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第二章
『第二学区の英才』(2)
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2.
ヒカルは塚井をリビングに通すと、そのままパソコン前に誘導する。
「ん、件のデータとやらを預かろう」
ヒカルは手を差し出しながら無意識に小さく笑みを零す。パソコンの前の置物と言うには自然な笑みだが、やはり本人は自覚していない。
そんなヒカルの何気ない動作に応じようとして、塚井は気付く。
「って、要件をしっかり覚えているじゃないか!?」
「あ……塚井、今日はなんの用?」
うっかりボロを出したヒカルは、手を引っ込めながら白々しく聞き直す。
付き合いの長さから、塚井は肩を竦める。ヒカルの茶目っ気に辟易しつつ、ポケットからメモリーカードを取り出した。
「まったく、ヒカル君には敵わないなぁ」
忙しいヒカルの都合を鑑みて、三日前から約束を取り付けていたのだ。
そして、手渡したメモリーカードの中には魔力測定デバイス、ソクラテスが記録したデータが入っている。
塚井の訪問理由は、そのデータ内に紛れ込んだ謎の魔力の解析である。
自力での解明も試みたのだが、力及ばず断念した。責任者である教授は海外出張のため頼ることができない。
直接研究に携わっていないヒカルに頼むことは本来御法度である。しかし、謎の魔力の素性への探究心を抑えられなかったこと、信頼の置ける優れた技術者が身近にいたことが塚井を行動に至らせた。
そして、同じくらいソクラテスの性能の高さ、自分たちが生み出した英知の結晶の真価を証明したかったのだ。
ヒカルはメモリーカードを受け取るとパソコンの前に座り、手際よく作業を始める。
と言っても、解析ツールを潜らせて結果が出るまで待つだけ。
手抜きをしているわけではなく、現時点で出来ることがこれだけなのだ。
「……遅い」
「五秒くらいしか経ってなくはないか!?」
「待たせすぎ。ぶっ壊したくなる」
「淡々としているクセにせっかちで物騒なのは相変わらずだね!?」
待ち時間と言うには余りにも短い時間を経て、ディスプレイに結果が表示された。
しかし、用いたツールが出した芳しくない返答に、ヒカルは無言でディスプレイを睨む。
「塚井。残念ながら今すぐは分かりそうにない。このデータ、少し借りてもいい?」
「それは構わないが、そうか……ヒカル君を持ってしても分からないのか」
「む、すぐには分からないと言った」
残念そうに肩を落とす塚井とは対照的に、ヒカルの眉がつり上がっている。塚井の落胆はヒカルへの熱い信頼と過度な期待が原因だが、当のヒカルは見くびられたと思っている。
今使ったのはAIを駆使した他言語にも対応した自作の解析ツールだ。余程のことがない限り、何かしらの答えを導き出してくるはずだった。
それが何の答えも生まないまま『unknown』と返事をしたのだ。
ソクラテスが何らかの情報を感知したまでは分かったが、ヒカルの解析ツールでも読み取ることが出来なかった。
塚井の前では不機嫌を晒してはいたが、その反面、未知という強敵を前に探究心をくすぐられていた。
「ソクラテスの魔力の検出方法を教えて欲しい」
「どうしても必要なのかい?」
いきなり研究の核を教えろと言われ、塚井は言葉を渋った。
「ソクラテスは僕たちが手塩にかけて作り上げたもので……」
「ふーん。それで魔力の検出方法は?」
「小さな頃からの悲願だったんだよ! おいそれと仕組みを開示するなんてことは――」
「ふーん。それで魔力の検出方法は?」
ヒカルは同じ表情で同じ言葉を復唱する。
この後、同じやり取りを三回繰り返し、塚井が口を割った。
「ふふっ、さっさと吐けば苦しまずに済んだものを」
「悪役っぷりが板に付いているね……」
「君の話が長くてしつこいのが悪い。私じゃなかったらとっくに見捨てられている」
身も蓋もないことを言う割にヒカルの声は弾んでいる。
「仕方がないではないか。腹を割って話せる人物が君しかいないんだから」
