終末学園の生存者

おゆP

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第二章

第16話 砕かれた想い。(2)『絵』

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2.
 先に寮を出た豪々吾と松風を追ったが、既に姿は見えなかった。
 もともと寮と学園は余り距離がないのでもう校舎の中だろう。透哉はそう結論付け、少し歩く速さを緩めた。
 が、代わりに別の背中を見つける。普段なら声をかけるどころか避けるオレンジ色のポニーテール。昨日のことが気がかりだったので声をかけることにした。

「おい、」
「はい? って、お兄様!?」

 振り返るなり腕をバタバタさせ、転びそうになったのは野々乃。声をかけられたこと以上に、相手が透哉だったことへの驚きが大きいようだ。
 一方、声をかけたはいいが、何を話せば良いか分からない透哉。
 いつも勝手に強襲してくる野々乃を迎撃しているだけなので、自発的に声をかけた経験がなかった。
 実は野々乃からのアプローチがなければ簡単に切れてしまう可能性のある一方通行な関係なのだ。
 しかし、周囲からは割と公認の仲の二人。声を上げて騒いだところで今更噂になどなったりしない。
 と、呼び止めたのはいいが、変に改まった透哉は口籠ってしまう。

「おはようございますですわ! お兄様っ!」
「おお、おはよう」



 透哉の複雑な胸中とは裏腹に、野々乃の元気な挨拶が飛んでくる。
 昨日とは打って変わった満面の笑みである。
 気圧されながら挨拶を返すも、自分でも驚くほどに声に力がない。

「それで、あたしに何か御用ですの? あ、用がないのに話しかけてきたのかと言うわけではなく、いいえ! むしろ、用もないのに声をかけられた方があたしとしては感銘の極み!?」

 透哉が言い淀んでいる間に野々乃は一人、暴走を始める。
 いつもならこの辺で透哉が諌めるなり、ツッコミを入れたりするのが常だ。
 しかし、今朝はそれがない。
 空回りに終わった平常運転に違和感を覚えた野々乃は、透哉の方を見上げ顔を曇らせる。

「もしかして、あたしがあんな去り方をしたので心配を?」
「ああ、まぁ、な」

 理由を察した野々乃の聡く鋭い指摘に透哉はハッとした顔をした後、曖昧に頷いた。
 その反応に野々乃の表情が驚きとは別の物に変わる。
 透哉は一瞬で完全復元された野々乃に気付いていない。

「あらあら、お兄様ったら~」
「……?」

 透哉に話しかけられたこと、殊勝にも自分に謝ろうとしている姿が余程嬉しいのか、野々乃はにんまりと小悪魔的な笑みを浮かべている。
 相手の非に付け込む形だとしても、野々乃としては透哉との距離を詰められるまたとないチャンスだ。
 逆に透哉は野々乃のリアクションが多少不服ではあるが、表情を見る限り問題ないと判断した。

「なるほどですわ! お兄様は憂い、病弱、薄幸キャラが弱点なのですわね!?」
「何故そうなる!?」
「そうですわ! そうですわ! 冷静に考えたらお兄様の周囲に唯一欠いたキャラではありませんか!」

 野々乃はなにやら怪しげなメモを凝視しながら、一人合点がいった様子でガッツポーズを決めている。
 いつもの調子に戻りつつある野々乃に、手近な武器を探す透哉。けれど、小石や木の棒しか落ちておらず、手頃なのは手にした鞄だけだ。いざとなればこれでガツンとである。

「覚悟してくださいお兄様! 今日からあたしは薄幸キャラとしてお兄様にアタックを開始しますわ!」
「幸薄いヤツはそんなアクティブな発言はしねーんだよ」
「なんてことですわ! せっかく見つけた突破口が!?」
「めんどくせぇ、いつも通りでいんだよ、お前は」
「つまり、いつものあたしの方が好みってことですわね!」
「……っ、」

 思わず鞄を握る手に力が入ったが、しょぼくれて去って行く野々乃の後ろ姿が脳内で再生され、ガツンを踏み止まった。
 とりあえず気がかりは解消できたが、学園の門を潜る頃にはいい感じに暴走を始めた普段の野々乃が隣にいた。「無視は酷いですわ~!」と嘆いているが右から左に聞き流しておく。
 
「たくさん話したら喉が渇いてしまいましたわっ!」

 それも束の間。
 野々乃は急に透哉の隣を離れると小走りで自動販売機に駆けていった。
 いつもならこの段階で透哉は退散するのだが、今日は流れで後に続く。見ていて飽きないが、相手をするのは苦労する。

(妹がいるってのはこんな感じなのだろうか?)

