終末学園の生存者

おゆP

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第二章

第20話 アイドルの凱旋。(4)

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4.
 アカリの口は自然と動いた。
 知って欲しいと望んだ。

「ねぇ、私の話に少し付き合ってよ」
「断ってもどーせ話し始めるんだろ?」
「うん」

 さっきより僅かに熱を帯びたアカリの声。
 透哉は面倒くさそうに言いつつ、歓迎こそしなかったが、拒絶もしなかった。
 その様子を見たアカリは小さく笑った後に語り始める。

「私ね、小さい頃からいろんな人に優しくされて生きてきたの。思い上がりかもしれないけど、アイドルになる前から結構人から好かれるタイプだった」

 アカリの表情には妙な影があった。笑っているのにどこか自嘲するようなそんな色が窺えた。
 透哉は別段身構えずに耳を貸す。聞き入ると言うよりも、店内で流れる音楽に耳を傾けるくらいの感覚で。

「でも、最近になって気付いたの。昔のことを振り返って、当時かけられていた言葉を思い出して。私はただ、丁重に扱われていただけ。優しくする振りをして適度な距離感で突き放されていた。ほら、親って余所の子供を怒鳴って叱ったりしないでしょ? あれと同じなのよ」
「気のせいじゃないのか? ガキの頃の話だろ?」

 透哉が口を挟むとアカリは強く頭を振った。透哉の言葉を強く否定したと言うよりも、過去を振り払うように。

「ううん、あってるよ。気のせいじゃない。誰だって私みたいな子供・・・・・・の扱いは困るし難しいと思う。だから、大人たちは私を傷つけない優しい嘘で私を守り続けた」
「……おい、泣いてんのか?」
「え?」

 さっきまでの笑顔が嘘のように、アカリの目尻から涙が溢れた。慌てて目元を拭ったが、涙は次から次へと溢れだし、アカリの頬を伝う。

「あれ、なんでだろ、私!? 大丈夫、大丈夫だから!」

 アカリはボロボロと涙を流して癇癪を起こした。無理に笑おうとした顔は思わず目を背けたくなるほど痛々しい。
 透哉は咄嗟にテーブルの隅に置かれていたティッシュの箱を掴むと、アカリに差し出す。

「ごめんね、いきなり泣き出したら困るよねっ! はははっ」
「いいから、涙拭けよ。俺が泣かしたみたいだろ!?」
「うん」

 アカリは掴んだティッシュに涙を吸わせて拭うと、アイドルには相応しくない「ズビー」っと豪快な音で鼻水を拭き、充血した目のまま、はにかんだ。

「透哉って、本当は優しかったんだね」
「……狂ったか? 何をどう解釈したらその結論になる?」
「言ったでしょ? 私は優しい嘘に囲まれて育ったって」

 アカリの突拍子もない物言いに、粗相をした犬を見る目をする透哉。
 しかし、透哉の怪訝な目をアカリは一切気に留めず、話を続ける。

「だからかな、きつめの言葉の方が信用できるって言うか、嘘で褒めることはあっても、嘘で悪口っていわないと思わない?」
「まぁ、確かに」
「透哉に言われた言葉、私に沢山突き刺さった。悔しくて泣いた。善意でも悪意でもない、透明な本音。私のことを知らないからこそ出てきたありのままの言葉。でもね、そこに今まで見たことの言葉の色? みたいなものを感じたの」

 アカリと初めて出会った日に無遠慮に吐いた暴言が着色と脚色されているが、その点は言及しない。

「んじゃあ、何か? 今日まで悪口一つ言われず、他人からの悪意を受けずに育った箱入り娘ってことか?」
「ちょっと違うかな。腫れ物に扱うみたいに、私は傷つけないように。サツキさんは私の本当のお母さんじゃないから」

 アカリの告白に透哉は合点がいった。
 母であるサツキを保護者と呼び、まるで他人みたいに扱っていた違和感の正体がこれだった。
 会場では口にしなかったが、アカリとサツキを親子として結びつけるには無理があった。
 二人の外見が似ていないこともそうだが、それ以上に春日サツキと言う存在に子を持つ親としての母性のような物を一切感じなかったのだ。

