終末学園の生存者

おゆP

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第二章

第20話 アイドルの凱旋。(2)『絵』

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2.
 自動ドアを潜ると一階は数組のソファが置かれたホールになっていた。
 アカリがコントロールパネルを操作して解錠すると大袈裟な音を立てて自動ドアが開く。
 そのままズリズリと引きずられてエレベーターに押し込まれ、十二階まで上がると、降りて二つ目の部屋に導かれた。
 そして、腕を掴まれたまま玄関を潜ると施錠され、入室を果たす。
 なんだか巣穴に引きずり込まれる虫の気分だったが、バタバタと廊下を駆け抜け、リビングに通されたところでようやく腕を解放された。

「ちょっと着替えてくるから適当に座ってて。あ、覗いたりしないでよね」
「するかバカ」

 透哉が真顔で返事するとアカリがベーッと舌を出して奥の部屋に消えた。
 一息吐いてリビングを見渡すと、十二畳ほどのフローリングの洋間に大型のテレビとL字型のソファが無造作に置かれている。
 年甲斐もなくソファにダイブしてゴロゴロしようか、一人残されたのをいいことに短時間で贅の限りを尽くしてやろうと画策する透哉。
 しかし、思い止まった
 こんなだだっ広い部屋に毎晩一人。
 ぐるりと見渡しても、リビングには最低限の品しか置かれていない。散らかっていないと言うより、使われた形跡がないと言う方が正しいかも知れない。
 傍目には羨まれる境遇も、こうして間近で見ることで違った色が見えてくる。
 今でこそ入寮を果たし、連日騒がしい日々に忙殺されている透哉だが、ほんの少し前までは旧学園内でずっと一人で過ごしてきた。
 広すぎる居住空間から垣間見た一面に悪ふざけをする気持ちが失せた。
 しかし、不意に耳に入った物音に透哉の意識はカーテンで閉ざされたベランダに向いた。
 子供じみた発想を恥じつつ、透哉は窓の方に向かう。
 代わりに高所からの夜景でも楽しもうかと思いカーテンを捲り、絶句した。
 ベランダからこちらを鬼の形相で睨む宇宮湊と目が合ったからだ。
 見なかったことにしてカーテンを閉じて忘れてしまおうと思ったが、無言で窓を指で叩かれ解錠を要求される。後々面倒になりそうなので透哉は窓を開いた。
 湊の力を行使すればこんな窓如き紙切れにも満たないだろう。にもかかわらず透哉に解錠させたのは騒いだり暴れたりするつもりはないからだろう。
 窓を開けて第一声、透哉は疑問をぶつける。

「何やってんだ、お前」
「あら、お、お邪魔だった?」
「邪魔というか、何故ここにいる?」
「私がここにいたダメなのかしら?」



 ベランダにいたのはパーカーをきたラフな格好の湊。返事の歯切れは悪く、ポケットに手を入れて居心地悪そうに視線を泳がしている。
 透哉は咄嗟に「ダメだろ?」と言いかけて言葉を飲み込む。理由は定かではないが大層ご立腹の様子なので刺激を避けた。
 ベランダに到達した方法を尋ねるのも野暮なので、所在理由だけに絞って聞いた。本家の流耶を知っている以上、湊が飛んだりワープしたりしたところで驚きはない。
 優雅に振る舞う湊だが、声が上擦っている。不機嫌さを無理に取り繕っているのが見え見えだった。
 流耶に比べて湊は嘘が下手というか、感情が豊かな気がする。

「それで、どうした? アイツに取り次げばいいのか?」
「いいえ、その必要はないわ」
「じゃあ、何の用だ?」
「そうね、いっそ、この建物諸共破壊してやろうかしら」
「何故そうなる……さっきから何を怒っている?」

 薄紫色の魔力を滾らせながら、震える声で洒落にならないことを言う。
 どうしよう。全然話が噛み合わない。
 一応湊のペースで話を進めているつもりの透哉だが、結論を急ぎすぎたのだろうか。
 パレットのオープンテラスで見た限り、湊は流耶とは異なり破壊に特化した能力のようなのでこんなところで暴走するのは止めて欲しい。

