来事とは裏腹に、違和感なく町並みに溶け込んでいた。
他にも多数の高層建築が周囲には散見できたが、透哉にはその一棟しか見えていなかった。
施設の真下に到着した透哉は立ち止まる。
建物の周囲を規制線がぐるりと取り囲んでいたからだ。
(おいおい、この状態でどうやって入れってんだよ)
とても無関係なものが安易に踏み込める状況ではなかった。
無視して突破すると厄介事になりかねない、少々難解な障害だった。
足止めを食らっていると、頭上から無数の羽音が降ってきた。
見上げると、十数羽にも及ぶカラスの群れが視界を覆い尽くさんと羽ばたいている。
一瞬だけ怪訝な顔をした透哉だったが、すぐに正体に気付いた。
「気味の悪い歓迎しやがって」
透哉の悪態に応えるように、カラスの群れは建物の影に急降下。一塊になりながら形を変え、間もなく痩身に漆黒の燕尾服をきた麗人に姿を改めた。
冷徹な執事のような見た目に、表情は皆無。血が通っているとは思えないほど毒々しい白い顔は屋外でも浮いていた。
透哉は臆することなく近づくと、無遠慮に話しかけた。
「お前が取り次いでくれんのか? カラス野郎」
「私はカラスではありません。クロウでございます」
クロウは表情を崩さず、けれど不服そうに名乗りを上げる。
「クロウってカラスを英語にしただけだろ。本当に適当に作られたんだな、お前」
「クロウはカラスにございますか!?」
「知らなかったのかよ!?」
無駄を承知で皮肉をぶつけると、クロウは目を見開き驚きを露わにする。表面こそ綺麗に繕っているが、中身は感情豊か……と言うより、過剰なのだ。
「んで、お前はこんなところで何やってんだ?」
「御波様がお越しになったら中に案内するように命じられておりましたので、空から周辺を監視しておりました」
「あー、適任と言えば適任か。それにしても、便利に使われてんだなお前」
「クロウは殺希様に便利に使われて幸せにあります!」
「ニヤニヤすんな、気持ち悪い」
「それでは御波様、こちらです」
破顔するクロウを軽く毒突くも、一瞬で表情を翻して透哉を規制線の中へと導く。
案内に付き従い建物の裏に回る途中、透哉は尋ねた。
「……あれからどうなった?」
「あれから、とは?」
「俺たちが十二学区から逃げ出してからだ」
途中から意識を失っていた透哉としては、自分たちが去った後の十二学区の動向を少しでも知りたかった。
クロウは少しの間黙ると、要点を整理した上で話した。
「結論から言うと何も進展していないと思われます。現場付近には警察を始めとし、『戦犬隊』の面々も頻繁に出入りしていますが、それだけです。その他に関しては殺希様よりお話があると思われます」
聞く限り殺希に聞いたとおり安泰のようだが、余りに淡々と話すせいで担がれている気さえした。
計画性がない無謀な犯行に及んだ手前、素性が明るみに出ることを何より恐れた。『白檻』で姿を隠していたとは言え、十二学区という場所を侮る気は微塵もなかった。
「今ではゼロ学区を含めた無意味な広域捜査が展開されています」
「ゼロ学区?」
「どの学区にも属さない、不良の溜まり場みたいな場所でございます」
「へぇ、そんな場所があんのか」
透哉はクロウと他愛もない会話を数度交わしながら、逃走の際に自分たちが破壊した正面玄関の前を悠々と通り過ぎた。
目的の裏口が視界に入ったところでクロウは足を止めた。扉を開き、恭しく頭を下げると入室を促す。
「どうぞ、こちらから」
「おう、ありがとう。なんだよ?」
礼を言うとクロウの表情が僅かに変化する。クスリと笑みを零したように見えた。
「いえ、粗暴な割にはっきりと礼を言う姿に些か感心いたしました。」
「ち、聞くんじゃなかった」
