終末学園の生存者

おゆP

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第二章

第18話 ライブ・オブ・エレメント(4)『絵』

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4.
 透哉は震えていた。
 寒さや恐怖、或いは武者震いとも違う。
 足元から上空へと突き抜ける様な外的振動によって共振していた。
 開演のアナウンスと同時、音響と歓声が渦巻き、空間を占有した。観客たちが織りなす雑踏が場内を埋め尽くし、興奮の坩堝と化す。
 躍動感のある音楽に誘われるように、踊り出した無数のライトが回遊魚のように縦横無尽に走る。
 やがてライトの光は意思を持って集まり始めた。
 透哉も頭の中では演出だと分かっていても本能的に光の軌跡を追ってしまう。
 始まるまでは無関心だったが、今になって湧き上がる高揚感と先の展開への期待が膨らんできた。
 前触れもなくパッと場内のライトが全て消灯し、音楽も止まる。
 そして、数秒の時間を開けて、スポットライトがステージを照らし出す。
 現われたのは五人の人影。
 このステージの主役、エレメントのメンバーが華麗に、優雅に壇上に舞い降りたのだ。



 中央にうどん子。
 向かって左に湊とヒカル。
 向かって右にアカリとつばさ。
 その並びも五人のモチーフカラーでグラデーションを生むように構成、計算されていて、さながら五色の虹となって壇上で融和していた。
 纏う衣装は一貫して黒のドレスでありながら、それぞれのモチーフカラーを帯び、装飾もより個性を引き出す物がそれぞれに宛がわれている。
 グループでありながら不揃いな格好に異を唱える者はいた。
 けれど、彼女たち五人は各々違った力を示し、上り詰めた勝者である。
 元々、個として成立する五人を統一する行為こそ言語道断なのである。
 五人が集まってのエレメントでありながら、不統一性こそがエレメントなのだ。
 そんな彼女たちの登場を待ち侘びた観客たちの歓声が爆音となって弾けた。
 ぶるっと、思わず身震いをしてライブというものの始まりを体感する。
 体の中に湧き上がる未知の興奮。周囲の盛り上がりと高揚が伝播、流入してくる。
 そこで透哉は、はたと気付く。流されて本来の目的を失いかけていた。
 平生の自分にはない未知の感情が、逆に透哉の意識を取り戻させた。
 この演出こそが求めていた知見だ。
 透哉は手帳を取り出すと周囲の景色に目を向け熱心にメモを取り始める。その姿はさながらスクープ現場に遭遇した記者。
 会場内は演出の都合上、暗くて手元は見えづらい。ほとんど感覚を頼りに記録しているに過ぎない。
 当初はある程度は写真を撮って参考にしようと計画していたのだが誤算だった。
 場内は撮影禁止なのである。
 少しくらいと魔が差しそうになるが守るべきモラルは遵守する、根っこの部分が意外と真面目な透哉少年である。
 それに余計な探究心でつまみ出されては元も子もない。
 開始の演出、場内の雰囲気を箇条書きで記録する。後で役に立つかは全く分からない。ただ、メモしておけばよかったと悔いることがないように、ありとあらゆる記憶を紙面に刻んでおく必要がある。
 壇上には光の中で演技に入るアイドル五人の姿があった。
 けれど透哉の意識は光の中の彼女たちには向かず、照明に向いていた。
 移動しながら歌う彼女たちをしっかり照らし続ける仕組みが気になったのだ。
 透哉はステージから視線を移すと光源を求めて頭上を仰ぎ見る。
 細かく正確に絶え間なく動く照明設備が見えた。
 それらは観客席頭上と壁面に設けられ、あらゆる方向からステージ上の彼女たちを映し出せる位置に配備されている。

「うーん……」

 歓声と歌声の中で唸りながら、メモを残す。最初は簡単な手記のつもりだったが書き溜めるうちにどんどん量が増えていく。
 手探りで書いてある部分もあるので、紙面が象形文字で埋め尽くされていないことを祈るばかりだ。
 光源の使用法と配置場所はなんとなく分かったが、絶えず彼女たちを照らす挙動はまねできそうにもない。
 誰かが遠隔操作しているのか、曲に連動して動いているのか、さっぱり分からない。

