終末学園の生存者

おゆP

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第二章

第19話 宴の後(2)

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2.
「ひとまずここで待っててねん? 逃げちゃ駄目よん?」

 女性は透哉を控え室のような部屋に押し込むと、釘を刺した上で出て行った。
 通されたのは小さな会議室のような場所。学園内でも見られるような簡素で無骨な長テーブルとパイプ椅子のセットが口の字型に並んでいる。
 ライブに参加するアイドルの控え室かと想像したが、衣装や化粧道具と言ったおしゃれな物品の気配は一切ない。ライブ会場には似つかわしくない酷く事務的な部屋だった。
 とりあえず待つように指示されたので、手近な椅子を利用させて貰うことにした。
 地味な部屋だ。そう思いながら部屋を眺めていた透哉の背後から声がかかる。
 僅かに開いた扉の隙間からにゅるんと入ってきたのは先程の女性。

「ここはねぇ、スタッフの控え室なのよん。あ、これ一応名刺」
「無理矢理部屋に連れてくる前に渡すモノじゃないのか?」
「説明前に逃げようとしたのは誰かしらねぇ?」

 女性が懐からヌッと出した名刺を渋々受け取る。
 透哉を非難するような物言いだが、誰だって不審人物に声をかけられたら逃げる。
 そして、本日通算三枚目となる名刺に目を落とす。

『エレメント総合マネージャー 大賀おおがルシア』

 と、書かれている。
 詳細は分からないが、湊やアカリの元締めらしい。

(こんなのが? あいつらの手綱を握ってんのか?)

 あいつらと言いつつも、真っ先に思い浮かんだのは湊の顔だ。ビジネスパートナー以前に、個人としての波長が全く合わない気がした。
 その他クセ強メンバーにも同じことが言えたが、いずれにせよ信じ難い。
 透哉の見解などつゆ知らず、ルシアは一つ離れた席に座り、悠々と大きめのタブレット端末を操作している。
 マネージャーらしく、メンバーのスケジュール調整でもしているのだろう。

「こんなところに連れ込んで何をする気だ?」
「さて、何かしらねぇ? と言うか、今の台詞って女の私が言うべきじゃないのん?」
「あ?」
「いやんっ! 私をこんなところに連れ込んでどうするつもり!?」

 ルシアは何を思ったか、タブレット端末を机の上に放り出すと、椅子を押し倒して這うように床を滑る。壁に背を押しつけ、胸を押し上げるように腕を組み、女の子座りで潤んだ上目でこちらを見てくる。
 当人は壁際に追い詰められ大ピンチな美女を演じている、つもりのようだ。
 演技は百も承知だが、出会って数分しか経っていないのに殺意が芽生えた。
 ルシアは透哉ではなく腕時計に目線を向けると口元を歪ませる。
 まるで何かを待っているようだった。

(お疲れ様でした! いつもありがとうございます!)

 その時だった。
 廊下の方からバタバタと慌ただしい足音と一緒に挨拶する声が聞こえてきたのは。
 早口から急いでいることが窺える。
 そして、ノックもなしに部屋の扉が乱暴に開かれた。
 ルシアの三文芝居に若干の苛立ちを覚えていた透哉は目を瞬かせた。
 ステージ衣装のままの春日アカリが、肩で息をしながら立っていた。
 そして、今度は勢いよく入ってきたアカリが、目を瞬かせる。

「何してるの?」
「彼が私を壁に追い詰めて……」
「おばさんの茶番に付き合わされている」
「ルシア、ギルティ」
「どうしてなのよん!?」

 透哉とルシア、双方の一言ずつの状況説明で開廷した裁判はアカリの名裁きの下、三秒で閉廷した。
 三秒裁判を終え、晴れて加害者となったルシアは、刑期延長の可能性など考慮せず、裁判長であるアカリを舐めるように見ながら設問を投げかける。

「ところでぇ、その子はアカリの彼氏?」
「違うわよ!」

 僅か一言で冷静を欠き、赤面する裁判長アカリ。
 アカリの乱入で空気の変調を期待した透哉だったが、まだ茶番は続くらしい。

「そもそも、アイドルってそういうの駄目なんじゃねーのか?」
「まぁ、基本はね。でも私的には男を知ったビチクソアイドルはありねん!」
「なんだこのおばさんは」
「……エレメントのマネージャーよ」

