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第二章
第17話 十二学区珍道中(3)『絵』
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3.
逃走した結果、今度は地上で迷子。
しかも、逃げることに夢中で闇雲に角を曲がってきたため方向感覚も一緒に失った。
コンサートホールを探そうと見回すも、背の高いビルの群れに囲まれているせいで探しようがない。
十二学区の敷地内では非魔力行動を流耶に厳命されているので、屋上まで飛び上がって周囲を見渡すことも出来ない。
「あ、いたいた、ちょっとあんた! はぁ、はぁ、いきなり走り出すから見失うところだったじゃない!」
コンクリートジャングルで遭難した透哉は背後から小声で話しかけられた。
都会独特の勧誘や街頭アンケートだろう。その程度の予備知識はある。どちらに向いて歩けばいいか分からないが、先を急いでいるので無視を決め込む。
しかし、声の主は諦めることなく透哉の背後に足早に迫る。
「何で逃げるのよ!?」
ついには声を荒げて肩を掴む強硬手段に出た。
やだ、都会って本当に怖い。
「何すんだって、あぁ?」
先に手を出されたこともあって威嚇的に振り返る。
目深に被った帽子にサングラス。怪しさを絵に描いたような少女がいた。
勧誘するにしてももっと相手の警戒心をなくす格好にするべきだと思う。
と、まるでピンときていない透哉に見かねたのか、少女がサングラスを僅かにずらす。
「あっ、お前は――えっと、名前なんだっけ?」
「何で覚えてないのよ!? 慌てて口を塞ごうとした私がバカみたいじゃないの!」
どうやら十二学区と言う場所は一時の休息も与えてくれないらしい。
透哉にコンタクトを取ってきた怪しい少女は正体を隠した春日アカリだった。
「あんた! さっき湊に電話したでしょ!? だから、その、迎えに来てあげたの」
「そんな変な格好で?」
「これはへ・ん・そ・う・!」
「変そうな格好?」
「変装だって言ってるでしょ!?」
アカリはため息を一つ吐いてサングラスをかけ直す。そして、透哉の腕を掴むと、角から少し顔を出して通りの方を指さした。
「どうやって会場に入るつもりだったの?」
「受付でチケット買うんだろ?」
「見なさいあれを」
「うげぇ」
アカリの指す方を見ると遠目でも分かる巨大な建物が目に入り、そこに向かう人の流れが出来ていた。
ここから会場前までは伺うことは出来ないが、受け付けを待つファンの群衆が今か今かと開場を待ち侘びているだろう。
その光景にふふんと胸を張るアカリ。
アカリとは対照的に透哉はうんざり顔である。
「すごいでしょ? あの人たちみんな私たちのファンなのよ? すごいでしょ?」
「うげぇ、あれに並ぶのか?」
「そうよ。でも、残念ながら今からあの人混みをかき分けて突入したところで入場券なんて買えないの! ねぇ、どうすればいいと思う?」
「……じゃあ、帰るわ」
知見を欲して十二学区まで足を運んだ透哉だったが、あれやこれやで疲労はピークに達しようとしていた。
透哉は必死に思わせぶりな言い回しをするアカリの本心にはまるで気付かず、踵を返して地下鉄の駅に向かって歩き始める。
野外ステージの件は素直に学園の面々に相談して考えよう。みんなで知恵を出し合って解決する、これこそ七夕祭の醍醐味ではないか。
協力って素敵。
当然、アカリは透哉の撤退を阻止する。
「何でそうなるの!? 何で私が来たと思ってるの!?」
「んんー? 煽り目的?」
普段の半分くらいしか頭が回っていない今の透哉には、アカリの苦労も意図も理解できない。
焦らしプレイを止めたアカリが「じゃーん!」と効果音を口にしながら一枚の紙切れを取り出した。
もっと出し惜しみをして最後の最後で出す予定だったが、透哉の予想外の衰弱にアカリは早めにタネ明かしを余儀なくされた。
アカリとしてはもっと勿体振って透哉をおもちゃにしたかったのだ。
「このチケット使えば裏の関係者用の入り口から入れるから、後は中で係の人に誘導して貰って観客席にいけばいいから、分かった?」
「……分かった。でも、こんなものがあるなら予め渡して欲しいのだが」
透哉の指摘はもっともで、チケットの受け渡しが当日、しかも開演数十分前になったことはアカリの落ち度である。
透哉の正論にアカリは明後日の方向を見ながらあははっと笑って誤魔化す。
「えーっと、まぁ、じゃあ、私は戻るから、ちゃんと来なさいよ!?」
「今から走って戻るのか? まぁ、気をつけてな」
「そんなわけないでしょ。飛んで帰るのよ」
それだけ言い残すとアカリは路地裏に消えていった。
気になって路地裏に近づくと話し声が聞こえた。
(急に外に連れて行けって言うから何かと思えば……アカリも隅におけないじゃないかい)
(つばさ? 違っ、違うわよ!?)
