終末学園の生存者

おゆP

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第二章

第19話 宴の後(1)

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1.
 鳴り止まぬ大歓声の中、演目は幕となる。
 ライブの余韻を残す会場の中、透哉はまだ座席に座ったままでいた。
 正確には意識混濁状態から回復した直後で、まともに動けなかった。
 数分前に観客たちに手を振りながら笑顔で撤退して行ったエレメントのメンバー達。
 彼女たちを見送る間ずっと現世と冥界の狭間を彷徨うかのごとく、座席で船を漕いでいた。
 会場内が静かになり始めてようやく意識を取り戻した、という具合である。
 賑わいが引いていく会場内に居座る透哉の姿は浮いていたが、幸い透哉を不審に思う者はなく、各々席を立ち会場を出て行く。
 それでも、透哉が居座り続けるのは、途中から放棄していたメモを記憶が新しい内に書き留めたかったからだ。
 そんな場内の流れとは逆行する者がもう一人居た。
 終始床で寝転んでいたサツキが身を起こし、寝起きの挨拶みたいに話しかけてきた。

「随分熱心だねぇ。そんなにメモすることがあったのかな?」
「見入っちまって書き忘れていた。そして、何故か途中から記憶がない」
「おやおや、それはそれは良いことだねぇ」

 透哉の口から自然と出たアイドル達への称賛にサツキは感嘆を漏らす。
 透哉の頭は都合よくどっこいしょを忘却、抹消していた。

「どっこいしょ」
「はっ! そうか、俺はどっこいしょで記憶をっ!」

 サツキの放ったキーワードに暗示が解けたように強い反応を示す透哉。
 意識の消失が防衛本能だったとしても、今日は知見を求めてやってきたのだ。
 多少のトラウマ程度でチャンスをふいにすることなど許されないのである。

「それで、今は彼女たちの魅力を書き綴っているのかな?」
「なんでそうなる。照明とか音響とか演出関連のことだよ。学園祭の野外ステージの参考にすんだよ」
「なるほどねぇ、ステージ上のあの子たち以外の物全部というわけか~」

 サツキはプッと堪えられずに笑った。
 完全に馬鹿にされているが、透哉は一瞥するのみでメモを優先させた。
 納得したのか、サツキは一人「うんうん」と頷きながら歩き始め、一言別れの挨拶を置いていく。

「じゃあね、ミナミトウヤ」
「ああ、じゃあな」

 そして、ふらふらと体を揺らし、髪飾りを鳴らせながら気だるそうに出て行った。
 軽い挨拶だけ済ませ、再び手帳に視線を落とした透哉は「あれ?」と顔を上げる。

(俺、名乗ったか?)

 慌てて振り返るがそこにはもう求める人影はない。
 透哉は添削途中の手帳を閉じてポケットに突っ込むと、観客席を駆け上がり通用口に飛び出した。
 そこは来るときにも通った廊下だ。
 一般客の通用口とは異なり、こちらは人通りが少なく関係者の声がいくつか聞こえるだけで騒がしさはない。
 けれどいくら目を凝らしてものろのろと会場を出て行ったサツキの姿が見当たらない。

(おいおい、どうなってんだ?)

 通用口は一本道で突き当たりまで見渡すことが出来るし、途中に入り込める部屋は見当たらない。
 透哉は走った。
 片付けを始めるスタッフ、帰途につく観客達。ライブ終了後の雑踏があるだけだった。
 警備員がいたゲート付近まで戻ったが、数人とすれ違っただけで肝心の麦わら帽子とカーキ色のコートを着た背中は見つからなかった。

(アイツ、何者だったんだ……?)

