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第二章
第22話 機械仕掛けのシンデレラ(4)
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4.
肌がヒリつく。
身を隠した建造物の一階階段を背に、透哉は息を吐く。
容赦なく発砲してくるアカリたちの銃撃を、時に『雲切』で弾き落とし、時に建物を盾に受けながら、逃げ延びてきた。
設置された建造物に入って分かったことだが、これらはあくまで障害物。家具等の生活感を出す煩わしい物はなく、扉と階段こそあるものの、中身は完全に空で、綺麗な廃屋と言い換えるのが正しい。
けれど、所々に黒いシミや弾痕があった。そんな使用の痕跡に目を奪われていると、周囲の気配に動きがあった。
透哉を中心に雑踏が集束を開始していた。
(このまま隠れていても袋叩きか……)
重複した発射音と、銃撃がバリバリと外壁を削る音を聞きながら、反対側の窓から外を盗み見る。
しかし、一秒も経たずに弾幕の応酬に遭い、即座に身を屈めた。ガラスを紙切れのように吹き飛ばし、銃撃は屋内の壁に突き刺さる。
透哉は出来たての弾痕を見て息を飲む。まるで切り取り線のように描かれた等間隔の弾痕から射撃レートの異常さが浮き彫りになる。最初の射撃とは明らかに異なる銃の性能に透哉は冷や汗をかく。
散発的な射撃ならば見て避けて残りは『雲切』で弾くと言った防御が出来るが、壁に線を描くレベルの銃撃は話が変わる。
銃撃の密度、近寄ってくる足音の方向を考慮し、ここらが籠城の限界と判断した透哉は包囲網が完成する前に建物から飛び出した。
するとセンサーで感知したように全アカリがピクンと同じタイミングで反応を示す。
例外なく同じ装備に身を固めたアカリたち。個としての特徴はなかったが、連携を組むことで陽動役、追撃役と言った行動自体には差があった。透哉が逃げたからと言って馬鹿正直に背後から追わず、散開して退路を遮断する動きをしていた。
アカリたちの動向はここに至るまでに分かったことだ。ヘルメットの中身がアカリだと気付き、動揺したが今は冷静に現状把握に務めている。
追撃を見切ろうと銃口の動きを注視していた矢先、アカリが脱力したように地面に伏した。しかも、並んで射撃をしていた一集団全員が同時にである。
(なんだ? 転んだ?)
射撃姿勢を変えるため、もしくは銃器の調整のためかと思ったが、いずれも違うらしく動きがない。
まさか、全員が同時に魔力を使い尽くして既に事切れているとは思いもしない。
気がかりではあったが、新たな足音たちが透哉の意識を奪う。
銃撃を凌ぎながら次の建物に飛び込む。中を通って反対側に出られると思っていたが、用意されてあったのは上への階段のみ。
作りは一般の集合住宅に似ていて、階段を折り返して上がる度に扉が設けられていた。
透哉が階段を駆け上がり始めると銃撃が止み、代わりに下の階から怖いほどに揃った足音が向かってくる。
それは決して統率が取れているからではない。同じ体重、同じ歩幅が奏でる単一の旋律。
屋上への扉を蹴破ると勢いのまま欄干に駆け寄る。高所からの眺望が、周囲の状況を明らかにした。
そこは演習場のほぼ中心。
透哉は敵影に囲まれた脱出不可能な陸の孤島にいた。
追撃者たちの足音はすぐ背後にまで迫っていた。駆け上がってくる足音はおよそ十。
更に、屋上から見下ろした先にはその何倍もの数の人影が徘徊している。いずれも開け放たれたシャッターの奥から次から次へと這い出てくる。整列してゾロゾロと歩く蟻を見てしまったような嫌悪感を抱く。
「く、どうすんだよっ!」
一人愚痴る透哉。
そのとき、向いのビルの屋上の扉が乱暴に開かれ、奥から人影が溢れた。
間髪入れず始まる対岸からの銃撃が、透哉を完全に追い詰めた。
透哉は最後の拠り所として、昇降口の影に隠れた。
