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第二章
第22話 機械仕掛けのシンデレラ(1)『絵』
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1.
目が覚めると椅子に寝かされていた。椅子と言っても病院の待合室にあるような革張りの長椅子だ。
透哉が慌てて身を起こすと周囲を見渡す間もなく下から声がする。
「ん? 起きたぁ?」
「――、」
「騙すようなことをして悪かったね。説明と君の目が面倒だったから不意打ちさせて貰ったよ?」
ライブ会場で会ったとき同様、床に寝そべった殺希が閉じた目で何事もなかったかのように、透哉を仰ぎ見ていた。
「ライブ会場と違っていつもの床と御座がしっくりくるねー」
透哉などお構いなしに、殺希は床に雑然と敷かれた御座の上、ひなたぼっこする猫のように身体を丸めて寝ている。変わらない間延びした声に透哉は言葉が出ない。
警戒を解いた直後の強襲と、髪の毛から生まれた黒い大蛇に呑み込まれる奇妙な感覚。
そして、黒と言う魔力の極致を操る〈悪夢〉としての力を惜しまず使われた事実が、透哉に死を覚悟させた。
額の汗を軽く拭うと寝ている殺希を放置して、自分の所在を確かめる。
記憶では高層マンション十二階の通路で殺希と会話していたはずだ。意識を失っている間に移動させられたらしく、現在地が全く分からなかった。
ぐるりと見渡すが場所を判断できる物は何一つない。確実に言えることは、一般の住居スペースとは異なると言うことだけ。
生活感はなく、事務机と物資が詰め込まれた棚が乱立した、酷く無機質な部屋だった。寝かされていた椅子も含め、病院か研究施設のようだった。
窓はなかったが、代わりに部屋の一面が巨大なガラス張りになっていた。隣室に繋がっている風にも見えたが、ガラスの向こうは暗くて窺うことは出来ない。
よもや、自分が同じ建物の地下深くに幽閉されているとは考えもしない。
そんな無機質な部屋の中、透哉が絶句する。
透哉は座席を離れ、それに歩み寄る。
――アカリが寝ていた。
厳密に言うと数多のケーブルが接続された機械まみれのベッドの上、ガラスケースに囲まれ安置されていた。透明の棺桶にも見えた。
穏やかに眠って見える姿に胸をなで下ろし――そうになる。
そのアカリの存在は心を落ち着かせるものではなく、真逆のもの。
反射的に身震いを起こした透哉の眼下、アカリは目を閉じたまま、微動だにしない。死体よりも血の気のない顔からは生気は欠片も感じられない。動力を引き抜かれたロボットのように、そこに在った。
静止画像を眺めているような変化のなさに、透哉は息を飲む。
十二学区で作られている存在、それを初めて目の当たりにしたのだ。
これがアカリと過ごすうちに無意識に目を逸らしていた、現実だった。
ほんの半日前まで遡れば大衆の前で脚光を浴び、アイドルとして輝きを放つアカリが壇上にいた。
それが今は外界と隔絶され、生活音さえ欠いた物寂しい空間にいる。
「何故、こんなところに居るんだよ……」
「違うよ、ミナミトウヤ」
「?」
アカリを囲むガラスケースに手を突き、力なく吐露する、その透哉の背後。
振り返ると再び赤い瞳を狂気的に輝かせる殺希が口元を歪めて笑っていた。
「ここに、置いてあるんだよぉ?」
殺希の短い言葉だけで理解する。
今と言う時間が、意識が途絶する前の延長なのだと。
アカリが倒れ、融解し、汚物として片付けられた、その続きなのだと。
狂った夜は、終わらず続いていた。
「そして、アカリはここで作られているんだよ」
「つ、作られ……」
「まだ驚くのかな? そろそろ受け入れて欲しいなぁ。この十二学区と言う場所を」
『作られた』ではなく、『作られている』と今も継続する出来事だと、それが日常だと明かされた。
受け止めがたくも、透哉は受け止めようとした。喉を通らない物を無理に嚥下するように。
透哉は必死に自分を納得させる言い訳と理屈を探した。
予め知っていたことを目の当たりにしただけ、図鑑で見た動物を実見することと同じ、と。
「さっきも言ったけど私は君の味方だよ?」
「どこがだよっ!」
「君が、君の取り巻く世界に慣れるように、教えて上げてるのにねー?」
殺希が口を開く度に流入してくる真っ黒な知識に、思わず耳を塞ぎたくなった。
