終末学園の生存者

おゆP

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第二章

第11話 抗う少年。(2)

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2.
 流耶が目を向けると教室の蛍光灯が点灯していた。

「あら、草川も一緒に作業してたのね」

 二人が声の方に目を向けると矢場がガラガラっと教室の扉を後ろ手に閉じながら目を丸くしていた。どうやら様子を見に来たらしい。

「ええ、私も実行委員会だから」
「……」

 白々しい言い草だな、と思いつつ透哉はこのことには触れない。どうせ、うまいこと煙に巻かれるに決まっている。それに矢場に変な勘ぐりを受けたくない。

「気にしなくてもいいぞ。こいつ、いるだけだから」
「失礼ね。困って泣きついても助けてあげないわよ?」
「ほんとあなたたちって物怖じしないというか、私のこと先生だと思ってる?」

 矢場の苦笑いながらの問いに透哉と流耶は顔を見合わせ、それぞれ不思議そうに首を傾げる。

「妙なことを聞くのね。当然先生だとも年上だとも思っているわ」
「同じく。何か悩み事でもあんのか?」
「本当かしらねぇ? ちなみに悩みの種はあんたたちよ」

 矢場としては不満を垂れていると言うよりコミュニケーションの一環なのだろう。
 しかし、矢場嵐子先生としてはもう少し敬語とか丁寧語とかを使って欲しいとか思っているが、二人の変わらない話し方を聞く限り望めそうにない。
 真面目に目上に対する話し方のなんたるかを説いてやろうかとか、職権を乱用しちゃおうかとか、企ててみたが駄目な大人の側面を見せる方が憚られたので止めた。

「そう言う先生の方は学生時代どうだったの?」

 流耶の何気ない矢場への質問に透哉は顔を上げた。
 以前に少しだけ聞かされた矢場の学生時代の話。
 あのときはなんとなくはぐらかされて終わってしまったことも相まって興味が湧いた。
 透哉の視線で察したのか矢場は半ば観念したようにため息を吐いた後、黒板にもたれて口を開いた。

「んー、私もあんたたちと同じ……いえ、もっと酷かったわね」
「実は学生の頃めちゃくちゃ不良だったとか、そんな落ちか?」

 流耶と透哉の問いに当時を振り返って昔を思い出したのか、矢場は再び苦笑いを浮かべる。具体的に何をしていたのか凄く気になる。

「えっと、担任をボコボコにして停学処分を食らったことあるわね」
「爆弾発言ね」
「昔は担任を、今は生徒をってことか。とんだバイオレンス教師だな」
「御波、人聞きの悪いことを言わないでよね」
「(じー)」

 つい先日、豪々吾と一緒に空の彼方に吹き飛ばされたのは記憶に新しい。
 以前はぐらかして話したがらなかった理由も頷ける。
 矢場は半眼を向ける透哉から目線を外すと、

「こんなこと担任が言うべきじゃないけど、御波が学園の催しに前向きなのは意外だわー」

 と、露骨に話を逸らせてきた。透哉としては言い逃れにしか見えない。
 透哉は「ああ、たまにはな」と矢場に生返事を返しつつ、作業を再開する。
 今回も矢場の学生時代の詳細は分からず仕舞いだ。多少のモヤモヤは残るが他人の過去を無闇につつくのは懸命ではないし、作業の滞りを避けたかった。
 矢場が壁の時計を見上げると七時を指そうとしていた。

「委員の仕事に励むことは関心だけど、そろそろ切り上げて寮に戻りなさい」
「わかった。でも、もう少し。それとこれ、一応出来たから目を通しておいてくれ」

 透哉の様子を見に来た矢場だが、どちらかと言うと帰宅を促すために来たのだ。
 返事とは裏腹に透哉の手は作業を止めず、代わりにノートに挟んでいた提出用の資料を矢場に差し出した。
 矢場は受け取ると資料に目を通す。

「……聞いても言い? 何で急に実行委員会になりたいなんて言い出したの?」

 矢場は資料の文字を目で追いながら、やんわりとした口調で当初からの疑問をぶつけた。
 透哉はお世辞にも真面目な生徒とは言えない。
 そんな透哉の今までにない行動に、何かを思い詰めてやしないか、悩みでも抱えているのではないかと考えたからだ。
 透哉は矢場の言葉にピクンと反応し、一瞬手を止め、重い口を開いた。透哉としては今の段階ではまだ言うつもりはなかったのだ。

「松風がさ、七夕祭に参加したいって言いやがったんだ」
「っ!」
「分かっている。校則で犬が参加を禁じられていることくらい」

 事情を知って矢場は頭を抱えた。
 そして、軽く目を通した資料を持ったまま腕を組んで、ある疑問を抱いた。渡された資料は七夕祭のクラスへの伝達事項をまとめた物で、教師である矢場への提出物としては完成していた。
 にもかかわらず、透哉は何かの作業を今も続けている。
 不思議な物を見る目をしていた矢場が直後、目を見開いた。
 弱々しく声を漏らす透哉の手元、七夕祭の資料と思っていたコピー用紙に目がとまった。

「御波、あんたそこまで……」

 それは松風犬太郎の七夕祭への参加を呼びかけるために自作した、嘆願書と署名を募るための用紙。
 学園を相手取って正攻法で戦いを挑む果たし状。
 しかし、それは余りにも無謀。
 事情を知った大人ではことを起こすことすら考えない、一案にも値しない馬鹿げたこと。宗教の対立を学生の論文で沈静化を目論むようなことだ。

「御波、あんたの気持ちは分かる。でも、これは止めておきなさい」
「おい、返せよ!」

 矢場は一瞬の隙を突いて透哉の手から作りかけの署名用紙を抜き取り、無情にも言い放つ。

「返って逆効果よ。松風との間に溝があるって口外するのと同じ。本人が強く希望する、となれば話は変わってくるけど。どうなの?」
「あいつに……署名活動の話はしていない」

 実は署名活動はよかれと思って独断で決めたことなのだ。翌日にでも本人を巻き込んで行動に出るつもりだった。

「署名活動がうまくいかなかった場合を考えてみなさい。松風は立場を追われるほど惨めな思いをするわ」

 矢場は迷ったが書きかけの署名用紙を丸めて握りつぶした。生徒が苦心して作りかけた物を壊すのは心が痛んだが、他の方法がなかった。
 透哉の作成した物は無意味な争いを起こしかねない危険性さえ孕んでいた。よかれと思って起こした行動が帰って新たな争いを生むことはいくらでもある。
 そんな矢場からの仕打ちに透哉は口を挟めなかった。頭に上りかけた血が急速に熱を失い冷えていく。
 現状を強引に打開することばかりに気を取られ、失敗した後のリスクを全く考慮していなかったからだ。矢場が握り潰した嘆願書は言わば、衝動の産物なのだ。
 悔しいが矢場の言い分が正しい。
 透哉は肝心なことを失念していた。
 現状松風は犬だから人と区別されているだけで、校内に差別や悪意は表面化していない。誰もが、犬としてもクラスメイトとしても扱っている。
 奇妙ながらも安定した関係を築いている。
 ルールだからとまるで集団催眠にかかっているみたいに奇妙さが当たり前だと思っている。
 せっかく糸口を見つけたと思ったのに、勘違いに過ぎなかった事実。透哉の中に御しきれない悔しさが込み上げてくる。
 透哉にとっての妙案は所詮子供の浅知恵だったのだ。
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