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第二章
第22話 機械仕掛けのシンデレラ(3)『絵』
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3.
透哉が降り立った地下訓練場は、戦場へと激変した。
開戦と共に押し寄せたのは閃光の波。
暗所での一斉射撃はそれほどに眩く、大きかった。
そして、その波の裏から迫り上がってくる軍勢の怒濤。
鬨の声はなく、代わりに銃器を構える動作音、硬い靴底がコンクリートの床を叩く音の合唱が、そこにありもしない巨大な生物の幻想を生み出す。
足音から初動の予兆を感じ取り、迅速に退避行動を開始した透哉は銃撃の殆どを障害物を盾にしてやり過ごした。
それでも、敵影は執拗につけ狙ってくる。透哉はそれらを自力で逃れつつ、密かに安堵していた。
場内に侵入してきた部隊は黒に統一された装備を纏い、魔力を用いた銃器で攻撃してきたからだ。
自分に向けて発射された銃撃全てを『原石』の本領を発揮し、見切って回避した透哉。
殺希との激突で砕かれ、失いかけていた自信や矜持を実践の中、確かな手応えとして取り戻しつつあった。
しっかり見えていたとは言え、入場するなり躊躇なく発砲した相手に、敵意とは異なる気分の悪さを覚える。
入場してきたのは四人編成の部隊が五つの計二十人。
しかし、その動きは余りにも酷似していた。束ねた同じカードを均等にずらして並べたように、前に立つ仲間の直ぐ脇から銃口が覗くほどの密集状態の整列射撃。訓練で培われた統率力ではなく、作られた動き。
透哉は物陰から見た、部隊の挙動に息を飲んだ。
まず、五部隊のうちの四部隊は左右に散開した。
そして、残された部隊の四人はピクンと反応を見せると、素早い手つきで一斉に各々の銃器の調整を始めた。
時間にして一秒足らず。右手でグリップを握ったまま、左手で銃器側部のつまみを捻って構え直す。それらの動作を四人が寸分違わず並んで行う様は、見ている側が視覚異常を疑うレベルだ。
しかも、射撃を避けられたことへの驚きと言った感情的な物は含まれていない。透哉側の経過を見て対応を変え、銃の調整に移行したのだ。
行動がフローチャート化されたみたいに、プログラムを肉体で直接出力しているような機械的な素養だった。
挙動に目を奪われがちだったが、手にした銃も奇妙だ。
注視すると見たこともない形状をしている。銃器の知識が乏しいので一概には言えないが、透哉が知る銃器とは一線を画していた。
集団が手にしているのは、有線の小銃だ。兵器武器というよりガンシューティングゲームに使うような簡素なフォルムをしていて、重量感は窺えない。
薬莢の排出はなく、壁に着弾の痕跡はあるが銃弾は残されていなかった。
(サイズに対してこの威力。魔力を弾として撃ち出しているのか? なら、本体の大きさは関係無いのか?)
同じ攻撃を繰り返されていることで隙を見て観察する余裕が生まれた。実際、透哉の推測は的を射ていた。
自分目がけて発射される正確なだけで単調な魔弾を寸前で回避。
流れ弾の直撃を受けた建物の外壁が砕けて剥がれ、余波が青白い火花を散らす。
敵との距離を測りながら、
「――嘘だろ!? 何の冗談だ!?」
透哉は敵前でありながら声を抑えることが出来なかった。
集団が装着した無骨なヘルメットの中身、弾けた火花で一瞬だけ照らされたフェイスガードの奥に見慣れた顔があった。
他でもない、春日アカリ。
ただし、口元は真横に結ばれたままで表情はなく、瞳に輝きはない。カメラのレンズみたいな動きで機械的に透哉の動向を観察し、追尾する兵器だった。
そんな透哉の奮戦を一人盗み見ているのは、別室へと移った殺希だ。
訓練施設に設置された数多のカメラを駆使して、御座の上に寝転びモニタリングしている。狂気的な赤い瞳は鳴りを潜めており、いつも通り閉じた目でのほほんとディスプレイを眺めている。
そんな一人晩酌を楽しんでいるみたいな殺希の背後、長い黒髪を揺らす澄まし顔の湊がふわりと現われた。
「見学させて貰うけど、いいわよね?」
「んー? 問題ないよぉ? それはそうと、動機は嫉妬かなぁ?」
湊の問いに茶化すように聞き返す殺希。
先刻同様、訪れたことに慌てたり驚いたりする素振りはない。それほどに慣れたやり取りを窺わせ、対等に見えた。
「そうよ。こんな夜中に他の女と一緒にいるなんて許せないわ。透哉は私の物だから」
「これはこれは、お熱いねぇ」
殺希は冷やかしのつもりで言ったが、湊はあっさりと認めた。
「それに私がいないと駄目でしょうから」
「ほう、彼に魔法でもかけるのかな?」
「そんなところよ。でも、魔法を『かける』ではなくて『解く』が正しいわ」