けれど、逃げるという選択肢はなかった。
極論、引き留めていたアカリがいなくなった以上、力尽くで抜け出すことも視野に入れていた。
しかし、止めた。まだアカリに面と向かってライブの一件への礼を言っていない。
殺希の言葉を鵜呑みにするならアカリは蘇るのだ。それがどんな形であろうと、もう一度アカリに対面するまではここを離れる気はなかった。
だから、透哉は耐えるしかなかった。それがたとえ悪意に満ちた教鞭でも。
「アカリは成長期だからね。こうして一定周期でボディの交換が必要なんだ。ほら、よく見ると前より少し胸が大きいでしょ?」
「知るかそんなもんっ!」
殺希はアカリに添うように置かれた席に着くと、ニヤニヤと笑みを浮かべ作業を始める。
その隣、機械に接続された黒い球体が赤や緑のランプを明滅させている。アカリの体内から取り出され、殺希がアカリと呼称したあの黒い球体だ。
その機械的な光がアカリの命の鼓動のよう見えた。
今接続されている物々しい機器こそが、本当の意味でのアカリの生命維持装置なのだ。
透哉は無力さを嘆くように無意識に拳を固く握る。
「再三言うけど、妙な気は起こさないようにね? もっとも、君がそれを持って逃げたところで何も出来ないだろうね」
殺希はアカリ本体を一瞥しながら透哉に釘を刺し、無力さも突きつける。
「クローン人間ってことなのか……? 十二学区に紛れ込んでいる作られた人魔、それがこいつだってことなのか!?」
「んー、似ているけど根本が違うかなー。クローンは同じ遺伝的特徴を持つ個体を人工的に生み出す技術のことだよ」
透哉は得た知識を噛み砕くように声を荒げる。しかし、返ってくるのは気の抜けた声での事務的な回答。
「普通のクローンは受精卵や成体の体細胞を使うけど、私は魔力因子をベースに作っているからねぇ」
「人を、人魔を作っている点は変わらないだろ」
過程や詳細に差があろうとも、人魔を作っている本質を言及したつもりだったが、殺希の軽い返事からは緊張感と罪悪感が微塵も感じられない。
「確かにそうだね。新たな生物を作るという点は酷似しているけど、私が普段行っているのは能力の継承と無性生殖による複製だよ?」
「?」
「つまり、作る物の何を重視するか。普通のクローンは容姿や細胞と言った肉体、器の部分。それに対し、私が重視しているのは人魔としての能力。見た目も性別もこだわってないんだよ」
「こだわりがない? その説明だとおかしいだろ」
眼前で横たわるアカリの肢体を恐る恐る見直す。
こだわりなく作ったと言うにはアカリと酷似しすぎている。
「それはアカリ専用のクローンボディだからねぇ。核を載せ替える度に身体が変わっていたら困惑するだろ? 君が今日一緒にいたアカリが言わばオリジナル。外見はこれと同じでオリジナルの体細胞を使ったクローンだけどね」
寝かされたアカリの体を着せ替えの道具みたいに語る殺希。実際、核が本体と言われている以上、額面通りの意味しかないのだろう。
「そして、こだわりがないって言ったのはオリジナル、つまり最初のアカリを生み出した過程の話」
「じゃあ、こいつは能力を継承する過程で偶然この容姿になったってことか?」
「そんな感じ。適当に色々作っている過程でアカリが生まれて気に入ったから娘にして、クローンボディとして増やしたってことだねぇ。分かった~?」
誕生秘話にしては余りに雑然としている。適当に酒を混ぜていたらおいしいカクテルが出来た、そんな言い草だ。
しかも、透哉の理解が及ぶように噛み砕き、わざとふざけた説明をしている。
理解が追いつき、意味を知るほどに気味が悪くなっていく。
親鳥がすり寄ってくる雛に毒を与えるようなものだ。
「そして、これが次のアカリの身体だよ。もしかしたら君が触ったり揉んだりするかも知れない身体だねぇ」
「ふざけるな」
「はははっ、怖いなぁ。それとも動作前に少し触らせて上げようか? まぁ冗談だよ。我が娘の貞操はそう簡単にやれないからねぇ」
どこまでが本気でどこまでが冗談なのか、一貫したやんわりとした口調の丁寧な説明が、殺希の思惑を全て覆い隠していた。
「さてと、無事に状態確認と複製が終わったから、あとは核を胸の中に戻せばアカリは蘇る、というわけだよ」
アカリが再び目覚める、そう聞き透哉の表情が微かに緩む。
それと同時に、気付く。
アカリ自身は、自分のことを知っているのか?