透哉は言って顎をしゃくってポケットに両腕を差し込み、稚拙な反抗心を見せながら扉を潜った。
裏口の扉を一枚潜った先。
透哉は呆気なく再会を果たす。
案内された裏口の奥は薄暗かったが、はっきりとその姿は見ることができた。
廊下の奥、もう当たり前のようにカーキ色のコートを着込んだ女性が行き倒れたみたいに寝転がっている。役目を果たせずにいる待合の長椅子がどこかもの悲しい。
物音に反応し、カーキコートの女性が身じろぎし、顔を上げた。
全く緊張感のないうつ伏せ姿で、閉じた目でこちらを見るのは第六学区の魔女、春日殺希である。
十二学区のコンサートホールで出会い、春日アカリの母親を自称し、その娘の模造品をことごとく破壊、殺害させた張本人。
宇宮湊曰く、仲間である第六学区を統括する〈悪夢〉。
麦わら帽子を手で押さえながら、足元まで伸びる長い三つ編みをうねらせ、髪の毛の力で立ち上がる。三つ編みを結んだリングを鈴のように鳴らせ、気怠そうに歩いてくる。
「んー? 早かったね?」
「……」
「やぁ~、ミナミトウヤ。昨晩以来だね」
殺希としては軽い挨拶のつもりだったが、透哉の表情は硬い。あんな出来事の後だ。単純に何を言って話を切り出せばいいか分からなかった。
クロウ相手には簡単に出た皮肉も軽口も、喉を塞がれたみたいに唐突に出てこなくなった。
「立ったままだと疲れるから横にならせて貰うねー」
「……初めから寝ているヤツの台詞じゃねぇな」
殺希は間延びした声で言って、長椅子に乗る。うつ伏せで顔を上げに、足を子供のようにパタパタと動かしながら。
その様子はどこか楽しそうですらあった。
「それで、何のために呼ばれたんだ」
「んー? 昨日の評価と、術後の経過観察とでも言おうかな?」
声は間延びしているが、滞らない返答に透哉は歯噛みする。
昨晩の話をしているのに、欠片も重みを感じないからだ。
そして、アカリを殺させたことが治療みたいに言ったからだ。
「決意、ゼロ点。戦闘、及第点。でも一つだけ君には満点をあげるよ」
好き勝手な評価酷評に透哉は苛立ちを募らせる。アカリを手にかけたことへの好評など絶対にいらないし、頑張ったなどと言うつもりもない。
あの惨事に評価を下されること自体に苛立っているのだ。
「なんだよ、どうせ下らないもんだろ――」
「君は最後までアカリを疑わなかった」
「……?」
予期せぬ殺希の強い口調と言葉に、透哉は目を瞬かせる。間延びして喋る〈悪夢〉がぴしゃりとした言葉で断言したのだ。
「昨晩の出来事、アカリの誘いが鍵になっているとは思わなかったのかなぁ? 裏で私たちが手引きをしている、アカリと内通し、唆したと」
「あいつはそんなことできねぇだろ」
「そうだねぇー、できないよぉ?」
結びつけなかったのは己が愚鈍か、はたまたアカリへの信頼か。
殺希の言うとおり、アカリが殺希とグルだった方が事は自然だった。
強引な手引きも、身の上話も、笑顔も、涙も、透哉を騙し、信じ込ませる打算だったと言われた方が自然に思えた。
「だから君を無理にでも呼んだんだよぉ? 移動しながら話そうか」
殺希はそう言うと、背丈ほどある三つ編みで立ち上がり、地に足を着けずに歩き出す。
透哉は、澄んだ金属音を響かせながら歩く殺希に続いた。
「アカリは疲労で倒れたから、二日ほど休暇を与えたんだよ」
「?」
「――と、表向きは公表しているねぇ」
急に漂うきな臭い雰囲気に、透哉は眉根を寄せた。
殺希は唇をなでながらうっすらと笑みを浮かべ、エレベーターの呼び出しボタンを押す。到着したエレベーターに乗り込むと殺希は迷わず十二階のボタンを押した。
鉄扉が閉じ、動作音の響く中、殺希が不可解なことを言う。