万事休すである。
悪化の一途を辿りながらも拮抗する戦況を、殺希は相変わらずのほほんと寝転んで眺めていた。その表情にはどこか期待が込められていた。
その隣、厳密には頭上ではB級映画を前にしたように、湊が酷くつまらなさそうな顔をしている。
「あなたも意地悪なのね。生体魔道砲なんて使わせたら、使用者がどうなるかなんて知っているのに」
「私としては彼の能力や強さよりも覚悟がみたいからねぇ。まぁ、時間制限付きのゲームみたいなものかな?」
「電池が切れて動かなくなるおもちゃを眺めるだけなんてつまらないわ」
苦悶の表情を浮かべながらアカリの銃から放たれる魔弾を避け続ける透哉。
これが映画館なら中座して出て行く寸前である。
「えー、教えるの?」
「このままでは面白くないでしょ?」
湊の行動を察し、今度は殺希の方がつまらなさそうに口を尖らせた。
床をゴロゴロ転がりながら抵抗するカーキコートの〈悪夢〉を尻目に、湊は服の襟を口元に軽く引き寄せる。
ワガママ上司の年甲斐もない駄々っ子振りを見ているようで胸中複雑な気分だ。
「透哉? 聞こえる?」
『――うおっ!? いきなりなんだよ、流耶!?』
「同じことを二度言わせないでくれる? 湊よ」
『それよりどうやって? っと、バカスカ打ちやがって!』
「『白檻』の通信機能を使って音声を同調させているだけよ。外部には聞こえなから気にせず喋って問題ないわ」
爆音と瓦解する音に混ざって透哉の荒い声が聞こえるが、湊は構わず話を続ける。
「随分苦労しているようだから一つ教えてあげるわ。今戦っているアカリの模造品はこの訓練終了後に廃棄処分されるわ」
『――!?』
声にならない驚きを察知しても湊は続ける。
「彼女たちが使っている銃は、生体魔道砲と言って、使用者の魔力を抽出して魔弾として打ち出す代物よ。つまり、使ったら死ぬのよ」
『だったら、今すぐ全部武器を破壊するれば!』
「残念ながら手遅れね。だから、このまま逃げていても殺してしまっても、結果は変わらないのよ?」
透哉の情けない提案に、湊は不快感を示した。
生体魔道砲使用後の処置を聞いて、死ぬことが決まっていて、どうして死ぬかも伝えられた。
その上で救済の手を講じたのだ。
外見が同じと言うだけで慈悲をかけられる模造品に、湊は苛立ちを募らせる。
「この程度ではこの先が思いやられるわね」
『この程度だと!?』
「じゃあ、期待しているわ」
声こそ穏やかだったが、湊は声を荒げて激怒した透哉に対し、憤っていた。
たかが模造品の量産品の存命に揺さぶられる様に。仮に相手が本物のアカリだったとしても自分の命令なら間髪入れず応えて欲しいとさえ思っている。
アカリの家のベランダに足を運んだ際に、本当に建物諸共破壊しておけば良かったと後悔する。
「入れ知恵はうまくいったのかなぁ?」
「さぁ、どうかしらね」
「意外と乙女だねぇ」
「……ふん」
通信を終えた湊の隣で、殺希が興味深そうにディスプレイを見ている。茶化す殺希を黙殺した湊は鼻を鳴らしてモニタリングを再開した。
急な通信に乱されたペースを整えつつも、透哉は依然として防戦一方の戦いを続けていた。
飛び交う銃撃をやり過ごし、追撃してくるアカリたちから身を潜め、反攻のチャンスを窺うでもなく逃げ回っていた。
そんな稚拙な時間稼ぎはモニタリングしていた湊にあっさりと見破られた。湊の呆れた物言いに透哉はピリリと痺れる痛みを覚えた。
その痛みが気付け薬となって透哉の思考に大きく干渉する。
湊の教え通りなら、敵意なく殺意だけを向けてくるアカリたちはこの戦闘を最後に死んで処分されてしまうらしい。
だから、どちらにせよ死ぬなら、と考えてしまう。
処分されるからと言って必要のない暴力を与えて殺したとして、結末は同じだ。
しかし、本心は自分の目の届かないところでひっそりと最後を迎えて欲しいと思ってしまう。
(違う! そういうことじゃないんだ!)
