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第二章
第20話 アイドルの凱旋。(1)『絵』
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1.
まんまと口車に乗せられた。
アカリに腕を掴まれて歩きながら透哉は思った。
今透哉たちが歩いているのはライブ会場があったパレットとは異なる、第六学区の敷地内。
本来は入場できないエリアだが、住人であるアカリの同行者として入場を許可された。
学区ごとに検問があると聞かされていたので、もっと頑強なセキュリティの存在を予測していたがとんだ拍子抜けである。
透哉は知らないが、学園や研究所など情報の集約された一部施設以外は案外融通が利くのである。
(おいおい、どうすんだ? マジで)
エレメントのマネージャー、大賀ルシアとのエロい香水コントを経て、着替えを終えたアカリと再会したと思ったらいきなり食事に誘われた。
素早く逃走を図ろうとしたが、アカリにあっさりと捕獲される。捕獲と言っても腕を掴まれただけだったが、「行かないの?」と捨てられた子犬のような目で見られては、流石の透哉でも折れないわけにはいかなかった。
『ところでなんだ? その帽子とメガネは?』
『何って変装よ。アイドルがプライベートで食事行くのよ?』
『だから?』
『うっかりファンに出くわして絡まれたら、あんたに迷惑がかかるでしょ?』
『そう、なのか?』
透哉にアイドルの私生活を鑑みる機会などあるはずがなく、アカリの論に今ひとつ懐疑を抱きつつも納得するしかなかった。
人目への配慮か、いつものツインテールは目深に被ったキャップの奥に押し込まれている。
結局押し切られる形で、雰囲気皆無の牛丼のチェーン店に引きずり込まれた。確かにアイドルが安い牛丼をバクバク食べているのはイメージダウンに繋がる。
と、変装の理由を勘違いしている透哉。
アカリの完璧な(?)変装の甲斐あって周囲に気付かれることなく食事を終えた。
「何で誰も気付かないのよ!?」と何故か腹を立てるアカリを尻目に、透哉は周囲をぐるりと見渡して寮に戻ろうと駅を求めた。
そんな全力で帰宅の途につきたい透哉に、アカリが思いもよらない提案をする。
透哉は思わず目を剥いた。
実家へと招待されたのだ。
当然透哉はこれを断った。
しかし、断り方を誤った。
『家に来いだと? 何言ってんだお前? そもそも、外部の人間は他の学区に入れねーだろ?』
『住人と一緒なら大丈夫よ? ささ、質問はそれだけね? じゃあ、行こっか!』
こちらの気持ちとか、時間帯とか、男だ女だとか盾に使える事情は他にいくつもあった。
けれど透哉は検問を理由に断れると高をくくっていた。現実は困ったことに柔軟な対応を見せた。
他の学区に興味はあったがこんな夜に、しかも同世代の女子と二人で潜ることになるとは思ってもみなかった。異性として強く意識しているわけではないが戸惑いは隠せない。
そして、現在。
第六学区の検問は遙か後方。
初老の警備員は二人をにっこり笑顔で通してくれたが、絶対に勘違いしている。
アカリの手を振り払って検問を飛び出すことも考えたが、逆に不審がられて拘束でもされたら騒ぎになる。そんな行動が間違いであると気付かないほど透哉は愚かではない。
集合住宅や学園と思しき建築物を視界の端に捉えながら、夜の第六学区の道を歩く。
パレットとは異なり商店を始めとした娯楽施設は皆無で、遊びの要素は見られない。
道路に沿って等間隔に植えられた街路樹や街灯も景観よりも機能性を重視した無駄がない作りをしている。
それら整然と並ぶ建築物たちは都市規模での開発が行われた裏付けとも言える。
そんな夜の第六学区の歩道で情けない声が響く。
「家に帰りてー」
「いいじゃない、ちょっとくらい付き合いなさいよ」
「えー」
靴の裏をしっかりとアスファルトに押しつけ、摩擦力を高めた上で体を背後に傾けて抵抗を試みるが、アカリは問答無用で透哉を引きずって歩く。
靴底が削れるばかりでちっとも止まらない。
透哉の腕力がアカリに劣っているからではない。