「友達がいない塚井……かわいそう」
「信頼しているって言う意味なのだが!? 小等部からの仲だろ!? うわ、本日一番のすっごい嫌そうな顔!?」
華麗なブラインドタッチを決めながら、無言で嫌そうな顔をするヒカル。
しかし、塚井の表情に、ヒカルはしまったと改める。
少しナーバスになった塚井はぶつぶつと昔話を始めた。
「仕方がないじゃないか……両親を事故で亡くして、三歳から小学校に上がるまでは十二学区の孤児園にいたんだ。気を許せる仲間なんて」
「それは知ってる。君が過去をバネに頑張っていることも。立派だと思うし、誇っていい。ただ、あまり悲観的に語っていると亡くなった両親が浮かばれない」
ドライな考え方ではあるがヒカルなりの思いやりだった。
「うっすらと両親の顔は覚えているさ。確かに落ち込んで俯いている僕を見て天国の二人が喜ぶはずがないね」
「身勝手なオカルト。でも、故人が自分のことを天から見ているという考え方は残された者にとっては救いになる」
オカルトと揶揄しつつ、ヒカルも当事者として重みを理解していた。
「確かにそれなら、ヒカル君。君にも――」
「私の両親は健在」
「でも、あ……無神経だったよ。済まな……」
「姉は死んでないっ! どこにいるのか、分からないだけ……」
ヒカルは食い気味に声を張り、妙な気を遣った塚井の声を遮る。
一秒で矛盾しているが、人の心とは理屈で解ける物ではない。
自分の姉が死んでいると思っていても、頭の何処かでは存命を諦めていない。
「気持ちは理解しているさ。でも、巻き込まれた事件が事件だ。余りにも望みが薄い」
「塚井、嫌い。君の要件は末代まで後回し」
ぷいっと顔を背けるヒカル。しかし、怒りからではなく、意地悪な物言いをされて拗ねているだけだった。
「ええ!? 頼むよぉ! 他に頼める人がいないんだ!」
「ふふっ、己の人望のなさを悔いよ」
「人望って、君ほどの英才、学区を跨いだところでいやしないだろ!?」
他に当てがなく縋る塚井と、ニヤッと黒い笑みを浮かべるヒカル。ヒカルの言葉に塚井はグサッと胸を抉られ、仰け反る。
頼みごとをする塚井と、それをにべもなく振り払うヒカル。
付き合いの長い二人の間には良くある構図だった。
「しかし、ヒカル君。なんでまたエレメント、詰まるところアイドル活動を始めたんだい?」
ヒカルのいじりに耐え、復活した塚井は兼ねてからの疑問を口にした。
塚井の知るヒカルはコンピュータと半永久的に対話できる少女だ。
壇上で脚光を浴び、踊りと歌唱を披露するようなタイプではなかったはずだ。それほどの転向を見せたヒカルの心の変化を知りたかった。
「高校デビューしてモテモテになりたかっただけ」
「トランジスタは私のあしながおじさん。卒業文集のタイトルで担任を困らせた過去を持つ君が、そんな理由でアイドルに志願するとは思えない」
「塚井、嫌い。人の過去を掘り返す悪人」
ふざけた返事に綺麗なカウンター受けたヒカルは、悪態をつきながらも観念して素直に答えた。
「未知のコンピュータウィルスを追っている。そのためには十二学区での地位向上によるアクセス制限の解放が不可欠だった」
「それで、成果は?」
「捜索範囲が学級文庫から国立図書館並みに拡大した。情報が膨大すぎてとてもじゃないけど調べきれない」
ヒカルは作業の手は止めず、世間話程度の感覚で返す。
表情にこそ出さなかったが、付き合いの長さから裏で相当な作業量をこなしていると塚井は推察した。
「君の力を駆使すれば権限などなくてもハッキングは可能だろ?」
「難しいけど不可能とは言わない。ただ、面白半分で本当の機密情報に触れてしまったとき、私はここにいられなくなる。今の権限で開示されている情報に目も通さずにリスクを取る必要がない」
「つまり、欲しい情報が見つからなかったら強硬手段も辞さないと言うことじゃないか。僕はやっかいなことを聞いてしまったようだ」
「何かあったとき真っ先に消されるぼっちの塚井。かわいそう」
「僕はトカゲの尻尾!?」
談笑ながらの作業も間もなく手詰まりを迎えた。
ぐぬぬぅ、と声に出して唸るヒカルを宥めながら塚井が休憩を提案した。