うまく説明が出来ないながらも、透哉は頭を振って否定した。
真っ当な思考でいるなら必要な殺しに横入りして、殺す過程を楽しむような行動は間違いだ。
例え、食肉用に育てられた動物でも。結末が殺されて食べられるとしても。
食べるために育てられただけで、不必要な暴力で苦しめるためではない。
それがたとえ加害者側のエゴだとしても。
(でも――)
透哉は善意を足止めする。
自分が掲げた学園再興の野心。
湊が言った『この先』を考える。
この先自分が行うと決意したことは更に残酷。
そして、殺希には覚悟が足りない、と断言された。
ホタルには倫理観を捨てろと言っておきながら、自分が捨てられずにいることを自嘲する。
ゆっくりと透哉の中で何かが動き出す。
透哉には野心があり、本懐はその成就。
そのためなら何を敵に回すことも厭わない。
そのためなら何が得か迷わず天秤にかける。
結果、殺希と湊に従い要望を受け入れることを優先した。
この場で二人の期待に応えなければ目指す未来が遠ざかる気がしたから。
ここで止まったら前に進めないような気がしたから。
そして、透哉は自らスイッチを切り替えた。
カチリと、聞こえない音を鳴らして、倫理観を持つ物には決して切り替えられない悪魔の分岐を。
食べるためでも、弄ぶためでもなく、過程として処理する。
(俺は――前に進む!)
決断の元、迷いは一掃された。
銃を手に迫ってくるアカリに透明な瞳が照準を合わせる。
刹那。
透哉はアカリの銃が出した発砲音を置き去りにした。
アカリの代わりに虚しい断末魔を上げる銃が、真っ赤な血を浴びて所持者と共に地面に崩れ落ちる。
透哉は振り返らず、僅かに姿勢を落とすと、躊躇という足枷を外した健脚で次の標的に向けて疾駆する。
一人斬り殺したことで薄れた罪の意識が、透哉の足を加速させた。
非常階段から続けて姿を現した追撃部隊をたちどころに片付ける。
その数は九人だった。
手から離れた銃器や切断された部位が階段に打ち付けられる音が連続する。
トマトケチャップの洪水みたいに階段が真っ赤に彩られた。
その惨状に感想を抱く暇は与えられない。
「うおおおぉっ! 『雲切』大切開!」
忸怩たる叫びと共に透哉は『雲切』を水平に凪いだ。
気迫に呼応して刀身を伸ばした『雲切』が向いの屋上で銃を構えた五人の敵影をドミノ倒しのように十個の肉塊に分断した。
屋上から睥睨すると透明な眼光が次の標的を捉えた。
(この建物の周囲に十二人。向こうの屋内に五人、いや、六人)
施設の広さを把握できていない透哉は、設けられた建物を一つのくくりにすることで攻略を決めた。
透哉は屋上の欄干を切り飛ばし、地上へ飛び降りた。
いずこからの狙撃か、落下する透哉を銃撃が襲う。
初段の数発を『雲切』で弾くと後続の魔弾は全て外壁に突き刺さる。
まるでビルの壁面にファスナーを降ろすように弾痕の尾を引きながら、透哉は着地する。
膂力とは裏腹に、極めて静かに運ばれる足からはほとんど足音がしない。
出会い頭、銃を構える前に一太刀で絶命させる。
肉体が崩れ落ち、地面を叩く音さえ耳に入れぬまま突き抜ける。
ビル側面に回り込み、ものの数秒で駆け抜け、ビルの正面に躍り出る。透哉が姿を見せると同時、真横からの発砲音が出迎える。
弾道は二本。
(――二人っ!)