「コンサート中に熱心にメモとは、余程あの子たちに興味があるのかな?」

 考察に行き詰まる透哉の足下から声がかかる。目だけ向けるとアカリの母親を自称する女、サツキが相変わらず麦わら帽子で顔を隠して寝ている。
 透哉が僅かに顔を顰めると、表情から察したように麦わら帽子の後ろからかすかに笑い声が漏れた。

「おや、邪魔しちゃったかな?」
「寝ている奴よりは興味があるつもりだ」

 主役たちを無視してメモに勤しむ少年と、通路で寝る母親。
 ライブの観客としては双方零点だ。
 透哉の目は壇上を見ておらず、歌や曲にも耳を貸さず、照明やスピーカーと言った設備ばかりに向いている。生けた花ではなく、花瓶ばかり見る、そんなことをしている。
 付け加えると、真剣な顔つきからは楽しんでいる気配がまるで感じられない。
 目的に忠実すぎたと言えばそれまでだが、今更取り繕う気はなかった。ルールやマナーに抵触する行動は慎むが、好き嫌い興味関心の有無は遠慮するつもりはない。

「怖い顔をしてないで少しは楽しんで欲しいなぁ」
「楽しむ? 正直、歌や踊りに興味はないぞ」
「ヒュー! なかなか面白いねぇ君は。彼女たちのファンが聞いたら卒倒するよぉ?」

 サツキはコンサートの最中にもかかわらず透哉の暴言に近い返答を口笛で称え、口に手を当てて笑い転げた。その際に髪飾りのリングが床や座席に激突し、金属音をけたたましく鳴らせた。
 幸い、コンサートを阻害するほどの音量ではなかったが、席の近い観客は険しい表情で床を転がるサツキを睨んだ。
 しかし、サツキとの関わりを避けたいのか一様に不快感を示しつつも、誰も口を挟もうとはしない。
 やはり結構なポディションの人物らしい。

「何でもは無理だけど、私も関係者のようなものだから答えられる範囲なら君の質問に応じるよ。何が知りたいの~?」
「あの照明はどうやってステージ上のメンバーを照らしているんだ?」
「ん? あれはねぇ、メンバーが持っているマイクを自動追尾する仕組みになっているんだよ」

 なるほど、と一人頷きつつ、透哉は軽く聞き流した。理由は簡単、仕組みを知っても真似ることが難しいと感じたから。学園の設備を把握しているわけではないが、到底あるとは思えない。

「熱心にメモを取るのもいいけど、君はもっと彼女たちを見るべきだねぇ」
「含みのある言い方だな」
「言葉の綾かな。ちゃんと娘たちを見て上げてね」

 親であるなら娘を見て欲しいというのではないだろうか。限定せずに言った理由が何故か引っかかった。

「そして、今彼女たちが歌っているのがデビュー曲の『めんこい娘の麺恋!どっこいしょ音頭』だよ」
「ふーん」

 聞いてもいない余計な情報に透哉が憮然とした顔を上げると、サツキは変わらず麦わら帽子を顔としてこちらに応対する。

『『『『『めんこーい! どっこいしょー!!!』』』』』
『『『『『どっこいしょーーーー!!!』』』』』

 メモを取ることに夢中で気付かなかったが、会場には『どっこいしょ』が溢れていた。
 今更会場内の異様なテンションに気付き唖然とする透哉。

「……っ」
「ほら、君もするんだよ」
「正気か!?」
「どっこいしょ、するんだよ」

 反対側を見れば観覧席への入場時に絡んできた初老の男も野太い声でどっこいしょしていた。
 老若男女問わず、会場内はどっこいしょしていた。
 全校集会で一人立ち損ねたように、透哉は完全に浮いていた。
 一人、どっこいしょから取り残されていた。

(ちゃんと、どっこいしょしている、だとぉ!?)

