終末学園の生存者

おゆP

文字の大きさ
上 下
80 / 132
第二章

第16話 砕かれた想い。(1)『絵』

しおりを挟む
1.
 透哉は昨晩目の当たりした光景をホタルに朝一番に連絡した。
 激怒すると予測していたが、声は意外と静かで怒りよりも悲しみが勝る悲痛な物だった。
 伝えた透哉自身もホタルと同じだった。
 自分たちが他の誰かを責められる立場にないことは理解している。
 それでも、一目見て分かる慰霊の場を荒らす、その行為がショックだったのだ。
 所詮瓦礫の石を立てて花を供えただけに過ぎない。
 しかし、二人にとってあの場所に込めた思いは計り知れない。
 懺悔であり決別の場所、透哉とホタルにとって誰にも荒らされたくない聖域なのだ。
 誰が、と犯人を探る一方で透哉は恐ろしいと思う。
 子供が砂場の砂山を踏み潰すような気軽さで行った安易な悪戯ならまだいい。
 しかし、もしも、あの石碑の意味と場所を理解して蛮行に及んだのだとしたら。その裏にある感情はどれほど強い物なのか。
 透哉は食べた朝食を戻しそうになったのを押さえ、学園に登校するべく靴を履き替え、玄関を出た。
 辺りには誰もおらず、寮の庭には透哉一人だった。
 寮生活になってから透哉は早起きになった。理由は簡単で人混みを避けたかったから。食堂の利用は大体一番だし、寮を出るときも一人最初に出ることがほとんどだ。
 こうして一人、静かな空気の中で朝日を浴びながら考えを巡らせるのが日課だった。
 けれど、この日は違った。
 寮の裏側から聞き慣れた声がした。
 普段なら誰かの声が聞こえても学園へと向かうのだが、昨晩の出来事、今朝のホタルとの暗い会話が祟り、誰かと他愛もないやり取りをして気持ちを落ち着かせたい、そう思った。
 学園に向いていた足を寮の裏に向け、しかし、透哉は足を止めた。

『クソ犬、お前、自分の正体を知りたいか?』
『僕の……正体?』
『そうだ。実はな、お前は犬じゃねーんだ』

 そして、不意に耳に飛び込んできた衝撃的な会話に、思わず物陰に身を潜めた。
 声の主は間違いなく豪々吾と松風。
 盗み聞きに抵抗はあったが、昨晩豪々吾とあんな話しをした矢先である。透哉が慎重になるのは必然だった。

(一体何を言うつもりだ? まさか、魔人であることを突きつける気か!?)

 透哉が早合点していただけで豪々吾はやはり知っていたのだ。豪々吾を一般の生徒と甘く見ていたのかもしれない。
 でも、それだとしたら松風を取り巻く環境、魔人蔑視への理解が及んでいないとしか思えない。
 矢場が自分にしたように、なんとしても阻む必要があった。

