終末学園の生存者

おゆP

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第二章

第11話 抗う少年。(6)

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6.
 教室を出た透哉は、薄い鞄を脇に挟んだまま人気の失せた校内を歩いていた。
 大半の生徒は寮へ帰ったのだろう。明かりが点った教室がいくつかあったが、職員室等の教員がいる部屋ばかりだった。
 日の落ちた校内で聞こえるのは虫の鳴き声くらいで、一人で考えを巡らせるには丁度いい静けさだ。
 松風を七夕祭へ参加させるために、実行委員として活動を始めていくつか進展したはずなのに、全く気が晴れない。鮮明化された課題が、より大きな壁として立ち塞がったからだ。

(どうする、どうしてやれる? ん?)

 問題は山積みだが、ひとまず担任である矢場を味方に(巻き込んだ)つけた点は心強い。
 透哉は不意に気配を感じ、顔を上げた。
 熱心に考える余り、前方が疎かになっていたようだ。

「あら、透哉ちゃんじゃない」
「うげっ」

 こんな呼び方をするのはこの学園内に一人しかいない。予想を裏切らず学食の主、剛田楓丸が屹立していた。
 暗いところで見るピンクのアフロは毒々しさが格別だ。

「露骨に嫌そうな顔するのは良くないと思うわ」
「もっともな指摘だが、挨拶だと思って流してくれ」
「随分遅い時間までいるわね。居残りでもしていたの?」

 楓丸は透哉の要望通り些細なことには触れず、抱いた疑問をそのまま口にする。この見た目に反して気遣いは出来るし、言動はまともだから対応に困る。

「七夕祭の委員の仕事をしてたんだよ」
「あら、それは関心ね」

 自慢のたらこ唇をブリブリと震わせながら言う。夜光塗料でも塗っているのかと思うほど艶々に輝いている。
 透哉としては特に誤魔化したりする必要がないので事実を素直に答えた。
 委員になった点を追求されると踏んでいたが、あっさり話は流れた。忙しさから立ち話もままならないのか、単純に興味がないのかもしれない。

「そう言う楓丸は何してんだよ?」
「私は明日の仕込みよ」

 楓丸が肩に担いだダンボールの中には、ジャガイモやにんじんを始めとしたたくさんの野菜が詰め込まれていた。薄暗くて見えづらかったが、いつものハートのアップリケのついたエプロンをしている。
 時刻は七時を回っている。生徒たちはもう完全に各々の時間の中で自由に過ごしている時間帯だ。
 この学園のことを知った気になっているだけで、知らないところでいろんな人が働いている事実に言いようのない無力感を味わう。
 楓丸とは偶然の邂逅のはずなのに、何故か咎められている気がした。

「ところで、そんな神妙な顔をして、どうかしたの?」
「大したこと……じゃない」

 歯切れの悪すぎる強がりに自分でも嫌気がさす。

「先輩として相談に乗るわよ?」
「せんぱい~?」

 予想の斜め上を行く楓丸の言葉に透哉は顔を顰める。楓丸のことを中傷するつもりは毛頭ないが、透哉が抱える問題と悩みの助っ人としては畑違いもいいところである。

「あら、その顔は信じてないわね? 私これでも夜ノ島学園の卒業生なのよ?」
「え? マジで?」

 小馬鹿にしたような顔の透哉に向けて、楓丸が聞き捨てならないことを言う。
 驚きから、思わず素のリアクションをしてしまう。

「ってことは、旧学園の方か?」
「そうよ。そして、私が『幻影戦争』と呼ばれた惨劇の生き残りよ」
「――――っ!!?」

 突然の激白に透哉は言葉を失い、思わず一歩退いた。
 そして、素早く自身の持つ情報を整理し、即座に可能性を否定する。

(源に続いて二人目だと!? こんな、ポンポン生き残りが!? いや、冷静になれ)

