終末学園の生存者

おゆP

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第三章

『爪痕』(1)『絵』

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1.
 夜ノ島学園、十二学区。
 矢じり形の半島に開いたすり鉢状の広大な土地に詰め込まれた科学と魔力の都市。
 その南端の共有区画、パレット。
 数多の商業施設が立ち並び、十二学区の住人たちの衣食の確保の場所として重用されている。
 学区同士の競争が激しい十二学区において、自由に出入りができ、広場や公園と言った憩いも提供する数少ないエリアである。
 共有区画と言えば聞こえは良いが、同時に学区の内部、外部の人間が入り交じるある意味で無法地帯。
 出入りの容易さが無法の交差を助長しているのは言うまでもないが、窮屈な学区間の衝突を緩和する意味では必要不可欠な場所である。
 そして、そんな自由と無法の巷は脅かされていた。
 昨晩、稀代の大事件の舞台となったパレット。
 第六学区のとある研究施設への侵入を端に発した此度の騒動は、終始奇妙極まりなかった。
 侵入者は二名。
 それも、謎の装具により所属は愚か、性別さえも不明。
 事件が夜間であったことで捜査が滞り、日の出と共に露わになった惨状が驚愕をもたらした。
 主戦場となったパレット市街地の有様は惨憺たるもので、多数の建築物、施設に激しい戦いの爪痕を残していた。
 侵入者の捕縛に『戦犬隊せんけんたい』が当たったのだが、悉く撃退され人的被害も甚大なものとなった。
 十二学区の警備を担い、事件を収束させる立場が被害者になる事態は大きな波紋を呼んだ。
 情報の統制はされたものの漏洩は避けられず、情報化社会の悪しき側面とも言える伝達の早さで、混乱と共に拡散された。
 管轄的にも、事件的にも面倒な側面を多く含む今回の事件に誰もが迂闊に手を出せずにいた。
 そんな面倒な現場に自ら首を突っ込む、奇矯な振る舞いを見せる者がいた。
『戦犬隊』隊長、鮫崎華子さめざき はなこである。
 主要人員の大半を魔人で構成させた十二学区の治安部隊、『戦犬隊』の全権を掌握する鮫崎。
 プラチナブロンドのミドルヘアーを雑多に踊らせ、鮫のような鋭利な歯を覗かせる軍服の女性。一際目を引くのは、その側頭部。空想上の生物を彷彿とさせる雄々しい角を有している。
 魔人と呼ぶには美麗で、人魔と呼ぶには角が邪魔をしている、区分に困る存在。両者の中間、あるいは上位にも見えるが、区分は魔人である。
 魔人とは魔力による影響を体に受けた存在であり、反対に人魔は体内に魔力を宿した存在である。
 鮫崎は『戦犬隊』を統括する者として、隊の失態の尻拭いと部下の死地となった場所を弔いのために訪れていた。
 危険が伴う警備の仕事とは言え、死者が出ること自体が極めて希なのだ。加えて、報告だけでは理解しきれないほどに不可解な部分が多すぎた。
 本来、『戦犬隊』の業務は警備のみで、事故後の見聞や捜査は警察の管轄である。
 捜査の邪魔を避けるためにも、『戦犬隊』が足を運ぶことはあまりない。
 それらの事情を押してなお、鮫崎は足を運ばざるをえなかった。

「ご苦労さん」
「ここは、立ち入り禁――し、失礼しました!」

 鮫崎が軽い労いを込めて声をかける。
 一般人と勘違いしたのか、見張りの警官が分かりやすく態度を翻した。直接の面識はない警官だったが、目立つ風貌から噂程度には鮫崎のことを知っていた。
 鮫崎は構わんよ、と軽く手で制すると、規制線を潜り事件現場に踏み入れた。

「現状はどこだ? 規制されている割にこの辺は無事なようだが」
「いえ、ここで合っています」
「?」



 鮫崎は何を言っている? とでも言いたげに首を傾げる。すると警備の男は説明もせず、すぐ後ろのショッピングモールの建物を仰ぎ見る。
 鮫崎が釣られて視線を上に移すと細い光の筋が見えた。
 窓の隙間から中の明かりが漏れているのかと思ったが違う。建物の反対側から差した光が、建物を貫通して細い隙間から見えていた。

「……っ、これをやった賊はどこに?」
「空を飛んで逃げたそうで、足取りは分かりません」

 鮫崎は言葉を詰まらせ、
 警官に捜査状況を尋ね、
 その返答に険しい表情を作る。
 警官への不満ではなく、現場に来れば何か有益な情報を得られると踏んでいたのだ。
 恐らく表情に出てしまった落胆を奥に仕舞い、この場で破壊手段や犯人像を断定するのは無謀と判断した。