大きな画面越しに戦場を眺める湊が、配備されたアカリたちを見て興味深そうに続ける。
「何かしら、見慣れないおもちゃね?」
「ん、気付いた? あれは専用の生体魔道砲だよ」
「随分と非人道的な武器を用意するのね。怖いわ」
「そうだね。もしも、人間が使うなら出撃を命じた段階で私は殺人犯だねぇ」
生体魔道砲とは、使用者の魔力を銃の内部で凝縮して魔弾を生成する武器の総称で、普通の人間で例えると血液を絞り出して打ち出す行為に相当する。弾倉を必要としないため形状には縛られず、ハンドガンタイプからバズーカ砲まで多岐に渡る。
しかし、使用には魔力抽出用の端子を体に直接接続する必要がある。
他の学区が開発したものの、使用者への非人道的措置からあっさりとお蔵入りしてしまった表には出回らない異物だ。
アカリが手にした小銃は『五秒撃』と呼ばれる驚異的な射撃速度を誇るマシンガンだ。
出力を最大まで高めることで、名前の通り五秒で使用者の魔力を魔弾に変換し尽くして撃ち切る代物だ。
秒間十発の徹甲弾並の威力の魔弾が、音速と同等の速さで発射される光景は圧巻だが、使用者は必ず絶命する。
加えて使用者の魔力の性質を上乗せも出来る。
発火型の能力なら燃焼を伴うナパーム弾へ、電荷系能力なら発光を伴うスパーク弾へと言う具合に。
些細な世間話を終えると、二人はモニターに目線を戻す。
「ふぅん。現状を鑑みるに、決断できないといったところかなぁ?」
「残念ながら予想通りね」
モニター越しに透哉の姿を眺める殺希と湊はそんな評価を下した。
守りに徹しているとは言え、銃器で武装した集団を相手に手傷の一つも負わずに圧倒している。
しかし、徐々にではあるが透哉を囲む輪は小さくなっている。
飄々としている殺希とは真逆、湊は苛立ちを隠せないといった様子だった。
「ここで怯まずに討伐が出来たら合格点を上げられたのに、助言したら高くても及第点止まりだよ?」
「……、」
透哉ではなく、湊に充てた言葉だった。
当然透哉に声が届くはずがなく、湊は溜息を一つ漏らすと開きかけた口を、そっと結んだ。
透哉が降り立った地下訓練場は、戦場へと激変した。
開戦と共に押し寄せたのは閃光の波。
暗所での一斉射撃はそれほどに眩く、大きかった。
そして、その波の裏から迫り上がってくる軍勢の怒濤。
鬨の声はなく、代わりに銃器を構える動作音、硬い靴底がコンクリートの床を叩く音の合唱が、そこにありもしない巨大な生物の幻想を生み出す。
足音から初動の予兆を感じ取り、迅速に退避行動を開始した透哉は銃撃の殆どを障害物を盾にしてやり過ごした。
それでも、敵影は執拗につけ狙ってくる。透哉はそれらを自力で逃れつつ、密かに安堵していた。
場内に侵入してきた部隊は黒に統一された装備を纏い、魔力を用いた銃器で攻撃してきたからだ。
自分に向けて発射された銃撃全てを『原石』の本領を発揮し、見切って回避した透哉。
殺希との激突で砕かれ、失いかけていた自信や矜持を実践の中、確かな手応えとして取り戻しつつあった。
しっかり見えていたとは言え、入場するなり躊躇なく発砲した相手に、敵意とは異なる気分の悪さを覚える。
入場してきたのは四人編成の部隊が五つの計二十人。
しかし、その動きは余りにも酷似していた。束ねた同じカードを均等にずらして並べたように、前に立つ仲間の直ぐ脇から銃口が覗くほどの密集状態の整列射撃。訓練で培われた統率力ではなく、作られた動き。
透哉は物陰から見た、部隊の挙動に息を飲んだ。
まず、五部隊のうちの四部隊は左右に散開した。
そして、残された部隊の四人はピクンと反応を見せると、素早い手つきで一斉に各々の銃器の調整を始めた。
時間にして一秒足らず。右手でグリップを握ったまま、左手で銃器側部のつまみを捻って構え直す。それらの動作を四人が寸分違わず並んで行う様は、見ている側が視覚異常を疑うレベルだ。
しかも、射撃を避けられたことへの驚きと言った感情的な物は含まれていない。透哉側の経過を見て対応を変え、銃の調整に移行したのだ。
行動がフローチャート化されたみたいに、プログラムを肉体で直接出力しているような機械的な素養だった。
挙動に目を奪われがちだったが、手にした銃も奇妙だ。
注視すると見たこともない形状をしている。銃器の知識が乏しいので一概には言えないが、透哉が知る銃器とは一線を画していた。
集団が手にしているのは、有線の小銃だ。兵器武器というよりガンシューティングゲームに使うような簡素なフォルムをしていて、重量感は窺えない。
薬莢の排出はなく、壁に着弾の痕跡はあるが銃弾は残されていなかった。
(サイズに対してこの威力。魔力を弾として撃ち出しているのか? なら、本体の大きさは関係無いのか?)