的確に透哉の頭部を狙って放たれた魔弾を『雲切』で払い落とす。
そして、返す刀に力を込め、気迫の一閃。
刀身を一気に伸ばした『雲切』は、ビルの正面に待ち構えていた二人のアカリの足を四本まとめて小枝のように切断した。
突然脚部を失い、バランスを崩したことで照準は乱れ、あらぬ方向へ魔弾が飛び交う。生身のだるま落としと化して崩れ落ちたアカリ。この程度の損壊で活動を止められると思わない。
しかし、透哉はここであることに気付く。今に至るまで全てのアカリたちを一太刀、一撃必殺で絶命させていたせいで気付かなかった。
武装したアカリたちは声を上げない。
どれだけ傷付けられ、痛めつけられても、悲鳴も嗚咽も漏らさない。
足を失っても腹這いのまま銃を構えて透哉を狙おうともぞもぞと動く。その姿に、透哉は哀れみを覚えた。
地面すれすれから放たれた魔弾を透哉はステップを踏む要領で歩幅を変え、容易く回避する。
透哉は銃口を見て弾道を予測して避けたりしない。放たれた魔弾を目視してから避ける。相手が魔力を用いた攻撃を使用する以上、完全に後出しで行動が出来る。まして、まともな射撃体勢も取れない死に損ないの弾など当たるはずがなかった。
二人のアカリは最後の足掻きさえも完封され、道ばたの小枝をむしるように首をはねられた。
対面さえしてしまえば一方的で理不尽な暴力をもって透哉に勝利が確約されてしまう。
数字の上では一対多数ではあるが、アカリたちには奇襲と狙撃以外の勝機は存在しない。
けれど皮肉なことに透哉本人が敵陣を奇襲するステルス機のように、全く知覚も認識も出来ない。
微塵の容赦も見られない。
無感情に有機物を切り刻む修羅と化していた。
しかし、それはあくまで客観的に。
『雲切』を握る手に力を込めながら、同じくらいの気持ちで唇を噛み、震えそうな声を呑み込む。
(違う)
知人の形をした肉を切り裂きながら、思う。
(違う、これは人間じゃない)
感情を殺し、自らに言い聞かせる。
(ただの肉)
その最中、不意に思ってしまう。
(製造物だっ!)
いつか、本人とこうして対峙したときのことを。
偽物だと騙すことで凶刃を握る手に力が通っている。今の透哉は自己暗示によって盲目的に戦っているだけなのだ。
(あと、一人っ!)
最後の一人を切り伏せた透哉は立ち止まった。
周囲には動く人影はなく、魔力反応もない。銃撃は止んだ、止ませた。
重たい息を吐き、戦場にありながら、透哉は堪らず声を漏らした。
ごめん、と。
押し入れに逃げ込んで膝を抱えて泣く子供のように、みっともなく顔をシワシワにして。
望まない殲滅戦の終わりが訪れた、そう思って肩の力を抜いた透哉。
その遙か後方から開始時と同様のシャッター音が響く。
そして、少年は出遭う。
悪意に、悪逆に、悪夢に、
狂った夜のフィナーレを飾る主役。
――シンデレラが戦場に降り立つ。
肌がヒリつく。
身を隠した建造物の一階階段を背に、透哉は息を吐く。
容赦なく発砲してくるアカリたちの銃撃を、時に『雲切』で弾き落とし、時に建物を盾に受けながら、逃げ延びてきた。
設置された建造物に入って分かったことだが、これらはあくまで障害物。家具等の生活感を出す煩わしい物はなく、扉と階段こそあるものの、中身は完全に空で、綺麗な廃屋と言い換えるのが正しい。
けれど、所々に黒いシミや弾痕があった。そんな使用の痕跡に目を奪われていると、周囲の気配に動きがあった。
透哉を中心に雑踏が集束を開始していた。
(このまま隠れていても袋叩きか……)
重複した発射音と、銃撃がバリバリと外壁を削る音を聞きながら、反対側の窓から外を盗み見る。
しかし、一秒も経たずに弾幕の応酬に遭い、即座に身を屈めた。ガラスを紙切れのように吹き飛ばし、銃撃は屋内の壁に突き刺さる。
透哉は出来たての弾痕を見て息を飲む。まるで切り取り線のように描かれた等間隔の弾痕から射撃レートの異常さが浮き彫りになる。最初の射撃とは明らかに異なる銃の性能に透哉は冷や汗をかく。
散発的な射撃ならば見て避けて残りは『雲切』で弾くと言った防御が出来るが、壁に線を描くレベルの銃撃は話が変わる。
銃撃の密度、近寄ってくる足音の方向を考慮し、ここらが籠城の限界と判断した透哉は包囲網が完成する前に建物から飛び出した。
するとセンサーで感知したように全アカリがピクンと同じタイミングで反応を示す。
例外なく同じ装備に身を固めたアカリたち。個としての特徴はなかったが、連携を組むことで陽動役、追撃役と言った行動自体には差があった。透哉が逃げたからと言って馬鹿正直に背後から追わず、散開して退路を遮断する動きをしていた。
アカリたちの動向はここに至るまでに分かったことだ。ヘルメットの中身がアカリだと気付き、動揺したが今は冷静に現状把握に務めている。
追撃を見切ろうと銃口の動きを注視していた矢先、アカリが脱力したように地面に伏した。しかも、並んで射撃をしていた一集団全員が同時にである。
(なんだ? 転んだ?)