「機会があれば君にもアカリを起こす王子様役をやらせてあげるよ?」
「ふっ、ふざけるな、どこの白雪姫だ。そんな役こっちから願い下げだ」
軽い口調で機器の操作をする殺希の横顔からは、命を扱う物の慎重さが欠けていた。暗に失敗しても問題がない、そう告げられている気さえする。
殺希はアカリの今後に関わるであろう作業を透哉と会話する傍ら、延々と片手間に行っていたのだ。
「そうか、王子様が起こすのは白雪姫だったね。世事に疎いせいで間違えてしまったよ」
「何が言いたいんだ」
「アカリは作られた人魔、君はそう言ったけど、その本質は他の人魔ほど穏やかではないよ?」
「何だよ、今更手塩にかけた娘だから特別だとでも言いたいのか」
「うん、そうだよ。アカリは自立可動魔道機、識別名称『シンデレラ』と呼ばれる魔力で動く歴とした兵器だよ?」
これまでの説明を逆手に取った皮肉をぶつけたが、殺希にはまるで堪えた様子はない。それどころか、アカリ本体である黒い球体を指さしながら、こともなさげに告げた。
兵器、そう言われて透哉の心が激しく揺れた。
自分たちが十二学区を標的とする理由はメサイアの戦力を削ぐため。そこで作られた兵器など、直接激突する恐れもある駆除対象なのだ。
自分にとって十二学区は壊す予定の建造物に過ぎない。中に何があって、どんな生き物がいて、生活しているかなど見る必要なかったのだ。
中身を見ずにゴミを捨てるように、異国の地図をクシャクシャに握りつぶすように、罪の意識など持たずに破壊という結果だけを目的としたかった。
「君は受け入れなければならない。ケージの中身も確認せずに壊し、殺すことは許さない。しっかりと、見聞して、君の野心の過程にしなければならない」
殺希は淡々と告げる。
まるで、透哉を意図的に苦しめ、葛藤を煽るために知識と経験を与えるように。
「君はアカリを殺さなければ、前に進めない」
「――っ」
殺希の提示した未来に透哉は頭の中が真っ白になった。
逃げずにこの場に居座ったのは、アカリへ面と向かって礼を言うため。そのために殺希の言葉に耳を傾け、再会を待っていた。
宿命だとでも言わんばかりの口ぶりに透哉は、初めて胸の痛みを覚えた。
健気で真っ直ぐで眩しい彼女は、十二学区の闇と無機質で無骨な奈落で生まれた兵器だった。
そして、殺希が透哉に与えたのは残酷な事実ではなく、有益な知見と言う苦い薬なのだ。
露骨に勢いを失い、刺激すれば自害さえ決めかねない透哉に、殺希は無慈悲にも言葉を続ける。
「君は弱いなぁ」
しみじみと、それでいて靴底で踏みにじるように。
反応した透哉の心の内を具に感じ取り、追い打ちをかける。
「心が弱い。ほんの些細なことで揺れ、今にも崩れそうだねぇ」
「――どこが些細なんだ!? あいつが、春日アカリが死んだことの! 作られた存在だってことのどこが小さいことなんだ!」
透哉は沸き立つ怒りのまま、声を張る。
弱いと言われたことではなく、アカリを、命を作る行為を些細と軽視されたことに。話しの焦点が後退していることに気付かないくらい透哉は動揺していた。
そして、自身の掲げる野心、その障害となる物を実体として捉えた瞬間でもあった。
「だから、それが些細なんだよぉ? これから起こることに比べればね」
「ぐっ、くそぉ!」
けれど、三つ編みを振り乱し、カーキ色のコートを纏った『悪夢』は透哉の正面に立ち、端然と言い放つ。
歯を食いしばり、稚拙な罵声に頼るしか出来なくなった浅い甘い弱い少年に。
殺希は口調を崩さない。
害ある老婆心を持って『平等で中身のない感情』を振りかざす少年を追い詰める。
「しかし、今になって初めて名前を呼ぶなんて酷いね、君ってヤツは。今度はちゃんとアカリの意識があるときに呼んであげるんだよ?」
殺希は言い終えるとスッと、三つ編みの髪飾り、銀色のリングに手をかけた。
『悪夢』が為す、黒い魔力が再び解き放たれようとしていた。
目が覚めると椅子に寝かされていた。椅子と言っても病院の待合室にあるような革張りの長椅子だ。
透哉が慌てて身を起こすと周囲を見渡す間もなく下から声がする。
「ん? 起きたぁ?」