「いつだってお姫様を起こすのは王子様の役目でしょ?」
「何が言いたい?」
アカリの部屋に向かっているのは明白だったが、言葉選びからどうしてもからかわれている気がしてならない。
「アカリは記憶の更新を行わずに、部屋に寝かせてある。だから、可能な限り早く記憶の更新をして意識を取り戻してあげたいんだよ」
早く娘を起こしたいと言えば聞こえはいいが、それだと自分を呼び出す理由にはならない。
透哉には依然として殺希の考えが見えない。
「ストックしてある更新用の記憶データは二つ。一つは君がアカリの部屋に来て、意識を失うまでの記憶」
「つまり、訓練場で戦ったときの記憶は含まれないってことか?」
「察しがいいね。そして、もう一つは君との戦闘を終えた後までの記憶。これは厳密に言うと最初のアカリ一人だけの記憶ではなく、アカリたちの記憶だね。言い換えるなら、私たちから見たアカリの記憶だね」
「……悪趣味な奴だ」
嫌でも蘇る昨晩の訓練場の記憶に、透哉は露骨に顔を顰め、唾棄するように吐き捨てる。
「降りるよ~」
「……っ」
殺希はそんな透哉を置いて先にエレベーターを降りた。
地下鉄の駅から地上に出た透哉は、眩しさに目を細める。
殺希に言われるまま十二学区を訪れた透哉だが、その心中に変化はなく、暗く影を落としたままだ。
地下鉄での移動中も考えるのはアカリのことばかりで、心のもやもやは一向に晴れてくれない。
殺希の指示に従ったことも罪滅ぼしか、まだ言えていない礼のためかはっきりしない。思考する中でいくつもの理由と動機が浮かんでは消えていった。
単純に呼ばれたから来たと、思考を放棄すればどれほど気が楽だろうか。
(まさか、単に会いたい、わけでもあるまいし……)
形式的な理由を並べながら、最も単純で純粋な理由に行き着くが、透哉自身がこれを否定し、許容しなかった。
この時の透哉はまだ知らない。
過酷な運命の選択を迫られることを。
第六学区のゲートを潜り、顔を上げると同時、目に飛び込んできた物に怯む。不意に拳銃を突きつけられたように、一気に緊張感が高まる。
透哉の前には病院とマンションを上下に積み重ねたみたいな、生活感と実務感が混在した変わった形の建造物が屹立していた。
昨晩訪れた際は墓石に見えた外装も、白昼に見たことでガラリと印象が異なる。一風変わっているだけの普通の建物にしか映らなかった。その地下で行われるおぞましい出来事とは裏腹に、違和感なく町並みに溶け込んでいた。
他にも多数の高層建築が周囲には散見できたが、透哉にはその一棟しか見えていなかった。
施設の真下に到着した透哉は立ち止まる。
建物の周囲を規制線がぐるりと取り囲んでいたからだ。
(おいおい、この状態でどうやって入れってんだよ)
とても無関係なものが安易に踏み込める状況ではなかった。
無視して突破すると厄介事になりかねない、少々難解な障害だった。
足止めを食らっていると、頭上から無数の羽音が降ってきた。
見上げると、十数羽にも及ぶカラスの群れが視界を覆い尽くさんと羽ばたいている。
一瞬だけ怪訝な顔をした透哉だったが、すぐに正体に気付いた。
「気味の悪い歓迎しやがって」
透哉の悪態に応えるように、カラスの群れは建物の影に急降下。一塊になりながら形を変え、間もなく痩身に漆黒の燕尾服をきた麗人に姿を改めた。
冷徹な執事のような見た目に、表情は皆無。血が通っているとは思えないほど毒々しい白い顔は屋外でも浮いていた。
透哉は臆することなく近づくと、無遠慮に話しかけた。
「お前が取り次いでくれんのか? カラス野郎」
「私はカラスではありません。クロウでございます」
クロウは表情を崩さず、けれど不服そうに名乗りを上げる。