(いやいやいや、構わない。いいんじゃないかい? 下世話ながら応援させて貰うよ)
アカリの声は当然として、もう一方の少女の声にも聞き覚えがあった。以前十二学区に訪れた際、専用デバイスを使い、空を飛ぶという荒技を披露したつばさと呼ばれた少女だった気がする。
アカリの飛んで帰るというどこか浮世離れした発言にも信憑性が生まれた。
ビルの間から強風が吹き出し、透哉の前髪を揺らす。
遙か上空に翻ったのは四枚の羽を有した人影。
それに抱きかかえられるようにぶら下がっているのは、紛れもなくアカリである。
「こりゃすげーな」
口をポカンと開けて素直に驚嘆する透哉。
二人分の体重を軽々空へと浮かび上がらせる性能もさることながら、あんな不安定な格好で十二学区の上空を飛んで移動する大胆さにも驚かされる。
飛んでいった二人が見えなくなると視線を地上に戻した。
経緯はどうあれ、無事チケットも手に入れた透哉。
目的地は目前、入場する手段も手に入れた。
もう、憂いはない、はずである。
(あとはそれっぽい連中の流れに乗って会場に向かえばいいかな)
「どこに行ったのかと思えばこんなところに! 早くこっちに来たまえ! 入場時間が来てしまうぞ」
振り向くと撒いたと思っていた金髪パープルに再び補足されていた。
逃走した結果、今度は地上で迷子。
しかも、逃げることに夢中で闇雲に角を曲がってきたため方向感覚も一緒に失った。
コンサートホールを探そうと見回すも、背の高いビルの群れに囲まれているせいで探しようがない。
十二学区の敷地内では非魔力行動を流耶に厳命されているので、屋上まで飛び上がって周囲を見渡すことも出来ない。
「あ、いたいた、ちょっとあんた! はぁ、はぁ、いきなり走り出すから見失うところだったじゃない!」
コンクリートジャングルで遭難した透哉は背後から小声で話しかけられた。
都会独特の勧誘や街頭アンケートだろう。その程度の予備知識はある。どちらに向いて歩けばいいか分からないが、先を急いでいるので無視を決め込む。
しかし、声の主は諦めることなく透哉の背後に足早に迫る。
「何で逃げるのよ!?」
ついには声を荒げて肩を掴む強硬手段に出た。
やだ、都会って本当に怖い。
「何すんだって、あぁ?」
先に手を出されたこともあって威嚇的に振り返る。
目深に被った帽子にサングラス。怪しさを絵に描いたような少女がいた。
勧誘するにしてももっと相手の警戒心をなくす格好にするべきだと思う。
と、まるでピンときていない透哉に見かねたのか、少女がサングラスを僅かにずらす。
「あっ、お前は――えっと、名前なんだっけ?」
「何で覚えてないのよ!? 慌てて口を塞ごうとした私がバカみたいじゃないの!」
どうやら十二学区と言う場所は一時の休息も与えてくれないらしい。
透哉にコンタクトを取ってきた怪しい少女は正体を隠した春日アカリだった。
「あんた! さっき湊に電話したでしょ!? だから、その、迎えに来てあげたの」
「そんな変な格好で?」
「これはへ・ん・そ・う・!」
「変そうな格好?」
「変装だって言ってるでしょ!?」
アカリはため息を一つ吐いてサングラスをかけ直す。そして、透哉の腕を掴むと、角から少し顔を出して通りの方を指さした。
「どうやって会場に入るつもりだったの?」
「受付でチケット買うんだろ?」
「見なさいあれを」
「うげぇ」
アカリの指す方を見ると遠目でも分かる巨大な建物が目に入り、そこに向かう人の流れが出来ていた。
ここから会場前までは伺うことは出来ないが、受け付けを待つファンの群衆が今か今かと開場を待ち侘びているだろう。