 この空間の中、透哉は今の今まで気付かずメモ取りに熱中していたのだ。称賛すべき集中力が切れた今、透哉はどっこいしょの渦に飲まれた。
 そして、電車内で見た洗脳の片鱗。その成果を目の当たりにしている、そう確信した。

「これが、アイドルの力っ!」
「そうだよ~すごいでしょう?」

 透哉は震えながら無言で首を縦に振る。冷静な判断力は失われ、周りの空気と勢いに意識を飲み込まれつつあった。

(まさか、この調子で十二学区をどっこいしょするつもりなのか!?)

 透哉の心的疲労と混乱がピークに達した瞬間だった。
 透哉もまた、どっこいしょの波に呑み込まれる一匹の稚魚に過ぎなかった。
『めんこい娘の麺恋!どっこいしょ音頭』が終わり、演出は佳境に入っていた。
 交錯する光の帯が彼女たちの声に呼応するように踊り回る。
 釈然としないままステージに視線を向けるとメモを取ることも忘れて魅了されていた。
 斜に見ていた彼女たちアイドルが今の透哉には焼けるほどに眩しすぎた。
 初めて打ち上げ花火を見た子供のように、彼女たちの華やかさに言葉を失っていた。
 斜め下から向けられる視線に一切気づけぬほどに透哉の目は壇上に釘付けになっていた。

「ふふっ」

 サツキが失笑を漏らすがそれも聞こえていない。
 決めポーズと共にステージ背後で演出の爆発。同時に曲がパタリと止み、歌声と歓声が轟いていた会場内が刹那の静寂を生む。
 壇上の五人は当然として会場のファン全員が一言も声を発さず、固唾を飲んで見守っている。
 催眠が解けたように透哉は意識を取り戻した。

(すげぇ)

 事前に示し合わせてもここまでうまくはいかない。壇上の五人、スタッフ一同、ファン一丸となって初めて為し得る神業である。

『『『『『みんな、ありがとー!!』』』』』
『『『『『おおおおーーーー!!!』』』』』

 壇上の五人がマイク越しにメッセージを伝えると同時、透哉は体感した。
 会場が、人の声だけで震え上がることを。
 僅か数秒とは言え静寂に包まれていた会場内に大波のような大歓声が戻る。

「最後はいつもの行っちゃうよー!」

 センターであるうどん子の宣言を皮切りに、五人全員が腕を腰に回し、背後に装着されたバトンのような物体を掴んだ。

『『『『『エンチャント!』』』』』

 かけ声と共に五人一斉に引き抜くと、背中にあしらっていたリボンがほどけて握られたバトンに続いて舞い踊る。
 しかし、ゆらゆらと穏やかな舞いを見せたのは僅かな時間で、すぐさまその真価を発揮した。
 しゅるしゅると布が擦れる音に伴い、堅く締め合わされ刀身を表していく。バトンと思われていた物は柄となって一体化し、リボンで出来た一振りの剣になった。

「ま、これがあの子たちの真骨頂と言うところかな~?」

 サツキがどこか得意げに告げる。
 曲に合わせての剣舞。(ソードダンスと言う言葉を透哉は知らない)
 鋭利美麗でありながら、豪快にして繊細。
 所持者の魔力に呼応して発光する剣が五本の光芒となって翻る。
 剣先が描く閃光の軌跡は五色の虹そのもの。
 エレメントの五人が輝き放つ舞姫となって壇上で咲き乱れていた。
 歌にも踊りにも興味も造詣もない透哉だが素直に美しいと思った。逆に興味も造詣がないからこそ純粋に圧倒され、響くものがあった。
 しかし、透哉はその感動を正しく受け止められなかった。
 何故なら、

「盆踊りから剣舞までこなす、幅広いパフォーマンスが彼女たちの強みだよ?」
「わー、すごいですね」

 ここに来るまでに蓄積された心的ダメージにどっこいしょが加わったことで透哉の精神は限界の向こう側にいたからだ。
 棒読みの敬語で答えるのが精一杯の抵抗だった。
 アイドルと言う存在に完膚なきまでに狂わされた透哉少年だった。

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