(こいつ、微量だが魔力で力を補填してやがる)
正体を隠匿したい都合から透哉は十二学区内での魔力の使用を禁じられている身だ。男女間で元々の腕力差があるとは言え、魔力で強化された腕力を素の力だけでは振りほどくことが出来ないのである。
結果、情けなくも女子に力尽くで引きずられている。
言葉を駆使した子供じみた抵抗もしてみるが、アカリは耳を貸してくれない。時折通過する車のヘッドライトが観念しろというように煽り立ててくる。
「真面目な話、寮の門限があってー」
「そんなもん、自力でなんとしなさい。女の子の誘いを断るなんて男のすることじゃないわ!」
透哉は正当な理由を使って主張したつもりだったが、アカリに軽く突っぱねられてしまう。
これには透哉も少しムッとした。嫌々ながらもアカリの強引な誘いに応じているのだ。
「なんだその都合のいい男女差別の使い方!?」
「何よ……嫌なら嫌ってはっきり言いなさいよ!」
自然と強くなる反発の言葉に、さっきまでの楽しそうな顔が一変。アカリはちょっと泣きそうな表情になる。
共感が得られなくて悔しい、そんな表情だ。
アカリの心境を正しく理解できるはずもなく、透哉は怪訝な顔をする。
言っても聞き入れてくれないと半ば諦めて駄々をこねていただけに、アカリの反応は予想外だったのだ。
「大体、何で俺なんかを食事に誘った? グループのメンバーと行けばよかっただろう?」
「なっ」
透哉は失言と気付かない。あるいは知っていても同様の言葉を吐いていただろう。
全く理解していない透哉にアカリが目尻に涙をにじませて叫ぶ。
「あ、あんたが! あんたがムカつくからよ! 見返してやりたかったの!」
それは地面に亀裂を入れそうなほどの癇癪。
アカリは繋いでいた手を振り払い、感情を吐露する。
「男の子だってムカついたら相手をボコボコにするでしょ!? それと同じよ!」
「なんだそりゃ!?」
極端なアカリの論に咄嗟に反駁を試みる透哉だが、あながち間違いではない。
誰彼構わず無意味に暴力を振るうほど野蛮なつもりはない。しかし、理由があれば自ら箍を外せるくらいの理性はあるつもりだ。
そして、今はそのときではない。
特に言い返さず黙りこくってしまう透哉。
気付くと防戦になっていた舌戦に、アカリが口元に手を添えてニヤニヤと勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
「それともなーに? まさか私のこと意識し始めちゃった?」
「(ほじほじ)」
「ええ!? なんでそこで鼻をほじる選択肢になるわけ!?」
が、アカリのコケティッシュな挑発は完全に空回りの不発に終わる。
「的外れなことを言うお前がわりい(ほじほじ)」
「私が悪かったわよ! お願いだから鼻をほじりながら対応するの止めてぇ!」
時折見え隠れする残念な素養に既視感を覚えずにいられない。なんで自分の周りには変な女しかいねーんだろと考えつつ、鼻に突っ込んだ指を抜いてティッシュで拭う。
透哉の一連の動作を前にアカリはまたちょっぴり泣きそうだ。
「途中から見入ってたくせに! 私ずっと見てたんだからね!」
「ずっと?」
アカリの敗戦濃厚な状況からでも果敢に挑む姿勢は立派だが、ことごとく墓穴を掘る結果になる。
透哉が疑問を返すとアカリは顔を背けて黙ってしまう。
「んだよ、知り合いが一人観客に混ざり込んでるだけで集中力欠いちまったのか?」
「もう、いいのそれは! とにかく凱旋パーティーするの!」
「凱旋? 打ち上げの間違いだろ?」
「凱旋で合ってるわよ! あんたに認めさせて勝って家に帰るんだから! 凄いって言わせたのは事実だもん!」
不器用少女アカリは透哉を握る手に力を込める。もうただの力技だった。
どのみち、お持ち帰りされる運命からは逃れられないらしい。
抵抗を諦めた透哉は観念して素直に付いていくが、逃げられると思われているのか握った腕を放して貰えない。
「ん? 家? 学生寮とかじゃないのか?」
「普通の学生は学区ごとの寮だったり研究所だったりに住んでいるわ。私は一応アイドル活動してお金貰っている身だから。ほら、着いたわよ」