「クロウってカラスを英語にしただけだろ。本当に適当に作られたんだな、お前」
「クロウはカラスにございますか!?」
「知らなかったのかよ!?」
無駄を承知で皮肉をぶつけると、クロウは目を見開き驚きを露わにする。表面こそ綺麗に繕っているが、中身は感情豊か……と言うより、過剰なのだ。
「んで、お前はこんなところで何やってんだ?」
「御波様がお越しになったら中に案内するように命じられておりましたので、空から周辺を監視しておりました」
「あー、適任と言えば適任か。それにしても、便利に使われてんだなお前」
「クロウは殺希様に便利に使われて幸せにあります!」
「ニヤニヤすんな、気持ち悪い」
「それでは御波様、こちらです」
破顔するクロウを軽く毒突くも、一瞬で表情を翻して透哉を規制線の中へと導く。
案内に付き従い建物の裏に回る途中、透哉は尋ねた。
「……あれからどうなった?」
「あれから、とは?」
「俺たちが十二学区から逃げ出してからだ」
途中から意識を失っていた透哉としては、自分たちが去った後の十二学区の動向を少しでも知りたかった。
クロウは少しの間黙ると、要点を整理した上で話した。
「結論から言うと何も進展していないと思われます。現場付近には警察を始めとし、『戦犬隊』の面々も頻繁に出入りしていますが、それだけです。その他に関しては殺希様よりお話があると思われます」
聞く限り殺希に聞いたとおり安泰のようだが、余りに淡々と話すせいで担がれている気さえした。
計画性がない無謀な犯行に及んだ手前、素性が明るみに出ることを何より恐れた。『白檻』で姿を隠していたとは言え、十二学区という場所を侮る気は微塵もなかった。
「今ではゼロ学区を含めた無意味な広域捜査が展開されています」
「ゼロ学区?」
「どの学区にも属さない、不良の溜まり場みたいな場所でございます」
「へぇ、そんな場所があんのか」
透哉はクロウと他愛もない会話を数度交わしながら、逃走の際に自分たちが破壊した正面玄関の前を悠々と通り過ぎた。
目的の裏口が視界に入ったところでクロウは足を止めた。扉を開き、恭しく頭を下げると入室を促す。
「どうぞ、こちらから」
「おう、ありがとう。なんだよ?」
礼を言うとクロウの表情が僅かに変化する。クスリと笑みを零したように見えた。
「いえ、粗暴な割にはっきりと礼を言う姿に些か感心いたしました。」
「ち、聞くんじゃなかった」
透哉は言って顎をしゃくってポケットに両腕を差し込み、稚拙な反抗心を見せながら扉を潜った。
裏口の扉を一枚潜った先。
透哉は呆気なく再会を果たす。
案内された裏口の奥は薄暗かったが、はっきりとその姿は見ることができた。
廊下の奥、もう当たり前のようにカーキ色のコートを着込んだ女性が行き倒れたみたいに寝転がっている。役目を果たせずにいる待合の長椅子がどこかもの悲しい。
物音に反応し、カーキコートの女性が身じろぎし、顔を上げた。
全く緊張感のないうつ伏せ姿で、閉じた目でこちらを見るのは第六学区の魔女、春日殺希である。
十二学区のコンサートホールで出会い、春日アカリの母親を自称し、その娘の模造品をことごとく破壊、殺害させた張本人。
宇宮湊曰く、仲間である第六学区を統括する〈悪夢〉。
麦わら帽子を手で押さえながら、足元まで伸びる長い三つ編みをうねらせ、髪の毛の力で立ち上がる。三つ編みを結んだリングを鈴のように鳴らせ、気怠そうに歩いてくる。
「んー? 早かったね?」
「……」
「やぁ~、ミナミトウヤ。昨晩以来だね」
殺希としては軽い挨拶のつもりだったが、透哉の表情は硬い。あんな出来事の後だ。単純に何を言って話を切り出せばいいか分からなかった。