射撃姿勢を変えるため、もしくは銃器の調整のためかと思ったが、いずれも違うらしく動きがない。
まさか、全員が同時に魔力を使い尽くして既に事切れているとは思いもしない。
気がかりではあったが、新たな足音たちが透哉の意識を奪う。
銃撃を凌ぎながら次の建物に飛び込む。中を通って反対側に出られると思っていたが、用意されてあったのは上への階段のみ。
作りは一般の集合住宅に似ていて、階段を折り返して上がる度に扉が設けられていた。
透哉が階段を駆け上がり始めると銃撃が止み、代わりに下の階から怖いほどに揃った足音が向かってくる。
それは決して統率が取れているからではない。同じ体重、同じ歩幅が奏でる単一の旋律。
屋上への扉を蹴破ると勢いのまま欄干に駆け寄る。高所からの眺望が、周囲の状況を明らかにした。
そこは演習場のほぼ中心。
透哉は敵影に囲まれた脱出不可能な陸の孤島にいた。
追撃者たちの足音はすぐ背後にまで迫っていた。駆け上がってくる足音はおよそ十。
更に、屋上から見下ろした先にはその何倍もの数の人影が徘徊している。いずれも開け放たれたシャッターの奥から次から次へと這い出てくる。整列してゾロゾロと歩く蟻を見てしまったような嫌悪感を抱く。
「く、どうすんだよっ!」
一人愚痴る透哉。
そのとき、向いのビルの屋上の扉が乱暴に開かれ、奥から人影が溢れた。
間髪入れず始まる対岸からの銃撃が、透哉を完全に追い詰めた。
透哉は最後の拠り所として、昇降口の影に隠れた。
万事休すである。
悪化の一途を辿りながらも拮抗する戦況を、殺希は相変わらずのほほんと寝転んで眺めていた。その表情にはどこか期待が込められていた。
その隣、厳密には頭上ではB級映画を前にしたように、湊が酷くつまらなさそうな顔をしている。
「あなたも意地悪なのね。生体魔道砲なんて使わせたら、使用者がどうなるかなんて知っているのに」
「私としては彼の能力や強さよりも覚悟がみたいからねぇ。まぁ、時間制限付きのゲームみたいなものかな?」
「電池が切れて動かなくなるおもちゃを眺めるだけなんてつまらないわ」
苦悶の表情を浮かべながらアカリの銃から放たれる魔弾を避け続ける透哉。
これが映画館なら中座して出て行く寸前である。
「えー、教えるの?」
「このままでは面白くないでしょ?」
湊の行動を察し、今度は殺希の方がつまらなさそうに口を尖らせた。
床をゴロゴロ転がりながら抵抗するカーキコートの〈悪夢〉を尻目に、湊は服の襟を口元に軽く引き寄せる。
ワガママ上司の年甲斐もない駄々っ子振りを見ているようで胸中複雑な気分だ。
「透哉? 聞こえる?」
『――うおっ!? いきなりなんだよ、流耶!?』
「同じことを二度言わせないでくれる? 湊よ」
『それよりどうやって? っと、バカスカ打ちやがって!』
「『白檻』の通信機能を使って音声を同調させているだけよ。外部には聞こえなから気にせず喋って問題ないわ」
爆音と瓦解する音に混ざって透哉の荒い声が聞こえるが、湊は構わず話を続ける。
「随分苦労しているようだから一つ教えてあげるわ。今戦っているアカリの模造品はこの訓練終了後に廃棄処分されるわ」
『――!?』
声にならない驚きを察知しても湊は続ける。
「彼女たちが使っている銃は、生体魔道砲と言って、使用者の魔力を抽出して魔弾として打ち出す代物よ。つまり、使ったら死ぬのよ」