「他に手がかりは?」
「目撃証言集めに奮闘していますが、有力なものはまだ……それどころか面白半分で過剰に煽るものが多く、非情に難航しています」

 通常なら『戦犬隊』と言えど、警察が保持する捜査内容は秘匿となる。しかし、今回は被害状況の大きさ、『戦犬隊』にも被害が及んだことから、限定的に開示が許可されていた。
 警官はやや聞きづらそうに口を開いた。

「鮫崎隊長」
「なんだ?」
「大変伺いづらいのですが、負傷した隊員達の容態は?」
「部下たちは改造手術中・・・・・だ」

 鮫崎は忌々しげに吐く。
 怒りや苛立ちではなく、単に納得がいかないことへの不平が顔に出ていた。

「あ、義肢の移植手術ですね」
「そうだ」

 皮肉を正しく言い直され、鮫崎は面白くなさそうに顔を顰めた。
 昨晩の戦闘で多数の負傷者を出した『戦犬隊』の隊員。主な外傷は単純な切り傷、火傷だが、負傷者の中には四肢を切断された者が多数含まれていた。
 運良く切断部位を持ち帰れた者は普通の外科手術により一命を取り留めたが、それ以外の隊員は欠損部位を補うための義肢移植手術を受ける羽目になったのである。

「第九学区の開発した人工四肢は精度が高いですから、安心ですね」
「施術後にリハビリすれば日常生活は出来るようになるらしい」

 部下の四肢を奪われた怒りが、救済の手で静まることなどありえない。
 鮫崎の不平の理由は他にある。

「あ、でも『魔道義肢エクスマキナ』は魔力を動力にしていたのでは?」

『魔道義肢』とは主に人体を模した魔道機(デバイス)全般の呼称で、ロボットアームやマニュピレーターもこれに属する。
『魔道義肢』の作成を行う学区は複数存在するが、医療方面に力を入れているのは第六学区と第九学区である。
 中でも溝黒みぞくろ率いる第九学区のチームは義四肢移植手術のプロ集団で十二学区内での評価は高く、功績も多い。

「それがご丁寧なことに、動力をバッテリーに差し替えれば魔人にも移植可能なんだとよ」
「良いことではないのですか?」
「本来、魔力を扱える人魔向けの装備を、わざわざ無駄にコストをかけて魔人向けに改修したってことだ」

 警官の率直な疑問に、鮫崎は面白くないどころか唾棄するように言い放った。
 魔人への手厚い扱いが返って気に入らなかったのだ。
 どうあっても魔人に『魔道義肢』を使わせたいと言う強くも、歪んだ意志を感じた。
 
「やはり、良いことなのでは?」
「いいもんか。お蔭で俺の部下の機械化が順調に進んでしまっている。その上、第九学区に変な借りを作る羽目になるし……」

 普段から『戦犬隊』を束ね、武力を統制することしかしていない鮫崎には、その先の不満をうまく言葉にできなかった。
 それでも、普段の彼女なら訳の分からない学区の病院などに大事な部下を預けたりせず、自分の人脈を頼る。
 その当ても枯渇するほど、状況は悪かった。
 義肢の話が渡りの船だったことは事実だし、部下の治療は歓待すべきだった。

「あの死神め、楽しそうに引き受けやがって、作った義肢の性能を試したくて仕方がないって顔だった!『魔道義肢』の試験に使える、都合のいい被検体としか見てなかった!」

 鮫崎は当時の状況を思い返し、手近な石ころを八つ当たりで蹴り飛ばしながら声を大にする。
 第九学区の死神こと、溝黒みぞくろは死屍累々、阿鼻叫喚の坩堝と化していた、困窮する病室に突如として現れたのだ。

『サメちゃ~ん。随分、お困りのようだ』
『どこからしゃしゃり出てきやがった、この死神野郎!?』
『人聞きがわるいな。僕は溝黒。呼ぶときはゾクゾクさんと呼んでくれ』
『呼ぶかバカッ! 人の死に目にばっかり現れては、わけわかんねぇ義肢を、売りつけにきやがる、死神と言って遜色ないだろ』
『そりゃ、四肢を失った被検体……患者が商売相手なら死に目に現れるのは必然だ。まぁ、困っている時は、お互い様・・・・ってことで』
『てめぇ、今被検体って言ったの聞こえたぞ!』
『ウヒヒ、どうだったかな? でも彼らを助けたいだろ? まぁ、嫌なら他を当たるんだ。ほら、一応、カタログ。目を通すくらいしても罰は当たらないだろ?』

