終末学園の生存者

おゆP

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第二章

第23話 紫電の救援者(2)『絵』

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2.
 ホタルは躊躇なく廊下の窓から空中に飛び出した。
 ぶわっと梅雨の熱気を全身で受け止め、月明かりを浴びながら、校庭を囲む鉄柵に狙いを定めて指を弾く。
 自らを磁石と化し、吸着することでほとんど真横に運動場の上空を横切り、バックネットを這うように上空に舞い上がり、支柱のてっぺんに降り立つ。
 その姿と軌道は直角に走る雷だった。

(どうする?)

 小さな電灯の光だけが、ポツポツと点在する深夜の夜ノ島学園周辺を見下ろしながら考える。十二学区まで直線距離で飛ぶことが出来ればいいが、間には大きな山肌がある。電柱等の人工物を頼れば山中でも磁力を用いた飛行術も不可能ではないが、安定しない上にこの暗さでは危険が増す。万が一、能力の対象にする金属類を見失えばそのまま落下して大怪我は免れない。
 駅に行ったところで時間帯を鑑みるに、電車が来るとは思えない。

「電車? そうか、あそこなら!」

 今のホタルにとって駅は、都合よく金属が敷かれた場所だ。
 ホタルは支柱から身を躍らせると、いくつかの媒介を経て駅前の巨大な鉄塔に目がけて指を弾く。
 先日十二学区を訪ねた際にもお世話になった鉄塔である。
 ホタルは鉄塔の中腹に着地すると、反発力を操ってマンホールの上にふわりと降り立つ。
 地上への回帰に安堵する間もなくホタルは駅に向かって駆け出し、改札を飛び越え、念のため時刻表を確認する。

「よし。この時間帯は、電車は来ないようだ」

 通常とは逆の確認を済ませたホタルはホームを駆け抜けると線路の上に飛び降りた。
 そして、十二学区へと続くレールに足を乗せ、呼吸を整える。

(できるか、私に……)

 咄嗟に思いついたのはいいが、ホタルには経験がない能力の使い方だった。急場において閃きだけの策を試す行為は本来、避けるべきである。

『やらなければ能力は開花しないよ。必要なのはトライアンドエラー。試行回数と反復だよぉ?』

 脳裏を過ぎったのは昔かけられた言葉。
 かつての自分は過去への恐れから、率先して能力を使おうとはしなかった。
 意識を集中するために目を閉じ、膝を軽く折り、スケボーに乗っているような姿勢を作った後、電撃を線路に流す。足裏に磁力を集中させ、反発力を調整すると体がふわりと線路から離れた。
 ホタルは手応えにうっすらと笑みを浮かべた。

「人間リニアモーターカーだな」

 あとはバランスを保ちながら吸着と反発を繰り返せば加速するわけだが、ホタル自身はその理屈を理解していない。
 ホタルは感覚でそれらを成し遂げ、線路上を滑るように移動し始める。
 そして、驚異的な加速で銀色の流星と化した。
 生身で受けるには強すぎる風圧だったが、ホタルは耐えられる限界の速さで海岸線を走り抜けた。
 暗闇も孤独も怖くなかった。
 以前は感動に声を上げた波打ち際も、今は闇に飲まれて眺めることは叶わない。
 もとより、そんな余裕などなかった。線路の行く先と磁力の操作に全ての意識を集中させていた。
 しかし、カーブに差し掛かったところでグンと体に予期せぬ負荷がかかる。

(しまった!?)

 減速せずにカーブに突入したことで遠心力が加わり、吸着力と反発力のバランスが崩れ、ホタルは空中に投げ出された。
 あわや線路に叩き付けられる寸前で体勢を立て直すも、勢い余って線路脇の茂みに頭から突っ込んだ。

「くそぉ!」

 ホタルは苛立ち混じりで茂みから顔を出すと、再び線路に戻る。
 失敗を嘆く時間も、悔いる時間も惜しい。
 一刻一秒を十二学区への到達に充てたかった。
 カーブを慎重に走破し、再加速しながらレールに沿って山の裏に回り込むと途端に自然物の欠いたエリアに変わる。

(見えた!)

 ホタルが迷わず直進すると、以前来たときと同じ、すり鉢状の巨大な敷地が眼下に広がる。
 展望エントランスがある駅へと延びるレールに別れを告げ、ホタルは大きく飛び上がると十二学区の広い敷地へ向けて体一つで舞う。
 眼下に広がるのは、科学と魔力で生み出された全貌さえ分からない巨大な要塞。
 ホタルの姿は巨悪に一人で挑む戦士の勇敢さと言うより、奈落への身投げ。
 ホタルは『白檻』を纏い、雄々しく翻すと、戦闘機のように降下を開始し、同時に『迷彩』を使い、自身の存在を隠蔽する。
 落ちていくことで急速に迫るビル群の屋上を前に、一切の恐れはない。

「エンチャント!『雷王』!」

 気迫の声に呼応してホタルの手に生まれたのは、紫電を纏った雷剣。

(――待っていろ、御波! 今から迎えに行くから!)