『だったら、今すぐ全部武器を破壊するれば!』
「残念ながら手遅れね。だから、このまま逃げていても殺してしまっても、結果は変わらないのよ?」
透哉の情けない提案に、湊は不快感を示した。
生体魔道砲使用後の処置を聞いて、死ぬことが決まっていて、どうして死ぬかも伝えられた。
その上で救済の手を講じたのだ。
外見が同じと言うだけで慈悲をかけられる模造品に、湊は苛立ちを募らせる。
「この程度ではこの先が思いやられるわね」
『この程度だと!?』
「じゃあ、期待しているわ」
声こそ穏やかだったが、湊は声を荒げて激怒した透哉に対し、憤っていた。
たかが模造品の量産品の存命に揺さぶられる様に。仮に相手が本物のアカリだったとしても自分の命令なら間髪入れず応えて欲しいとさえ思っている。
アカリの家のベランダに足を運んだ際に、本当に建物諸共破壊しておけば良かったと後悔する。
「入れ知恵はうまくいったのかなぁ?」
「さぁ、どうかしらね」
「意外と乙女だねぇ」
「……ふん」
通信を終えた湊の隣で、殺希が興味深そうにディスプレイを見ている。茶化す殺希を黙殺した湊は鼻を鳴らしてモニタリングを再開した。
急な通信に乱されたペースを整えつつも、透哉は依然として防戦一方の戦いを続けていた。
飛び交う銃撃をやり過ごし、追撃してくるアカリたちから身を潜め、反攻のチャンスを窺うでもなく逃げ回っていた。
そんな稚拙な時間稼ぎはモニタリングしていた湊にあっさりと見破られた。湊の呆れた物言いに透哉はピリリと痺れる痛みを覚えた。
その痛みが気付け薬となって透哉の思考に大きく干渉する。
湊の教え通りなら、敵意なく殺意だけを向けてくるアカリたちはこの戦闘を最後に死んで処分されてしまうらしい。
だから、どちらにせよ死ぬなら、と考えてしまう。
処分されるからと言って必要のない暴力を与えて殺したとして、結末は同じだ。
しかし、本心は自分の目の届かないところでひっそりと最後を迎えて欲しいと思ってしまう。
(違う! そういうことじゃないんだ!)
うまく説明が出来ないながらも、透哉は頭を振って否定した。
真っ当な思考でいるなら必要な殺しに横入りして、殺す過程を楽しむような行動は間違いだ。
例え、食肉用に育てられた動物でも。結末が殺されて食べられるとしても。
食べるために育てられただけで、不必要な暴力で苦しめるためではない。
それがたとえ加害者側のエゴだとしても。
(でも――)
透哉は善意を足止めする。
自分が掲げた学園再興の野心。
湊が言った『この先』を考える。
この先自分が行うと決意したことは更に残酷。
そして、殺希には覚悟が足りない、と断言された。
ホタルには倫理観を捨てろと言っておきながら、自分が捨てられずにいることを自嘲する。
ゆっくりと透哉の中で何かが動き出す。
透哉には野心があり、本懐はその成就。
そのためなら何を敵に回すことも厭わない。
そのためなら何が得か迷わず天秤にかける。
結果、殺希と湊に従い要望を受け入れることを優先した。
この場で二人の期待に応えなければ目指す未来が遠ざかる気がしたから。
ここで止まったら前に進めないような気がしたから。
そして、透哉は自らスイッチを切り替えた。
カチリと、聞こえない音を鳴らして、倫理観を持つ物には決して切り替えられない悪魔の分岐を。
食べるためでも、弄ぶためでもなく、過程として処理する。
(俺は――前に進む!)