 グッと親指を立てて言い放つマネージャー、ルシア。
 答えたアカリはコンサート直後とは関係なくどこか疲れている。こめかみを指で押しながら頭痛に耐えているが、仕草のせいで華やかな衣装が台無しだ。

「今のアカリは言うなら、脱力系憔悴アイドルねん!」
「元気のないアイドルのどこに需要があるのよ」

 マネジメント対象に呆れられつつも、ギラギラした目で語る当たり、方向性はさておき仕事熱心なようだ。
 とは言え、透哉にとってはビジネス属性が付与された不審人物兼、加害者の変なおばさんでしかない。
 そんなルシアに冷ややかな視線を送る透哉。ちなみに、ルシアは未だに被害者ぶって床に座ったままである。

「なるほど、分かったわよん! アカリ!」
「な、何がよ?」
「だって今の彼のし・せ・ん・! 疼くわ! どこかは口に出せない部分が! 私の乙女が、私のメスが!」
「だーっ! もうこの変態マネージャーは!?」

 初対面の透哉を置き去りにして、加速度的に変態化するルシア。アカリに頭を押さえ付けられてもモジモジと悶える始末である。
 その後、武力でルシアを追い出し、扉を乱暴に閉じて完全に閉め出すアカリ。一連の光景が従わない犬を引きずり回しているみたいに見えた。
 廊下からわーわーと喚き声が聞こえるが、アカリが両手で入り口をがっちり封鎖する。
 一仕事終えたアカリが、そのままの勢いで声を張る。

「でっ! それで! どうだった!?」
「とんでもないマネージャーだ」
「そっちじゃない!」
「凄い攻撃力だ」
「そっちでもない! 舞台の上の私、どうだった!?」

 真っ直ぐな感想を求めていた。
 当初、アカリは承認欲求を原動力としてアイドル活動をしていると思っていた透哉。けれど、ステージで歌って踊る(途切れ途切れの記憶の中の)アカリの姿は楽しそうに見えた。
 少なくとも打算と自己顕示のためだけに活動しているとは思わなかった。
 自分自身の勝手な偏見でアカリの活動を穢していたことは詫びるべきだと改める程度には。
 そして、アイドルという存在への根本的な見聞をも是正した。
 知識の乏しさ、記憶の曖昧さもあり、歌やダンスの善し悪しを評するには至らなかったが、それでもアイドルと観客の全員が一体となる感覚は全身で理解できた。言葉にしがたい高揚感があったのは紛れもない事実だった。
 それらの事実を恥ずかしいからと言って隠すほど透哉はひねくれていなかった。

「正直よく分かんねぇ。でも、凄かった。輝いて見えたのは事実だ」
「そうでしょ! そうでしょ! やっと透哉を認めさせた! はぁはぁっ」
「汗だくじゃねーか」
「だって嬉しいんだもん!」

 なりふり構わず喜びを表す。これがアカリの本来の姿なのだろう。
 しかし、だからこそ思う。
 こんな達成感に満ちた少女のキラキラとした純な笑みが、自分に向いてはいけないと。
 透哉は直感した。

「気に入らないヤツを屈服させて満足しただろ? これからは他の誰かのために歌ってどっこいしょしろ。じゃあな」

 透哉は捲し立てるように言うと、席を立った。
 同時に焦っていた。

「え、なんでそんな突き放した言い方するのよ……と言うか、どっこいしょは関係ないでしょ!?」

 アカリは戸惑いを隠せなかった。
 やっと理解を得たと思った矢先、初めて出会ったときの透哉に逆戻りした気がしたから。
 透哉をこの場所に呼び出した発端は、自分に反する者を実力で見返したいと言う攻撃的な動悸だった。
 透哉の鼻を明かすことは出来た。でも、思いは届いていない。
 アカリは悟った。
 今までで一番思いを込めたし、うまくいった。
 それでも眼前の少年の深層には響かなかった。届かなかった。
 今のアカリは丁寧な言葉で粗品を受け取られた、そんな気分だ。

「待って!」

 去ろうとする透哉の手を反射的に掴んだ。アイドルとしてのプライドではない、まだ自覚していない感情が、行動させた。

「アカリ、着替えて打ち上げを……しない、かい?」

 と、廊下で騒ぐルシアを突破したつばさが、タイミング悪く入室してきた。
 丁度、アカリが透哉の腕を掴んでいる場面に居合わせた。
 ほほう、と顎の下に手を当てながらつばさがニヤニヤと笑みを浮かべる。

