終末学園の生存者

おゆP

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第二章

第18話 ライブ・オブ・エレメント(1)

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1.
 塚井の言葉(推しだの武運だの)に疑問を残しつつ、教えられた通り裏口に回ると渋面の警備員が行く手を遮った。

「こらこら、君。入場口はあっちだろ? ここは選ばれた者だけが通ることを許された専用ゲートだよ?」

 恐らく見た目で判断したのだろう。
 透哉は誤って入り込んだ一般客と勘違いされたらしい。
 しかし、こちらには正規の手順で入場するための切り札がある。

「これでいいのか?」
「むむっ! それは選ばれた者だけが配られるチケット!?」

 時代劇を彷彿させる警備員のリアクションに、今になってチケットの効力を思い知る透哉。この際、多少の演技臭さからは目を瞑るとする。

「失礼しました! どうぞお入り下さい!」
「なぁ、やっぱりこれってすごい物なのか?」
「勿論です。こちら、極一部の関係者とエレメントのメンバーのみに配られる特別ご優待券と伺っております!」

 手の平ぐるんぐるんの警備員にチケットの希少性を聞きながら半券を受け取る。
 すると警備員は一転した態度で腰を折って会場の案内を始める。

「突き当たりを左に曲がった先にある扉が観覧席となっています! あとはチケットに書かれた番号の座席で開演をお待ちください」
「分かった。ありがとう」

 透哉が簡素な礼を告げて進むと、両開きの大戸が見えた。映画館の入り口にも使われる防音機能が付いた扉だ。
 会場内を物珍しそうに眺めながら悠然と歩く透哉の背後。

『あれ、どうされました?』

 さっきの警備員の声が聞こえた。
 反射的に足を止めたが、違う誰かと話しをしているようだった。
 相手は会場の関係者だろうか、警備員の声色はどこか遠慮気味だ。
 構わず席に向かおうとした透哉だが、続く声に再び足を止めた。

『目つきの悪い白い服を着た男の子来なかった?』
『ああ、その方でしたらたった今案内して観覧席の方へ向かわれましたよ?』

 聞き耳を立てるつもりはなかったが、声の主はアカリで自分を探しているらしい。
 無視して座席に向かうか迷った。しかし、チケットを貰った恩がある。透哉は踵を返し、通路の角にさしかかったところで胸に軽い衝撃を受けた。

「あ、すいま――って、見つけた!」
「どうした? 忘れ物か?」
「違うわよ! って、誰のお蔭でここまでこれたと思ってんのよ!?」

 透哉のあまりの素っ気なさにアカリは声を荒げる。

「そりゃ、お前に貰ったチケットのお蔭だけど、そもそもライブに来るように仕向けたのはそっちじゃなかったっけ?」
「あー、そうだけど……」

 正論にアカリは押し黙り、無意識に恩着せがましく迫っていたことを悔いる素振りを見せつつ、畳み掛ける。

「あー、細かいことはいいの! ここまで来たんだからちゃんと楽しんで行きなさいよ!?」
「あぁ、しっかり見させてもらうつもりだ」

 勢いではぐらかされた気がするか、透哉は意欲的な返事をする。
 入場の鍵となるチケットはアカリのお蔭だが、この場所へと辿り着けた裏には、塚井の助言と案内がある。
 影の功労者である塚井を心の中で労いつつ、透哉の目がある物に止まる。

「つーか、なんだその格好? 仮装大会か?」
「カチン。違うわよ! ステージ衣装よ! なんで分からないの!?」
「カチンって口に出すヤツ初めて見た」

 透哉としては思ったままを述べたに過ぎず、珍妙な衣装に身を包んだアカリを笑ったつもりはない。
 眼の前で翻る黒色を基調に黄色の装飾を施したドレスがアカリのステージ衣装であり、エレメントでの正装であることなど勿論、知る由もない。
 けれど透哉は、何故怒らせてしまったか余り理解していない。呑気な透哉とは裏腹に、アカリは口から火を噴き出しそうなほどご立腹である。
 後ろに目を向けると様子を見に来た警備員が頭を抱えていたが、何故かこちらも透哉には理由が見当も付かない。失言という失言もした覚えがないのだ。
 依然として凄い剣幕で迫るアカリから逃れるように透哉は上半身をのけぞらせる。
 とりあえず普通のアイドルはステージ衣装のまま大股で闊歩して肉迫しない。