「だから、私って余りわがままって言ったことはないのよ。実は」

 言ってアカリは弱々しく笑う。
 チクリ、と小さなとげが触れる程度の痛みを透哉は感じ取った。
 それは前触れ。

「私ね、孤児園の出身なんだ」
「は? 孤児園?」
「だから、お父さんとお母さんのこと何も知らないの。あーでも勘違いしないでよ? 恨んでいるとか、そんな話じゃないから。それに、ここではけっこうあるらしいから」

 さらりと答えた割にアカリの顔色は優れない。
 当たり前だ。自分という存在のルーツをまるごと否定する過去を晒しているのだから。

「表向きはね、秘密なんだよ? イメージダウンを気にする仕事だから」
「何でそんなこと俺に言うんだ」

 これ以上踏み込まないと決めていた透哉からは決して聞くことはなかった。
 アカリが黙っていれば知ることはなかった秘密。
 同時、ざわざわと心中をかき乱す不気味な気配を透哉は覚えた。その気配に心当たりがあったが、透哉は深追いを止めた。
 影で物音が聞こえるのに、恐怖から覗き込むことを拒んだ。
 アカリまでもが十二学区の闇から生まれた存在だと認めたくなかった。
 アイドルという光放つ存在までもが、闇の一端に触れている事実が恐ろしかった。

「よく分からない。ただ、透哉といたら急に聞いて欲しくなったから。ダメかな? こう言うの?」
「……っ」

 透哉は上目で自分を見上げるアカリに返す言葉が思い浮かばない。
 何を言うべきかも、何が言いたいかも。
 この瞬間だけ、透哉は全ての言葉を忘却した。

「どうしよ、なんだか何でも話せちゃえそう」
「――お前、俺のこと嫌いだっただろうが」

 やっと出たのは下らない皮肉。
 けれどアカリは頬を朱に染め、えへへと照れて笑う。
 自虐的と言うより、飛び疲れた鳥がやっと止まり木を見つけて安堵したように。
 アカリは足を崩し、極自然な動作で透哉に身を寄せる。

「そうなんだけどー、でも、私のすごさ認めさせたから実質もう私の勝ちじゃん? だから透哉も私のファンの一人で、私も結構好き!」
「どんだけおめでたいんだ、お前の脳細胞どもは」
「初めて会ったときに酷いこと言われたけど、今はまぁ、そう言う見方もあるかなって」
「つーか、お前さっきまでバカみたいに泣いてたくせに」
「そうだね、透哉」

 自然と肩が触れていて、身じろぎ一つで相手を感じられる距離で透哉は言葉を吐く。
 自然な流れで呼ばれた名前。
 不思議と悪い気はしなかった。
 優しく耳を打ったその感触に不快感など湧くはずもなかった。
 そして、思う。
 温かい、と。
 触れ合う肩から伝わる直接的な熱とは違う、もっと芯の部分から滲み出た、心の温かさ。
 学園再興の野心を掲げる透哉には気が休まる瞬間はなかった、許されなかった。
 肩を寄せ合って同じ部屋の空気を吸い、弱さを共有し、許し合うことなど想像もしなかった。
 十年前のあの日から初めて見つけた安息の地。
 自然と肩の力は抜け、思考は安穏と言う優しい泥の中に沈むように墜ちる。
 だから、透哉は現実から目を逸らした。
 普段の透哉なら直視して、受け入れた最悪の荒んだ真実を。
 部品は揃っていたのに組み立てを放棄した。
 無意識に裏側を覗き込むことを拒んだ。
 優しさに握り込まれたことで、アカリの明かした秘密を学園で得ていた情報と結びつけず――そのままにした。

「それじゃ、凱旋パーティー開始ってことで乾杯するわよ!」
「流されている気がする」

 透哉が強引に握らされたジュースの缶を受け取ると、アカリが同じラベルの缶を掲げて宣言する。
 アカリ称する凱旋パーティーは開栓の音で始まる。
 同時に終わりへのカウントダウンも始まる。
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