終末学園の生存者

おゆP

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第二章

第11話 抗う少年。(3)

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3.
「一つ質問なのだけれど、二年五組の出し物はまだ決まってないのよね? 内容は別として野外での催しなら、こっそり参加も可能じゃないかしら?」

 全く予測していなかった流耶からの助け船に、透哉が弾かれるように矢場を仰ぎ見た。
 憔悴した透哉に変わって流耶が提案したのは正面切っての打開を諦め、こっそりと行う不正だった。
 教師に向かって暗に悪の片棒を担いでくれと言っている。相手が規律を重んじるお堅い教師ならこんな提案も生まれなかっただろう。
 しかし、先刻聞かされた学生時代の破天荒さから無茶な生徒への理解がありそうだと考えたからだ。
 流耶から持ちかけられた要望に矢場は渋面を作り「うーん、」とうなり声を上げつつも最後には首を縦に振って承諾した。
 教師として不正を助長することは憚られたが、それとは別に生徒の味方をしてやりたいという気持ちが勝ったのだろう。

「よしっ!」
「んー、はやまったかなぁ」
「あら、教師が一度言ったことをすぐに撤回したら生徒に示しが付かないのではないかしら?」

 直後にそんなことをぼやく辺り、ギリギリの決断をしてくれたのだ。
 退路を塞ぎにかかる流耶はさておき、透哉は一つの気がかりを拭い去れずにいた。
 何故ここまで迷うのか、何故ここまで複雑なのか。透哉が強行しかけた署名活動を諫め、話は丸く収まったように見える。
 しかし、根本的な部分は全く解決していないのだ。

「なぁ、先生。教えてくれ」
「なぁによ、改まって? と言うか御波に先生って呼ばれたの初めてな気がするわ」
「――なんで松風は差別を受けている?」
「――――っ」

 軽口には付き合わず、透哉はいきなり核心を突いた。いきなり凶器を振り抜き、的確に急所を突くように。
 矢場は笑みが残る顔のまま固まり、言葉を詰まらせた。
 その反応で透哉は確信を得る。矢場は知っているのだと。
 透哉が七夕祭の実行委員会に名乗りを上げた根本的な理由。
 七夕祭への参加は一つの訴えで、見えない差別に虐げられている松風を救うために抗おうとしている。
 矢場は決意した風に溜息を吐くと手近な椅子に腰を落とした。
 放っておくと無謀な単騎突撃を再び敢行しかねない透哉を止めるために、納得のいく説明をするために。

「……ちょっと歴史の話になるけど構わない?」
「ああ、問題ない」
「正直、文献も余り残されていなくて推測で埋める部分もあるけど構わない?」

 例え憶測や嘘の介入があったとしても、知りたいという思いが勝った。
 矢場嵐子は魔力学という専科の都合上、魔力に関わること全般の有識者である。
 一般に魔力学は生物学的な面を持つ科目であるが、その反面魔力のルーツや歴史と行った幅広い側面も持ち合わせて一枚岩ではない。
 矢場自身の専科はあくまで生物学的な部分に止まり、授業においても内容を逸脱したことはない。
 だからこの先の話は矢場が個人的に得た知見の披露と言うことになる。
 そして、続く矢場の第一声が透哉の大胆な質問に答えるべく、一気に核心に迫った。

「大昔に、エンチャンター同士の戦争があったの……」

 矢場は重たい口調で告げると顔を伏せた。
 透哉は一言で途切れた話を不自然に思いつつ、震える矢場の手に息を飲んだ。それはまるで話すことを躊躇し、自問自答している風に映ったからだ。
 矢場は教育者の立場として刺激の強い話を、毒入りのジュースを勧めることと何ら変わらない、悪影響を及ぼしかねない情報を伝えようとしているのだから。
 本来なら子供たちを有害情報から守るフィルターの役割をしなければならないのに、有害であると判別した上で与える行為を躊躇っているのだ。
 透哉は黙りこくった矢場に続きを催促するか僅かに迷ったが、静観することにした。加えて透哉としては過去の戦争は既知情報なので慌てる必要がなかった。
 が、