説明も半ばに違う方向に腕が引かれた。
透哉がアカリに連れられて訪れたのは少し物々しい高層ビルだ。
物件への知識は皆無だが、眼前にそびえ立つビルはよほどの高給取りでもないと入居出来そうもない。
アカリの控えめな物言いからは想像出来ないほどの額を貰っているのかもしれない。
「って言っても、半分はコネみたいなものだから。途中まで研究施設とオフィスになっていて関係者に知り合いがいるの」
「知り合いねぇ?」
妙にきな臭い話に透哉は怪訝な目でアカリを見る。
「また変な想像してるんじゃなの? 私の保護者でこの学区の一番偉い人」
「保護者?」
「もう、そんな話今はどうでもいいから大人しく付いてきなさいよ!」
透哉の疑問には答えずアカリはずんずん進む。
聞いてすぐにライブ会場で出会ったサツキのことが思い浮かんだが、アカリの言い回しに違和感を覚えた。
サツキが娘と呼んでように、アカリも素直に母親と言えばいいのに、と言う具合に。
僅かに思案して実は複雑な家庭環境なのかも知れないと思うことにした。気がかりではあったが詮索はしなかった。
興味の有無はともかく、これ以上春日アカリに深入りするつもりがなかったからだ。あくまで、十二学区の知人に留めておきたかったのだ。
アカリの実家は変わった形の高層ビルだった。
階層の途中から床面積が絞られていて上層階は下層部分よりも小さく細く作られている。
下層部には四角く切り取っただけの窓が等間隔に並んでいる反面、上層階には突き出たベランダが付いていた。
病院とマンションを上下に積み重ねたみたいな生活感と実務感が混在した建物だ。
なのに、闇の中に聳え立つ無骨な建物は墓石を連想させた。
「上の方が住居スペースになってるのよ」
「へー」
大したことない風に語るアカリだが、下層部分から目を背ければ立派な高層マンションだ。
安っぽく言うとお金持ちが住みそうな家だ、と思いながらふと脳裏に妙な気配が過ぎる。
どことなく先日ホタルが描いて見せてくれた建物に似ている気がしたのだ。しかし、似た形状の建築など世の中に山ほど存在する。
(まさか、な)
透哉は些細な疑問として処理し、アカリの後に続いた。
まんまと口車に乗せられた。
アカリに腕を掴まれて歩きながら透哉は思った。
今透哉たちが歩いているのはライブ会場があったパレットとは異なる、第六学区の敷地内。
本来は入場できないエリアだが、住人であるアカリの同行者として入場を許可された。
学区ごとに検問があると聞かされていたので、もっと頑強なセキュリティの存在を予測していたがとんだ拍子抜けである。
透哉は知らないが、学園や研究所など情報の集約された一部施設以外は案外融通が利くのである。
(おいおい、どうすんだ? マジで)
エレメントのマネージャー、大賀ルシアとのエロい香水コントを経て、着替えを終えたアカリと再会したと思ったらいきなり食事に誘われた。
素早く逃走を図ろうとしたが、アカリにあっさりと捕獲される。捕獲と言っても腕を掴まれただけだったが、「行かないの?」と捨てられた子犬のような目で見られては、流石の透哉でも折れないわけにはいかなかった。
『ところでなんだ? その帽子とメガネは?』
『何って変装よ。アイドルがプライベートで食事行くのよ?』
『だから?』
『うっかりファンに出くわして絡まれたら、あんたに迷惑がかかるでしょ?』
『そう、なのか?』
透哉にアイドルの私生活を鑑みる機会などあるはずがなく、アカリの論に今ひとつ懐疑を抱きつつも納得するしかなかった。
人目への配慮か、いつものツインテールは目深に被ったキャップの奥に押し込まれている。
結局押し切られる形で、雰囲気皆無の牛丼のチェーン店に引きずり込まれた。確かにアイドルが安い牛丼をバクバク食べているのはイメージダウンに繋がる。
と、変装の理由を勘違いしている透哉。
アカリの完璧な(?)変装の甲斐あって周囲に気付かれることなく食事を終えた。
「何で誰も気付かないのよ!?」と何故か腹を立てるアカリを尻目に、透哉は周囲をぐるりと見渡して寮に戻ろうと駅を求めた。
