終末学園の生存者

おゆP

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第二章

第20話 アイドルの凱旋。(3)

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3.
「なぁ、なんでアイドルなんてやってんだ?」

 それは以前にホタルが湊にした質問に似ていた。
 湊の返事はろくでもない内容だったが、流耶の存在を考慮すると適切な答えだった。
 だから普通のアイドルの忌憚ない動機に興味が湧いたのだ。増して、湊から他のメンバーにも、何らかの思惑があるとほのめかされていたので気にもなる。
 透哉は自己顕示欲の塊みたいな返答を予想していた。同時に醜い正体を暴いてやろうと言う邪な感情が少なからずあった。

「楽しいからよ。歌って踊ることが。そして、みんなを楽しませることが」
「え?」

 アカリの短い返答に透哉は咄嗟に言葉が浮かばなかった。
 下水の蓋を開けたら清流が流れていたみたいに、完全に虚を突かれたからだ。
 あまりに無意識なアカリへの侮辱に透哉は自分自身を恥じた。これが出会ったばかりの透哉ならなんとも思わなかっただろう。
 アカリの善し悪しの両面を見た上で、この屈託のない答えをされては邪推し甲斐もない。

「それと同じぐらいファンのみんなに楽しんで欲しいもの。また来たいって思わせたいじゃない。だから私は歌うし、踊るの。だって、アイドルってみんなを勇気づける存在だって思うから」

 それは完全な追い打ち。
 アカリを邪推する透哉への純な気持ちによる一閃。
 会場で輝き、翻ったあのクライマックスの剣舞。そこから生まれた光芒になんの影もなかった証明。
 真っ直ぐ正面を見据えるアカリの横顔を、透哉だけが見ていた。

「そう、思いたいじゃない私たちの、私の歌や行動に意味や価値があるって、誰かの力になっているって思い込みたいじゃない」

 画面の中で笑顔を振りまきながら踊っていたアカリとは、逆の表情を見せるアカリ。
 パレットでアカリに初めて出会った日、追い払うために放った心ない言葉。
 透哉はどれほど安易に思いを踏みにじり、アカリを傷つけたのか、思い知った。
 あの日の記憶を掘り返し、吐き捨てた言葉を思い返しているとアカリと視線がぶつかる。

「ねっ? そう思わない? 今のあんたなら分かってくれるんじゃない?」
「まぁ、な」

 恐らく同じことを思っていたアカリが不安そうな面持ちで透哉に求める。
 謝罪を求める後ろ向きな理由ではなく、正面から認められたいと前向きな思いで。
 向けられた目には輝きが宿り、放たれた言葉に嘘はない。
 純粋で真っ直ぐ。あれだけ酷い言葉をぶつけた自分にさえ他のファンたちと同様に笑みを向けた。
 ありのままのアカリが透哉には眩しすぎて、曖昧な言葉でしか返すことが出来ない。
 会場でも見たアカリの眩しさの源に触れた気がした。
 数秒ほどの沈黙。
 戸惑う透哉にアカリがずいっと詰め寄る。

「凄かったでしょ? 可愛かったでしょ?」
「まあ、な」
「凄かった。可愛かった?」
「えー」
「可・愛・か・っ・た・! でしょ!?」
「あーあー、可愛かった」
「ホントに!? やったぁああぁぁ!!」

 迫りながら徐々に口調を強めるアカリに、透哉は投げやりに答える。
 脅迫に近いアピールに根負けする形で認めたが、アカリはまさかの狂喜乱舞。
 ソファの上でぴょんぴょん跳ねてバンザイまでしている。

「ったく、泣いたり笑ったり飛んだり跳ねたり忙しい奴だな」
「仕方がないでしょ!? 商業動物、あんな風に言われたの、初めてなんだから!」
「そうか?」
「そーよ! 初対面の女の子にあんな酷いこと言えるのはあんたくらいよ!?」

 一通り文句を並べて満足したのか、アカリはソファに座り直すと嬉々として宣言する。

「ささ、これからが凱旋パーティーよ! 自由に飲み食いして貰っていいわよ!」
「分かった。酒だ酒!」
「あるわけないでしょ!? 飲酒なんてしたら私のアイドル人生どうなると思ってんのよ!? ただでさえ男を連れ込んで、るのに……」
「顔真っ赤だぞ。変なこと意識させるなよ……」
「……」
「……」

 今更行動の迂闊さに気付いたのか、自らの言葉に赤面するアカリに充てられ、透哉も頬を染めて視線を外した。
 双方が意図しない無言の数秒。
 先に口を開いたのは透哉。
 しかし、意識を反らすために放った言葉には普段の荒さは含まれていない。

「つーか、負かした相手が参加する凱旋パーティーってのも、おかしな話だな」
「あれ? もしかして照れてる? それってやっと私の魅力に気付いたってことよね?」
「――はぁ!? なんでそうなるんだ! このクソアイドルが!」

 場の空気を変えようと軽く揚げ足を取った透哉だが、あっさりとアカリに受け流される。それどころかアカリに照れ隠しまで見破られてしまう。
 顔を赤らめているせいか返す刀で放った暴言にも刺々しさはない。
 透哉との会話で初めて主導権を握ったアカリはここぞとばかりに胸を張る。
 鬼の首を取って威張っていると言うより、小さな子供の自慢話に近い。

「まっ! 私って、アイドルだし!」
「ほいほい、そうですかー」
「ちょっとなによー、たまには私の会話に付き合いなさいよ~」
「どっちかって言うと好き放題言ってるのはお前の方じゃねーのか?」

 ソファの肘掛けで頬杖をついてふて腐れる透哉に向かって、アカリがここぞとばかりに煽り口調で距離を詰める。
 そして、透哉の返答にアカリは「そだっけ?」と首を傾げ、何かに気付いたように目を見開いた。

「(……そっか、私って透哉の前だと好きなこと言えてるんだ)」

 ソファに正座したアカリが小声で何か言ったが、透哉には聞き取れなかった。
 さっきより近くに居るのにアカリの表情は読みづらく、何を考えているのか検討も付かない。

(冷静に考えて、いくらムカついたからって応答するまで百回以上電話なんてする? 普通に考えておかしいでしょ!? なんで、なんであんなこと平気で出来たの私ってば!?)

 思い出した自らの奇行に、遅れて沸いた羞恥心。冷静に考えれば考えるほどに常軌を逸する行動をしてしまったと、テンパってしまう。

(今日だって勢いだったとは言え、こ、こんな時間に家に連れ込んでこれじゃまるで……ウソウソウソウソ! 私、こいつのこと、透哉のこと)

ボン。

(違う違う! ありえない、勘違いよ! まだ名前で呼んだこともないのに、ない、のに……呼んでみようかな?)
「ねぇ、透哉・・?」
「なんだよ、改まって気味がわりい」

 まとまらなかったアカリの思考が、統率された兵士のように急激に動き出す。
 透哉の代わり映えしない態度と返答がアカリの胸中に変化を生む。
 それは熱。
 春の日差しが、干した布団をフワフワにするような、じんわりと温かく心地のよい感覚。
 その感覚が意味する気持ちをアカリが自覚するまで時間は必要なかった。
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