間食を交えながら、話題はエレメントにおけるヒカルのことに変わった。
「アイドルという観点で見た場合、私は他のメンバーの誰よりも劣っていて、動機も不純で不真面目」
「求める結果への必要過程なら間違いではないだろう? 少なくともヒカル君がステージの上で手を抜いているとは思えない」
ヒカルの悲観でも否定でもない自己分析に、塚井はキョトンとした顔の後、ファンの一人てして忌憚ない感想を述べる。
「でも、機械的だの、ロボットみたいだの、陰で言われていることは周知している」
「ヒカル君には熱意があるだろ? 通電するだけで淡々と稼働するロボットには存在しないものだよ」
「君は、たまにだがとても良いことを言う」
塚井の言葉、エールにヒカルは目を丸くする。
唸り声を上げていたときとは打って変わって、キーを叩く音が軽快になった。
塚井が帰った後もヒカルはしばらく預けられたメモリーカードのデータ解析を続けていた。
しかし、結果はほとんど不発。試したツールは数しれず、湖の水をスプーンで排水する方が早く終わるのではないかと考えてしまうほど悪戦苦闘していた。
逆を言うとそれくらい夢中になっていた。
時刻は深夜の一時。
美容の維持もアイドルとしては大切な仕事だ。若さに胡座をかいていたら年を取って苦労するとマネージャーの大賀ルシアに言われたことを思い出し、作業を切り上げることにした。
軽めのシャワー済ませ、鏡に映る自分を見ながら、日中の塚井との会話を思い出す。
『確かにそれなら、ヒカル君。君にも――』
『私の両親は健在』
『でも、あ……無神経だったよ。済まな……』
『姉は死んでないっ! どこにいるのか、分からないだけ……』
塚井の気遣いに反発したくて咄嗟に声を荒げてしまったが、詮無い願いだった。
鏡中の自分から現在の姉の姿を想像しようとした。
(お姉ちゃんなら今も髪が長いままなのかな。私には……似合わない)
しかし、思い浮かぶのは十年前に途切れた姉の姿。自分と同じブロンドの髪を有した、男勝りな性格なくせに長い髪が似合う女の子。
「生きているよね? お姉ちゃん……蛍ちゃん」
少女、皆本光は姉の名前をそっと呼んだ。
ヒカルは塚井をリビングに通すと、そのままパソコン前に誘導する。
「ん、件のデータとやらを預かろう」
ヒカルは手を差し出しながら無意識に小さく笑みを零す。パソコンの前の置物と言うには自然な笑みだが、やはり本人は自覚していない。
そんなヒカルの何気ない動作に応じようとして、塚井は気付く。
「って、要件をしっかり覚えているじゃないか!?」
「あ……塚井、今日はなんの用?」
うっかりボロを出したヒカルは、手を引っ込めながら白々しく聞き直す。
付き合いの長さから、塚井は肩を竦める。ヒカルの茶目っ気に辟易しつつ、ポケットからメモリーカードを取り出した。
「まったく、ヒカル君には敵わないなぁ」
忙しいヒカルの都合を鑑みて、三日前から約束を取り付けていたのだ。
そして、手渡したメモリーカードの中には魔力測定デバイス、ソクラテスが記録したデータが入っている。
塚井の訪問理由は、そのデータ内に紛れ込んだ謎の魔力の解析である。
自力での解明も試みたのだが、力及ばず断念した。責任者である教授は海外出張のため頼ることができない。
直接研究に携わっていないヒカルに頼むことは本来御法度である。しかし、謎の魔力の素性への探究心を抑えられなかったこと、信頼の置ける優れた技術者が身近にいたことが塚井を行動に至らせた。
そして、同じくらいソクラテスの性能の高さ、自分たちが生み出した英知の結晶の真価を証明したかったのだ。
ヒカルはメモリーカードを受け取るとパソコンの前に座り、手際よく作業を始める。
と言っても、解析ツールを潜らせて結果が出るまで待つだけ。
手抜きをしているわけではなく、現時点で出来ることがこれだけなのだ。
「……遅い」
「五秒くらいしか経ってなくはないか!?」
「待たせすぎ。ぶっ壊したくなる」
「淡々としているクセにせっかちで物騒なのは相変わらずだね!?」
待ち時間と言うには余りにも短い時間を経て、ディスプレイに結果が表示された。