クロウ相手には簡単に出た皮肉も軽口も、喉を塞がれたみたいに唐突に出てこなくなった。
「立ったままだと疲れるから横にならせて貰うねー」
「……初めから寝ているヤツの台詞じゃねぇな」
殺希は間延びした声で言って、長椅子に乗る。うつ伏せで顔を上げに、足を子供のようにパタパタと動かしながら。
その様子はどこか楽しそうですらあった。
「それで、何のために呼ばれたんだ」
「んー? 昨日の評価と、術後の経過観察とでも言おうかな?」
声は間延びしているが、滞らない返答に透哉は歯噛みする。
昨晩の話をしているのに、欠片も重みを感じないからだ。
そして、アカリを殺させたことが治療みたいに言ったからだ。
「決意、ゼロ点。戦闘、及第点。でも一つだけ君には満点をあげるよ」
好き勝手な評価酷評に透哉は苛立ちを募らせる。アカリを手にかけたことへの好評など絶対にいらないし、頑張ったなどと言うつもりもない。
あの惨事に評価を下されること自体に苛立っているのだ。
「なんだよ、どうせ下らないもんだろ――」
「君は最後までアカリを疑わなかった」
「……?」
予期せぬ殺希の強い口調と言葉に、透哉は目を瞬かせる。間延びして喋る〈悪夢〉がぴしゃりとした言葉で断言したのだ。
「昨晩の出来事、アカリの誘いが鍵になっているとは思わなかったのかなぁ? 裏で私たちが手引きをしている、アカリと内通し、唆したと」
「あいつはそんなことできねぇだろ」
「そうだねぇー、できないよぉ?」
結びつけなかったのは己が愚鈍か、はたまたアカリへの信頼か。
殺希の言うとおり、アカリが殺希とグルだった方が事は自然だった。
強引な手引きも、身の上話も、笑顔も、涙も、透哉を騙し、信じ込ませる打算だったと言われた方が自然に思えた。
「だから君を無理にでも呼んだんだよぉ? 移動しながら話そうか」
殺希はそう言うと、背丈ほどある三つ編みで立ち上がり、地に足を着けずに歩き出す。
透哉は、澄んだ金属音を響かせながら歩く殺希に続いた。
「アカリは疲労で倒れたから、二日ほど休暇を与えたんだよ」
「?」
「――と、表向きは公表しているねぇ」
急に漂うきな臭い雰囲気に、透哉は眉根を寄せた。
殺希は唇をなでながらうっすらと笑みを浮かべ、エレベーターの呼び出しボタンを押す。到着したエレベーターに乗り込むと殺希は迷わず十二階のボタンを押した。
鉄扉が閉じ、動作音の響く中、殺希が不可解なことを言う。
「いつだってお姫様を起こすのは王子様の役目でしょ?」
「何が言いたい?」
アカリの部屋に向かっているのは明白だったが、言葉選びからどうしてもからかわれている気がしてならない。
「アカリは記憶の更新を行わずに、部屋に寝かせてある。だから、可能な限り早く記憶の更新をして意識を取り戻してあげたいんだよ」
早く娘を起こしたいと言えば聞こえはいいが、それだと自分を呼び出す理由にはならない。
透哉には依然として殺希の考えが見えない。
「ストックしてある更新用の記憶データは二つ。一つは君がアカリの部屋に来て、意識を失うまでの記憶」
「つまり、訓練場で戦ったときの記憶は含まれないってことか?」
「察しがいいね。そして、もう一つは君との戦闘を終えた後までの記憶。これは厳密に言うと最初のアカリ一人だけの記憶ではなく、アカリたちの記憶だね。言い換えるなら、私たちから見たアカリの記憶だね」
「……悪趣味な奴だ」
嫌でも蘇る昨晩の訓練場の記憶に、透哉は露骨に顔を顰め、唾棄するように吐き捨てる。
「降りるよ~」
「……っ」
殺希はそんな透哉を置いて先にエレベーターを降りた。
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