 心からの叫びだった。
 感情が爆発し、力が昇華する感覚がホタルを満たす。
 それは覚醒などではなく、既存の力の応用で、想像の外の起用法でしかない。言わば『やってみたら意外と出来た』程度の些細な現象。
 しかし、ホタルはそうは思わなかった。
 願いを叶えるための希望の力に思えた。今なら不可能を成せると確信できるほどに。
 結果としてホタルの力は増大し、十二学区の上空で開花する。
 異国の空で初めて翼を広げる怪鳥のように。
 磁力の翼を広げて、周囲の金属を掌握すると滑るように空中を移動し始める。
 吸着によって自らを引き寄せる強引な飛行ではない。
 眼下に建ち並ぶビル群をさっきのレールのように扱うことで自らを浮遊させているのだ。
 この土壇場でホタルは自分の能力の有用性を拡充させ、進化していく。
 今のホタルは宙を飛ぶ波打つ人影にしか移らず、発する魔力も全て外部から感知できなくなる。
『迷彩』の発動で魔力を感知する機器を掻い潜る。その様はレーダーから機影を消失させるステルス戦闘機。
『白檻』とホタルの能力が合わさることで完成する、感知不可能な高速移動が実現する。
 箒を持たずに飛ぶ魔女のように、優雅で妖しく十二学区の上空を支配する。
 透哉と湊と食事をしたオープンテラスや、練り歩いた商店街を眼下に望みながら、真っ直ぐ吸い寄せられるように飛び続ける。
 理由の分からない感情がホタルを前へ前へと突き動かした。
 実は、目的地は未だにはっきりと分からない。
 先日十二学区に訪れた際に感じた、匂いと気配という曖昧な物を頼りに自分をたぐり寄せている。
 可能性は他に山ほどある。
 しかし、ホタルは一直線に向かい、意図せず第六学区の上空に侵入した。
 勘違いかもしれない、と言う一縷の望みは眼前に現われた巨塔に打ち砕かれた。
 それは上層階と下層階で大きさが異なる風変わりのビル。まるで病院とマンションを上下に積み重ねたみたいな生活感と実務感が混在した建物だ。

(あった……本当に)

 幼少期に連れてこられ、つい一年と数ヶ月前まで自分が出入りしていたメサイアの施設の地上部分。
 夜の闇の中、月明かりで影を作った妖しげな姿は巨大な墓石にも見えた。
 今の自分を作り出した忌まわしき場所。
 ホタルは覚悟と共に奥歯を噛み締める。ここにだけには居て欲しくないと言う、負の願いを連れて、落ちるように急降下する。
 反発力を調整し、弾むように着地すると磁力操作を切り、ホタルは巨塔の入り口に立つ。
 本来なら専用のパスカードとセキュリティコードを提示する必要があるが、生憎持ち合わせていない。仮にあったとしても来訪を中の者に知らせる必要はない。
 ホタルはコントロールパネルに手を当てると軽微の電撃を加える。
 普通の電子機器ならこれだけで破壊できてしまうが、十二学区における機器の大半は魔力干渉にも備えがある。
 しかし、これがホタルにとっては好都合だった。逆に占領して解錠を促す。
 数秒で入り口を解錠すると迷わず飛び込んだ。
 ついでにセキュリティにも潜入して監視カメラ等を全て停止させてあるため、通路に向けられた監視カメラはレンズの付いた箱になっている。
 二階から上は表向きの研究所と住居スペース。
 地下は演習場と裏向きの研究所。
 地表を境にまるで世界が違う機関が混同している。
 そして、ホタルが侵入した一階は基本的に受付しかなく、この時間は無人なのだ。
 監視の目が死に、ただの廊下と化した通路を走り抜けると、突き当たりの関係者専用の通用口の扉を押し開ける。
『雷王』で物理的に壁を撤廃して直線距離で進む方が早いのは言うまでもないが、出来るだけ感づかれるまでの時間が欲しい。
 セキュリティが麻痺している間に確認を済ませ、空振りなら即離脱して他を当たるつもりだった。
 ただ、今のホタルにはこの建物以外の当てはなかった。
 外れだった場合は広大な十二学区の中を闇雲に散策するか、手ぶらで逃げ帰るしか選択肢がない。
 非常階段を駆け下りながら不審に思う。セキュリティは麻痺させているとは言え、気付かないはずがないのだ。

(あの人がいない? 泳がされているだけか?)

 ホタルがセキュリティに干渉したのは、一般の研究員や警察への通報を防ぐためだ。
 もう地下五階まで降りてきているのに、気配は感じないし、耳に付く音は自分が階段を下る音だけだ。
 それでも、止まるわけにはいかなかった。
 闇に囚われる少年を救うまでは、
――決して。
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