しかし、用いたツールが出した芳しくない返答に、ヒカルは無言でディスプレイを睨む。
「塚井。残念ながら今すぐは分かりそうにない。このデータ、少し借りてもいい?」
「それは構わないが、そうか……ヒカル君を持ってしても分からないのか」
「む、すぐには分からないと言った」
残念そうに肩を落とす塚井とは対照的に、ヒカルの眉がつり上がっている。塚井の落胆はヒカルへの熱い信頼と過度な期待が原因だが、当のヒカルは見くびられたと思っている。
今使ったのはAIを駆使した他言語にも対応した自作の解析ツールだ。余程のことがない限り、何かしらの答えを導き出してくるはずだった。
それが何の答えも生まないまま『unknown』と返事をしたのだ。
ソクラテスが何らかの情報を感知したまでは分かったが、ヒカルの解析ツールでも読み取ることが出来なかった。
塚井の前では不機嫌を晒してはいたが、その反面、未知という強敵を前に探究心をくすぐられていた。
「ソクラテスの魔力の検出方法を教えて欲しい」
「どうしても必要なのかい?」
いきなり研究の核を教えろと言われ、塚井は言葉を渋った。
「ソクラテスは僕たちが手塩にかけて作り上げたもので……」
「ふーん。それで魔力の検出方法は?」
「小さな頃からの悲願だったんだよ! おいそれと仕組みを開示するなんてことは――」
「ふーん。それで魔力の検出方法は?」
ヒカルは同じ表情で同じ言葉を復唱する。
この後、同じやり取りを三回繰り返し、塚井が口を割った。
「ふふっ、さっさと吐けば苦しまずに済んだものを」
「悪役っぷりが板に付いているね……」
「君の話が長くてしつこいのが悪い。私じゃなかったらとっくに見捨てられている」
身も蓋もないことを言う割にヒカルの声は弾んでいる。
「仕方がないではないか。腹を割って話せる人物が君しかいないんだから」
「友達がいない塚井……かわいそう」
「信頼しているって言う意味なのだが!? 小等部からの仲だろ!? うわ、本日一番のすっごい嫌そうな顔!?」
華麗なブラインドタッチを決めながら、無言で嫌そうな顔をするヒカル。
しかし、塚井の表情に、ヒカルはしまったと改める。
少しナーバスになった塚井はぶつぶつと昔話を始めた。
「仕方がないじゃないか……両親を事故で亡くして、三歳から小学校に上がるまでは十二学区の孤児園にいたんだ。気を許せる仲間なんて」
「それは知ってる。君が過去をバネに頑張っていることも。立派だと思うし、誇っていい。ただ、あまり悲観的に語っていると亡くなった両親が浮かばれない」
ドライな考え方ではあるがヒカルなりの思いやりだった。
「うっすらと両親の顔は覚えているさ。確かに落ち込んで俯いている僕を見て天国の二人が喜ぶはずがないね」
「身勝手なオカルト。でも、故人が自分のことを天から見ているという考え方は残された者にとっては救いになる」
オカルトと揶揄しつつ、ヒカルも当事者として重みを理解していた。
「確かにそれなら、ヒカル君。君にも――」
「私の両親は健在」
「でも、あ……無神経だったよ。済まな……」
「姉は死んでないっ! どこにいるのか、分からないだけ……」
ヒカルは食い気味に声を張り、妙な気を遣った塚井の声を遮る。
一秒で矛盾しているが、人の心とは理屈で解ける物ではない。
自分の姉が死んでいると思っていても、頭の何処かでは存命を諦めていない。
「気持ちは理解しているさ。でも、巻き込まれた事件が事件だ。余りにも望みが薄い」
「塚井、嫌い。君の要件は末代まで後回し」
ぷいっと顔を背けるヒカル。しかし、怒りからではなく、意地悪な物言いをされて拗ねているだけだった。
「ええ!? 頼むよぉ! 他に頼める人がいないんだ!」
「ふふっ、己の人望のなさを悔いよ」
「人望って、君ほどの英才、学区を跨いだところでいやしないだろ!?」
他に当てがなく縋る塚井と、ニヤッと黒い笑みを浮かべるヒカル。ヒカルの言葉に塚井はグサッと胸を抉られ、仰け反る。
頼みごとをする塚井と、それをにべもなく振り払うヒカル。
付き合いの長い二人の間には良くある構図だった。