決断の元、迷いは一掃された。
銃を手に迫ってくるアカリに透明な瞳が照準を合わせる。
刹那。
透哉はアカリの銃が出した発砲音を置き去りにした。
アカリの代わりに虚しい断末魔を上げる銃が、真っ赤な血を浴びて所持者と共に地面に崩れ落ちる。
透哉は振り返らず、僅かに姿勢を落とすと、躊躇という足枷を外した健脚で次の標的に向けて疾駆する。
一人斬り殺したことで薄れた罪の意識が、透哉の足を加速させた。
非常階段から続けて姿を現した追撃部隊をたちどころに片付ける。
その数は九人だった。
手から離れた銃器や切断された部位が階段に打ち付けられる音が連続する。
トマトケチャップの洪水みたいに階段が真っ赤に彩られた。
その惨状に感想を抱く暇は与えられない。
「うおおおぉっ! 『雲切』大切開!」
忸怩たる叫びと共に透哉は『雲切』を水平に凪いだ。
気迫に呼応して刀身を伸ばした『雲切』が向いの屋上で銃を構えた五人の敵影をドミノ倒しのように十個の肉塊に分断した。
屋上から睥睨すると透明な眼光が次の標的を捉えた。
(この建物の周囲に十二人。向こうの屋内に五人、いや、六人)
施設の広さを把握できていない透哉は、設けられた建物を一つのくくりにすることで攻略を決めた。
透哉は屋上の欄干を切り飛ばし、地上へ飛び降りた。
いずこからの狙撃か、落下する透哉を銃撃が襲う。
初段の数発を『雲切』で弾くと後続の魔弾は全て外壁に突き刺さる。
まるでビルの壁面にファスナーを降ろすように弾痕の尾を引きながら、透哉は着地する。
膂力とは裏腹に、極めて静かに運ばれる足からはほとんど足音がしない。
出会い頭、銃を構える前に一太刀で絶命させる。
肉体が崩れ落ち、地面を叩く音さえ耳に入れぬまま突き抜ける。
ビル側面に回り込み、ものの数秒で駆け抜け、ビルの正面に躍り出る。透哉が姿を見せると同時、真横からの発砲音が出迎える。
弾道は二本。
(――二人っ!)
的確に透哉の頭部を狙って放たれた魔弾を『雲切』で払い落とす。
そして、返す刀に力を込め、気迫の一閃。
刀身を一気に伸ばした『雲切』は、ビルの正面に待ち構えていた二人のアカリの足を四本まとめて小枝のように切断した。
突然脚部を失い、バランスを崩したことで照準は乱れ、あらぬ方向へ魔弾が飛び交う。生身のだるま落としと化して崩れ落ちたアカリ。この程度の損壊で活動を止められると思わない。
しかし、透哉はここであることに気付く。今に至るまで全てのアカリたちを一太刀、一撃必殺で絶命させていたせいで気付かなかった。
武装したアカリたちは声を上げない。
どれだけ傷付けられ、痛めつけられても、悲鳴も嗚咽も漏らさない。
足を失っても腹這いのまま銃を構えて透哉を狙おうともぞもぞと動く。その姿に、透哉は哀れみを覚えた。
地面すれすれから放たれた魔弾を透哉はステップを踏む要領で歩幅を変え、容易く回避する。
透哉は銃口を見て弾道を予測して避けたりしない。放たれた魔弾を目視してから避ける。相手が魔力を用いた攻撃を使用する以上、完全に後出しで行動が出来る。まして、まともな射撃体勢も取れない死に損ないの弾など当たるはずがなかった。
二人のアカリは最後の足掻きさえも完封され、道ばたの小枝をむしるように首をはねられた。
対面さえしてしまえば一方的で理不尽な暴力をもって透哉に勝利が確約されてしまう。
数字の上では一対多数ではあるが、アカリたちには奇襲と狙撃以外の勝機は存在しない。
けれど皮肉なことに透哉本人が敵陣を奇襲するステルス機のように、全く知覚も認識も出来ない。
微塵の容赦も見られない。
無感情に有機物を切り刻む修羅と化していた。
しかし、それはあくまで客観的に。
『雲切』を握る手に力を込めながら、同じくらいの気持ちで唇を噛み、震えそうな声を呑み込む。
(違う)
知人の形をした肉を切り裂きながら、思う。
(違う、これは人間じゃない)
感情を殺し、自らに言い聞かせる。
(ただの肉)
その最中、不意に思ってしまう。
(製造物だっ!)
いつか、本人とこうして対峙したときのことを。
偽物だと騙すことで凶刃を握る手に力が通っている。今の透哉は自己暗示によって盲目的に戦っているだけなのだ。
(あと、一人っ!)
最後の一人を切り伏せた透哉は立ち止まった。
周囲には動く人影はなく、魔力反応もない。銃撃は止んだ、止ませた。
重たい息を吐き、戦場にありながら、透哉は堪らず声を漏らした。
ごめん、と。
押し入れに逃げ込んで膝を抱えて泣く子供のように、みっともなく顔をシワシワにして。
望まない殲滅戦の終わりが訪れた、そう思って肩の力を抜いた透哉。
その遙か後方から開始時と同様のシャッター音が響く。
そして、少年は出遭う。
悪意に、悪逆に、悪夢に、
狂った夜のフィナーレを飾る主役。
――シンデレラが戦場に降り立つ。
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