そんな全力で帰宅の途につきたい透哉に、アカリが思いもよらない提案をする。
透哉は思わず目を剥いた。
実家へと招待されたのだ。
当然透哉はこれを断った。
しかし、断り方を誤った。
『家に来いだと? 何言ってんだお前? そもそも、外部の人間は他の学区に入れねーだろ?』
『住人と一緒なら大丈夫よ? ささ、質問はそれだけね? じゃあ、行こっか!』
こちらの気持ちとか、時間帯とか、男だ女だとか盾に使える事情は他にいくつもあった。
けれど透哉は検問を理由に断れると高をくくっていた。現実は困ったことに柔軟な対応を見せた。
他の学区に興味はあったがこんな夜に、しかも同世代の女子と二人で潜ることになるとは思ってもみなかった。異性として強く意識しているわけではないが戸惑いは隠せない。
そして、現在。
第六学区の検問は遙か後方。
初老の警備員は二人をにっこり笑顔で通してくれたが、絶対に勘違いしている。
アカリの手を振り払って検問を飛び出すことも考えたが、逆に不審がられて拘束でもされたら騒ぎになる。そんな行動が間違いであると気付かないほど透哉は愚かではない。
集合住宅や学園と思しき建築物を視界の端に捉えながら、夜の第六学区の道を歩く。
パレットとは異なり商店を始めとした娯楽施設は皆無で、遊びの要素は見られない。
道路に沿って等間隔に植えられた街路樹や街灯も景観よりも機能性を重視した無駄がない作りをしている。
それら整然と並ぶ建築物たちは都市規模での開発が行われた裏付けとも言える。
そんな夜の第六学区の歩道で情けない声が響く。
「家に帰りてー」
「いいじゃない、ちょっとくらい付き合いなさいよ」
「えー」
靴の裏をしっかりとアスファルトに押しつけ、摩擦力を高めた上で体を背後に傾けて抵抗を試みるが、アカリは問答無用で透哉を引きずって歩く。
靴底が削れるばかりでちっとも止まらない。
透哉の腕力がアカリに劣っているからではない。
(こいつ、微量だが魔力で力を補填してやがる)
正体を隠匿したい都合から透哉は十二学区内での魔力の使用を禁じられている身だ。男女間で元々の腕力差があるとは言え、魔力で強化された腕力を素の力だけでは振りほどくことが出来ないのである。
結果、情けなくも女子に力尽くで引きずられている。
言葉を駆使した子供じみた抵抗もしてみるが、アカリは耳を貸してくれない。時折通過する車のヘッドライトが観念しろというように煽り立ててくる。
「真面目な話、寮の門限があってー」
「そんなもん、自力でなんとしなさい。女の子の誘いを断るなんて男のすることじゃないわ!」
透哉は正当な理由を使って主張したつもりだったが、アカリに軽く突っぱねられてしまう。
これには透哉も少しムッとした。嫌々ながらもアカリの強引な誘いに応じているのだ。
「なんだその都合のいい男女差別の使い方!?」
「何よ……嫌なら嫌ってはっきり言いなさいよ!」
自然と強くなる反発の言葉に、さっきまでの楽しそうな顔が一変。アカリはちょっと泣きそうな表情になる。
共感が得られなくて悔しい、そんな表情だ。
アカリの心境を正しく理解できるはずもなく、透哉は怪訝な顔をする。
言っても聞き入れてくれないと半ば諦めて駄々をこねていただけに、アカリの反応は予想外だったのだ。
「大体、何で俺なんかを食事に誘った? グループのメンバーと行けばよかっただろう?」
「なっ」
透哉は失言と気付かない。あるいは知っていても同様の言葉を吐いていただろう。
全く理解していない透哉にアカリが目尻に涙をにじませて叫ぶ。
「あ、あんたが! あんたがムカつくからよ! 見返してやりたかったの!」
それは地面に亀裂を入れそうなほどの癇癪。
アカリは繋いでいた手を振り払い、感情を吐露する。
「男の子だってムカついたら相手をボコボコにするでしょ!? それと同じよ!」
「なんだそりゃ!?」
極端なアカリの論に咄嗟に反駁を試みる透哉だが、あながち間違いではない。
誰彼構わず無意味に暴力を振るうほど野蛮なつもりはない。しかし、理由があれば自ら箍を外せるくらいの理性はあるつもりだ。
そして、今はそのときではない。
特に言い返さず黙りこくってしまう透哉。