「しかし、ヒカル君。なんでまたエレメント、詰まるところアイドル活動を始めたんだい?」
ヒカルのいじりに耐え、復活した塚井は兼ねてからの疑問を口にした。
塚井の知るヒカルはコンピュータと半永久的に対話できる少女だ。
壇上で脚光を浴び、踊りと歌唱を披露するようなタイプではなかったはずだ。それほどの転向を見せたヒカルの心の変化を知りたかった。
「高校デビューしてモテモテになりたかっただけ」
「トランジスタは私のあしながおじさん。卒業文集のタイトルで担任を困らせた過去を持つ君が、そんな理由でアイドルに志願するとは思えない」
「塚井、嫌い。人の過去を掘り返す悪人」
ふざけた返事に綺麗なカウンター受けたヒカルは、悪態をつきながらも観念して素直に答えた。
「未知のコンピュータウィルスを追っている。そのためには十二学区での地位向上によるアクセス制限の解放が不可欠だった」
「それで、成果は?」
「捜索範囲が学級文庫から国立図書館並みに拡大した。情報が膨大すぎてとてもじゃないけど調べきれない」
ヒカルは作業の手は止めず、世間話程度の感覚で返す。
表情にこそ出さなかったが、付き合いの長さから裏で相当な作業量をこなしていると塚井は推察した。
「君の力を駆使すれば権限などなくてもハッキングは可能だろ?」
「難しいけど不可能とは言わない。ただ、面白半分で本当の機密情報に触れてしまったとき、私はここにいられなくなる。今の権限で開示されている情報に目も通さずにリスクを取る必要がない」
「つまり、欲しい情報が見つからなかったら強硬手段も辞さないと言うことじゃないか。僕はやっかいなことを聞いてしまったようだ」
「何かあったとき真っ先に消されるぼっちの塚井。かわいそう」
「僕はトカゲの尻尾!?」
談笑ながらの作業も間もなく手詰まりを迎えた。
ぐぬぬぅ、と声に出して唸るヒカルを宥めながら塚井が休憩を提案した。
間食を交えながら、話題はエレメントにおけるヒカルのことに変わった。
「アイドルという観点で見た場合、私は他のメンバーの誰よりも劣っていて、動機も不純で不真面目」
「求める結果への必要過程なら間違いではないだろう? 少なくともヒカル君がステージの上で手を抜いているとは思えない」
ヒカルの悲観でも否定でもない自己分析に、塚井はキョトンとした顔の後、ファンの一人てして忌憚ない感想を述べる。
「でも、機械的だの、ロボットみたいだの、陰で言われていることは周知している」
「ヒカル君には熱意があるだろ? 通電するだけで淡々と稼働するロボットには存在しないものだよ」
「君は、たまにだがとても良いことを言う」
塚井の言葉、エールにヒカルは目を丸くする。
唸り声を上げていたときとは打って変わって、キーを叩く音が軽快になった。
塚井が帰った後もヒカルはしばらく預けられたメモリーカードのデータ解析を続けていた。
しかし、結果はほとんど不発。試したツールは数しれず、湖の水をスプーンで排水する方が早く終わるのではないかと考えてしまうほど悪戦苦闘していた。
逆を言うとそれくらい夢中になっていた。
時刻は深夜の一時。
美容の維持もアイドルとしては大切な仕事だ。若さに胡座をかいていたら年を取って苦労するとマネージャーの大賀ルシアに言われたことを思い出し、作業を切り上げることにした。
軽めのシャワー済ませ、鏡に映る自分を見ながら、日中の塚井との会話を思い出す。
『確かにそれなら、ヒカル君。君にも――』
『私の両親は健在』
『でも、あ……無神経だったよ。済まな……』
『姉は死んでないっ! どこにいるのか、分からないだけ……』
塚井の気遣いに反発したくて咄嗟に声を荒げてしまったが、詮無い願いだった。
鏡中の自分から現在の姉の姿を想像しようとした。
(お姉ちゃんなら今も髪が長いままなのかな。私には……似合わない)
しかし、思い浮かぶのは十年前に途切れた姉の姿。自分と同じブロンドの髪を有した、男勝りな性格なくせに長い髪が似合う女の子。
「生きているよね? お姉ちゃん……蛍ちゃん」
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