終末学園の生存者

おゆP

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第二章

第17話 十二学区珍道中(4)

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4.
 出来ることなら再会したくなかったが、行き先が同じでは腹をくくるしかない。
 会場へと向かう本流の一部と化した透哉と金髪パープル。
 その歩道はそれっぽい客で埋め尽くされている。

「その様子だと下調べもろくにせずに来たのだろう? まぁ、僕としては君のような礼儀知らずといるのは不服だが、同じエレメントファンとして、一応の知人として会場前までだが同行してあげよう」

 金髪パープルがまくし立てるように一人で喋り続けているが、図星なので何一つ口を挟めない透哉。幾分言い返す余地もあったが、甘んじて受け入れた。
 口調こそ恩着せがましく鬱陶しいものの、内容だけ摘まんで捉えると透哉のことを案じてのものばかりだと分かったからだ。
 でも本音を言うとちょっと殴りたい。

「よく分かんねーけど助かった。ありがとう……なんだ?」
「君のようなヤツがこんなに素直に礼を言うとは思えなかったもので」
「俺は正直なんでな。ムカつくこと言われたら喧嘩腰になるし、恩を受けたら感謝する、それだけだ」

 透哉は礼を言いながら器用に怪訝な顔をする。
 口調は相変わらずだったが金髪パープルの中にいた透哉の人物像が少し変わったのだろう。
 その点に関しては透哉も同様で、初対面よりは遙かに友好的に捉えることが出来た。
 結果的に並んで歩く羽目になった透哉と金髪パープル。
 テラスでのやりとりを知っているホタルと湊が見たら思わず目を剥く光景だろう。
 当然ながら二人の関係性を知る者はこの場に居らず、極めて平和なまま時は過ぎていく。
 ここにきて透哉は出会った当初からの違和感に気がつき、耳元を軽く指しながら尋ねた。

「そう言えば、今日はあれ付けてねーんだな」
「あれ? もしかして、『ソクラテス』のことかい?」
「あーそれそれ。あのごつい機械」
「試験運用で装着していただけで、いつもは装着していないのだよ。もっとも、しばらくは着けたくても着けられなくなってしまったがね」
「なんだ、落として壊れでもしたのか?」
「それなら直せばいいというものさ。学園側に設計図諸共没収されてしまったのさ」

 透哉の軽口には付き合わず、金髪パープルは静かな声で答えた。しかし、声に張りはなく、明らかに気落ちしている。

「没収ってなんだよ? デバイスの開発ってお前らの学業の一環だろ?」
「勿論、僕も学園には掛け合ったさ。でも、教授の急な海外出張が理由では一時中断はやむを得ないのだよ」
「海外?」
「実質、研究の責任者である教授が戻るまで無期限の凍結を食らう始末さ」

 馴染みのない一語に素っ頓狂な声を上げつつも、金髪パープルの話に真面目に耳を傾ける透哉。
 しかし、紫のはっぴと鉢巻が邪魔をして深刻さが伝わってこない。完全なるシリアスブレイカーである。

「へぇ、責任者ならしかたねぇが、他の教員や研究者を代理に立てたりしないのか?」
「まったく、君は他人事だと思って……」

 金髪パープルが僅かにムッとした表情になる。
 これだけ広大な十二学区だ。似た研究に着手した教員や研究者がいても不思議ではない。
 透哉はそう考えて言ったのだ。

「魔力の測定機器、つまるところ『ソクラテス』の研究をしている人物が他にいなくてね。以前も同様の研究をしていた機関があったらしいけど、いずれも中座したらしい」
「随分曖昧だな……」
「唯一無二の研究として、他の学区の教授たちに後ろ指を指されながらやっと実践段階にこぎ着けたというのに」

 途中からほとんど独り言だったが、悔しいという気持ちはひしひしと伝わってきた。
 透哉には研究の何たるかは分からない。しかし、長年着手してきた野望の中座、と言われると途端に身近に感じられた。
 方向性こそまるで異なるものの、一つの志しを日々の原動力として歩く点では大いに共感できる。

「まあ、僕は諦めてないけどね?」
「あん? どう言うことだ?」
「研究内容の大半の提出を求められたけど複製を手元に忍ばせてあるのさ。おっと、これは口外しないでくれよ?」
「しねぇよ。大丈夫なのか? そんなもん隠し持ってて?」
「研究者に取って研究データは宝であり子供同然なんだよ。よこせと言われておいそれと差し出す奴は研究者としては二流だね」

 ふふん、と鼻を鳴らす。
 しかし、その高慢な態度はどこか誇らしげだった。

「行く行くは十二学区を支えられる研究者になる者としては譲れないんだ!」
「ふーん、研究者ってのは苦労してんだな」
「まぁね」

 熱論が羨ましくも、心地が良かった。真っ直ぐ力強い。自分とは異なり、光の中で野心を燃やすその姿が。

「出身が孤児園でもしっかり世に貢献できるって証明したいんだ」

 突然、真横から思考を串刺しにされ、透哉は硬直を余儀なくされる。

「――」
「君は僕を揶揄するか?」

 金髪パープル、改め塚井駆はこちらは見ずに正面を向いたまま聞いてきた。
 塚井の口から不意に語られた過去に透哉の思考が一瞬真っ白になった。
 孤児であることへの驚きではない。
 なんてことはない、十二学区ではよくある話。予めそう聞かされていたのだ。偶然知り合った人物が孤児だった。
 それだけだ。
 驚きなどあるはずがない、増して悲しいなどという感情は寸分たりとも抱くはずがない。
 けれど、透哉は声を失った。

「いや……立派だな、と思っただけだ」
「ぷっ、君は嘘が下手だな」

 急に片言になった透哉に塚井は我慢できずに失笑を漏らした。

「悪いかよ? 孤児とか、特殊な生い立ちの人間と出会ったことがなかったもんでな」
「まぁ、驚くのも無理ないさ。僕ほどの人材が孤児園出身など想像もつかないだろう。しかし、考えてみたまえ! 偉人たちは出生や環境に恵まれずとも偉業を成した! そう考えると僕が飛躍するための逆境なのだよ」
「偉人要素が生い立ちだけじゃねーか!」
「些細なことを気にするとは無礼な君らしくないな!」

 些細なことを。
 塚井にとって孤児であることは自らを鼓舞し奮い立たせる要素なのだ。
 透哉にとっては笑い飛ばせない事情だが、塚井にとってはとうの昔に乗り越えた些細な障害でしかないのだ。
 しかし、それも双方の認識に乖離がなかった場合の話。
 自分が作られた存在であると、この十二学区の闇から生まれた科学と魔力の澱であると。
 まず間違いなく、塚井は知らない。

「ぶっきらぼうな割に繊細な話しには敏感なんだね、君は」
「うるせぇ」
「調子が戻ってきたようだね? 僕としては君は少し静かなぐらいが接しやすいけどね」
「てめぇ、喧嘩売ってんのか?」

 すごんでみるが自覚できるレベルで覇気がない。

「まだ顔色が優れないようだが、心配はないさ!」
「この微妙な空気はお前のせいだろうが」
「何故なら、僕らは今から祭り会場に突撃するからだ」

 塚井の紫の半被と『宇宮湊ラヴ』の鉢巻きがここぞとばかりに主張し、シリアルブレイカーとしての働きを存分に発揮する。
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