「おや? 君はいつぞやの彼じゃないかい?」

 と、傍目からは痴話喧嘩に見えるやり取りをする二人の後ろからひょうきんな声がする。
 アカリの怒声を聞きつけたのか、通路の奥からアカリと似た衣装に身を包んだ少女が顔を出す。細部の色は異なり緑の装飾が施されている。
 また変なやつが増えたと思いかけたところで、透哉は思い出す。

「んー? お前は、空飛んでったヤツか」
「そうそう。改めて自己紹介、私は松島つばさ。そして、今日はライブにようこそ」

 透哉の失礼な評に、つばさが気にする様子はない。それ以上に好奇心を抑えられないといった様子だ。
 襟までで切り揃えられた茶色い髪を揺らしながら、興味津々といった様子で目を輝かせている。
 初対面のボーイッシュで活動的な格好が、ドレスを纏ったことで健康美へと一転している。

「あら、珍しいお客さんね」

 更にその後ろ。寒気がするほど涼やかな声と共に姿を現したのは十二学区在住の流耶、宇宮湊である。
 黒く長い髪を淑やかに靡かせ佇んでいた。
 湊も同様の衣装に身を包み、ライブの開始を待っているようだ。こちらは紫色の装飾が施されている。どうやらメンバーごとにモチーフのカラーがあるようだ。
 と、紫と緑の衣装の間からポンッと飛び出したのは白髪の頭。

「アカリはどこだし~? あれぇ?」

 そのコミカルな風体はどことなく飛び出す絵本を彷彿させる。
 湊とつばさの間から抜け出すと、他のメンバー同様の衣装を翻し、一際目を引く赤いリボンを誇示するように威風堂々と透哉に向き直る。
 エレメントのメンバーであることは間違いないが、透哉の知らない顔だった。
 白髪の少女は顎を引き胸を張り、カメラを向けられてもないのにポーズを決める。
 動きは精錬され様になっているが、背丈と童顔が影響し、いじらしさしかない。
 他のメンバーが肩の力を抜いた井戸端会議モードなのに対し、全力アピールに余念がない。
 低い身長を補うように身振り手振りで大きく見せている部分も技量の内なのだろう。
 長い白髪を赤いリボンで左右に結った、この場の誰よりも小さな少女は満面の笑みで透哉へ自己紹介、売り込みをする。

「こんにちは! ご存じ、僕が讃岐うどん子! よろしくだし!」
「ああ、よろ」

…………ん?
 快活な声に反射的に返事をしかけた透哉だが、余りの名前の珍妙さに思わず聞き返す。

「うんこ?」
「ふぇええ! ヒカル、この人嫌いだしぃ~」
「どーどー、恐らく聞き間違い。気にする必要はない」

 自称僕っ子うどん少女は初弾で迎撃され、更に後ろに控えていたヒカルと呼ばれた少女に抱きつく。
 ミドルヘアーの金髪に特徴的なアホ毛を揺らす少女だ。顔に乗った表情は薄く、淡々とした口調で淀みなく話す様はどこか機械的だ。
 衣装の青い装飾も相まって落ち着いた印象を受ける。
 ヒカルは困った顔をしながら、うどん少女の頭を撫で、僅かに顔を上げると透哉に光線のように鋭い視線を送る。
 泣かせたことを咎めていると言うより、面倒ごとを起こされて怒っている風に見えた。
 冷静に考えてコンサートの本番直前に大泣きするアイドルって大丈夫なのか?と他人事なので冷静に考える。
 それにしても嫌い認定が早すぎる。

「(ちょ、バカ! あんたどんな聞き間違いしてんのよ! そうじゃなくてもうどん子は承認欲求が激強の駄々っ子なのに!)」
「(どんなモンスター飼ってんだよ、お前のグループは)」
「(だーかーら、本番前にあんまり刺激しないでくれる!?)」
「(うんこって言っただけだろ?)」
「(それがダメだって言ってんの!)」