 事件の全てを知る流耶から話を聞かされ、世間に公表された以上のことを知っている透哉は楓丸の嘘を看破した。
 そう、絶対にあり得ない。自分とホタルを除いて全員死亡したはずだから。
 その上で透哉は驚きを隠せない。
 こんな嘘をよりによって当事者である自分に向けて吐く辺り何か思惑がある、そう考えたからだ。
 しかし、冷静に分析してなおパニック状態の透哉は更に追い込まれる。
 野菜入りのダンボールを担ぐ楓丸の背後に見えた人影。
 一瞬、他の教員かと思ったが様子がおかしい。
 よろよろと奇妙な足取りで楓丸との距離を縮めていく。楓丸が気付いているかは定かではないが、存在をアピールするためにわざと揺れ動いている、透哉の目にはそんな風に映った。
 体型的に恐らく女性。服装は暗くてよく分からないが、全身が濡れているのか妙にテカテカしている。
 手に握られたそれが鈍色の光を放つと同時、鼻を突く鉄の匂い。

「面白そうな話ししてんじゃねーか。ええぇ? 俺も混ぜろよ」

 怒声と共に振りかざされたのは、真っ赤な血を纏った巨大な出刃包丁。
 持ち主の女性は手術用のマスクと帽子で顔ははっきりしなかったが、出刃包丁と同じく血まみれのエプロンをしていて、血走った目でこちらを睨めつけてくる。
 楓丸に動揺が見られないところを見ると仲間であることは明白。
 明確な敵意に透哉は慌てて臨戦態勢を取ろうとして、腰を落とし、

「なんて、冗談よ。卒業生なのは本当だけど、事件が起こる前の話しよ」
「は?――――――――――――ん? なん、どう言う……」

 楓丸の言葉に蹈鞴を踏んで転びそうになる。
 目を瞬かせる透哉の正面、今にも襲いかかってきそうだった出刃包丁を持った血まみれ狂気な女性はマスクと帽子をまとめて脱ぎ捨てる。
 現われたのは最近毎日顔を合わせるようになった寮母、剛田ケムリである。
 ニヤニヤと笑みを浮かべながらポケットから煙草を取り出すと、楓丸の巨躯を背もたれにして出刃包丁片手に火をつけて紫煙を吐く。

「ふぅ、やっぱり仕事の後の一本は格別だなぁ~」
「作業はもう終わったのかしら?」

 楓丸は小首をかしげながら妻であるケムリに問う。対してケムリは「ああ」と短く答えて心地よさそうに夫の体に体重を預けている。
 一体自分は何を見せられているのだろう。

「悪かったな、御波。面白そうな話ししていたからちょっと悪乗りしちまった」
「悪、乗り?」
「ちょっと度が過ぎてしまったようね。私たちが旧夜ノ島学園の卒業生ってことは本当だけど『幻影戦争』の生き残りって言う部分は真っ赤な嘘よ」

 あっけらかんとしたネタばらしに、透哉は顔をうつむけて口元をもごもごと動かす。

「……んじゃないか」

 聞き取れなかった二人が同時に透哉の方に注目した。

「冗談でも言っていいことと悪いことがあるんじゃないか!? どれだけの人が死んだ事件だと思ってんだ! どれだけの人が泣いたと思ってんだ! どれだけの人が苦しんだと思って――――っ!」

 透哉は顔を上げると大人二人を相手取って怒声を上げた。
 脳裏に浮かんだ言葉をそのまま吐き出した。
 賢い言葉も、上手な言い回しも出てこなかった。口から出たのは子供の嘆き。あの日、園田に拾われたときの自分に戻ったのかと錯覚するほどつたない言葉。
 あの日の惨劇を安易に冗談の材料にした二人が許せなかった。
 放った言葉の一つ一つが自分の身を切る凶器に変わったとしても、声を、言葉を止められなかった。
 怒りで肩を震わせ、息を荒々しく吐く。衝動的な感情の発露ではない。確実に十年前の事件が尾を引いている言わば発作なのだ。
 吐き出した言葉は感情だけに収まらず、喉と胸の中に熱となって蟠っている。