「――えっ?」

 透哉は時間差で声を漏らした。すんなりと聞き入れかけて、激しい動揺が胸を貫いた。
 魔力学を専行しているとは言え、何故一般の教師である矢場がその話題、過去の戦争に触れられるのか。

「御波、やっぱり聞くの止めておく?」
「突拍子もないことだったからびっくりしただけ、大丈夫だ。続けて欲しい」
「そう? でもここからの話は余り鵜呑みにしたらだめよ? 文献もろくに残っていない伝承を元に私の推測を混ぜた都市伝説みたいな内容だから」

 透哉の遅れた動揺の声を、内容の重さへの恐れと勘違いしたのか、矢場は酷く曖昧な補足を付け足した。
 まるで都合の悪い部分を黒く塗りつぶして見せるみたいに。

「昔はね、今よりも遙かに多くのエンチャンターがいたらしいの。けれど戦争が原因で多くのエンチャンターが戦死したらしい。具体的な死者数は分からないけど、国や文明を終わらせるほどの損壊を出したらしいわ」

 矢場の証言は園田に扮した流耶に聞かされた真実と合致する。
 確か、戦争の詳細は人と共闘したエンチャンターによる、エンチャンターの掃討作戦だったはずだ。
 記憶を呼び起こし比較しながら矢場の話に聞き入る。

「ところで御波、エンチャンターには大きく分けて二種類の人種が存在していることは知っている?」
「――人魔と魔人か」
「そうね。人魔は今で言うエンチャンターのことを差すわ。体の内部に魔力を生み出す器官を有して自在に操る存在」

 魔人と言われて思い浮かんだのは十二学区で出会った狼男。人と呼ぶには面妖で、獣と呼ぶには理知的な存在。己の無知を晒し、驚きから相手を不快にさせたことは鮮明に思い出せる。
 あの場は宇宮湊の介入もあり丸く収まったが、改めて考えるとあの状況を一人で穏便に打開できる自信はなかった。

「そして、魔人は魔力の影響を外見や体質に受け、人とかけ離れた容姿になる。同時に魔力を自発的に扱うことは出来ないわ。更に先天的に体質が現われる者と、成長や外部からの影響で後天的に変化が現れる者が存在する」
「エンチャントが使えないと言うことか?」
「そうね。けれど先天的でも後天的でも共通して身体能力が高いのが特徴で、肉体強化を行った人魔に匹敵する力を常時出せるわ。非魔力戦においては勝ち目がないわ」
「なら、同量以上の力を得られるまで人魔側が強化すればいいんじゃないのか?」
「その場合、成長過程で得た体格差が影響することになるわ」

 腕力が同じなら体重の重い方が有利、と言うのは格闘技全般にも言えることだ。実践においても例外ではない。

「そして、魔力の影響を外見や体質に受けるってことは言い換えると、体内に巡る魔力量の低下に繋がる。もっと直接的に表現するとエンチャンターとしての資質の低下ね」

 容姿の変化に伴った資質の低下。顕著に表れた優劣はエンチャンター同士の対等な立場を容易く破壊した。
 例えるなら道具を使って戦える人間と、爪や牙でしか戦えない獣を分けるように。
 全部が人間側の驕りだったとしても、獣と化した人間に侮蔑的な意識を向けてしまうのは避けられない。

「その結果、魔人蔑視って言う思想が生まれた。そして、それが戦争の原因。人間で言うところの人種差別ね」

 容姿が醜く、力のない者を同じ人間として下に見ることは自然なことなのかもしれない。
 道徳的には無差別を謳いつつも、本質なのだろう。

「そして、戦争の結果は魔人側の負け。大多数の魔人が殺され、魔人蔑視を更に加速させるきっかけとなったわ」

 つまり、こう言い換えられる。
 大昔の戦争は、人と人魔が共闘して起こした魔人の掃討作戦。
 人種差別に起因した迫害戦争。
 そして、原因であり爪痕である思想は今日に至るまで負の遺産として引き継がれている。
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