 詰め寄って来たアカリの剣幕に辟易しながら、小言の応酬を繰り返す。
 しかし、アカリの説得も虚しく、透哉は追撃する。
 人の口に戸は立てられぬとはこのこと。

「じゃあ聞くけど。なんで、うどん屋の看板娘が紛れ込んでいるんだ?」
「ふぇ~ん! 合ってるけどメンバーだし! センターだし!」
「センター? 外野じゃん」
「外野!? 外野って言われた! 酷いよぉ! バリバリの内野なのにぃ~」

 苛烈さを増す泣き声にも動じず透哉は言葉責めを止めない。
 水泳の息継ぎのように、ヒカルの胸元に顔を埋めては喋る埋めては喋るを繰り返すうどん子の背を見て透哉は俄然、不思議そうな顔を作る。
 今のうどん子からは現れた際に見せた、小さいながらも精錬された存在感は見る影もない。

「よしよし、うどん子。泣かない泣かない。うどん子は可愛くてコシの強い子、ね?」
「うん。コシが強いもん、それが僕の長所だし」

 ヒカルのクセの強い慰め方にも、それで立ち直るうどん子にも突っ込む気力が失せてくる。その間、慰め役のヒカルには絶えず鋭い目つきで威嚇され続けている。
 と、無言の応酬にも怯まない透哉の胸倉をアカリが掴む。

「(なーんーで! いきなり野球の話になるのよ!)」
「(だって、センターって)」
「(バカ! アイドルグループにおけるセンターはリーダーなの! 一番人気なの)」
「(え、じゃあ、お前あれより人気ねーのか?)」
「(ゴフッ、あんた。言ってはならんこと、をブクブクブク)」

 透哉の的確な指摘に今度はアカリが泡を吹いて斃れた。
 けれど、寸前のところで生還する。目尻に貯まった涙は生存の証だ。同じメンバーとは言え、やはり人気票による優劣は悔しいのだろう。
 しかし、改めて言う。今はコンサートの本番直前である。
 アイドルが大泣きしたり、泡を吹いている場合ではない。
 阿鼻叫喚を全部無視して湊が呆れた声で発する。

「こんなところで油を売っている時間はないのだけれど?」
「確かにそうだね。覗きみたいな真似している場合ではなかったよ。アカリ、私たちは先にスタンバってるから早めにくるのだよ?」
「ふぇえーん!」
「どうどう、そろそろ泣き止もう。ほ~ら、コシつよーい、コシつよーい、ね? うどん子? キッ」

 泣きじゃくるうどん子を引き連れて、つばさと湊とヒカルが戻っていく。
 最後にヒカルに一際強く睨まれたが、気にするのは止めた。

「アイドルってのも色々あんだな」
「いや、原因はあんたでしょ!? それより! この姿を見てもなんとも思わないの?」

 アカリは声を荒げながらも、背筋を伸ばし胸を張る。急造のポージングではあったが、カメラマンなら思わずカメラを構えたくなるシャッターチャンスだ。

「その服がどうかしたのか?」
「かわいいの一言くらい言えないわけ!?」
「……かわいい?」
「なんで疑問形!? いいわよ、あんたがその気なら絶対に振り向かせてやるんだから!」

 アカリは透哉をビシッと指差して捨て台詞を吐くと来た方向に走り出す。
 しかし、透哉はそれを鋭い口調で呼び止めた。

「そうだ、ちょっと待て!」
「な、何よ?」

 急停止したアカリが表情こそ不満そうだが、何かを期待しているのか、どこかソワソワとした顔で振り返る。

「る、湊に伝えてくれ」
「え?」
「お前は今日からイチゴが好物になれ」
「は?」
「頼んだぞ」
「――意味わかんないけど分かったわよ! ばーか!」

 一部始終を流れで目撃していた警備員も呆れた顔で警備の仕事に戻っていった。
 結局目的は分からず仕舞いだが、伝言はできた。
 アカリとは真逆に満足そうな顔の透哉である。
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