「どうしたの、つばさ?」

 奥からゾロゾロと他のメンバーたちが顔を出す。
 つばさ同様に握られた透哉の手を見て湊が目を丸くする。

「あらあら、てっきり私の応援にきてくれたと思っていたのだけれど?」

 冗談交じりの言葉なのは明白だが、うっすらと額に青筋が浮いている。
 透哉に否はないのだが、なんだか浮気現場を押さえられたみたいで凄く居心地が悪い。

「これは相当な修羅場。メンバー内で男子の取り合いとは解散の危機」

 話の内容に反して危機感皆無の口調で言うのはヒカル。ライブ開始前の報いを受けよと言わんばかりに、ほくそ笑んでいる。

「なになに? 何かトラブルだし~?」

 湊とヒカルの間からポンッと顔を出し、うどん子が緊張感ゼロの声で無意識に煽る。
 広くはない控え室にエレメントのメンバーが全員集合である。
 いずれのメンバーもステージ上とは異なり、一仕事終えて表情が和らいでいた。貴重なオフの表情だ。
 彼女たちのファンが見たら感極まって涙する状況だが、火中の栗である透哉は胃がキリキリしている。

「さーて、撤収撤収。アカリは別件で食事の用があるみたいなので仕方がないね」
「そうね。打ち上げはルシアを含めた五人でいいかしら?」
「えー! アカリも一緒がいい! エレメントは五人揃ってエレメントだし!」
「はーい、お子ちゃまはお口チャックするかい?」
「うどん子はお子ちゃまじゃないんだし!」
「ヒカル、うどん子持ってきてくれる?」
「了解。これよりうどん子を運搬する」
「ちょっと、ヒカル!? 私は荷物じゃ、ええぇ、だしー!?」

 両手を広げたつばさが残りのメンバー三人を半ば追い出すように控え室を出て行った。
 呆気にとられる透哉の横、顔を真っ赤にしたアカリが金魚みたいに口をパクパクしている。

「き、着替えてくるからそこにいなさいよ!?」
「えー」
「絶対いなさいよ!」
「へーい」

 適当に返事をするとアカリは勢いよく扉を閉めて出て行った。
 本気でボイコットを考えていたが、あそこまで釘を刺されたら流石に気が引けた。
 これと言ってやることもないので椅子に座ったまま足をぶらぶらしていると、廊下から声がする。

『と言うわけだから、私はちょっと野暮用があるので』
『ふふん、や・ぼ・よ・う・ね? 分かったわよん』
『何よ、その顔は!? べ、べべべつに変なことなんて何もないでしょ!?』

 ルシアの口調からアカリが相当からかわれているのが分かる。
 当然悪意はないのだろうが、若者をおもちゃにしてやろうという年増の意地悪さが滲み出ていた。

『そうねー。それより急がなくていいのん? 待たせているんでしょ?』
『知っているわよ!』
『あー、ちょっと待って』

 呼び止められたアカリが蹈鞴を踏んだのか、足音が連続して響く。
 透哉からアカリの表情は見えないが、不機嫌そうに振り返った姿が容易に想像できた。

『んーもう! まだ何か、って何それ香水?』
『そうよん。シャワー浴びた後に体に吹きかけておくといいわよん♪』
『へぇ、どんな香りなの?』

 アカリも年頃の娘らしく香水に興味あるようでルシアの話に食いついた。

『そーねぇ、言うなればエロい気持ちになる香水よ!』
『へー、っているかボケェ!』
『ちょっと、投げないでよ!? 高かったんだから!?』

 ルシアの悲鳴を最後にアカリの声は聞こえなくなってしまった。どうやら怒って着替えに行ってしまったらしい。

 それから二十分ほど経過して、普段着に着替えたアカリが控え室に戻ってきた。
 実は本当に逃げだそうと試みた透哉だが、全てルシアに阻まれた。

「かーれし、逃げちゃ駄目よん?」
「彼氏じゃねぇ!」
「だーんな、逃げちゃ駄目よん?」
「誰が旦那だふざけんな!」
「おにーさん、エロい香水はいらんかね?」
「いるかボケェ!!」

 待機中幾度となく扉の隙間から声をかけられては叫ぶを繰り返す内に、アカリが戻ってきたという寸法だ。
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