 しばらくの間、知人の母を名乗る女の声が頭から離れなかった。
 異様な気配は感じ取っていた。
 けれどそれが希釈されすぎたある異形であることは、この時の透哉には看破できなかった。
 最後の最後に妙なしこりを残す羽目になってしまったが、ライブは無事に終わり、透哉の十二学区での用は済んだ。
 アカリに礼の一つでも言って帰るのが筋だろうが、小言の応酬に付き合うのは正直面倒だった。

(帰って一報入れるか。まぁ、どーせ向こうから何か言ってくんだろ)

 薄情にもコンサート会場を出ると決め、連絡は後回しにすることにした。
 そんな中、退屈そうに壁に背を預け、髪の毛の先を指に絡ませて遊んでいる女性が目に入る。
 忙しなく行き来する他のスタッフ達とは明らかに雰囲気が異なり、待ち合わせや待ち伏せにも見える。
 一瞬、サツキの変装を疑う透哉だったが、即座に取り下げた。いくらサツキが奇抜な格好をしていたとは言え、眼前の女性はセンスが悪すぎる。
 今回ばかりはどう考えても無関係なので透哉は気にせず前を通り過ぎ――

「ちょっとちょっと、そこの少年。こちらにカモーン?」

――る瞬間呼び止められた。
 透哉は一秒と考えず、関わりを拒絶することにした。

(呼び止められた少年とやらは気の毒に。俺はたまたまその『少年』とやらの近くを通っただけ。はははっ、そんな都合良く、こうも連続して変人に声をかけられることなんてあるわけねーだろ。あるわけ、ないんだからねっ!)

 聞き間違い、気のせい、幻聴。
 脳内は前のめりに現実逃避。
 肉体は前向きに直線移動。
 視線を正面に向けるとそれに合わせて女性が移動する。透哉の行く手を遮るように立って手招きをしてくる。
 コンサートホールの中にも客引きっているのか。都会って怖いなーとか思う透哉。もちろん単純に女性に声をかけられただけならこんな風には思わない。
 体に対してワンサイズ小さいのか、やたらと体のラインを強調しているビジネススーツ。髪を後ろで束ねたことでうなじもバリバリに露出させ、スカートの丈もかなり短い。
 極めつけはブーメランみたいに反り返った鋭利なフォルムをした眼鏡のフレーム。
 どこぞの悪徳秘書や大人向けビデオの女教師を具現したみたいだ。
 そんな女が腰を左右に揺らしながら妙に艶めかしい声で誘うように迫ってくるのだ。怪しいと思わない方がどうかしている。
 見る人によってはとても魅力な姿だが、生憎透哉少年の目にはそうは映らなかった。
 透哉の第一印象は『色気はあるのにモテない典型』で結婚適齢期とかを凄く気にしてそう、だ。
 端的に言うと面倒くさそうなので関わりたくない。
 顔をぷいと背けると足早に踵を返す。

「ええ!? なんで無視するの? おねいさんの誘いなのよん!?」

 悲鳴染みた声が背中に突き刺さるが構わない。
 反射的に会場の中に逃げ込んでしまったが、ここは勝手の分からないライブ会場の館内。透哉はたちまち追い詰められる。
 カコカコと鳴るハイヒールの音が近づいてくる。
 すれ違う瞬間に一気に真横をすり抜けようとしたが、あっけなく腕を掴まれた。

「私をこんな汗だくにしといて逃がさないわよん!」

 距離にすれば十メートルくらいしか走っていないはずだが、女性の顔には汗が滲んでいて早急に化粧を直す必要性があった。

「運動不足なんじゃねーのか? 化粧が流れて顔面が崩落しかかっているぞ。それと手を離せ」
「駄目よん。逃がさない。あら、確かに」

 言うと女性は透哉を片手で押さえたまま残った手で汗を拭き取り、片手でコンパクトを開き、腕が分身して見えるほどの速さで化粧を直す。
 コンパクトを閉じて透哉を振り返ると、最初に見たときと同じ顔に戻っていた。

「いや、手品かよ」
「それにしても少年。スポンサー気取りの親父からいちゃもんつけられていたわね? 運が悪かったわねん。お疲れさま!」

 透哉のツッコミには耳を貸さず一方的に話を進める女性。

「労う気があるなら手を離してくれ。現在進行形で知らない女に絡まれて凄く迷惑している」
「まぁまぁ、そう言わずに」

 口調は軽いのに握力は思いの他強い。
 ハイヒールとは思えないしっかりとした足取りで透哉をぐいぐいと引きずっていく。振りほどくことは容易いが、腕力では抗えない妙な力があった。
 断じて色気に屈しているわけではない。
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