「頼むから止めてくれ」
「まぁ、いいわ。今晩くらいは許して上げる」

 透哉の危惧をよそに自己完結させた湊は最後にそれだけ言い残すとベランダの塀を跳び越えた後、薄紫色の光を残し忽然と消えた。
 結局なんだったんだ? と思いつつ窓を閉めて施錠をしながら、逃げる手伝いを申し出ればよかったと後悔した。

(こっちの流耶は妙に表情が豊かだよなぁ)

 ウィンクしたり、頬を膨らませたり、大衆を前には笑顔を惜しみなく振りまいている。
 これが普通の女の子なら気に留めなかっただろう。
 流耶と言う比較対象の存在がややこしくしている。
 透哉としては二人を別人と区別せず、あくまで湊は流耶の派生品と言う見立てなのだ。
 最終的に表情の豊かさは「職業病か?」などと考えつつ、再度施錠を確認してカーテンを引いた。
 すると奥の部屋から首を傾げたアカリが戻ってきた。

「ん? 窓なんて開けて何してたのよ?」
「あ? これはちょっと夜景でも見ようと思ってな……」

 透哉は声に振り返り、現状に息を詰まらせる。
 突然の珍事より目先の大問題への対応を迫られたからだ。
 アカリだと思って答えたら、目の前に知らない女が立っていた。

「――誰だ?」
「は? 私よ私? わかんないの?」
「詐欺の、方ですか?」
「春日アカリですぅ!」

 透哉は近視の人が視力表を見るみたいに目を細めて聞いた。
 いつものツインテールではなく、後ろで髪を結ったアカリだった。

「なんだ、髪の束一つ減ったのか?」
「束って言うな! ツインテールよ!」
「束が二つでツインテール。なるほど、覚えたぞ」
「何よ、ちょっと髪型変えただけでしょ!?」

 アカリはもう、と言いながら後ろで束ねた髪を解き、自由にする。
 すると透哉は何かを探すように首を左右に振る。

「あれ? アイツどこ行った?」
「だから、私よ私!」
「誰だお前は?」
「か・す・が・ア・カ・リ・!」
「なんだ、目の前にいたのか。区切って自己紹介がアイドル流なのか?」
「んなわけあるかぁ!? と言うか私の判断基準髪の毛だったの!?」
「二本の太い毛、それが……お前の特徴だ」
「ちょっとかっこいい声で言うなぁ!!」

 相当ショックなのか、アカリは泣きそうだ。
 今回ばかりは全く悪気がないだけに透哉は不思議な顔。
 説得も説明も前向きに諦めたアカリが髪型と一緒に話を戻す。
 結い直されたツインテールを振り乱しながら、窓を背にした透哉に言う。

「それはそうと、夜景っ! まぁまぁ綺麗だったでしょ!? 角部屋だったらもっと見渡せて綺麗なんだろうけど!」
「あー、そうだな綺麗だった。と言うか何故そんなにヤケクソなんだ?」

 何故か肩で息をしているアカリに事のついでと尋ねると「うるさい!」と一括されてしまったので追求を断念した。

「あとは、少し怖かった」
「えー、なになに? もしかして高所恐怖症とか?」

 まさかベランダに現われた湊を思い出し身震いしたとは言えない。今もこのやり取りをどこかで見張っているかもしれない、そう考えると更に寒気がした。
 普段から物怖じしない透哉だが、さっきの出来事は別の話だ。
 もう機嫌を直したのか、コロッと態度を変えて悪戯っ子みたいな笑みを浮かべるアカリはさておき。
 透哉は今すぐにでも逃れたい一心だが、生憎それが出来ない。
 事情と経緯は置いておくとしてわざわざコンサートに(チケットは無料で)招待して貰った恩がある。
 訪れるまではたかがアイドルグループのコンサートだと、正直馬鹿にしていた。
 しかし、道中に出会ったエレメントのファンたちや会場の熱気、携わった人々の多さを考慮した結果、湊のつてで偶然知り合った程度の自分が安易に受け取るには大き過ぎる恩だった。
 御波透哉という少年は妙なところで律儀なのである。
 強引に部屋に引きずり込まれたことは別として、すごーく困っていた。
 相手の出方を見ることにした。