気付くと防戦になっていた舌戦に、アカリが口元に手を添えてニヤニヤと勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
「それともなーに? まさか私のこと意識し始めちゃった?」
「(ほじほじ)」
「ええ!? なんでそこで鼻をほじる選択肢になるわけ!?」
が、アカリのコケティッシュな挑発は完全に空回りの不発に終わる。
「的外れなことを言うお前がわりい(ほじほじ)」
「私が悪かったわよ! お願いだから鼻をほじりながら対応するの止めてぇ!」
時折見え隠れする残念な素養に既視感を覚えずにいられない。なんで自分の周りには変な女しかいねーんだろと考えつつ、鼻に突っ込んだ指を抜いてティッシュで拭う。
透哉の一連の動作を前にアカリはまたちょっぴり泣きそうだ。
「途中から見入ってたくせに! 私ずっと見てたんだからね!」
「ずっと?」
アカリの敗戦濃厚な状況からでも果敢に挑む姿勢は立派だが、ことごとく墓穴を掘る結果になる。
透哉が疑問を返すとアカリは顔を背けて黙ってしまう。
「んだよ、知り合いが一人観客に混ざり込んでるだけで集中力欠いちまったのか?」
「もう、いいのそれは! とにかく凱旋パーティーするの!」
「凱旋? 打ち上げの間違いだろ?」
「凱旋で合ってるわよ! あんたに認めさせて勝って家に帰るんだから! 凄いって言わせたのは事実だもん!」
不器用少女アカリは透哉を握る手に力を込める。もうただの力技だった。
どのみち、お持ち帰りされる運命からは逃れられないらしい。
抵抗を諦めた透哉は観念して素直に付いていくが、逃げられると思われているのか握った腕を放して貰えない。
「ん? 家? 学生寮とかじゃないのか?」
「普通の学生は学区ごとの寮だったり研究所だったりに住んでいるわ。私は一応アイドル活動してお金貰っている身だから。ほら、着いたわよ」
説明も半ばに違う方向に腕が引かれた。
透哉がアカリに連れられて訪れたのは少し物々しい高層ビルだ。
物件への知識は皆無だが、眼前にそびえ立つビルはよほどの高給取りでもないと入居出来そうもない。
アカリの控えめな物言いからは想像出来ないほどの額を貰っているのかもしれない。
「って言っても、半分はコネみたいなものだから。途中まで研究施設とオフィスになっていて関係者に知り合いがいるの」
「知り合いねぇ?」
妙にきな臭い話に透哉は怪訝な目でアカリを見る。
「また変な想像してるんじゃなの? 私の保護者でこの学区の一番偉い人」
「保護者?」
「もう、そんな話今はどうでもいいから大人しく付いてきなさいよ!」
透哉の疑問には答えずアカリはずんずん進む。
聞いてすぐにライブ会場で出会ったサツキのことが思い浮かんだが、アカリの言い回しに違和感を覚えた。
サツキが娘と呼んでように、アカリも素直に母親と言えばいいのに、と言う具合に。
僅かに思案して実は複雑な家庭環境なのかも知れないと思うことにした。気がかりではあったが詮索はしなかった。
興味の有無はともかく、これ以上春日アカリに深入りするつもりがなかったからだ。あくまで、十二学区の知人に留めておきたかったのだ。
アカリの実家は変わった形の高層ビルだった。
階層の途中から床面積が絞られていて上層階は下層部分よりも小さく細く作られている。
下層部には四角く切り取っただけの窓が等間隔に並んでいる反面、上層階には突き出たベランダが付いていた。
病院とマンションを上下に積み重ねたみたいな生活感と実務感が混在した建物だ。
なのに、闇の中に聳え立つ無骨な建物は墓石を連想させた。
「上の方が住居スペースになってるのよ」
「へー」
大したことない風に語るアカリだが、下層部分から目を背ければ立派な高層マンションだ。
安っぽく言うとお金持ちが住みそうな家だ、と思いながらふと脳裏に妙な気配が過ぎる。
どことなく先日ホタルが描いて見せてくれた建物に似ている気がしたのだ。しかし、似た形状の建築など世の中に山ほど存在する。
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