その光景にふふんと胸を張るアカリ。
アカリとは対照的に透哉はうんざり顔である。
「すごいでしょ? あの人たちみんな私たちのファンなのよ? すごいでしょ?」
「うげぇ、あれに並ぶのか?」
「そうよ。でも、残念ながら今からあの人混みをかき分けて突入したところで入場券なんて買えないの! ねぇ、どうすればいいと思う?」
「……じゃあ、帰るわ」
知見を欲して十二学区まで足を運んだ透哉だったが、あれやこれやで疲労はピークに達しようとしていた。
透哉は必死に思わせぶりな言い回しをするアカリの本心にはまるで気付かず、踵を返して地下鉄の駅に向かって歩き始める。
野外ステージの件は素直に学園の面々に相談して考えよう。みんなで知恵を出し合って解決する、これこそ七夕祭の醍醐味ではないか。
協力って素敵。
当然、アカリは透哉の撤退を阻止する。
「何でそうなるの!? 何で私が来たと思ってるの!?」
「んんー? 煽り目的?」
普段の半分くらいしか頭が回っていない今の透哉には、アカリの苦労も意図も理解できない。
焦らしプレイを止めたアカリが「じゃーん!」と効果音を口にしながら一枚の紙切れを取り出した。
もっと出し惜しみをして最後の最後で出す予定だったが、透哉の予想外の衰弱にアカリは早めにタネ明かしを余儀なくされた。
アカリとしてはもっと勿体振って透哉をおもちゃにしたかったのだ。
「このチケット使えば裏の関係者用の入り口から入れるから、後は中で係の人に誘導して貰って観客席にいけばいいから、分かった?」
「……分かった。でも、こんなものがあるなら予め渡して欲しいのだが」
透哉の指摘はもっともで、チケットの受け渡しが当日、しかも開演数十分前になったことはアカリの落ち度である。
透哉の正論にアカリは明後日の方向を見ながらあははっと笑って誤魔化す。
「えーっと、まぁ、じゃあ、私は戻るから、ちゃんと来なさいよ!?」
「今から走って戻るのか? まぁ、気をつけてな」
「そんなわけないでしょ。飛んで帰るのよ」
それだけ言い残すとアカリは路地裏に消えていった。
気になって路地裏に近づくと話し声が聞こえた。
(急に外に連れて行けって言うから何かと思えば……アカリも隅におけないじゃないかい)
(つばさ? 違っ、違うわよ!?)
(いやいやいや、構わない。いいんじゃないかい? 下世話ながら応援させて貰うよ)
アカリの声は当然として、もう一方の少女の声にも聞き覚えがあった。以前十二学区に訪れた際、専用デバイスを使い、空を飛ぶという荒技を披露したつばさと呼ばれた少女だった気がする。
アカリの飛んで帰るというどこか浮世離れした発言にも信憑性が生まれた。
ビルの間から強風が吹き出し、透哉の前髪を揺らす。
遙か上空に翻ったのは四枚の羽を有した人影。
それに抱きかかえられるようにぶら下がっているのは、紛れもなくアカリである。
「こりゃすげーな」
口をポカンと開けて素直に驚嘆する透哉。
二人分の体重を軽々空へと浮かび上がらせる性能もさることながら、あんな不安定な格好で十二学区の上空を飛んで移動する大胆さにも驚かされる。
飛んでいった二人が見えなくなると視線を地上に戻した。
経緯はどうあれ、無事チケットも手に入れた透哉。
目的地は目前、入場する手段も手に入れた。
もう、憂いはない、はずである。
(あとはそれっぽい連中の流れに乗って会場に向かえばいいかな)
「どこに行ったのかと思えばこんなところに! 早くこっちに来たまえ! 入場時間が来てしまうぞ」
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