「御波……関係ないのに怒ってくれんだな」
「――当たり前だろ。俺だって夜ノ島学園の生徒だ」

 キョトンとした顔の楓丸をよそに、ケムリが小声で告げる。激昂する透哉の姿をどこか嬉しそうに横目で見ながら。
 逆に透哉は『関係ない』と言ったケムリの言葉が胸に突き刺さり激痛を受けた。
 けれどその痛みを当事者として訴えることは出来ない。同時に、関係ないのはそっちだろ、そう言い返すことも出来ない。
 じっとりと居座り続ける胸中の熱。それに燻るような苛立ちを覚えながらも、ケムリの言葉に腑に落ちない部分があった。
 そもそも何故、嬉しそうなのか。
 しかし、事実は透哉の想像とは違った形を見せた。

「俺たちは当事者じゃないけど御波の言う通りたくさん泣いたし苦しんだ。たくさん泣かされたし苦しめられた。学園の存在を呪ったこともある」

 話し始めたケムリの肩に楓丸がそっと触れる。まるで傷を撫でるように。

「母校が事件の舞台になって、その上大量死で当事者たちは死んだか失踪。そしたらマスコミや世間の目はどこに向かうと思う?」

 ケムリの問いに透哉は少し考えた。
 普通の、例えば殺人や事故ならば加害者や経営者などの分かりやすい的に報道者達の興味が集まる。でも、それは原因や責任を追及すべき対象が明確だからだ。
『幻影戦争』のように被害者も加害者も責任者もはっきりと分からぬまま瓦礫と炎の中に埋もれてしまったら、対象を失う。
 マスコミや世間の意識はどこにも向きようがない、そう思えた。

「……捜査に当たった警察とかか?」
「だったらよかったんだけどな。矛先はまだ生きている関係者に向いた。それも事件に全然関与していない卒業生にだ」

 どこか拗ねた子供みたいに話を聞いていた透哉の顔色が明らかに変わる。ぞわっと、虫が這い上がってくるような悪寒。ケムリが自分のことを関係ないと仲間はずれにした意味。

「俺たちな、高校出てすぐ就職したんだ。でも、『幻影戦争』が原因で会社を辞めさせられた。人殺し学校の卒業生なんて雇えないってな」
「そんなことって」
「悲しいけど事実よ。会社って言うのはかなり世間体を気にするものだから」
「まぁ、俺たちはもう慣れた風評被害だな。でも、御波、お前達は違うだろ?」

 どこか達観した物言いをするケムリに透哉は温かい物を感じた。今後晒されるであろう、風評から守ってやる、そう言われた気がして。
 悪趣味な冗談で自分たちの事件を穢され、あまつさえ土足で踏み荒らされた。
 透哉は二人を理解の乏しい大人だと内心思いかけていた。
 けれどそれらは透哉の浅慮が生んだ陳腐な苛立ちに過ぎず、聞く耳を持たない子供の駄々でしかなかった。

「母校で起きた事件が原因で次の世代のガキどもが泣きを見るのは、気分わりいからな」
「私たちがここで働く理由でもあるわ」

 咥えた煙草を揺らしながらにやりと笑みを浮かべるケムリが、凄く格好良く見えた。
 楓丸の言葉は重たくも優しい、思わず背を預けたくなる大木のような安心感。
 透哉は言葉が口から出てこなかった。
 大切な母校を破壊した上、未来の形まで変質させてしまった後ろめたさと、こんな身近で見守ってくれる人がいる事実に別の痛みで胸が張り裂けそうになる。
 することの出来ない謝罪が、喉の奥をひっかき回して暴れているが我慢して飲み込んだ。
 いつかこの思いを謝罪としてではなく、感謝として吐き出すことを願って。