 鮫崎には溝黒の救済者の手が、好奇心に汚れた魔手に見えた。
 しかし、手足を失い病室でもがき苦しむ部下達を前に何も出来ない事実が、部下を魔手に委ねる決断をさせてしまった。
 断腸の思いだった。

「俺の部下をモルモットと勘違いしてやがる。妙なことしやがったら第九学区の施設ごとぶっ殺してやる」
「ハハハ……、確かにその節はあるかも知れませんが、手足を取り戻せるなら」

 鮫崎の冗談に聞こえない脅しに苦笑いしつつ、警官は鮫崎の怒りを宥めようとして、踏み止まった。
 単純な怒りではない、苦虫を噛み潰したような、複雑な表情をしていたからだ。

「……あいつらもあいつらだ」
「?」
「痛いだの死ぬだの、のたうち回っていたのに……義肢のカタログを見た途端、手のひらを返しやがったんだ」
「どう言うことですか?」

『戦犬隊』の隊員が担ぎ込まれたとき、病院は本来の機能が麻痺するほどの惨状に見舞われていた。
 さながら、怪我人で犇めき合う野戦病院のような状態だったと鮫崎は当時を振り返る。
 しかし、それが『魔道義肢』のカタログに目を転じた瞬間に激変したのだ。

『おい、見ろ! みんなっ!』
『な、なんだよ……』
『義肢のアタッチメントに――ドリルが脱着できると書いてあるぞ!?』
『――何だとぉ!? 見せてみろ! ほ、本当だ!? ドリルだ! ドリルが俺たちの手に!!』
『ええい、馬鹿ども静まれ! いらないだろ、そんなもん!』
『『ええぇ!?』』
『辛さは痛いほど理解できる。乱心するのも無理はない、忸怩たる思い出はあるが、この手術を――むぐぅ!?』

 しかし、興奮状態の隊員たちの騒ぎに上官、鮫崎の声は儚くも散った。

『早く! カタログを見せろ!』
『そこはもう見た! 早く次をめくれ!』
『馬鹿、焦らすな! 俺は両腕がないんだぞ!?』
『うるせぇ! 変なところで張り合うな!』
『すげぇ、ドリルだ! 両腕を換装してツインドリルだ!』
『フォー!』
『俺からだ! 俺が一番に手術する!』
『こっちにもよこせ! 俺は両足がなくて見に行けないんだ!』
『ええいっ! カタログを人数分発注しろ!』

 怨嗟と苦悶の声で満たされていた病室内が、修学旅行の枕投げの賑わいにまで昇華したのだ。

「ドリルを見せた途端、痛みに悶えていたヤツは愚か、死んだように動かなかった連中までもが飛び起きやがった」

 鮫崎の弁は、不可解な現象に遭遇したことに対する愚痴に近かった。
 そして、苦虫を噛み潰したような複雑な表情は苦肉の策として受け入れた改造手術に対して、狂喜乱舞した部下たちの異常極まりない反応にあった。
 当然、話すからには聞き手である警官に同意を求めていた。
――しかし。

「失礼ながら、鮫崎隊長」
「なんだ?」
「隊長がいかに優れていようとも、女性。ドリルの素晴らしさを理解できないのも、理解できるのでありますのます、でございます」
「馬鹿にしてんのか、しどろもどろなのかはっきりしろ。語尾が呪文みたいになっている」
「ドリルは男のロマンです。そのロマンが両腕に宿る。それを聞いて元気にならない男はいません。活力になることに何の疑いも介在しません」
「お前もドリルの肩を持つのか!?」

 隊員たちの異常な反応への共感を求めていたのだが、警官の応酬に思わず目を見開いた。

「確かに、両親より授かった両手をなげうってまで欲するかと言えばノーですが、失った腕の代償として新たに手に入る腕がドリルとあらば、隊員たちの喜びは万感のものでしょう」

 熱論に鮫崎は言葉を失う。
 人魔と魔人が入り混じる十二学区の中、種族を無視した単純な男女の価値観の違いに打ちのめされていた。

「手術が成功した際は是非、快気祝いに伺わせていただきますます!」
「お前、ドリルが見たいだけだな!?」

 角を有した魔人『戦犬隊』隊長、鮫崎華子のドリルに対するツッコミが事件現場で木霊した。
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