同じ攻撃を繰り返されていることで隙を見て観察する余裕が生まれた。実際、透哉の推測は的を射ていた。
自分目がけて発射される正確なだけで単調な魔弾を寸前で回避。
流れ弾の直撃を受けた建物の外壁が砕けて剥がれ、余波が青白い火花を散らす。
敵との距離を測りながら、
「――嘘だろ!? 何の冗談だ!?」
透哉は敵前でありながら声を抑えることが出来なかった。
集団が装着した無骨なヘルメットの中身、弾けた火花で一瞬だけ照らされたフェイスガードの奥に見慣れた顔があった。
他でもない、春日アカリ。
ただし、口元は真横に結ばれたままで表情はなく、瞳に輝きはない。カメラのレンズみたいな動きで機械的に透哉の動向を観察し、追尾する兵器だった。
そんな透哉の奮戦を一人盗み見ているのは、別室へと移った殺希だ。
訓練施設に設置された数多のカメラを駆使して、御座の上に寝転びモニタリングしている。狂気的な赤い瞳は鳴りを潜めており、いつも通り閉じた目でのほほんとディスプレイを眺めている。
そんな一人晩酌を楽しんでいるみたいな殺希の背後、長い黒髪を揺らす澄まし顔の湊がふわりと現われた。
「見学させて貰うけど、いいわよね?」
「んー? 問題ないよぉ? それはそうと、動機は嫉妬かなぁ?」
湊の問いに茶化すように聞き返す殺希。
先刻同様、訪れたことに慌てたり驚いたりする素振りはない。それほどに慣れたやり取りを窺わせ、対等に見えた。
「そうよ。こんな夜中に他の女と一緒にいるなんて許せないわ。透哉は私の物だから」
「これはこれは、お熱いねぇ」
殺希は冷やかしのつもりで言ったが、湊はあっさりと認めた。
「それに私がいないと駄目でしょうから」
「ほう、彼に魔法でもかけるのかな?」
「そんなところよ。でも、魔法を『かける』ではなくて『解く』が正しいわ」
大きな画面越しに戦場を眺める湊が、配備されたアカリたちを見て興味深そうに続ける。
「何かしら、見慣れないおもちゃね?」
「ん、気付いた? あれは専用の生体魔道砲だよ」
「随分と非人道的な武器を用意するのね。怖いわ」
「そうだね。もしも、人間が使うなら出撃を命じた段階で私は殺人犯だねぇ」
生体魔道砲とは、使用者の魔力を銃の内部で凝縮して魔弾を生成する武器の総称で、普通の人間で例えると血液を絞り出して打ち出す行為に相当する。弾倉を必要としないため形状には縛られず、ハンドガンタイプからバズーカ砲まで多岐に渡る。
しかし、使用には魔力抽出用の端子を体に直接接続する必要がある。
他の学区が開発したものの、使用者への非人道的措置からあっさりとお蔵入りしてしまった表には出回らない異物だ。
アカリが手にした小銃は『五秒撃』と呼ばれる驚異的な射撃速度を誇るマシンガンだ。
出力を最大まで高めることで、名前の通り五秒で使用者の魔力を魔弾に変換し尽くして撃ち切る代物だ。
秒間十発の徹甲弾並の威力の魔弾が、音速と同等の速さで発射される光景は圧巻だが、使用者は必ず絶命する。
加えて使用者の魔力の性質を上乗せも出来る。
発火型の能力なら燃焼を伴うナパーム弾へ、電荷系能力なら発光を伴うスパーク弾へと言う具合に。
些細な世間話を終えると、二人はモニターに目線を戻す。
「ふぅん。現状を鑑みるに、決断できないといったところかなぁ?」
「残念ながら予想通りね」
モニター越しに透哉の姿を眺める殺希と湊はそんな評価を下した。
守りに徹しているとは言え、銃器で武装した集団を相手に手傷の一つも負わずに圧倒している。
しかし、徐々にではあるが透哉を囲む輪は小さくなっている。
飄々としている殺希とは真逆、湊は苛立ちを隠せないといった様子だった。
「ここで怯まずに討伐が出来たら合格点を上げられたのに、助言したら高くても及第点止まりだよ?」
「……、」
透哉ではなく、湊に充てた言葉だった。
当然透哉に声が届くはずがなく、湊は溜息を一つ漏らすと開きかけた口を、そっと結んだ。
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