「――、」
「騙すようなことをして悪かったね。説明と君の目が面倒だったから不意打ちさせて貰ったよ?」
ライブ会場で会ったとき同様、床に寝そべった殺希が閉じた目で何事もなかったかのように、透哉を仰ぎ見ていた。
「ライブ会場と違っていつもの床と御座がしっくりくるねー」
透哉などお構いなしに、殺希は床に雑然と敷かれた御座の上、ひなたぼっこする猫のように身体を丸めて寝ている。変わらない間延びした声に透哉は言葉が出ない。
警戒を解いた直後の強襲と、髪の毛から生まれた黒い大蛇に呑み込まれる奇妙な感覚。
そして、黒と言う魔力の極致を操る〈悪夢〉としての力を惜しまず使われた事実が、透哉に死を覚悟させた。
額の汗を軽く拭うと寝ている殺希を放置して、自分の所在を確かめる。
記憶では高層マンション十二階の通路で殺希と会話していたはずだ。意識を失っている間に移動させられたらしく、現在地が全く分からなかった。
ぐるりと見渡すが場所を判断できる物は何一つない。確実に言えることは、一般の住居スペースとは異なると言うことだけ。
生活感はなく、事務机と物資が詰め込まれた棚が乱立した、酷く無機質な部屋だった。寝かされていた椅子も含め、病院か研究施設のようだった。
窓はなかったが、代わりに部屋の一面が巨大なガラス張りになっていた。隣室に繋がっている風にも見えたが、ガラスの向こうは暗くて窺うことは出来ない。
よもや、自分が同じ建物の地下深くに幽閉されているとは考えもしない。
そんな無機質な部屋の中、透哉が絶句する。
透哉は座席を離れ、それに歩み寄る。
――アカリが寝ていた。
厳密に言うと数多のケーブルが接続された機械まみれのベッドの上、ガラスケースに囲まれ安置されていた。透明の棺桶にも見えた。
穏やかに眠って見える姿に胸をなで下ろし――そうになる。
そのアカリの存在は心を落ち着かせるものではなく、真逆のもの。
反射的に身震いを起こした透哉の眼下、アカリは目を閉じたまま、微動だにしない。死体よりも血の気のない顔からは生気は欠片も感じられない。動力を引き抜かれたロボットのように、そこに在った。
静止画像を眺めているような変化のなさに、透哉は息を飲む。
十二学区で作られている存在、それを初めて目の当たりにしたのだ。
これがアカリと過ごすうちに無意識に目を逸らしていた、現実だった。
ほんの半日前まで遡れば大衆の前で脚光を浴び、アイドルとして輝きを放つアカリが壇上にいた。
それが今は外界と隔絶され、生活音さえ欠いた物寂しい空間にいる。
「何故、こんなところに居るんだよ……」
「違うよ、ミナミトウヤ」
「?」
アカリを囲むガラスケースに手を突き、力なく吐露する、その透哉の背後。
振り返ると再び赤い瞳を狂気的に輝かせる殺希が口元を歪めて笑っていた。
「ここに、置いてあるんだよぉ?」
殺希の短い言葉だけで理解する。
今と言う時間が、意識が途絶する前の延長なのだと。
アカリが倒れ、融解し、汚物として片付けられた、その続きなのだと。
狂った夜は、終わらず続いていた。
「そして、アカリはここで作られているんだよ」
「つ、作られ……」
「まだ驚くのかな? そろそろ受け入れて欲しいなぁ。この十二学区と言う場所を」
『作られた』ではなく、『作られている』と今も継続する出来事だと、それが日常だと明かされた。
受け止めがたくも、透哉は受け止めようとした。喉を通らない物を無理に嚥下するように。
透哉は必死に自分を納得させる言い訳と理屈を探した。
予め知っていたことを目の当たりにしただけ、図鑑で見た動物を実見することと同じ、と。
「さっきも言ったけど私は君の味方だよ?」
「どこがだよっ!」
「君が、君の取り巻く世界に慣れるように、教えて上げてるのにねー?」
殺希が口を開く度に流入してくる真っ黒な知識に、思わず耳を塞ぎたくなった。
けれど、逃げるという選択肢はなかった。
極論、引き留めていたアカリがいなくなった以上、力尽くで抜け出すことも視野に入れていた。
しかし、止めた。まだアカリに面と向かってライブの一件への礼を言っていない。