「辛気くさい話ししたな。なんつーか、ほら、お前らは今という時間を楽しめ」
「そうね、それがいいわ。一つだけ覚えておいて透哉ちゃん。私たち卒業生はあなたたちの味方よ。もちろん、嵐子ちゃんもね」
「ありがとう、二人とも」

 言い終えた後の楓丸のウィンクには真冬の到来を感じるほどの悪寒を覚えたが、言葉はありがたく受け取ることにした。
 話しは丸く収まったが、ケムリが血まみれな理由と握られたままの出刃包丁が気になって仕方がない。まさか、驚かせるために用意した小道具でもあるまいし。
 そして、新たに湧いた疑問と共に聞くことにした。

「ところでランコちゃん……って誰だそれ? あと、なんで血まみれなんだよ?」
「――お前、自分の担任の名前も覚えてねーのか?」

 さっきまでの笑みが一変。
 ケムリはビキッと額に青筋を浮かべて火が付いたままの煙草を握りつぶすと、生徒相手に暴言を吐くいつもの寮母に戻った。
 どうしよう、何かまずいことを言ったのだろうか、ドスの利いた声に思わず逃げ出したくなる透哉だが何も返事を貰っていない。

「それはねぇ、ケムリちゃんにも明日の仕込みを手伝って貰っていたのよ」
「一応断っておくけど、捌いていたのは鶏と豚だ」
「学食の肉ってここで捌いてんのか? つーか、そんなこともできるのか」
「毎回じゃないけどな。俺は寮母だぞ? 家畜の解体くらい出来て当たり前なんだよ」

 寮母ってそんな多機能な職種だっただろうかと真剣に悩みながら、眼前の二人に関しては職種に対してパラメーターがバグっていてもおかしくない気がした。
 今更だが剛田楓丸と剛田ケムリが夫婦な事実は周知していたが、二人揃って会うのは初めてだ。
 悪質なサプライズを除外しても、このカップリングには恐怖を覚える。
 ケムリが血まみれな件は楓丸の説明で解決したが、もう一つの方が透哉の中では未だ謎のままである。

「それはそうと御波、人の妹の名前を忘れるとはいい度胸だな?」

 ケムリは家畜の血に濡れた包丁を肩に担ぎ、血の匂いをプンプンさせながら、ゾンビシューティングの敵キャラのような見た目でこちらを威嚇してくる。
 他人に見られたら即座に警察を呼ばれる光景である。
 けれど、見た目の派手さに圧倒されて大事な言葉を聞き逃していた。

「え、あ、んー? イモ? 妹?」
「俺の旧姓は矢場。お前の担任の矢場嵐子のおねーちゃんだ」
「バイオレンス姉妹じゃねーか」

 もはやミサイルの乱射だ。そんな例えが相応しいほど驚きが連発している。言われて比較してみると類似点が多い。
 色気が皆無な服装といい、豪快な立ち居振る舞い。
 他にも探せばいくらでも出てきそうだった。
 松風や七夕祭のことで頭を抱えることが馬鹿馬鹿しく感じるほどこの学園の中はむちゃくちゃだ。
 今にも襲ってきそうなケムリは楓丸に任せ、足早に学園を去る透哉だった。

「御波、後で覚えてろよぉ!?」
 
 と、背後から寮母らしからぬ声が聞こえた気がしたが、聞こえないふりをした。
 寮への短い道中、透哉は今日一日で起きたことを思い返していた。
 話しをする、そんな些細なことで得られる情報の多さに今日までの自分がいかに狭いコミュニティの中で過ごしてきたのかを思い知らされた。
 自分が安易に思っていた事案は実はとても重く、難しいと思っていた事案ほど実は簡単なのかもしれない。
 これだけ多くの思いや考え方があれば、松風の件を打開する糸口や突破口にも巡り会えるかもしれないと思えてきた。
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