終末学園の生存者

おゆP

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第二章

『同声談話』

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 ある夜、一人の少女が夜ノ島学園の一室で電話を取る。
 呼び鈴はなく、通電さえしていないが、受話器を耳に添えると声が響いた。

『こんばんは。最近はいかがかしら?』

 聞こえたのは涼やかな少女の声。

「こんばんは。こちらは滞りなく」

 暗い一室の中、同じ声で言葉を返す。
 彼女たちならば小道具なしに、意思の疎通が可能なのだ。
 それでも彼女たちが電話のまねごとをするのは、互いの立場と役割を明確化するための必要な動作だからだ。
 双方、種も仕掛けもなく声をつなげる電話機にも、自分と同じ声にも驚く様子はない。
 慣れすぎる余り、対面して話すような自然な装いだった。
 お互いに嫋やかな仕草で受話器を持ち、静々と会話を進める。

「今回の件、てっきりあなたの差し金だと思っていたのだけれど?」
『残念ながら違うわ。完全なアカリの独断よ』
「へぇ、そうなの」

 含みのある短い言葉で返すが、欠片も納得していない様子が窺える。
 実は、とある少年を十二学区に向かわせる計画は以前から画策してあった。それ故に、先を越されたことへの苛立ちがあった。
 しかし、そんな感情を外に吐き出すほど少女は幼稚でもなかった。
 殺そうと追い立てた虫に些細な抵抗を受けて苛立つ、その程度の感覚でしかない。

『あら、随分気が立っているみたいね?』
「――っ」
『隠す必要あるのかしら? 私も同じ気持ちなのよ?』

 即座に指摘され、思わず言葉を失う。
 些細なニュアンスの違いも汲み取られる共感は、以心伝心と言って遜色ない。

「そうだったわね。宇宮湊」
『そうよ、草川流耶。でも、どうやって彼を向かわせるか苦慮していた私たちとしては都合がいいと思わない?』
「ふふっ、そうね。私たちの関与がない分、透哉は疑いもしないでしょうね」
『そうね、強引に従わせることはできても、自発的に動いてくれるに越したことはないわ』

 受話器越しに二人、軽く笑みを零す。
 多少の苛立ちを残しつつも、彼女たちは生じたイレギュラーを起点に計画を組み替える柔軟さを持っていた。

『そっちの学園側への通知は?』
「うふふ、任せて貰って結構よ」

 答えた少女が机上に置かれた紙面にペンを走らせ始める。
 書類を書きながら、ここまで淡々とした口調で話を進めていた少女の声が弾む。
 電話の相手にはそんな少女の機微が手に取るように分かった。

『あら、楽しそうね?』 
「ええ、楽しいわね。私がこんな形式染みた書類を作るなんて」

 少女の声には呆れや自嘲が混ざっていた。そして、仕上げた書類には『外泊届』と書かれていた。
 再度紙面に視線を走らせ、余りの馬鹿馬鹿しさに僅かに口元が緩む。
 タイミングを見計らったように、受話器から失笑混じりの提案が飛んでくる。

『たまにはこちら・・・と変わってみる?』
「じょ、冗談でしょ?」

 予期せぬ不意打ちに、少女の言葉が裏返った。自分が通話中なことも忘れ、完全に油断していた事実に気付かされる。
 そして、一瞬だが『入れ替わった』自分を想像して僅かに目眩がした。

『うふ、勿論冗談よ。あなたでもそんな声、出ることがあるのね。驚いたわ』
「聞かれたのがあなただったのが、唯一の救いね」

 相手のからかい口調を咳払いで一蹴し、少女には極めて珍しい弱々しい言葉を吐く。

『これを聞くのは野暮かもないけれど、そんな届け、必要なのかしら?』
「約束してしまったのよ。彼の生活を邪魔しないって。その時が訪れるまでは」
『へぇ、その時。ねぇ?』

 たった今作成した書類も、所詮、学園の規則を遵守する名目のものでしかない。極論、少年が退学になったとしても、彼女たちの計画に支障は出ないのだ。
 学園という形式に囚われる彼への配慮であり、同時に脅嚇の道具としての価値を維持するためなのである。

『ところで『片天秤アンチ・ライブラ』を使ってもいいのかしら?』
「許可は出すわ。優しい彼のことだから私たちの手助けがないと無理でしょうしね」

 受話器の声は今後の展開を周知する者としての確認だった。大幅に省かれた内容だったが、少女は即座に認可を下ろす。
 決断の意味を重々理解した上で。

『正直、路傍の石ころ程度軽く蹴って欲しいところだけれど?』
「そうね。でも、強がっているだけで彼はまだ人間ですもの。後のことは頼んだわよ?」
『ふふっ、心得たわ』

 少女の返事に、受話器の声からも険が取れる。
 これまでの事務的なやり取りとは違い、悪戯を企てる子供のように無邪気に。
 それでいて、魔女のように醜悪に。
 そして、受話器を挟み、二人同時に時刻を把握し、

「シンデレラの魔法が融けるまで」
『シンデレラの魔法が解けるまで』

――あと、僅か。

 少女が受話器を置き、残響が消える頃。
 時計の針は零時を指していた。
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