殺希の言葉を鵜呑みにするならアカリは蘇るのだ。それがどんな形であろうと、もう一度アカリに対面するまではここを離れる気はなかった。
だから、透哉は耐えるしかなかった。それがたとえ悪意に満ちた教鞭でも。
「アカリは成長期だからね。こうして一定周期でボディの交換が必要なんだ。ほら、よく見ると前より少し胸が大きいでしょ?」
「知るかそんなもんっ!」
殺希はアカリに添うように置かれた席に着くと、ニヤニヤと笑みを浮かべ作業を始める。
その隣、機械に接続された黒い球体が赤や緑のランプを明滅させている。アカリの体内から取り出され、殺希がアカリと呼称したあの黒い球体だ。
その機械的な光がアカリの命の鼓動のよう見えた。
今接続されている物々しい機器こそが、本当の意味でのアカリの生命維持装置なのだ。
透哉は無力さを嘆くように無意識に拳を固く握る。
「再三言うけど、妙な気は起こさないようにね? もっとも、君がそれを持って逃げたところで何も出来ないだろうね」
殺希はアカリ本体を一瞥しながら透哉に釘を刺し、無力さも突きつける。
「クローン人間ってことなのか……? 十二学区に紛れ込んでいる作られた人魔、それがこいつだってことなのか!?」
「んー、似ているけど根本が違うかなー。クローンは同じ遺伝的特徴を持つ個体を人工的に生み出す技術のことだよ」
透哉は得た知識を噛み砕くように声を荒げる。しかし、返ってくるのは気の抜けた声での事務的な回答。
「普通のクローンは受精卵や成体の体細胞を使うけど、私は魔力因子をベースに作っているからねぇ」
「人を、人魔を作っている点は変わらないだろ」
過程や詳細に差があろうとも、人魔を作っている本質を言及したつもりだったが、殺希の軽い返事からは緊張感と罪悪感が微塵も感じられない。
「確かにそうだね。新たな生物を作るという点は酷似しているけど、私が普段行っているのは能力の継承と無性生殖による複製だよ?」
「?」
「つまり、作る物の何を重視するか。普通のクローンは容姿や細胞と言った肉体、器の部分。それに対し、私が重視しているのは人魔としての能力。見た目も性別もこだわってないんだよ」
「こだわりがない? その説明だとおかしいだろ」
眼前で横たわるアカリの肢体を恐る恐る見直す。
こだわりなく作ったと言うにはアカリと酷似しすぎている。
「それはアカリ専用のクローンボディだからねぇ。核を載せ替える度に身体が変わっていたら困惑するだろ? 君が今日一緒にいたアカリが言わばオリジナル。外見はこれと同じでオリジナルの体細胞を使ったクローンだけどね」
寝かされたアカリの体を着せ替えの道具みたいに語る殺希。実際、核が本体と言われている以上、額面通りの意味しかないのだろう。
「そして、こだわりがないって言ったのはオリジナル、つまり最初のアカリを生み出した過程の話」
「じゃあ、こいつは能力を継承する過程で偶然この容姿になったってことか?」
「そんな感じ。適当に色々作っている過程でアカリが生まれて気に入ったから娘にして、クローンボディとして増やしたってことだねぇ。分かった~?」
誕生秘話にしては余りに雑然としている。適当に酒を混ぜていたらおいしいカクテルが出来た、そんな言い草だ。
しかも、透哉の理解が及ぶように噛み砕き、わざとふざけた説明をしている。
理解が追いつき、意味を知るほどに気味が悪くなっていく。
親鳥がすり寄ってくる雛に毒を与えるようなものだ。
「そして、これが次のアカリの身体だよ。もしかしたら君が触ったり揉んだりするかも知れない身体だねぇ」
「ふざけるな」
「はははっ、怖いなぁ。それとも動作前に少し触らせて上げようか? まぁ冗談だよ。我が娘の貞操はそう簡単にやれないからねぇ」
どこまでが本気でどこまでが冗談なのか、一貫したやんわりとした口調の丁寧な説明が、殺希の思惑を全て覆い隠していた。
「さてと、無事に状態確認と複製が終わったから、あとは核を胸の中に戻せばアカリは蘇る、というわけだよ」
アカリが再び目覚める、そう聞き透哉の表情が微かに緩む。
それと同時に、気付く。
アカリ自身は、自分のことを知っているのか?