 そんなことを考えていると、自動販売機コーナーにいる野々乃に追いつく。 
 小銭を投入し、品定めをする野々乃の背後、透哉の顔に影が差す。

「俺が選んでやろう」
「あら、お兄様、あたしの好みをご存じですの?」
「死ぬが良い」

 短い宣告と共に流星の如き一突きが赤いボタンに炸裂する。
 ガコンと言う音と共に自動販売機が吐き出したのはホットのお汁粉。固いスチール缶は打撃アイテムとして使え、握るだけで火傷する灼熱の缶。
 飲めば燃えさかる小豆で体内から焼き殺せるほどの威力を持った、夏場にはお目にかかりたくない一品だ。

「おおお、お兄様!? 梅雨も開けようと言うこの時期に、なんたる物を!?」
「おめぇが好きだと思って選んだ。飲んでくれ」
「お兄様!? その思いしかと受け止めましたわ!」

 野々乃はまんまと口車に乗せられると、蜃気楼さえ発生させそうなほど熱々の缶を力強く握って開栓し、口を付けると一気に水平にした。
 隣で野々乃が「どわっちぃー!!!」と大声を上げながらも健気にお汁粉を飲んでいるが、透哉の関心は既に別の方向に向いていた。
 よく見ると自動販売機のラインナップの三分の一をホットドリンクが締めている。いくら主な消費者が学生だとしても商売する気がないのだろうか。夏場に需要なんてないだろうに。
 冬の名残が大量に詰まった自動販売機を眺めていると、透哉に声がかかる。

「今日はあっちいなぁ、おう、ブラザー。お前も飲みもん買いに来たのか?」
「あんたの妹をおもちゃにして遊んでたところだ」
「ああ?」

 先に松風と寮を出た豪々吾である。
 お汁粉の缶を口に含んだまま熱中症になりかかっている妹を一瞥すると、別段心配した様子はなく、迷わずホットコーヒーを買う。

「熱さが足りねぇんじゃねーのか?」

 と言って、うまそうにホットコーヒーを一気飲み。そして、缶をゴミ箱にオーバースローで投げ込むと「じゃあな!」と一言残して去っていった。
 缶が投げ込まれたゴミ箱を眺めながら透哉が「熱くないのか?」と疑問に思っていると背後から声がする。

「おはよう、御波くん。七夕祭の進捗は良好らしいね」
「ああ、お陰様でな」

 学園内で最も暑さの影響を受けそうな頭をした雪だるまこと、貫雪砕地だった。
 社交辞令を返しつつ、先の豪々吾のことがあるので、砕地が何を求めるのかが気になってしまう。
 砕地の指が向かう先を目で追うと、迷わずホットのコーンポタージュを押した。暑くはないのか、そもそもどうやって呑むのか、尽きない疑問と一人格闘する透哉の背後から更に声がした。

「あーら、透哉ちゃんじゃない。自販機いいかしら?」
「ああ、わりいな。ぼーっとしてた」

 暑苦しいを体現する食堂の珍獣、剛田楓丸である。
 太い指で米粒みたいに見える小銭を摘まむと、当たり前のように熱いお茶を買っていった。
 立て続けに現われた奇人変人から求められるホットドリンクの数々。
 需要と供給のバランスも計れない自分が商売を語るなんておこがましい。恥じる透哉だった。

「やっぱり暑い日は冷たいコーラやね、御波!」

 そんな透哉の足元。
 顔を泡だらけにしながらも、おいしそうにコーラを飲む松風が一番の常識人に見えた。
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