「とりあえず準備するから座って待ってて」
「準備?」

 透哉は首を傾げつつも大人しく従い、再出撃してきたアカリを見聞する。
 ハーフパンツに大きめのTシャツ。片口からはキャミソールらしき紐が覗いている。本人は無自覚なのかパタパタとフローリングの上を駆け回る度に石けんの香りが漂う。
 何やら準備しているらしいが、シャワー後の薄着の女の子と二人きりというのは、健全な少年にはドキドキを禁じ得ないシチュエーションだ。
 しかし、当の透哉は早々に状況確認に見切りを付けてソファに深々と腰掛け、優雅に鼻クソをほじりながら部屋の隅を眺めていた。

「お前、ちゃんと掃除しろよ。部屋の隅に埃が積もってるぞ?」
「姑かあんたは! と言うか、あんたねぇ!? もっと他に興味ないわけ!?」
「他?」

 ジュースの缶とスナック菓子の袋を抱いて台所の方から戻ってきたアカリが吠える。
 紅潮した顔面とは対照的にハーフパンツから剥き出しになった素足は眩しいほどに白い。

「ほら、広い部屋とか! 大きなテレビとか! フカフカのソファとか、それとそれと……」
「それとなんだよ?」
「あ・た・し・とか?」

 意を決したアカリは両手を大きく広げて大の字でアピール。
 ホジホジ。

「鼻をほじるなぁ!!」
「あ?」
「もういいわよ! それより、これ見るわよ!」

 手にした食料をテーブルの上にぶちまくと真っ赤な顔をしたアカリが再度吠える。
 どこか吹っ切れた様子のアカリがリモコン操作でテレビを付けると、側面のスロットにメモリーカードを差して何やら映像を流し始める。
 そして、透哉が首を傾げる間もなくアカリが隣に少し乱暴に座る。ソファのスプリングが軋み、体が傾く。横を見ると肩が触れ合うほど近くにアカリの顔があった。
 透哉は姿勢を正す振りをして身じろぎをすると僅かに距離を取る。
 何か言われるかと思って横を見るも、アカリの視線は画面に向いていた。
 テレビに映されたのは今日のライブの映像だ。

「何だ? まだ見せ付け足りないのか?」
「違うわよ。これは自分のため。踊りと歌の仕上がり具合を確認するの」

 皮肉めいた口調の透哉に答えたアカリの視線は真っ直ぐ画面の中の自分に注がれていた。
 持ってきたお菓子には手を一切付けず、口を真横に結び、瞬きもろくにせず食い入るように。
 アカリの様子に声をかけるか憚られたが、最終的に尋ねた。

「毎回こうやって確認してんのか?」
「当たり前じゃない」

 透哉の問いにアカリは憮然と答える。
 機嫌が悪いのとは違う。集中していて回りに意識を裂けないと言った様子だった。時折横目で様子を窺いながらも、本日二度目のエレメントのライブを堪能することにした。
 映像は切り貼りされて歌と踊りだけに編集されているのか、実際のライブの時間の三分の一ほどで終わった。

「あ、ルシアさんにお礼言っとかなきゃ」
「さっきの変なマネージャーか?」

 ビデオの視聴が終わり、肩の力を抜いたアカリはソファに体を埋めながら言って、スマホを取り出し手早く操作する。メッセージを送信し終え、顔を上げる頃には普段のアカリに戻っていた。

「そうよ? あんなんでも仕事は凄く出来る人なのよ?」
「あんなんって……確かにあんなんだな」

 フォローする言葉もなかったので透哉は頷く。
 評価は別として、目上という線引きはされているようだ。
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