「機会があれば君にもアカリを起こす王子様役をやらせてあげるよ?」
「ふっ、ふざけるな、どこの白雪姫だ。そんな役こっちから願い下げだ」
軽い口調で機器の操作をする殺希の横顔からは、命を扱う物の慎重さが欠けていた。暗に失敗しても問題がない、そう告げられている気さえする。
殺希はアカリの今後に関わるであろう作業を透哉と会話する傍ら、延々と片手間に行っていたのだ。
「そうか、王子様が起こすのは白雪姫だったね。世事に疎いせいで間違えてしまったよ」
「何が言いたいんだ」
「アカリは作られた人魔、君はそう言ったけど、その本質は他の人魔ほど穏やかではないよ?」
「何だよ、今更手塩にかけた娘だから特別だとでも言いたいのか」
「うん、そうだよ。アカリは自立可動魔道機、識別名称『シンデレラ』と呼ばれる魔力で動く歴とした兵器だよ?」
これまでの説明を逆手に取った皮肉をぶつけたが、殺希にはまるで堪えた様子はない。それどころか、アカリ本体である黒い球体を指さしながら、こともなさげに告げた。
兵器、そう言われて透哉の心が激しく揺れた。
自分たちが十二学区を標的とする理由はメサイアの戦力を削ぐため。そこで作られた兵器など、直接激突する恐れもある駆除対象なのだ。
自分にとって十二学区は壊す予定の建造物に過ぎない。中に何があって、どんな生き物がいて、生活しているかなど見る必要なかったのだ。
中身を見ずにゴミを捨てるように、異国の地図をクシャクシャに握りつぶすように、罪の意識など持たずに破壊という結果だけを目的としたかった。
「君は受け入れなければならない。ケージの中身も確認せずに壊し、殺すことは許さない。しっかりと、見聞して、君の野心の過程にしなければならない」
殺希は淡々と告げる。
まるで、透哉を意図的に苦しめ、葛藤を煽るために知識と経験を与えるように。
「君はアカリを殺さなければ、前に進めない」
「――っ」
殺希の提示した未来に透哉は頭の中が真っ白になった。
逃げずにこの場に居座ったのは、アカリへ面と向かって礼を言うため。そのために殺希の言葉に耳を傾け、再会を待っていた。
宿命だとでも言わんばかりの口ぶりに透哉は、初めて胸の痛みを覚えた。
健気で真っ直ぐで眩しい彼女は、十二学区の闇と無機質で無骨な奈落で生まれた兵器だった。
そして、殺希が透哉に与えたのは残酷な事実ではなく、有益な知見と言う苦い薬なのだ。
露骨に勢いを失い、刺激すれば自害さえ決めかねない透哉に、殺希は無慈悲にも言葉を続ける。
「君は弱いなぁ」
しみじみと、それでいて靴底で踏みにじるように。
反応した透哉の心の内を具に感じ取り、追い打ちをかける。
「心が弱い。ほんの些細なことで揺れ、今にも崩れそうだねぇ」
「――どこが些細なんだ!? あいつが、春日アカリが死んだことの! 作られた存在だってことのどこが小さいことなんだ!」
透哉は沸き立つ怒りのまま、声を張る。
弱いと言われたことではなく、アカリを、命を作る行為を些細と軽視されたことに。話しの焦点が後退していることに気付かないくらい透哉は動揺していた。
そして、自身の掲げる野心、その障害となる物を実体として捉えた瞬間でもあった。
「だから、それが些細なんだよぉ? これから起こることに比べればね」
「ぐっ、くそぉ!」
けれど、三つ編みを振り乱し、カーキ色のコートを纏った『悪夢』は透哉の正面に立ち、端然と言い放つ。
歯を食いしばり、稚拙な罵声に頼るしか出来なくなった浅い甘い弱い少年に。
殺希は口調を崩さない。
害ある老婆心を持って『平等で中身のない感情』を振りかざす少年を追い詰める。
「しかし、今になって初めて名前を呼ぶなんて酷いね、君ってヤツは。今度はちゃんとアカリの意識があるときに呼んであげるんだよ?」
殺希は言い終えるとスッと、三つ編みの髪飾り、銀色のリングに手をかけた。
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