『お前は――馬だっ!!!』
『うーまぁ?』
『そうだ! そうすることで七夕祭にも参加できる!』

――は?
 豪々吾の暴露を阻止するために飛び出した透哉だったが、話しの急な脱線に足がもつれ、転がりながら二人の前に滑り出した。

「おうおう、ブラザー!? 朝からヘッドスライディングとは健康的だなぁ!?」
「どしたん、御波?」

 うつ伏せに転がる透哉の頭上から、豪々吾の快活な笑い声とぽかんとした松風の声が振ってきた。

「はははっ、何やってんだろうな俺……」

 勘違いと早合点で飛び出した透哉は無様な姿を自嘲し、溜息を漏らした。
 目にした物、それは茶色い勇壮……改め、愉快な紙製の馬鎧を装着した松風犬太郎の姿だった。
 それは昨晩透哉が床についた後に豪々吾がダンボール箱で拵えた物だった。
 単純に切って貼っただけの品ではなく、部分的にダンボールを重ねることで立体感を出し、マジックで細部の装飾を表現された一晩の間に生み出されたとは思えない匠の逸品である。
 鞍の代わりに小さめのクッションが松風の小さな背中にちょこんと乗っている。
 透哉的には色々言いたいことはあったが、立ち聞きしていた後ろめたさもあって余り強く言えない。
 一ミリでもいいから昨晩の真面目な豪々吾に帰ってきて欲しいと思う透哉だった。頭を抱える透哉をよそに、豪々吾は松風の背に跨がる。
 傍目には子供用の自転車に乗っているようなアンバランスな光景。明らかな過積載である。
 しかし、明らかな体格差にも松風に動じる様子はない。
 それは魔人としての本質である強化された肉体が松風にも備わっているという裏付けである。自然と神妙な顔つきになっている透哉とは裏腹に、松風の顔はどこか誇らしげである。
 本当の馬になりきっているのか、足を真っ直ぐ伸ばして体高を限界まで上げ「ぶるるっ」とそれっぽく鳴きながら真っ直ぐ前を向いている。
 その姿は戦地へ赴く勇将を運ぶ名馬のような出で立ち(本人的には)である。

「行くぜ松風! 突撃ィ!!!」
「ひひーん! アニキッ!」

 胡散臭い嘶きいななを上げ、松風が力強い出走をみせ――

「何を朝から騒いどんじゃあ! バカどもぉ!」

――ることはなく、寮母剛田ケムリのドロップキックの直撃を食らい三秒で落馬した。
 その後、ケムリの手によってダンボール馬鎧はむしり取られてしまったが、豪々吾は気をよくした松風に騎乗したまま学園に向かってしまった。
 結局何だったのか。
 珍事の傍観者として取り残された透哉は一人と一匹が去った方向をぼんやりと眺めていた。
 その肩を不意に誰かが掴んだ。急に現実に引き戻され、誰だろう? 振り返ると恐ろしい剣幕のケムリの顔があった。

「御波、お前夜中にどこか行ってたか?」
「え、」

 突然のケムリの問いに透哉は凍り付き、鞄を落とした。

「やっぱりそうか」
「見ていたのか?」
「まぁ、見つけたのはたまたま。寮から外に出て行く姿が見えたから」

 深夜の二時を回っていたから辺りは真っ暗だったはず。玄関や門の前に明かりはあるがとても判別できるとは思えない。今更誤魔化すつもりはないが種ぐらいは知っておきたかった。

「よく俺だって分かったな」
「誰かは分からなかった。御波お前、律儀に玄関で靴を履き替えて出て行っただろ?」
「あー、」

 透哉は間延びした声を出しながら納得した。ケムリは寮の敷地内から脱走する人影を目撃したが、正体は判別できなかった。だからその特定のために靴箱に手がかりを求めた。
 そして、その中で唯一靴が入れ替わっていたのが透哉だったというわけだ。
 種としては何ら不思議ではない。

「別に責めているわけじゃねーよ。俺自身、似た経験があるから。ただ、何かあったときに管理責任を問われるんでな」

 ケムリは吸い殻を携帯灰皿に押し込むと新たな煙草に火を灯す。

「答えないと学園に報告されるのか?」
「具体的なことは言わなくてもいい。そうだな、危ないことしてないなら今回は不問にしてやる」
「危ないことはしていない。少し考えごとがしたくなって一人で散歩しただけだ」

 ウソは言っていない。
 実際妙なモヤモヤを抑えられなくなって出かけたのは事実だ。散歩と呼べるほど穏やかではなかったが。



「なら問題ねーな」
「信じてくれるのか?」
「ああ。第一、発覚を恐れる周到なヤツが靴を履き替えるわけないだろ? ばれたくなけりゃ他に靴を用意して部屋から直に脱走するだろ?」
「確かに」
「衝動的で、初犯。実害がないなら咎める理由はないっ! 心配だけはかけんなよ?」
「恩に着る。じゃあ、学園に行ってくる」
「おう、気をつけてなー!」

 ケムリの檄を背に受けながら透哉は寮を後にした。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

処理中です...